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俺、たたみ始める。

 ふと目覚めた俺は周囲を見回す。時間を確認する限りでは一時間ほど気を失っていたようだ。ステータスは基本値のまま、HPは残り三割ほど、異常状態に至るほどの重度の怪我は残っていない。寝っ転がったまま腕を上げて眺めるが装備の破損はあっても皮膚が欠けたり流血もない。

 

「あの老人め・・・何を仕掛けていきやがったんだ。」

 

 革鎧の胸部には大きな穴が空いており、チェイスが消えた場面のことを考えると老人が最後に施した何かがチェイスを害したとしか思えない。可能ならば自らの手でとは思ったが流石に高望みだったようだ。結局の所天上の権力争いにおける大きな流れに巻き込まれたに過ぎないようだ。納得いかないがそういう結果になってしまったのなら仕方が無い。最終目標が終わってしまったので、生き残ってしまったのなら最後の一仕事を終わらせるだけだ。体を起こせば視界の先に斬岩剣の柄とわずかに残る刀身が目に入る。

 

「アリアに泣かれそうだな・・・」

 

 斬岩剣の核たる剣が失われては純粋な継承は難しいだろう。アリアには変わりの剣技を教えてやれる時間もない。何か良い剣だけでも残してやりたいとは思った。体を起こし少し歩くと足の裏に堅い感触がある。金属質なそれは斬岩剣の破片であることが分る。【金属探知】の魔法を使って位置を認識しながら軽くランニングをしつつそれらの破片を収納していく。全部集め終わった所で拠点へと向かう。収納から空飛ぶ板を取りだし拠点に戻利始める。暇つぶしにと治療を開始しようと桔梗を降ろそうとすると反応が無い。鶸も、萌黄も、朱鷺、菫、金糸雀、蘇芳と全て試すが反応が無い。

 

「くそ・・・」

 

 俺は悪態をついて板に寝転ぶ。老人の仕掛けを動かすためにエネルギー源として使われたと見るべきだろう。少々寂しくはあるが無くなった物は仕方が無いと老人にブツブツと文句だけつぶやく。負荷が相応に残ったままで治療もままならないと寝転がったまま負荷の消化に努めることにした。拠点にたどり着く頃には負荷も大半は回復し、その回復した負荷をつかってHPの回復を行う。指揮する者がいなくてはどうしようもなく夜も更けたところで寝る。翌朝起きてから王城へ。

 

「帰ってきたということは上手く行ったのですね?」

 

 連絡もせずに会いに行ったがトーラスは書類を読みながら俺に軽く目線だけ送る。

 

「どうだろう・・・生き残っただけという感はあるな。勝った気はしてない。」

 

 俺は自嘲して返す。

 

「ふむ・・・これで本当に見納めというところですかね。」

 

「そうだな。なるべく迷惑にならないようにはするつもりだが。」

 

「い・ま・さ・らですね。」

 

 トーラスの別れの言葉に、俺は予定されている最後の仕事の事について口に出すが、そこはトーラスの琴線に触れてしまったらしい。表情がかなり険しくなる。

 

「貴方のおかげで国が大きくなったとは言えますが、いらぬ苦労をこれから先も背負うことになりましてねっ。」

 

 トーラスの怒りは尤もだと俺は苦笑する。

 

「王が頼りないとは言え・・・なんとかするのが私の仕事ですからね。行ってきなさい。出来れば次も手伝って頂きたいですがね。」

 

 トーラスは軽く笑みを浮かべて俺を見る。

 

「それは神様と盤面の報酬次第だな。」

 

 俺はそう返して部屋を出る。トーラスは少し強めに期待してますよと声だけ掛けてきた。ヴィルバンのように過去の盤面終了後世界に戻ってきた者もそれなりにいるようだ。ミーバは引き連れない事はほぼ確定だが進化体は可能性がある。トーラスはまた国政に関わって欲しいのだろう。身分という都合上おいそれと会うことが出来なくなったグラハムだが、最後なので無理言って面通ししてもらった。トーラスも最高峰の重鎮なので簡単に会える立場ではないのだが鶸ががっつり食い込んでいたから顔を合わせる機会も多く割となぁなぁになっていたのも事実である。立ち上げ初期の頃ならほとんどが顔見知りだったので裏の支配者であることはほとんどの者が知っていたが、国土が広がり関係者が増えるたび知る者の割合は減っていった。後々の権威意地の為にも俺もグラハムに会うときだけはそれなりに気を使った。流石に謁見の間で公的にというほどではないので休憩中に執務室でという形だ。近衛も当初からすれば総代わりしており俺に対する警戒はかなり強い。それでもグラハムはいつでもだるそうにして友好的だ。

 

「そうかー、もう行ってしまうのですな。」

 

「一応本当に最後っていうことだから、顔くらいはな。」

 

「担ぎ上げられてしまった時が懐かしいですな。」

 

「随分老け込みやがって。」

 

「貴方は変わらず若く小さいですな。」

 

「うるせぇ。」

 

 久しぶりに顔を合わせても愚痴や小話ばかりだ。近衛連中がこの気安さが気に入らないのは知っている。だが俺達の仲は変わらず気安い共犯者のままだ。

 

「この先はどうなるかは分りませんが・・・貰った物は可能な限り混乱無く維持できるようにいたしましょう。」

 

「ま、頼む。・・・じゃな。」

 

 また合う可能性も若干だけあり、そこまでしんみりして分かれては顔も合わせづらい。俺はいつも通り軽い調子を崩さず部屋を出た。近衛の一人が不敬だのなんだの突っかかってくるので殴り倒しておいた。拠点に戻って全生産作業を停止し、全ミーバに武装と進軍準備をさせる。その間に斬岩剣の欠片を取り出す。

 

「流石にパズルする気にはなれんな・・・」

 

 バラバラすぎてつなぎ止めようという気にもならない。異世界の金属ではあるが加工自体はこの世界でも可能な物だ。鉄よりもかなり優秀ではあるが

 この世界の最高峰というほどでもない。あの力は存在した世界で何かしら付与された結果なのだろう。再現不可能なのは仕方が無いので炉を使って金属を溶融させ形だけ整える。頑丈さと鋭さを強化するだけで置いておく。もう斬岩剣の役目は終わってしまったのだ。形だけ直して記念品、象徴品としてもらうつもりだ。最終的な扱いはアリアに任せる。次は生金(オリハルコン)を使ってアリアの為の剣を作る。軽戦士として軽量で切り裂きを優先し、魔法も併用するので増幅機構を併設する。多少負荷が必要になるが伸張機能、『半円障壁』と『土壁』『石壁』の組み込み、実用的ではなくなるが『土変形』も組み込む。できるだけ斬岩剣に近づけていく方向性だ。

 

「どうやっても完全劣化だけどな。」

 

 できあがりを眺めて自嘲気味につぶやく。金色の刀身は色と輝きを落し見栄え自体は悪い。しかしその刀身と込められた力は流派の源流の意図を汲み、なおかつアリアとして戦うための剣となった。素材は高級品を使っても華美にならないように柄と鞘を創造して完成とする。残った資源の八割を鍛錬所に投げ込みステータスアップを図る

 

「資源の無駄・・・と思えるくらいしか伸びないな。」

 

 初期から比べれば莫大な量だが数値的には二桁程度しか伸びない。ゲーム的には頭打ちという感じだろう。苦笑しながらステータスを眺める。全兵種合わせて七十万。騎兵を多く取り歩兵、魔術師と編成を固める。普段からすれば銃兵種は少なめにする。恐らく対策済みで意味はないと思っているからだ。その分砲兵と人形遣いを多めに取る。

 

「さて、いくか。」

 

 事前通達済みではあるが大軍を動かすので周囲の国を刺激することは確実だ。国内ではよくあることで済まされるが密偵が零という訳にもいかない。一方的な告知ではあるが事前に通行することは伝えてある。伝えただけで了承は得ていない。攻撃してくるなら蹴散らすだけだ。行軍中にある町に立ち寄ってアリアと顔を合わせる。

 

「師匠・・・」

 

 無事な姿を見て一安心とい言った所だが、近所の噂話を聞けば俺が今どういう状況なのかは予定を教えていたアリアには直ぐ分ることだ。不安そうな顔で俺を見る。

 

「すまんがチェイスとの戦いで斬岩剣は壊れてしまった・・・代わりにはならないがこの形だけの斬岩剣とアリアの剣を受け取って欲しい。」

 

 湿っぽく分かれるつもりはないのだがどうしても遺品を渡すようになってしまう。アリアは震える手で二本の剣を受け取る。模造斬岩剣を引き抜き刀身を見る。出来映え自体は悪くないのでアリアの表情が少し明るくなる。剣を振り、そして魔力を込める。

 

「本当に・・・斬岩剣ではないのですね・・・ですが神に届いたというなら剣も本望でしょう。」

 

 アリアは少し寂しそうにつぶやいた。そしてアリアは斬岩剣を置き、もう一つの剣を取る。意外な軽さに少し戸惑ったようだが力を込めて剣を引く。強く引きすぎたかと思うくらいに勢いよく剣が抜かれる。

 

「ほぅ・・・」

 

 鈍い金に近い色の刀身だが出来としては良いはずだと心の中で自画自賛する。

 

「鞘の方に変な機能をつけてしまってるからかな。抜剣時に引き抜く速度が速くなる機構と魔法がある。」

 

 アリアが勢い良く抜かれすぎて戸惑っていたところに俺が解説を入れる。居合いはロマンだよね、と解説しても分らないと思うので黙っておく。

 

「細かく説明してもいいがあまり時間もないからな。これが仕様書になる。もし壊れた場合は・・・それなりの魔術師と鍛冶屋がいれば修復、量産も可能だろう。」

 

 俺は冊子を渡す。

 

「いいのですか?」

 

 アリアが納剣して冊子を受け取る。

 

「いいんだよ。技術流出なんて今更だからな。」

 

 本の力を使って技術を横取りし、それを量産してばら撒いてる俺がそんなことを言う権利は無いと思う。アリアからしたら分らない事だったかも知れないが冊子を抱いてうつむく。そこに感動されるとばつが悪い。

 

「じゃあ、また運がよかったらな。」

 

 俺は手を振って外へ出る。

 

「・・また、お願いしますっ。」

 

 アリアは大声を上げてそれに応えた。俺はそのまま行軍させていた軍に追いつくためにファイを加速して走らせ合流する。順調に国境を越えて進んでいく。 この兵力相手にそんな馬鹿はいないだろうと思ってはいたが、流石に国の威信もあってか中途半端な兵が攻めてくることはあった。銃兵で適当にあしらってやり過ごす。越後屋が整備した道路網を利用しながらひたすら神聖ディモスを目指す。隠すこと無くおおっぴらに動けば相手も意図を理解する。長らく潜伏させている斥候兵達からもグラージ達が軍を動かしたことが伝えられる。ミーバ兵四十万と魔物混成軍が十万ほどである。混成軍のせいで準備が遅れているようにも感じられたし、能力的にも大半が意味なしとも思ったが気にすることでも無いと無視する。両軍の進行を考えて想定される戦場へと移動を進める。相手の想定を覆すかどうか悩み、そして初期に考えられていた戦場よりも奥に軍を進める。地形的有利を取るよりも、兵力差を生かせる地形へと進める。土地として開けているが一部に湿地が広がり普通なら大軍展開には向かないが、蟹ならそういった地形に無理が利くので数の優位を生かしていく腹づもりだ。代わりに神聖ディモスには小高い丘陵が二つ与えられ防御的優位が与えられる。ただ砲塔を前にそのような丘陵も小さな差異でしかない。双方の軍が近づくにつれ偵察している斥候兵の数が激減していく。こちらも放たれた斥候兵を順次消していく。相対する前から小さな戦いと大きな情報戦が始まる。俺達は先に布陣展開しその後にグラージ達が到着し軍を展開する。丘陵に隠れてしまって見えないが二つの丘の上とその間から兵が出てくるのが見える。前面に立てているのはミーバ兵だ。兵力、兵種こそ違えどお互いの武装はほぼ同じ。いつもなら展開即攻撃と言った所だがお互いの斥候兵による潰し合いのせいで戦場の中心線前後で相手の動きが視覚以上に見えない。ドローンも持ってくれば良かったかと思いつつ竜の目を上空に飛ばして俯瞰視覚を得ようとする。そちらも対策済みなのか高空からみるとモザイクが掛かっているかのように布陣付近がぼやけて見え、相手の様相を正確に把握できない。情報防御が徹底されている。森で潰し合いになっている斥候兵からちらちら武装した魔物が報告されている。積極的に斥候兵狩りに参加していないことから物見か別働隊なのだろうが、報告されている個体が断片的すぎて数を把握できない。グラージの布陣が完了したようで開戦宣言などという儀式的な物も無く敵前衛の騎兵が動き始める。

 

「戦術師で【加速】を実行。重装騎兵隊AからDで正面展開。軽装騎兵AからCで右翼、DからF隊で左翼追従。銃騎兵は右左翼展開。」

 

 相手の前進に合わせ、こちらも被せるように加速させて進ませる。

 

「砲兵隊撃て。」

 

 初手の本命はこちら。二km後方にいる砲兵から三十発の砲弾が飛ぶ。前面に出てきていた騎兵当りから後方の丘に向けて着弾し大きな爆発を引き起こす。その周辺から更に控えているであろう後方に向けて追撃を撃ち込む。土煙が舞い上がり更に爆発が起こり視界を妨げる。しかし土煙の中のにある魔力反応に減少は無く、むしろその上方に防壁が張られているのが分る。砲撃も対策済みか。何度か撃ってれば多少の被害は出せるかもと五度六度と追加で撃ち込むが効果は芳しくない。障壁の端にいた個体の足が鈍った程度しか確認できない。その間に大きく展開した自軍の両脇から銃騎兵による射撃が行われる。敵騎兵前面に急展開された魔力により銃弾はあらぬ方向にはじけ飛ぶ。こちらも対策済みと・・・自軍騎兵と敵騎兵が加速し始め突撃体制に入る。敵側から銃弾が飛んでくるがあると分っていて対策していないわけもなく自動展開された『偏向防御』により銃弾は上空へ散らしていく。両軍の槍がぶつかり合い金属音が響く。一方的な展開になるかと思いきや三割弱が受け止められる形になる。そして残りは見逃されているようで敵軍の隙間を縫って進んでいく。敵騎兵は二体でこちらの一体を担当するように突撃を合わせ、残りは相対せずに通過させていく。そして後方にいるものが同じように一対二に受け止めていく。こちらの後方も相手の人数優位を覆すように受け止めた者を攻撃しようとするが展開されている障壁に動きを誘導され上手く潰しにいけていない。

 

「なんだこりゃ・・・」

 

 突撃に向かった軽騎兵は五万。敵方は三万程度と思われるがそれらが潰し合う展開になるかと思えば三万強はほぼ無傷で後方に受け流されていく。逆に絡め取られた自軍騎兵二万は敵軍の騎兵によって削られていく。このまま潰されていくのを眺めるわけにもいかず弓兵による狙撃と魔術師による支援攻撃を行う。初手こそ効果が多少はあったものの風で矢は飛ばされ、魔法は障壁で止められる。騎兵の中に強力な魔術師がいると見られる。砲兵に指示を出し、電磁加速砲の準備を始めさせる。捕まった騎兵隊に指揮官か魔術師、もしくはミーバ形態以外の者を探させる。そうしている内に敵兵に突撃を命じていた先行してしまっていた騎兵達が丘の間に布陣していた槍兵に捕まって対処され始めている。丘陵の谷は槍兵で止められ、迂回して丘を上がろうとするも沸いてきた馬防柵に突撃の勢いを殺される。突撃で柵を破壊すればその個体の突撃効果は失われ、次の者が進むことになる。その先も同じように柵で守られ突撃する意義は急速に失われていく。流石に無駄にするわけにもいかず突撃を諦め脇にそれて迂回し、それらを混戦になっている騎兵組への援護に向かわせる。槍兵や丘陵で足止めされている者も撤退指示を出し後ろに下げる。丘陵組が迂回、後退と突撃の動きが鈍ったところで丘の上部が爆発したかのように膨れ上がる。その魔力の動き方から魔法と考えられるが、距離的にこちらから手を出せる状態でも無く丘陵の騎兵は土石流によって押し流される。丘陵に登らず迂回した騎兵も森から矢、魔法による攻撃、沼から沸いて出た魔物によって足止めされ被害を拡大させていく。徹底的に裏を取られているようなおかしな違和感を感じる。周辺の魔力状況を再度精査するが魔法による監視も隠蔽も見当たらない。敵もミーバの視界から上方を得ていることは間違いないだろうが、それにしてもこちらの配置があらかじめ分っているような動きをされている節すらある。砲撃ひとつにしても上方としては知っていても、発射のタイミング、位置もすべて分っていたような完璧な対策だった。敵を倒すために組み直したが、相手の主力を見てみたいと電磁加速砲を起動させ上部に浮かせる。砲兵の魔力を注ぎ込み励起させる。狙いを左方丘陵にむけて加速砲弾を撃ち込む。直線軌道兵器ではあるが弾頭に仕込んだ偏向防御専用の解呪機構が弾頭が曲がることを許さず丘陵に着弾し爆音を響かせる。続けて砲弾破損時に生まれる広域融解魔法である『炉心創造』が周辺地域をマグマ域に変貌させる。しかし丘陵を破壊したその先に期待した一群はいなかった。丘陵の谷にいた槍兵と丘陵の裏にいたであろう少数の魔術師兵しか存在していない。敵軍の位置を探るために音響探知を広域に拡大しようとした矢先に自軍右翼の森と湿地から魔物混成軍、左翼の森からミーバ歩兵軍が飛び出してくる。こちらの展開した布陣の裏から出てくる形だ。魔物混成軍はほぼ全軍と思われる十万にミーバ兵が同じ数混じり合っているように進軍してくる。左翼の軍は逆に純粋なミーバ兵で構成されているようだ。両端から挟まれるように推定四十万の軍が動く。森からぞろぞろと再現ないと思われるほどにあふれてきて音響探知から得られる情報も精度が低く、およそというほか無い。両脇の軍から矢と魔法が飛来する。

 

「どういうつもりかしらんが数が大体同じ程度で押しつぶせると思うなよ。」

 

 前進した騎兵五万、遊兵となった銃騎兵二万と銃兵一万、残弾二発の砲兵三万。まだこちらには六十万弱の兵が控えている。右翼の魔物混成軍に対して重装歩兵二万と重装騎兵二万、軽装歩兵一万、斥候兵一万、魔術師二万の八万を足止めとして派遣する。残りを左翼方向に動かす。移動が始まる頃に乱戦騎兵から進化体らしいコボルト兵を発見したと報告が入る。剣を持っているが魔法を多用しており魔術師であろうと推察される。

 

「メッセージが受け取れれば楽だったんだが。」

 

 ぶつぶつ現状に愚痴をこぼしながら思案する。軽装兵と斥候兵、魔術師を一万ずつ自分につけ自ら乱戦騎兵の戦場へ向かう。戦術師から『加速』を受け取り早急に乱戦戦場に向かう。報告で上げられた位置をおおよそ確認し、支援魔法の動きから敵の現在位置を割り出す。それにしても敵の騎兵が装いしていたよりかなり強い。能力的にもこちらの騎兵に負けてないと思うくらいだ。自軍は頭打ちになってからも微量に強化されているが、敵軍も頭打ち近くまで強化されているように感じられる。これでは一方的に押し込めない訳だと納得する。そうなると足止めはともかく左翼軍の状況もあまり宜しくないかと考えられる。ミスをしたと舌打ちして悔やむも、当面の目標である敵進化体を討ち取っておきたい。魔術師に支援魔法の準備をさせつつ、乱戦戦場に向けて弓を構える。向かってくる敵を軽装兵にあしらわせつつ予想される敵の方向に向けて弦を引く。

 

 第二十弓聖技 破魔・峡

 

 自己を起点として前方扇状に範囲を絞って魔力を解体していく。自軍、敵軍共に魔法支援をかき消していく。ミーバ兵とその上空からガラスが飛び散るかのように魔力体が拡散していく。破魔の響きが鳴り止むと同時に魔術師が自軍に支援魔法を展開していく。一瞬だけ自軍が大きく押し込む形になる。魔力視覚、音響探知を展開し相手の動きを見る。こちらが強く押していけば相手も対抗して再強化に動き始める。

 

「見つけた。」

 

 ミーバの中に紛れながら隠れるように動く個体を感知する。その感知した方向に弓を構え矢をつがえる。

 

 一、十複合技 必殺

 

 魔力を集中させながらも別途魔法を展開し、敵との間にで魔力を感知させないように細工をする。第一技により任意の部位に矢を瞬着させ、第十技により無抵抗に致命傷を与える。より長い準備段階が終わり相手がこちらの攻撃に対して回避行動を取れなければ文字通り必殺。狙撃による欠損即死を狙う致命率の高い複合技である。俺の手から弦が離れ矢が撃たれる瞬間に緩慢に支援行動をしていた魔術師が急に倒れ込んだ。発射と同時に分っていたかのように倒れ込んだ為矢は空を切って飛ぶ。

 

「どういう・・・?」

 

 打たれるタイミングをまるで分っていたかのような動き。しかしその後の動きからすると射出方向は分っていないようでうろたえてすらいるように見える。

 

「・・・見られているのは確実。魔法でなければ・・・まさか目視か。」

 

 反射的に周囲を見回すが、自分がぱっと見た程度で分る場所にいるとは思えない。広域探査をした際にも戦場の範囲内で隠れている敵はいなかったと思う。そういうのが自軍にいるのなら高空からの視認に対してモザイクを掛けていたのも納得する。純粋な目視であるがゆえにその程度でも阻害できる可能性がある。確認の意味もこめて『濃霧』の魔法を発動する。しかし強い竜巻が霧を吸い込み霧散させる。効果があって消そうとしているのか、そうみせかけているのかは置いておいて、何かしら視界を阻害すればそれを解除するパターンが作れると見た。魔術師に指示を出してあらゆる方向に、ただし歯抜けに高く石壁を出す。魔術師の動きを確認すると、乱戦の中でこちらを警戒しているのがうかがえる。無駄に魔力を込めて魔術師に向かって曲射を行う。魔術師は恐らく障壁で矢を受け止めた。矢の挙動からすると二枚くらいの壁を貫通したかな?概ね相手の実力を把握したところで自分の姿を『幻光』の魔法でぼやかす。通常視覚で見ると影だけが見え何かがいるとしか分らない。『幻像』を重ねて同じ姿を作り出しダミーを増やす。全てを一斉に動かし、本体である自分のダミーを追加で出すと共に壁の裏に移動する。こうして俺自身が特定の方向からしか見えない状況を作る。魔術師を囲むように幻像を動かし攻撃態勢に入る。重ねて俺も同じように弓を構える。魔術師は魔法で俺の位置を探ろうとしているはず。先ほどと同じように魔力を隠蔽しつつ構えを取る。

 

 第十弓聖技 非情

 

 輝く矢が発射されそれに一歩遅れて幻像が見せかけの矢を放つ。魔術師の癖かやはり障壁で防ごうとしているのが見て取れる。視界の隅で一瞬光が反射されるのが目に入る。非情は通常に比べ弾速が遅い代わりに軌道上にあるもの全てを侵食する。魔術師が対応を変えて呪いの矢を攻撃魔法で迎撃する。正しい対処法だ。そして相手の種も分った。竜の目を打ち上げその方向に絞って索敵を行う。一km先の高い木の上にしゃがみ込む青いミーバ兵を視認する。気配を遮断してはいるが目視は出来る。遠距離から観測するのが前提なのか隠れ方が雑とも言える。こちらからも矢で直接狙うのは難しいが矢でなければさほど問題はない。今行うべき事はその監視兵をその場から退場させることだ。

 

 四、六複合技 凋落

 

 魔力は飛び不意打ちと言うべき衝撃が彼女を木の上から吹き飛ばした。視界に映った光の反射は鏡のようなもの。彼女はあくまで強化された視覚を持って何かを発見するタイプと見た。魔力を隠し乱戦に飛び込む。魔力視に頼り味方の間を駆け抜け隠れながら戦場を操る者。

 

「ベゥガの配下かな?名乗る必要はあるかい?」

 

 目的の相手の側面から陽光石の剣を突き立てる。魔術師はそれを反射的に剣で弾く。

 

「遊一郎殿・・・ですね。ベゥガ様配下のブラウと申します。お見知りおきを。」

 

 流暢に人類語を話す彼女を見てほぅと思いながら剣を切り返す。剣技のレベルは俺より低いながらも防御に徹すればそれなりにしのげるようだ。

 

「あまり時間を掛けてやれないものでね。」

 

 手数を増やしブラウを追い詰めていく。

 

「光栄ではありますが・・・そう簡単にはやられませんよ。」

 

 広大な戦場で一人対多数の戦いが幕を開け始めた。

武器名の間違いを修正

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