俺、抗う。
地面に降り立ち十m弱の距離でお互いにらみ合う。グラージにとって一足の間合いというほどではないが弓の予備動作を考えれば、弓聖といえど射出前に接近されてしまう程度の微妙な距離。剣聖と弓聖という意味ではまだ弓聖に不利といえる距離である。グラージの気配が動き体重移動が起こる。その動作から手前の足下を『爆破』で吹き飛ばす。爆風を受ければ足は浮き上がり、無視して踏み抜いても地面は予定より下。魔法を斬ることは出来るようだが発動瞬間に結果を現すような魔法を切り飛ばすのは難しいだろう。爆破は踏み出す力を阻害、動きを鈍くし、更に視覚と聴覚を阻害する。俺は後ろに飛び退きながら弓を構えて魔力を編む。
第十技 非道
牽制であり本命の一撃。爆破の瓦礫が収まる頃にはキラキラと輝く矢がグラージに迫る。グラージなら回避なり切り払うなり出来る速度と距離で矢弾の効果以前に脅威たり得ない。マニピュレータで糸を繰り狙撃銃を放つ。四系統十二本の銃がグラージの動きを制限させる。銃弾は当然グラージの前でねじ曲げられ体に届くことは無い。
「お前はその魔法を使いこなせるのか?」
俺は笑って問う。『偏向防御』は指定位置に建てる壁である。グラージが魔法使いでないのならその発動は事前の魔法か道具に依存している。十分に数を用意したとしても有限なのだ。その魔法を使えるからといって負荷というリソースは無限ではないが準備する道具の数と発動を意図的に調節できる点では道具より遙かに使用回数を減らせる。結果、グラージがその魔法を使えないのならその場を動いてはならない。グラージも余裕をもって笑い返す。容易な絶対的な防御があるからこそ銃は無力化されているが、銃の脅威は零ではない。対策を取らなければ必死なことには変わりないからだ。短時間、無防御条件下における総攻撃力は未だに単独トップを譲らない。
「使えないが・・・使う必要も無いっ。」
グラージが腕の力だけで剣を振り抜くとその姿が消える。消えると言うよりもその視界に違和感がある。既視感のある現象。銃弾も矢弾も真っ直ぐに飛んで地面に着弾したが、グラージが姿を現せば極端なカーブを描いてグラージの左側に着弾している。
「ん?あぁ・・・剣聖面倒くさいな。」
「数代前の弓聖、術聖対策ってやつさ。」
一瞬【絶断】かと思ったくらいにグラージは器用に空間をねじ曲げた。よくよく考えたら【絶断】なら空間を切り裂いて襲ってきたはずだった。それでも空間を触るという感じが似ていたような気がした。グラージは一歩一歩とゆっくり踏み出す。力を込めてその大地を壊さんとする勢いで。剣聖の対策が、グラージの技に対する認識がどこまでに至っているか図る必要が出てくる。
二、四複合技 燕返
数と呪の複合。当たるように定められた運命の矢。数と速度はともかく呪としての性能は四技の落運には大きく劣る。それでも打ち方次第で全方位から同時射撃を行えるこの技は並大抵の防御では被弾を妨げることは出来ない。グラージは器用に矢を打ち落とすがすべてを防御できたわけでは無かった。空間をねじ曲げることですべてを打ち払うことも出来たと思うがそれをしなかった。範囲が狭いか制限がある。そして呪詛や魔法を払いのける技を持っているだろうが低級の物に扱えるほど気軽に使える物でも無い。技の威力の強弱を気配や知識で認識しているはずだが、グラージにはこの世界における知識が不足していると思える。ベゥガにシステムを教えられて、俺から知った気配から真面目に剣聖を得ただろうが、時間的にも付け焼き刃に思える。確信することは早計だが攻めるなら手数、品数であると見込む。
「まずいと思ったが威力は予想より低かったようだな。」
グラージは被弾した箇所をチラ見して俺に視線を向ける。グラージは俺の攻撃の何を見ていたのか。群燕を含む以上魔力はそれなりに高い。あるいは落運に含まれる呪詛か。ベゥガの転職を考えると警戒しているのは呪詛か。そう誘導されている気もしなくはないが試す価値はあるかと思った。頭の中で所作を組み立てる。本来やる意味の無い技だ。
一、四複合技 転落
過去そうした弓聖はいない。瞬も落運も相手に当てるために作られた技であり、利点同士を組み合わせる意味はほとんど無い。魔力の分威力が上がるくらい。グラージが今何を見て、攻撃を判断しているか。それだけのために存在として無意味な技を放つ。込めた魔力により射速と威力は高い。副産物的な効果で当たる範囲を絞れるようにも感じ取れる。弓から放たれる輝く一筋。閃光と共に一瞬でグラージの体に着弾、しなかった。左手には取り回しの為か小剣が握られ放たれた矢を弾いていた。何気ない一撃のつもりだったが必死に防御したように見える。
「思ったより必死だったな。」
俺は口角を上げる。
「弓聖にしろ・・・いやお前の初見攻撃は迂闊に受けてはやれんな。」
俺は試験的なつもりだったが、グラージにとっては致死の一撃に見えたのかも知れない。魔力視ではないが魔力の多寡が見えている気がする。弓聖にも言及している所を見ると過去になにかあったと見るべきか。実験を新技でやるのは辞めた方がよさそうだ。勝った側はアレで勝てたという結果だけしかないが、負けた側はその一撃に対する対策を考察し練り上げているのだろう。弓聖達の歴史を見てもそうだ。剣聖だってそうだろう。各々方向性は違えど対戦最強を願う心は変らない。負けた理由を放置しては頂には届かないのだから。そういう考えに至り先代の戦歴を思い返す。剣聖に勝った歴史と使用した技を考えれば自ずと何が決め手になるかが見えてくる。もう少しグラージを探るか、勝負に出るか。矢継ぎ早に爆発を含む魔法を連射し視界を塞ぐ。同じ手を使ったのならグラージなら前に出てくると考えた。それを予測して『幻光』で体に空を映し、グラージ飛び越えるように宙を走る。グラージが前に出てくるなら勝負に出る。
「ぇぇぇぇぇぇっ。」
言葉を成していない気合いの入った大声と共にグラージが飛び出してくる。その身に煌めきを纏い何かの対策防御をしているのが見て取れる。グラージの予測する地点に俺は既におらず、防御しやすい構えに変え周囲を見回している。そして裏を取った俺は周囲のあらゆる仕込みを消す為に弦を弾く。低い音が響き『幻光』が消え、グラージの視界に俺が映ったことだろう。『空中歩行』も失い三mほどの高さから重力に引かれて落ちる。獲物を見つけたとグラージが突撃の構えを見せて力強く踏み込むと体の感覚が変ったことに気がつきとっさに構えを戻す。俺の弓聖技が周辺五百mの魔力を中立に戻していく。俺の仕込みも、グラージの仕込みも全てが等しく瓦解した。グラージは別の何かから力を得ていたのか体つきが一回り小さくなる。グラージには見えないが俺の遅延魔法による保険も失われている。
「無詠唱のディスペルだと?術聖だとしても事の起こり無しにこれは・・・」
グラージの動揺によるわずかな硬直に、俺は安全に大地に着地する。機動力確保のために『空中歩行』と『疾走』は即座に発動し直す。俺は糸を繰り剣、槍、盾、銃を展開しグラージに迫る。
「意思と言葉で魔力が動くなら、楽器を使っても魔力は動かせるさ。」
俺は解答にならない言葉で答え弱体化したであろうグラージを攻める。グラージの外部支援がどこからどのように来ているかは分らないがすぐに復旧できるものでは無さそうだ。俺もステータスを落としているがグラージはそれ以上に落としている。相手の考えがまとまらないうちに押し切る。それでもグラージはベゥガと違い十五の近接武器を小剣の二刀で器用に捌く。実際の攻撃は五系統とはいえ恐ろしい速さで武器を吹き飛ばされる。
「これだから剣聖はっ。」
狙撃銃を撃ってもギリギリに回避、散弾は大きく回避するか体で弾く。
「俺も弓聖相手に接近戦で同等になるとは思っておらんかったわっ。」
包囲状態で襲いかかる武器達はおよそ常人が防御できる量では無かったはずだった。グラージか剣聖か、攻撃に対する脅威の選択は的確で大きなダメージを負う物は決して無防備には受けない。今のところ小さな傷を積み重ねていくだけだった。それもグラージの驚異的な再生力で順次回復していくのだから面倒な話だった。しかしこのまま続ければグラージの負荷と疲労が先に限界を迎えるはず。グラージの動きが鈍くなっているかと思ったがグラージ向かって魔力が動き始める。
「賭けは俺の勝ちだな。」
グラージの体が元に戻る。実際には再強化されたのだろうが、吹き飛ばされていただけの武器が、傷つき欠け粉砕されていく。
「舞踏魔術かよっ。」
「気がつく当りは流石というところだが、今度は俺が逃がさんぞ。」
グラージは言葉では無く歩法で魔法を行使した。歴代剣聖の技の一つなのだろう。立場は逆転し、俺は壊れていく武器を入れ替え補充しながらグラージの攻撃から逃れるために守勢に回る。大きく逃げようにも瞬間的な一歩はグラージの方が早く逃げ切れない。飛び上がるなど防御が困難で無謀でしか無い。短距離転移も考えたが魔術師対策を含んでいるのか詠唱短縮と集中に大きく負荷が掛けられ魔法の発動も困難な状態だ。収納している武器がものすごい速度で減っていく。じり貧すぎて立て直す前に倒されること請け合いだ。
「諦めよう。」
俺は反撃を増やしながらつぶやく。
「お前がそんな殊勝とは思えんなっ。」
グラージは攻撃の手を休めない。無数に武器を持っていてもそれは有限だと分っている。息の続く限りグラージは攻撃の手を緩めることは無いだろう。
「当然。無事でいることを諦めただけだっ。」
最後の竜の目を俺達の攻防の間に滑り込ませる。
「散発的な魔法が加わったところで・・・」
「安心したよ、お前は視界共有さてれいないんだな。尤も・・・知っていたところで結果は変らんが、な。」
俺の意思を受けて竜の目が瓦解していく。壊れることで発動するこの魔法は本来竜の目を破壊した物に対する罠だ。既に仕組まれた魔導具であり阻害されている詠唱にも寄らず莫大なエネルギーを放出し始める。ただし魔法により指向性を持たせられないので自爆覚悟の反撃である。
『質量欠損』
指向性を持たないエネルギーは周囲の物質の運動を加速する。過剰に動く分子は熱を生み周囲環境に伝播し浸食していく。
「こいつは・・・まずい。」
グラージが竜の目を破壊しようと剣を振る。俺はその行為をわざと妨害する。既に意味が無いのにだ。竜の目は生み出す熱と光を強くしていく。
「お前はこの戦いを自爆相打ちで終わらせるつもりかぁっ。」
グラージは激昂する。
「この俺の攻撃でお前が倒れるなら先に点数になるだろ?問題無い。そもそもお前がここから逃げればさほど問題はないさ。」
俺は軽口で挑発する。グラージとしてはこれがはったりか本気か分りかねるだろう。だが俺にとってはどちらでも良い。相打ち覚悟でこのままでも予定通り、グラージが離れれば魔法の制御を取り戻し竜の目を一方的にグラージに向けることも出来る。お互いの体が防御を越え持続ダメージに移行する。大地は灼熱の溶岩と化し沼のように沈み始めお互いの足を捕らえる。俺は足を入れ替える度に溶岩の上に立つ。グラージは何度もその足を溶岩に沈め、すでに抜け出せなくなっていく。熱に耐えられない銃は早々に収納し、陽光石か不壊鉛の武器に切り替える。問題はマニピュレーターか。グラージの生金製の武器と同じであるがどちらがより強固に作られているかという勝負になる。しかしグラージの武器を見る限り最初からその勝利は分っていた。熱さに耐えグラージが剣を振っていたがついに武器が限界に達した。陽光石の剣と刃がぶつかったとき明らかに鈍い音が響く。グラージの顔がわずかに歪む。生金が融点を超え、付与魔法に守られた限界に達してその形を保てなくなっている。こうなれば手に持つ武器はただの棒以下でしかない。グラージが代わりの武器を出して攻撃を再開するが程なくして同じ現象になる。グラージが攻撃を一瞬躊躇した隙に俺は真銀の短剣を顔面に向けて投げる。真銀は投げている途中から変形していく。グラージは反射的に剣で打ち払おうとするがスライムのような柔らかさになっていた短剣は当りに金属液をまき散らして破裂する。予見していた俺は盾を前面に並べて飛沫から身を守ると同時にそこから脱出する。グラージは予想外の高温軟体液に襲われこちらに対する対処が遅れる。強い光は輝く闇となりお互いの姿を隠す。姿を隠し魔力を隠蔽し弓を構えているであろうグラージを狙う。
「これでチェックメイトだ。」
溶岩から得られる振動情報がグラージの動きを伝えてくる。その頭部を狙って弦を引く。
一、十複合技 必殺
放たれた瞬足の矢は的確にグラージの頭を砕いたはずだった。矢を放った瞬間にグラージが動いたかと思えば俺の思考は闇に落ちた。




