俺、詰められる。
チェイスが攻撃力を持つのはもう少し後の展開だと思っていたが、最後まで反撃されないとは全く考えていなかったのでそこまで動揺は無い。そのタイミングが思った以上に早かったので流石に驚きはしたが。しかしステータスの入れ替えはともかくスキルの入れ替えは想定外だった。個人のステータスの内に参照元がないと考えていたからだ。ともすると現時点でチェイス自身が神性スキルを何かしらの形でプールしていることになる。他に何か持ってきている場合は何か予想外の
「やはり考え事をしているときはそれなりに反応が鈍いな。」
チェイスが踏み込み手を入れてくる。
「そちらも面白いことをしてくるから予測先が増えてしまってねっ。」
盾の端を使ってチェイスの手を打ち落とす。体勢が崩れて頭が落ちたところに向かって【風圧】を斜め上から撃ち込み倒そうと試みる。チェイスは首を上げて口角を上げながら左手で風圧を払いのける。そのまま力強く踏み込んできて俺の腹に向かって頭突きを敢行する。頭と腹の間に手を入れるも体制的にも相手の体全体の勢いを止めることは出来ずに大きく吹き飛ばされる。実際には手と足の力で威力は殺しているのでダメージはそれほどではないのだが。チェイスはすっと体を持ち上げ含み笑いを消さず親指を曲げた手をこちらに差し出す。親指が動けば体に甲高い音と衝撃が走る。指弾に類する物だと思うがえげつない威力と連射力である。無様に受け続けるわけにもいかず【空中歩行】をかけて空を蹴り軌道上から外れるように宙を蹴り大地を走る。弓を構えて走りながら速射で牽制する。しかしその牽制もチェイスは回避、防御すらせずに平然と体そのもので弾いてみせる。
「ステータス周りも入れ替えで補強。一部とがって育っていたのは元々これを想定してのことか。」
俺は防御に穴があるか確認の為に狙い所を変えながら小話を始める。
「君がそうする可能性も十分にはあったとは思うのだが、やはり君は|見てきた物しか知らない《・・・・・・・・・・・》ようだね。創造性がそこまで高いわけでは無いようだ。」
チェイスは返答を返しながら、今度は指弾ではなく足下からえぐり取った土塊を野球投げしてくる。真っ直ぐだけかと思えば重量的にあり得ないと思えるほどカーブやスライダーを効かせてくる。俺はそれらを回避で対処していく。球数が指弾に比べれば圧倒的に少ない。回避と弓で対処出来ない範囲では無い。
「つか『幻想』使えるって事は現時点でほぼ万能じゃねーか・・・よっ。」
飛び始めの土塊をも目標に収めて-弓聖技群燕-を放つ。当時では画期的でも今では一手で多数の選択を迫れる牽制技でしか無い。この世界において数を打つということは一撃でも当てて意味があるときか相手の防御の耐久を削る意味しか無い。土塊を二発の矢で相殺し、残り四十五の矢がチェイスを襲う。現水準からみれば単発の威力は決して高くは無いとはいえ仮にも弓聖技である。無視できるほどのものでは無いと思っていたがチェイスは余裕を持って体で受け止める。
「硬気功の類いか。」
「ははは、今更だね。」
武器を持つまでも無い。体に十分な強度を持たせられる鈴の体なら体術一つで全身を武器と出来る。チェイスが世界のルールに基づいて『幻想』により都合の良いあらゆる体術をアーツとして生み出している。習熟や時間、条件をすっとばして結果を得る。起動条件まで無視しないのは『幻想』の限界なのか、未だに天上における娯楽を重視しているのか。チェイスはまだ余裕を持って会場を盛り上げる段階に過ぎないと言うことだ。前の言を信用するならミス無く生き残れば最終段階まで俺を本気で殺す気は無いという事なのかもしれない。舐められた物だと思うが実際には状況に気がつくのが遅れ、チェイスが先手先手と余裕をもって歩を進めている。
「そうだな・・・何故最高の結果を求めようとしているのか。相手は圧倒的な格上だぞ。倒せただけでも御の字だろう。」
俺はある意味諦めたように笑う。チェイスが戯れに投げてくる土塊を武器を切り替え、一閃。チェイスは俺が豹変したように笑ったのを見て少し呆けたような顔で動きを止める。
「探りとか手加減とか自己負担とか悩んでたのが馬鹿らしい。残り三十分も無いくらいか。全力で詰める!」
金糸雀、鶸に加えて萌黄を加える。肉体ステータスはギリギリのところだが精神系ステータスは飽和し始め頭痛が強まる。
「割り切ってきたか。ニンゲンはここからが面白い。どんな華になるか楽しみにするとしよう。」
チェイスは余裕を崩さないまま構えを新たにする。前に出ようと前傾姿勢になる前の段階で菫を降ろして大地を蹴る。蹴った寸前に菫を下げて桔梗を降ろし、【聖雷】【陽閃】と最高峰の電撃、熱線魔法を行使する。到達が早く持続時間が短い、一撃に特化した魔法だ。この世界において一撃に特化下魔法は常用するには良くは無いが、高い攻撃力は明確な理由さえあれば使用する意味を持つ。ダメージを受けないにしろこのような魔法は最硬防御の持続時間を大きく減衰させられる。鈴の性能なら回避するのが常套手段だが、こちらを舐めている、というよりも相手の策を正面から打ち破ろうとするチェイスの性格ならまず間違いなく回避しない。神雷を左手で受け流し、陽閃を右手で受け流して弾く。桔梗を下げたまま、萌黄の人形遣いで銃を二十四と限界展開する。スキルを駆使してグループ分け、並列行動、同時行動、追従行動。四本の同時行動を二組ずつ追従行動させてそれらを三セット構成して並列起動する。秒間百八十発の銃弾がリロードの隙を埋めながらサイクルし俺の頭上を旋回しながらガトリングのように貫通弾を放つ。弾幕の数だけなら秒間三百発近い数がチェイスに向かう。弾は直線的だが三組のグループが位置や角度を変えながら回避スペースを潰していく。貫通弾故に最低ダメージが保証されているだけでそれ以外の要素は決して高くない銃弾だが、5万発の内五%でも命中すれば想定する鈴のHPを削りきれる算段ではある。なおかつステータスを入れ替えながら戦っているチェイスならば、そのHPは常に最大値を保っているわけでは無い。もっと低い値でダウンする可能性すらある。尤もそれに期待する気はさらさない。金糸雀を下げて蘇芳を降ろす。
「のっけから派手に来たねっ。」
若干驚いたのか気持ちうわずったような声を出してチェイスは瞬間移動で回避。既にチェイスの移動力はとんでもない値になっておりその瞬間に一km近く移動できる可能性も高い。しかし性格的に見えなくなるほど大きく逃げるとは思わない。そうするならもっと何かを仕込んでからのはずだ。もう終わらせるなら一瞬で可能なのだから。その希望的観測に基づいて銃弾を地面から十cmより上側を狙って全周囲にばら撒く。神速の瞬間的な隙とも言える。移動完了までコンマ数秒、出現して移動するためにもう一度大地を蹴るまでのコンマ数秒。これらの間は世界のルール上回避行動が取れない時間となる。つまり出現先に攻撃が置いてあるなら事実上回避不能なのである。チェイスが現れ目の前にある銃弾数発に当たる。再び消え、更に離れた場所へ逃げる。あらかじめ撃ったれた銃弾がまだ届いていない範囲だ。俺は無言で笑う。何でも無いただの挑発だ。ただ数発当てるためにその三千倍は銃弾を放っている。正直効率から考えれば無駄な事この上ない。銃弾だって無限では無い。こんなことは五分も続けられない。この攻撃をしのぐためには逃げ回るしか無いのかと挑戦状を叩きつけているのだ。チェイスも笑い返す。当然向かってくるだろう。一番の正解は潤沢な移動力を持って銃弾の発生源である銃口の内側に入る事である。チェイスはこの罠に乗るか乗らないか。手っ取り早く罠に飛び込み攻略を試みるか、回り道をして穴を探して攻略するか。しかしこんなことを考えるのは無駄だ。当然チェイスならこの罠に乗ってくるからだ。十分に余裕がある今ならその罠をかみ砕いて俺を笑いにくるだろう。俺とチェイスの間でわずかなやりとり、そしてお互いの瞬間的な解答。銃弾がたどり着くまでにチェイスは消え、消えるのを確認することもなく俺は弓を構える。
-第十七弓聖技 幽玄-
当たらない矢を如何にして当てるか。歴代弓聖達の課題は概ねそれにつきる、と思う。動くより早く撃つ、当たるまで追いかける。これらは四代目である不運の弓聖によって物質的な物については取り敢えず当たるということを達成される。次は感知出来るのに当たらない霊体や矢弾より早く動く物に焦点は当てられてゆく。武聖の中でも倒すことよりも当てることに固執しすぎている感すらある。霊体を克服し、そしてより当りづらい状況に対応し、そしてついに異次元に矢を届けた。この幽玄という技は多くの瞬間移動スキルが経由していると思われるより早く移動できる世界の裏側、ワープでいう所のねじ曲げた空間の入り口と出口の間、とある世界なら肉体を分解し再構成する瞬間、存在するであろうという確率が確定した瞬間、等狙った相手のこの世界にいない瞬間を打ち抜く不思議な技である。システムにの乗っ取って出来たんだからしょうがないという、少しだけ魔法に詳しい十七代目が開発したニッチな技なのである。そもそも相手がそこに存在する時間がわずかしかないのに何故そこを狙ったのか。もはやその瞬間に当ててみたかったからとしか言い様がない開発動機でもあった。課題も課題で「当たったら驚くような状況に当たる技」という奇っ怪なネタを提供した十六代目も中々なのだが。放たれた矢は狙った相手の状況に合わせて姿を変える。なお相手がただ現世にいるだけならそこそこ早い矢弾でしかない。弓聖とまともに戦おうという相手ならまず当たらないレベルの普通以下の弾速である。鈴の瞬間移動は移動力の範囲内で世界の裏側を通るタイプで、システムによる瞬間移動はほとんどがこのタイプだ。使用者は一瞬だけその世界に隔離され、そして指定した位置に出現する。幽玄は命中条件を満たせば即座に相手に届き命中する。そもそも瞬間移動が一瞬で行われるから当然なのだが。相手を逃がさないという目的もありコンマ数秒とは言え当たれば現世に引き戻し強力な衝撃を与える効果もある。チェイスと目線を交わしてからわずかコンマ五秒で地面にチェイスが転がり落ちる。楽しみの為かチェイスも俺の保持する能力の全てを見ていないと見える。でなければこんな安易な罠に乗らないだろう。なにせ幽玄を撃つタイミングはそもそもシビアなのだ。絶対に使うというタイミングでそちらに弓を向けていないとならい無いのだから。声にならない叫び声を上げてチェイスが転がる。それを石柱で打ち上げ、銃口をチェイスに向けて斉射する。落下が終わるまでにチェイスの体は肉塊になる見込みだが二秒ほど銃弾にさらされた後姿が消える。再度周囲にばら撒いてもいいが、一端乱射を収める。逃げはしないだろうが視界外で数秒ぐらい頭を冷やす時間くらいは作るかも知れないからだ。俺は舐められている内に押し切る必要があり、チェイスはどこまで舐めプしていいいが線引きをしなければならない。俺が格下なのは変らないが、チェイスも客を楽しませなければならない。本気を出して瞬殺するだけではダメなのだ。一度どこかに移動したのか一拍おいてから俺の視界の中に移動してきた。平静を装っているが内面はどうかわからない。
「この罠はくぐり抜けられなかったね。やはり知らないと言うことは面白い。先を見通し続けてる連中は何を楽しみにしているのか本当に理解に苦しむ。」
チェイスは大仰な動作で悩む仕草をとる。
「昔のことを考えると失敗するのが不安だからだろう。失敗しないに越したことは無い、避けられるなら避けたいと思うのは当然の心理じゃないかね。」
俺は剣を構え、わずかな休息として萌黄を降ろして頭を休める。
「そうか私はむしろ成功しかしない代わり映えの無い未来に飽き飽きしていたがね。」
チェイスはぼやく。
「俺もそう言ってみたいよ。」
俺はそう言って、蘇芳を下げ朱鷺、菫を降ろして突っ込む。チェイスは上体を下げて横一線を回避。無理な体勢のまま右手と共に踏み込み俺の腹を狙う。俺はその手を左手で掴む。チェイスは俺を見上げる。
「接触と触られるは定義が違うよなぁっ。」
俺は叫びながら蘇芳を降ろし、悲鳴を上げる全身を無視してチェイスを無理矢理引っこ抜いて投げる。ただ宙に投げただけだ。金糸雀を下げ、きしむ体に耐えながら弓を引く。前例があり手段は分らないが空中といえど逃げられないとは考えない、即座に代償を重ねてでも瞬間に撃てる最大の一撃を叩き込む。
-第十、十六複合技 無情-
お互いに訪れる虚無の時間。矢が飛んできているとお互い分っているのに何も行動を起こさない。お互いの視線だけが交錯し、一秒後にチェイスに矢が突き刺さる。そして内側にある矢弾から無数の棘が伸びてチェイスを食い破る。チェイスが転がり落ち、息詰まった俺も大きく息を吐き出し呼吸を荒く乱す。止めを刺すべく朱鷺と菫を下げて萌黄を降ろす。銃を持ち上げ全弾チェイスの落下地点に向けて撃ち込む。ログが小さなダメージで埋め尽くされ想定されるHPを削りきれる。そろそろかというところでログが止まる。銃弾の射出は止まっていない。俺は時間切れを悟り銃をしまう。
「本当にぎりぎりだった。鈴の体も決して弱くは無い。私も余裕を持ちながらも冷や汗を掻きもした。私を、観客を楽しませるという点では君は大きく貢献したと言えよう。」
土煙の中からかなり大きく背の伸びた人影が現れる。神らしさを見せるためかトーガを纏ったにこやかに笑う邪悪な男。いつも天上に上がったときに見ていたチェイスそのものの姿。
「これからはお互いリスクある戦いだ。といってもそのリスクは君にとってはたいしたことではない。君にはまだ結果発表という次が残されている。それに比べて私のリスクは甚大だ。しかしそれを不公平とは嘆かないよ。それらが発生する可能性はリスクに準ずるように著しく低いのだからね。」
チェイスは含み笑いをしながら一歩を踏み出す。
「さぁ君にとっては最後のチャンスだ。あがききってその成果を手にするがいい。」
チェイスは第三ラウンドの開始宣言した。




