狂乱する箱庭
その瞬間を待ちわびた天上人はこれ以上無い歓声を上げた。今期の盤面においてこれ以上の戦いは無いと。そして過去の盤面において自らを有利にするために神を降ろすことはあっても、倒す為に呼び出すなどということは無かった。膨大な労力を可能性の少ない自己満足未満の意思を満たすために行うなど、それこそが高みから見下ろす神々の最大の娯楽だった。委員会が主導する賭けは勝敗のみ。チェイスのこれまで行ったことを考えれば当然チェイス勝利、遊一郎敗北に賭け札は集まる。現実的な大穴として引き分け。一発逆転を狙って投入する愚か者も多い。これまでの実績を考えても遊一郎勝利に賭ける者は極々わずか。失っても良い賭け品を乗せて笑って見ているだけだ。
「出力が低いとは言え神は神。どこまで持ちますかな。」
「まあ。半歩手前までが限界でしょう。」
「しかし器に仕掛けた物次第ではもっといけるのではないかな?」
「アレを相手に仕掛けで勝つなど・・・」
娯楽を前に見物という目で見ている者達からすれば、何よりぽっと出の数十年の実績よりもチェイスが持つ数千年相当の実績には叶わない。かの神は多くの者に疎まれながらもこれまで生き延び、周囲を沸かせてきたのだから。主催側の賭けは事実上賭けにならず旨味が無い。各グループ、個人同士での賭けが白熱する。最初にダメージを受けるのはどちらか、戦いが何分で終わるか、転倒する回数は。戦いの移り変わりゆく度に歓喜と絶望の声が上がる。
「見苦しい姿ね。」
「かつては君もあの中にいただろうに。」
「好きでいたわけでは無いっ。」
アテナの言葉を大国主命が茶化す。これを見苦しいと感じる者も少なくは無い。だがそれでもこれに参加しなければならないとなる時は概ね自分だけでは解決出来ない問題を抱えた場合がほとんどである。
「遊一郎は・・・戦闘スタイルが少し変ったか。」
チェイスと相対する遊一郎の動きを見てザカンがつぶやく。
「それこそ君の入れ知恵ではないのか?」
アテナを横目に大国主命は小さくザカンに問う。ザカンは静かに首を振る。
「なんだ、こそこそと。」
「君が知らない方が幸せな話かな?」
隠し事をされていると見たアテナが反応するが大国主命は嫌疑を認めつつはぐらかす。アテナはため息をついて映像に視線を戻す。追求したところで真の答えが返ってこないことは分っているからだ。
「いくつか案件を紹介した神がいるが・・・その影響はあるのかもな。」
ザカンは戦闘前の記録を見返しながら考えを述べる。チェイスの仕込みと同様に記録の上では遊一郎に老人がいたという事実は無い。ただ遊一郎の近くに第三者がいるであろう事は推察できた。確定的な証拠が無ければ追求は行わない。面白ければそれでよいという天上における悪癖を利用している形だ。
「チェイスが裏から手を回したわけでも無さそうだが?」
大国主命は見せられた記録を見ながら、更に外側からの情報と比較して確認する。これがチェイスの差し金であるなら予定調和で場を盛り上げる為の演出でしか無い。遊一郎に勝ち目は微塵も無い。それでも過程は楽しめると、大国主命は記録の閲覧を辞める。結末が分ってしまっては興ざめだ。チェイスが器から解放され、お互いの目的を考えればこれからが本番という状況になる。時折動きの悪くなるチェイスを遊一郎が苛烈に責め立てる。ただそれだけで神々は盛り上がる。
「茶番だな。」
ザカンはこぼす。チェイスを知り、不当を受けた者からすれば過剰な演出にしか見えない。
「茶番は嫌いかい?娯楽性が必要無いなら、こんなものくじ引きで決めてしまえばいいことだよ。」
結果の決まっている演出。茶番だとしても天上を破滅させずに維持するには破壊性以外の発散が必要であると大国主命は説く。過剰な能力を持つ者同士であればたとえ運試しですら力の優劣の影響を受ける。だからこそ直接的な介入が難しい環境を作り、そこに神の力によらない者を投入して結果を得る。そこに娯楽性を導入したため話が大きくなっているが、逆にそれが極端な不正を防ぐ抑止力にもなっている。当然不正が全くなくなっているわけでは無いが。チェイスと遊一郎の戦いは一進一退に進んでいるように見えなくも無い。だが遊一郎の苛烈な攻めをチェイスは数手でひっくり返す。エネルギーの流入量からしても遊一郎の勝ち目は無くなったと言ってもいい。
「間に合わないか・・・」
アテナの落胆した声が漏れる。多くの状況に支えられチェイスの動きを制限できる可能性のある所まで至りはしたものの、それを達成する前にチェイスが遊一郎の攻撃を全て対処出来るだけの力を得てしまった。予測における閾値を超えてしまった瞬間だった。遊一郎が新たな力を考慮して再計算されたものだが元々の時間から数分延びるだけでしか無かった。煌びやかな剣が展開され遊一郎がチェイスを追い詰めようと攻撃を更に増やす。チェイスは対処に追われその場から動けなくなっているが、だからといって命の危機に陥っているわけでは無い。その剣が浅く神の体を傷つけようと修復不能なほどのダメージにはなり得ない。最初のチェイスの宣言通り、チェイスの降臨が完了した時点で遊一郎の挑戦は終わってしまうのだ。多くの者の目からはすでに終わっているも同然なのだがチェイスは強引に戦いを終わらせること無く楽しんでいるに過ぎない。
「あ。」
注視する誰からも明らかなチェイスの不自然な動き。天上が凍り付いたかのように皆がその一瞬に目を奪われる。チェイスから吹き出す呪いがチェイスの動きを防御網を停止させ無力化する。少なくない者達はこの世界にそんなものがあったかと首をひねり記憶を探る。
「やりやがった。」
大国主命は嬉々とした声を上げる。管理委員会として無いはずのモノがそこにあると言うことだけは理解出来る。しかしそれが明らかな不正な持ち込みであると確証が無ければ見逃される。アテナはその希望に見える光景と不正である可能性に微妙な笑みを浮かべ、口角を下げてザカンはその結末を静かに見守る。遊一郎が貯めた一撃を速やかに振るう。ユーキという異常を除けば、その攻撃の全量は歴代最大のエネルギーであり、無防備な器を消し去るに十分な量だった。一秒にも満たないその瞬間を神々はコマ送りのように見守る。剣が動き、エネルギー体がそれを後押しする。チェイスがその呪いから解放され防御態勢をとる。空になったエネルギーを動かし充当することすら間に合わないほどわずかな時間だった。反射的にかざした腕は障害にもならず寸断され、わずかにエネルギー変換が行われただけの二の腕を切り裂き、最後の胴体の硬化が間に合うかが戦いの結果の分かれ目だった。
「警告?」
委員会の面々に送られた警告音。軽度な世界崩壊危機、瞬間エネルギー流入量超過、選定者に対する不正接触検知。その一瞬に気を取られた瞬間に遊一郎の一撃は砕け散った。どちらに対応するか判断に迷うアテナ。警告を完全に無視した大国主命とザカン。
「これは・・・?」
アテナの迷いも一瞬、全ての警告がその戦いの結果によって導かれただけだったと気がつく。遊一郎の攻撃により世界の杯に衝撃が与えられる。遊一郎の攻撃とチェイスの降臨完全化と防御行動が重なったため世界に流入するエネルギーが過剰化したこと。そして降臨したことにより神と判定されたチェイスと遊一郎が近くにいること。召喚ならば委員会を通さずに世界に降り立つことが出来る。警告が与えられるのはそれが不正がどうかを確認する必要があるからだ。
『君たちの最後の呪いが発動し私は一瞬動けなくなった。そして君の攻撃が放たれた瞬間に私も力を完全にした。光に包まれ周囲も見えず何が安全か分らない状態で確実に命を繋ぐため私は君の一撃を防ぐことにした。掲げた手は間に合わず切られ、強化した上腕を切られ、そして強化された体に当たってようやく受け止めたという結果だよ。』
神格を解放したチェイスが遊一郎を讃える。その間にチェイスは神として世界を保全する。遊一郎を外部悪環境から保護し、熱した大地を正常化、貫通した攻撃の穴埋めと再生、大気中に拡散した毒性物質の分解。本来委員会で行う作業を現場にいた神として世界を補修していく。静かだが戦いが終わった事を意味していた。チェイスの賞賛を境に天上が沸いた。ニンゲンが完全な上位種に傷を付けかつ認められる。多くの者が賭けの結果に乱舞し、偉業を成し遂げたニンゲンに届かない賞賛を送る。
「あとわずか0.03秒。惜しいといえばそうも聞えるが・・・チェイスが生き残るには十分な時間だったな。」
残り時間を最も詳細に把握していたザカンは見えてしまっていた結果に息を吐く。既に意識がほとんど無いであろうぼろぼろになった遊一郎を前でチェイスが構える。管理者権限を行使すれば手に触れずとも消し去ることも容易な相手に、自らの体を持って止めを刺す。これもある意味賞賛と言えるだろう。全く動けない相手に、万策尽き行動不能、相手の思考と記憶を瞬時に読み取れる状態で、ここに罠があると誰が考えようか。チェイスが遊一郎の胸に手を滑り込ませ心臓をつかみ取る瞬間に異常事態が起こる。チェイスと遊一郎の接触部分から異常なエネルギーが励起される。驚くチェイスはとっさに管理者権限を用いてその魔法の停止をさせたに違いない。どんな試みが行われようとこの世界で構築されたものならすべからく管理者の支配下にある。誰もがそう考えていた。しかしチェイスが抵抗したにも関わらずその魔法はチェイスの姿を世界から消す。再び天上に沈黙がもたらされた。
「は?」
遊一郎が限りなく黒に近い不正で逆転したかと思えば、正常な手順でそれを跳ね返したチェイス。それをまた完全にこの世界にないもので逆転に導く。誰がこんな絵図を描いたのであろうか。歓喜し、落胆した大国主命から聞いたことも無いような声が漏れたことを誰が指摘しようか。遊一郎に肩入れしていた多くの者が同じ事を感じたに違いない。
「こ、こういう場合の勝敗は・・・どうなるんだ?」
遊一郎はその場に倒れ、勝敗の結果が多くの者からこれだという判断がつかない。
「委員会!判定はどうなんだっ!」
勝敗には一定の基準がある。戦いにおいて相手を倒す、対戦相手が負けを認める、のようなことははっきりわかりやすい。勝敗がほぼ確定した所から第三者によって勝者が消される。そういったことが無かったわけでは無い。その場の介入のタイミング、外部からの不正の有無、当事者による裏工作、それらが考慮されて勝敗を確定する。それも委員会の役割の一つである。
「い、いま調査しています。」
我に返ったアテナが取り敢えず声を上げて混乱状態の者達に落ち着くように指示し加速状態に入る。
「ど、どういうことなの?」
アテナ自身もパニック気味に記録を調べる。遅れて我に返った大国主命も並列化して記録をあさる。
「・・・チェイスの思考が停止したことを確認した・・・」
何が起こったかは分らないが、何かの結果チェイスが事実上の死を迎えたことをザカンが報告する。
「は?」
大国主命が理解出来ないと声を上げる。
「結果だけ見れば選定者遊一郎は世界に生存、そしてその命を落とす前にチェイスは世界から消えた後死亡が確認された、ということだ。」
ザカンは重ねて報告する。
「現在の遊一郎の状態は?」
大国主命は記録を注視する。
「致死・・・であると思っていましたが装備はともかく重傷なれど状態異常は軽微・・・外的要因の追加無ければ死亡する可能性は・・・ありません!」
アテナが振り絞るように声を上げた。腑に落ちない要素しか無いとはいえ求めていた希望といってもいい。疑問を払拭する必要は無い。結果だけがその心を奮わせた。
「発表はどうする?不可思議であることには違いないが。」
ザカンはその結果だけを公表して観戦者が納得するか疑問に思う。場合によっては暴動だ。後々で覆る可能性すらある。何がどうして過程を知らずして、ニンゲンが神を討ったなどと信じるのか。自分もそう言われたところで信じる気にはなれない。
「公表はしてしまおう。チェイスが死んだという結果は事実であり、記録を見る限り指し手の介入は感じられない。裏工作を調べて浮き上がった所でその場で分らなかったことは掘り返さないのがいつもの慣例だ。」
状況は気になるものの現状の記録を見返す限りチェイス以外の指し手がこの戦いに介入、裏工作をした記録は見つけられない。それならば従来通り勝者を確定しても問題無いと大国主命は言う。
「今分らないのなら、後がどうにしろ従来通りで。」
アテナがそれに賛同する。ザカンも軽く悩んだが、実際それを覆す要素も無く暴動が起こらないことを祈りつつもその方針に従うべく頷く。
「観戦者の皆様、委員会からの見解を発表します。前提として過去の慣例通り現在見えぬ不正については考慮していないことをまず心にとどめて欲しいこと。そして今現在、指し手、選定者、そして観戦者の皆様からの直接的、間接的な介入は見られません。一部不鮮明な部分はありますが、こちらに関しても確定的な証拠が無いため参考にいたしません。」
大国主命は委員会を代表して報告を始める。
「対戦カードである選定者紺野遊一郎は現在重傷状態ではあるものの自力生存が可能であり、外部介入が無い限り死亡する見込みが無い事。相対する相手であるチェイスは謎の現象により世界から姿を消し、先ほど待機所にある肉体から思考要素が消えたことが確認されています。」
委員会からの報告を聞き、観戦者に動揺が走る。ここまで聞けば自ずと勝敗の結果を理解することが出来る。
「従って勝者判定の規定に従い対戦者の生存、死亡がはっきり確認された状態であると判断し、本対戦カードの勝者は紺野遊一郎であると確定いたします。」
大国主命の宣言をうけて、会場が再び大歓声に包まれる。偉業というには小さすぎ、もはや奇跡の領域にある。賭け札の動きも激しく戯れに遊一郎に賭けた者達には莫大な褒賞がもたらされた。納得できないという声も小さくないがそれを覆せる証拠も無く、その話に耳を傾ける者は少ない。
「調査してる側だって分ってないんだから・・・そう言われてもなんもしようがない。」
委員会は小さな報告も聞く義務はあるが、その声を聞いても出来る事はほとんど無い。
「取り敢えずはチェイスの存在座標をチェックしている。」
ザカンは消えた側の調査を進めている。アテナは現存している遊一郎の調査を行っているがその進行も芳しくない。
「何かされたのは間違いないけど・・・転移系が施されていたみたいだけど、術後の痕跡だけで他は綺麗さっぱり消失してるわね。遊一郎側にはこれ以上痕跡は残ってないわ。」
アテナが残念そうにつぶやく。大国主命もそのデータを閲覧しながら状況を確認する。チェイス憎さに手を抜いた跡も無く不備はない。
「なるほど・・・」
逆に丁寧過ぎる手管を見て大国主命は納得する。
「分ったのか?」
「思い当たりはするけど確定は出来ないね。そこに至る証拠も無いはず。それを残すような方ではないよ。」
アテナが振り返るが大国主命は両手を上げて返す。その顔は残念そうでも無くむしろ笑みを浮かべてさえ見える。
「追跡はここまでだな。ここから先は消失している。」
ザカンがだるそうに背を伸ばす。そのデータを他の二人が見る限り四つほど移動軌跡が示されており、各指し手の宇宙観の一つである何も無い空間に転移して足取りが途絶えている。調査の妨害をしたかったのかされると困ることがあるのか、現状では分らない。
「後は現地調査だな。」
ザカンの発言にだるいなと大国主命は返す。その軌跡の終着点の一点を見てアテナが悩んでいる。
「この世界は本当に彼の創造した世界か?」
他の記録を見てのその世界は確かにチェイスの所持世界となっている。その理路整然とした機械の歯車が動いているような規則正しい世界観。確かにチェイスが作るには遊びが少なすぎると見えるが、彼がそんな世界を作ったことが無い訳では無いと大国主命は知っている。だがアテナに言われれば違和感を覚えなくも無い。彼が楽しみを見いだすような一点が何一つ見受けられない。これは只動いているだけの世界と言えなくも無い。大国主命はザカンを見てそして頷く。
「皆が納得するようにその世界の元の持ち主を探そうかね。」
ザカンを見送り大国主命はアテナに促す。そしてその先には・・・
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決着がついて七ミリ秒後。
「ここは?」
チェイスは周囲を確認する。自分の姿は変らないが管理者権限は失われているので世界が変っていることは理解出来る。神格能力により世界座標を確認する。自分の世界にいるようだが覚えが無く、管理者権限がないのも気になる。周辺宇宙は鈍い赤に包まれ重力の乱れが酷い。どう考えても崩壊寸前の状態だ。時間の流れが緩やかで意図的に崩壊が止められていることも理解出来る。嵌められたということはこの世界は崩壊に導かれる。即座に脱出しなければならないと天上へ退避指示を実行する。
-管理者権限により実行出来ません。-
無機質なアラートが脳内に残る。チェイスは悩む。自分の世界でありながら管理出来ない世界など作るだろうか。悩む前に対策を講じなければならないと考えを切り替える。目の前に老人の姿が現れる。神々の中では良くある容姿形態だ。妙なプライドさえ邪魔しなければ他と同じ姿を取ることも不可能では無い神々において姿形だけで判別する事は危機が無いときだけである。そしてこのタイミングで表れたならそれはチェイスの敵でしかなかった。
「やはり覚えていないか。」
老人はため息をつく。
「何者だ。」
チェイスは神格に対して判別を行うも隠蔽しているのか自らの持つリストに見合う者がいない。
「お前がこの世界に記憶がないならお前はここを見てもいないと言うことだ。そしてそれ以外から私を判別する手段はない。私の名は既に天上にはないからな。」
神格でありながら天上に名前がないということは死亡しているか、もしくは世界を持っていない新人でしかありえない。世界を管理する、創造したことがあって生きているなら名前が無いはずがない。
「世間的には死亡したことになっているのかな?実のところ詳しいところは私も知らない。ただそういう集まりの中で名前を破棄したということでしかないからな。」
老人はチェイスの疑問を読んだかのように続ける。
「お前に理不尽な仕打ちを受けた者達。正当な結果であれば誰もが文句を言うまい。限りなく黒の判定にいるお前だからこそ我らはお前を許せない。」
老人は神威を強くする。
「誰かは知らないが、勝負事において負けたのならそれは素直に受け入れるべきだ。不正も力の一つ。それは暗黙の了解だろう。」
チェイスは老人を糾弾する。
「事実だ。しかしそれの度が過ぎれば怨を得る。積もり積もった負債を精算するときが来たのだよ。」
老人は世界を動かす。熱が重力が世界の均衡を乱す。熱は光を生み重力は穴を作る。穴は光を喰らいいつしか世界の境界すらも引き寄せる。
「精算だと?精算は既に終わっている。こんな馬鹿な話があるかっ。」
チェイスが叫ぶ。もはや移動の意味は無い。移動する先がこちらに迫ってきているのだから。
「それが分らないから、貴様なのだろうな。」
老人はつぶやいてから静かに目を閉じた。時間が加速し始める。チェイスは老人の頭を掴む。もはや管理者権限を奪う以外に脱出の方法は無い。その意識は無用なほど複雑に編まれており少なくとも一柱二柱の手管では無い。そしてその手が老人から離せない事に気がつくまで百ミリ秒。全てが罠。老人に向かって世界が収縮する。
「これが・・・私の結末だt・・・・」
世界は閉じ一つの闇となる。闇は穴から現れた手に拾われその空間には何も無い、『無』だけが残る。転移後チェイスが生存していたのは1754ミリ秒だけである。
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「やはり何も無いな。」
空間の無。後ほど作るつもりであったのか宇宙観の広大な空き。何も無いところに何かあれば直ぐに気がつく物だが、逆に怪しいと思えるほど何も無い。しかし何も無ければ追跡も出来ない。ザカンは意味の無い調査を切り上げ他の者の結果に期待して帰還した。こうして天上には長く裏で君臨した邪神が事実上の死を迎えたという事実だけが残されてしまった。
次「結章」の数話で最終となります。




