俺、押す。
朱鷺とステータスの補強に萌黄を身に降ろす。突出したステータスのある者達の中でも平均的に低く目な萌黄は体が崩壊しないラインを保ち逆に使い勝手が良くなっている。序盤は流すだけでも良く微妙にスキル構成を自分の所持分だけに制限する。瞬間移動したチェイスに対してワンクッション遅らせて再度突撃。チェイスは茶化すように笑いながら瞬間移動する。
「君の本分は弓だろう。どうして剣にこだわるのかね。」
チェイスは楽しそうに笑う。無言で同じように突撃し切る。チェイスは何も考えず、むしろこうすることで対策を引き出させるように今一度瞬間移動する。鈴の持つ基本の防御を突破出来る準備は出来たのだろう?と。狙いをある程度悟られるのは如何にチェイスを楽しませて滞在させることも重要である。チェイスの期待には少なからず応えなければならない。
「さてどうだろ
踏み込みを半歩強く、朱鷺のスキルである『軽功』を利用し瞬間的に距離を詰める。平行移動の距離なら『神速』や『縮地』に類似したスキル群の方が速度も距離も有利に働くが『軽功』はより立体的に移動や動作速度を高める。
なっ。」
全力で移動してしまっているが故の『神速』のわずかな利用時間の隙間に剣の間合いをねじ込む。移動完了と共に剣はチェイスに届く。
「ほう。」
チェイスはそのくらいは当然と言わんばかりに声を上げ、その剣を素早く叩き受け流す。鈴の体も攻撃により全く傷つかないわけでは無いはずだが綺麗に防御されてはその装甲を打ち破るには時間がかかる。剣を持つ腕が流され若干隙が生まれるが現在のチェイスに攻撃手段は皆無である。チェイスは当然足を踏み出し逃げを打つ。その踏み込む足を素早く足払いする。その体重移動を無視したような動きにチェイスの目が一瞬開かれる。逆手で糸を繰り強制的に足払いに転じたのだ。一応隠すつもりで糸は即収納。チェイスの体が宙に浮く。鈴の防御が最も機能しづらい一瞬である。足払いの勢いをそのままに足を振り上げ軸足で回転する。振り上げる足を力強く大地を叩きつけるように踏み込み、振り上げた手に持つのは開山剣。萌黄を外し、菫と蘇芳を降ろす。STRとAGIを瞬間的に高めチェイスの行動前に割り込む。
「なっ?割り込・・」
-一の秘奥 山開き-
チェイスの小さな声など無視して剣を叩き込む。防御されようが体にめり込もうがどちらでもいい。どこかの装甲を破るために最大の一撃を撃ち込む。通常戦闘の合間に行動順たるSPRが大きく変化することはないので通常こういうことは起こりえないが、ゲーム上でチートを利用し直接数値をいじるとこういうことが起こりえた。俺の行動は身体リスクはあるものの仕様の範囲内なので文句は言わせない。チェイスは予定外の行動に流石に左脇を締め危機を避けるために防御行動を取った。チェイスは地面にめり込み、剣閃の余波で大地を割る。こんな状態でも『神速』は足が足場に接触してさえいれば行動を可能とする。開山剣を収納すると共にチェイスの姿が消える。朱鷺を外し弓を構える。きしむ体に鞭を打って弦を引く。こちらがどれだけステータスを重ねようと鈴のLUKには遠く及ばない。それだけの差があれば、もはやチェイスがどこに行ったか確認すら必要無い。そこだと思う方向に向けて弦を引く。
-第四弓聖技 落運-
LUKの格差がそして己が低い方が被害は増大する。かつての不運な弓聖もこれほど酷い数値差で放った事は無いだろう。不壊鉛の矢が深々とチェイスの胸部に刺さる。そう、その難攻不落の防御を貫通してすらみせた。
「馬鹿な!そこまで強力な技では・・・ぁ」
チェイスが大きな衝撃とダメージを受けて地面に投げ出されて叫ぶ。しかしその声は自己の原因に気がついているように感じる。一度鈴に撃ったことがあるが傷は付けたもののここまで酷いことにはならなかったはずだ。どうにもチェイス側に問題があるようだ。
「く、まて・・・ここで終わってしまうことは君も本意ではあるまい。」
チェイスはこちらの狙いの一つに当然気がついているのもあるが、焦るように露骨な時間稼ぎを申し出た。久しく受けない痛みなのかよろけるように体を起き上がらせて矢を勢いよく引き抜いて投げる。ものすごい偶然ではあるがコアが射貫かれて欠損即死とかならなくて良かった。蘇芳ではなく朱鷺を使っていたらまさかの終了の可能性があったのかもしれない。チェイスの言うとおり本意では無いことは事実であり、内心ほっとしながら世界樹の弓を収納し神涙滴の剣を取り出す。
「これで終わったらこれまでの準備がいらなかったかと落胆するところだったよ。」
若干ドキドキしながら軽口を出し、剣を一振りする。蘇芳を下げ鶸を降ろして周辺を観る。
「まさか正攻法で攻略されかかるとは・・・君の力を大きく見誤っていたよ。」
「見誤っていたというよりも、お前の過信、慢心だよ。その様子からすると自爆みたいなもんなんだろ?」
チェイスは俺を賛辞するが、俺はそれを軽く払いのける。安全の為かどうかはしらないがチェイスの力が注入される過程でLUK値が増加してしまっているのだろう。俺自身のLUKも各人を降ろすことで変化することからチェイスにも類似のことが起こっていると推察される。他のステータスが大きく変化して見えないので別件の可能性もあるのだが。
「まぁ否定はしないよ。君が軽く目標を達成するだけなら、今その攻撃を繰り返せば・・・私は無力に頭を垂れるしかあるまい。」
見抜かれていることは大前提なのか、さほど悔しさも危機感も感じさせずに強がりすら見せずにさらっと口に出した。ある意味チェイスは諸手を挙げて負けを認めたのだ。実際チャンスといえばチャンスではある。この先チェイスはLUKをどうにかする手段があるようで、同じような結果は期待できないだろう。落運の必中性が失われるわけではないだろうが、単独でダメージは期待できなくなる。惜しく見えるがここは押さえる。ヤツを滅神するという最終目標は今どうこうしたところで達成できないのだ。
「君とて分っているだろう?」
チェイスは見越したかのように静かに笑う。
「まぁ結果は違えど、今このときお互いの考えは一致しているんだろうな。」
俺とチェイスは視線を合わせ口角を上げる。
「「このままでは面白くない。」」
想いは重なる。
「盤面の歴史を振り返ってもあるかないかの召喚劇!それが協力を求めて有利に進めるためかと思えば、ただ神に傷つけたいという一心で進行には一切無駄な事を行う無謀!勝負の流れが決まったようなこの状況において天上は世紀の娯楽に沸いているところだよ!」
チェイスは過剰な身振りを交えて演説するかのように叫ぶ。チェイス自信もその娯楽の中心にいることがたまらないのだろう。裏方で暗躍しつつもその本質は退屈を嫌うエンターテイナーだ。
「これだけ投げ打って準備したんだ。もう少しお前も肝を冷やしてくれないとな。少なくともこれまでの茶々を入れたく無くなるくらいにはな。」
俺は静かな怒りを込めて口ずさむ。
「ふふふ・・・期待しよう。そして意図はともかく待ってくれたお礼だ。君たちの努力か誰かの入れ知恵かは知らないが私の神力注入は非常に速やかに行われている。すなわち現世における神性能力発現に至るまで後二七分!この時間以後が私に神界において重傷、もしくは致命的といわれる境界ラインだ。これ以前ならば君たちで言う擦り傷から骨折程度。独力で、そう長くない時間で活動に復帰できる。以後であるなら私以外の複数の支援が無ければ復帰も困難、そして長く時間が掛かるだろう。」
チェイスは笑みを浮かべて俺を見て言葉を切る。
「四八分後、神力注入は完全に行われる。とはいえ天上における実際の力の十五%程度ではあるがね。それでも私の意思の根幹はこの体に全て写り・・・この体を失えば精神不全に陥るだろう。君たちで言うなら植物状態といった所か。残りの神力で体は維持されるかも知れないが、動かない体は死んだも同じだ。君が考える最終目標かもしれないね。」
チェイスは含み笑いをして、強い目線を送り俺の意思を見る。
「四九分後、私はこの世界における【管理者権限】を得る。こうなれば君がどんな対策を打とうと無意味だ。この世界の現象は全て私の意思で一つで塗り替えられる。私は瞬間的に全ての世界情報得てどんな企みも即座に露見し、発動と共に一方的に停止できる。抵抗など全くの無意味だ。逆にここまで到達するようなら敬意を表して一瞬で終わらせてあげよう。これが君あげる最後の助言だ。有効に活用したまえ。」
チェイスは笑顔で、挑戦的に言い放つ。
「有用な情報をありがとよ。さてそろそろいいか?」
頭の中で情報を整理しこれからの算段を考察しながら、暗い声で言う。
「そうだな・・・再開しよう。君も・・・簡単に終わってくれるなよ?」
チェイスはにやけた顔を崩さない。
「その顔で・・・
追加で萌黄を降ろす。菫の『希薄』化と同時に萌黄の『人形遣い』から自分のダミーを発生させて同時に突撃させる。DEXが飽和し手、足がきしむ。
腐った笑いをしてんじゃねぇ。」
ダミーが叫び斬りかかる。チェイスは短距離を移動して攻撃を回避。全力で移動しないことでわずかなリスクを抱えつつ追加の回避手段を準備している状態。ダミーが弓を構えて即射。チェイスはこれを腕を振って弾く。ダミーが弓を更に引き、追加で弓、銃を浮かせる。魔法では無く人形遣いの力だ。斉射、乱射、全てを弾くには難しいとチェイスは残りの距離を瞬間移動する。ダミーとの距離を離さない程度に死角位置に移動している。姿を隠していた竜の目が輝き【超重縮】を放つ。遅延発動で待ち構えていた恒例の魔法はチェイスを中央に捕らえ捕まえる。重圧がチェイスの体に負荷を掛ける。そして俺は大地を蹴り重力に引き込まれながらチェイスの背中を刺す。捕らえたと思ったがチェイスの左手が後ろ手に動き手のひらで剣を受け止められる。
「ちっ。」
菫から蘇芳に変更し力業で重力圏から離れる。チェイスも既に足に力が入っており【超重縮】からの退避は確実だった。萌黄を下げる。スキル効果を失いダミー人形が崩れ落ち、武器が落ちる。
「武装が違えば流石におかしいと思うよ。」
チェイスは移動先で振り返りつつクスリと笑う。
「量産型を使わない訳じゃないんだがな。弓の使用は避けるべきだったか。」
専用品を用意したところで極端な差が出るだけだし、使い込まれた使用感だけはどうしようも無く増産は見送った。短い時間で増やすべき物はいくらでもあったからだ。ただ弓でなくても良かったかも知れない。遠隔操作を駆使して銃を六つ展開。生金の剣に切り替え、朱鷺を降ろす。体全体にきしみを感じながら差を詰めるべく大地を蹴る。チェイスは何をしてくるのかと楽しそうにしながら待ち受ける。俺はその余裕にイライラしながら舌打ちする。剣を振ればその場で身をひねり回避される。隙間を埋めるべく射撃してチェイスの動きを制限する。音速を超える弾丸が見えているのか、銃口を一瞥しながらその弾丸を足を組み替えてステップを踏んで回避する。剣を切り上げチェイスの脇腹をかする。その行動が織り込み済みであるような回避を行う。差し込まれる剣閃、発射される弾の数、タイミングのずれ、その全てを見切って踊るようにチェイスは攻撃を回避し続ける。鈴の性能が十全に機能すればここまで出来るのかと感心しつつ若干の焦りもある。そして操られるかのように銃弾がつきリロードが発生する。そしてそのわずかな時間は自らの剣戟で埋める。チェイスが左手で剣を受け、弾き体をねじ込ませて距離を詰める。
「何故弓を打たないのかね?答えの予測はついていたかな?」
俺の不安につけ込むように、そして答え合わせをするかのように俺の体に右手が添えられる。そうあるはずが無いというわずかな油断が俺の判断を狂わせる。
[浸透勁]
力強いチェイスの踏み込みと右手の一撃が俺の体をよろよろと泳がせる。そしてその衝撃以上に俺の体の中がかき回される。
「がぁっ。」
俺は呻き声を上げて息を吐く。隙を補完すべく銃弾を巻きちらしてチェイスを牽制する。しかしてその行為は全くの無意味でありチェイスの姿はかき消える。
[貼山靠]
背中から衝撃を受けて地面に打ち倒される。ダメージは自体無いがよろけた足が背中から来る強い衝撃に耐えられなかった。
「無残だねぇ。」
チェイスが笑いながら俺の背中に向けて震脚を踏む。技としての意味は大きくなく挑発的な意味合いとしてが強いだろう。着実に防具を削っているがその行為自体は意味が無いことは分っているだろう。防具を瞬間的に付け替えられることは今までの事から分っているのだから。そして打ちおろしの掌底が背中に捻りこまれる。最初の攻撃と同じく浸透勁である。体の中を衝撃が駆け巡る。総ダメージ自体はまだ大きくないが鈴に攻撃を行われたというショックの方が大きい。どのようなLUK対策をするのかと考えてはいたが概ね答えは出た。久しく感じなかった痛みをかみしめながら力ずくで背中を押さえ込む足をはじき返して、身をひねりながら剣を振る。
「おっと。」
さも驚いたかのようにおどけながらチェイスはその場から身を引く。俺はねじった体をそのままに転がりながら手と足で大地を弾き飛び上がる。銃を斉射するが、チェイスは腕を一転して銃弾を弾く。
「冗談みたいな回し受けだな。」
俺は呆れて声を上げる。
「おっとカラテはすべての攻撃を受け流す物だろう?」
チェイスは笑って答える。
「どこのファンタジー空手だよ・・・」
「残念ながらここはファンタジーでね。」
「確かにそうだ。失念してたよ。」
俺は苦笑いで掛け合いながら、状況を整理する。蘇芳を下げて体の崩壊を押さえる。しつこく維持した鶸が効いてくる。
「ステータスの変更だが条件あり。無尽蔵に上がらないところを見ると数値の加算、もしくは入れ替えか。」
俺の言葉にチェイスが拍手で応える。
「半分だけだが、よくその答えに至ったね。及第点はあげよう。あとの半分は・・・補修だっ。」
チェイスが体を倒す。前傾で走ってくるかと思えばその姿はかき消える。ステータスにおいて最も低くなる値は何か。鈴で言えば行動速度を司るActである。ただこちらは他の能力が整数値であることから置き換え出来るか怪しい。行動回数も付随しているので他のステータスよりは融通が難しそうに見える。基本ステータスはわずかながら上昇している。チェイスがいることでLUKの相当量が増加していることを考慮し、俺のLUKからも大きく増減しない値。チェイスが後ろから手を伸ばしてくる。朱鷺を下げて金糸雀を降ろす。防御力な意味は薄いが防御のしやすさは変ってくる。中心軸をずらして回身を翻して剣を叩きつける。行動自体がフェイクだったのかチェイスはその手を上に振り上げて剣を弾く。腕が上がりチェイスは更に踏み込んで左手を添えてくる。俺は右手の剣を収納し左手に鎖鞭を呼び出しけしかける。
-Snake wipe-
蛇行する鎖はチェイスの左手を絡め取る。チェイスは若干眉をひそめ腕を引く。蘇芳を降ろして、俺はお返しとばかりに鎖を上空に放り投げる。ステータス変換でSTRが上がっていようと三人分には叶うまい。即座に蘇芳を下げて、桔梗を降ろす。頭痛を堪えながら集中し、俺と桔梗、鶸により塁上的に短縮された詠唱は高等魔法すら瞬間的に発動させる。
【聖雷】
最上位の電撃系魔法を鎖に誘導させて撃ち込む。追加で【無色水晶】を大地から撃ち込みチェイスをかち上げる。電撃による瞬間的な行動不能から自由のききづらい空中へ持ち上げる。しかしチェイスは無いはずの空中を蹴りその場から逃れる。
「くそ、どういう原理だよ。」
俺は吐き捨てるように叫ぶ。思い当たる点はいくつかある。桔梗を下げて頭痛を取り除く。金糸雀の機能を十全にするためにも左手に小盾を呼び出す。
「思い当たる点はあるのではないかい?」
体を焦がしながらもチェイスは余裕を崩さずに笑う。
「無いはずのモノを使う・・・ステータスを入れ替えている・・・スキルもか?参照元はなんだ。」
俺は思わず口に出す。
「そこまで至りながら、惜しいね。もう少しか。一部は一度で終わってしまうのが惜しいが・・・このくらいなら初見でもいけるんじゃないかな?」
チェイスは手を振り上げてクスクス笑う。俺はその行為を既視感を感じながら見守る。チェイスが手を振り下ろした途端に風景が歪み世界が傾く。傾いているのは視界だけで自分の大地はずれていない。ずれているのは景色と空間だ。
「『絶断』!?」
斬っている範囲以上に崩れ落ちてくる景色に俺は身を投げ出して回避する。懐かしくて恐ろしい真黒の空間が景色がめくれる中を浸食していく。チェイスの手元の空間は既に修復しつつありチェイスはけらけらと笑っている。
「やっと気がついたかね。君なら考え至ると思っていたが、買いかぶりだったかな。」
チェイスは楽しくて隠しきれないと子供のように明かす。
「ユニーク扱いだからまだ現存している『借受』は持てないが、『神託』の入れ替えだよ。『絶断』『審判』『幻想』いずれも私の手の内だ。流石に審判を君に使っては即座に終わってしまうので遠慮はしているがね。」
チェイスは自慢げに言う。既に手加減していると言わんばかりだ。確かにこれ以後、チェイスに接触すら許されない。
「LUKと移動力を入れ替えたくらいは予想したんだけどな。」
「そこにくらいは至ったか。まぁ及第点のままだね。まだまだ修羅の道は続くぞ。覚悟は出来たかな?」
「上等!」
考えを改めさせられて戦いは続く。




