俺、諦める。
ザカンが去った後鈴を連れて神谷さんと藤の研究所に向かう。
「あら、何か進展がありまして?」
藤が部屋に入った俺の姿を見て声を掛けてくる。お互いヒントでもあればと初期は頻繁に出入りしていたが、召喚陣が問題点以外が完成した辺りから疎遠になりつつはあったのは自覚している。それでも食事時に顔を見たりはしていたのだが、研究の話にはなっていない。お互い行き詰まってある意味その点から避けていたとも言える。藤からは希望が見え大きく研究は進んだが、再び上手く行かないという状態が続いているのだ。
「魔法陣に関しては目処がついた。」
俺がそう告げると藤は立ち上がり、神谷さんも顔を向けてくる。一瞬希望に満ちた顔をしていたが直ぐに表情を曇らす。俺の顔はそんなに良くないだろうか。
「そんなにまずい方法ですか?」
神谷さんが気に掛ける。
「一方は最悪・・・と考えていた方法だからね。」
俺はそう言って鈴を引き寄せる。鈴はごろごろと猫のように身をすり寄せる。
「やはりその未来に行き着くのですね。」
「鈴は知っていたんだな。」
何かをねだるかのように甘い声で鈴が声を上げる。俺の言葉に鈴が頷きそっと側を離れる。
「その先を見たことが無かったですし、そこが一つのゴールになってしまうのだろうとは感じていました。解き放たれた今、私とご主人様が敵対するなどあり得ないと思っていましたが・・・そういうことなのでしょうね。」
未来を断続的に知る鈴の特殊なスキルはシステムからもたらされるはずなのに未だに機能していた。チェイスが正規ルート以外でスキルを付与した性なのか答えは予想の域をでないままだった。藤が気まずそうに顔を伏せる。
「先ほどとある筋から情報をもらったので魔法陣については解決した。チェイスを指定する部分については俺の名前で願うだけでいい。そして器には鈴を使う。」
俺は淡々と説明する。そうしなければ自分の無力を許せず声を荒げてしまいそうだからだ。そして並みならぬ努力程度では鈴の未来を変えられないことにも気が付いてしまったから。
「貴方はそれでいいのですか?」
藤が静かに声を出す。それは俺に対してか鈴に対してか。どちらでも俺の神経を逆なでしたことには変わりない。
「いいと思ってやってるってのか?それ以外の方法がないからっ。」
久しくない暗い声が出た。藤は大きなため息をつく。
「それでいいのですね?穏便に今回を終わらすのも手ですのよ?」
藤はなだめるように告げる。
「いや、鈴がその未来を見ているなら・・・このまま進む。逃げても対策しないままチェイスの侵入を許す可能性がある。」
「未来視・・・ですか。」
藤の誘惑を振りきる。可能性の問題もあるが鈴の未来視がその先を捉えたことがないということは、鈴にとってその先はないということにも他ならない。俺がここで降りても降りなくても鈴の未来は変わらないのならやりきるしか俺に道はない。
「心が決まっているならこれ以上は申しません。私にとってもチャンスであることには変わりませんしね。」
藤は強く説得する意味もないと引く。
「ですが・・・器に鈴さんを据えるとなると、その防御を抜けるかが問題になりますね。」
藤はその先の別の問題についてため息をつく。実際それは懸念事項ではある。高い防御ステータスに加え、多様な防御スキルと瞬間移動能力、ハメ手にハメ手を重ねるように攻撃しなければ鈴に攻撃を当てるのも難しく、それを貫くとなるとさらに難易度が上がる。
「そこは困りますよね。私でなくなるでしょうから手加減も期待できないですし。」
鈴がくるくる回りながら悩んでるか悩んでないような声をあげる。広範囲の持続ダメージで飽和攻撃するという半自爆技でなら安定してダメージが見込めるのだが、耐久面においても鈴は群を抜いている為、今から鈴より耐久力を高かめて持久戦というのも現実的では無い。そして持久戦を行うことによって逆にチェイスがこの世界において無敵になってしまう可能性がかなり高い。元々鈴を器にするのは選択肢として提示されていたため、苦渋の決断で今回採用される事になったとはいえ、その防御を貫通する方法を模索していなかった訳では無い。今後そのような敵に対する対策にもなるため無駄にもならないと言うこともあったが。尤も単純な方法は固定ダメージを貫通させる攻撃を当て続けることだ。縦横無尽に動き回りあらゆる拘束の意味を成さない鈴相手に銃弾を持ってしてもそれは難しいと判断された。次に考察されたのは先に上がった広範囲に及ぶ持続ダメージで防御、回避を事実上無効にする方法である。密室に閉じ込めても容易に脱出するであろうその能力を前に、密室の上自ら脱出を妨害するという手段を考案したわけだが鈴が倒れる前に自分たちが倒れるであろうという結論に達している。現状最も期待されているのはペルッフェアの再現である。ペルッフェアの次元にいる竜の特徴なのかその爪には防御を貫通する絶対的な攻撃力が宿っていた。死体である現状ではその効果を失ってしまっていたが、生体部品としてその能力を復活、活用できないかという研究が進められている。間に合うかどうかも定かでは無い。クロによって技術の検索を行ったが時間内に終わりそうなものではなかった。しかし、検索が出来ると言うことから活用する技術自体はあるという事実から、鶸の指導の下ミーバのマンパワーによって研究が進められている。新たに得られるペルッフェアから進展があることが期待される。
「形の無いものすら体で受け流せるのがよくわからないんですよね。」
魔法の面から鈴の防御突破を目指していた神谷さんだが『魔法受け』とかいうふざけたスキルの前にほぼ敗北宣言をしている。莫大なMPをもつ神谷さんでも負荷が飽和するまでに鈴を倒すことは不可能だと断じた。
「その節はなんとも申し訳ないです。」
鈴は恐縮して詫びる。咎めるつもりもなかった神谷さんはとっさに発言を訂正していた。こちらで再現できなかった有用スキルの一つである『魔法受け』。チェイスが絡んでいるスキルだったのか実際に試すと常軌を逸していた。物質的な物はもちろん、炎や光など無形の物すらたやすくその腕で受け流し弾き飛ばされ、地点を指定する魔法さえも魔力線ごと吹き飛ばされて発動地点を変更させられる。発動地点をずらして爆発に巻き込んだとしてもごろごろと転がりながら受け身?をとりまともに傷すらつけられないのだ。幸い受け身は移動力距離で範囲外に逃れなければ効果がないようなので広範囲による飽和攻撃が有用であることは示されている。
「正直こんな話を進めるのも気が進まないが、鈴を倒せるだけの能力が必要なのは確かだ。」
大きな問題であることは皆が認識している。
「ただ早期に倒すことが出来るなら、一泡吹かせるどころか滅神すら可能ではあると思う。」
かなり気は引けるが戦闘するにおいてそのものが協力的に目の前に存在しているのだ。行き当たりばったりで試す必要もない。実験する機会は恵まれている。
「優しくしてくださいね。」
鈴が涙目で冗談交じりに訴える。くじけそうになるし結構効くから辞めて欲しい。
進まない研究が続き、桔梗たちが戻ってくる。萌黄はまだお使い中だ。菫とヨルはまだ探索中とのこと。
「ふがいない結果ではあります・・・ゲラハドに対する交渉は完了しています。」
聞くところによるとペルッフェアに対しては何一つ交渉していない。蘇芳はどこ吹く風といった感じではあるが。再び現れてもさほど問題にはならないと思われる。出現情報をまとめると残機を使い切っている気もするのだが。
「まぁやっちゃったものはしょうがない・・・ね?蘇芳。」
「お・・おぅ。」
笑顔で対応する俺だが蘇芳はぎこちない。戦闘中は完全に忘れていたのだろう。
「トウもよくやってくれた。ありがとう。」
トウは静かに礼を取るだけで済ませた。褒美はある意味帰って来るなり絡まれた神谷さんからもらったよう物なのだろう。ちょっと引くぐらい構ってた。
「蘇芳は反省も含めて拠点待機。桔梗には悪いけどペルッフェアの動向調査を頼む。ミーバは多少数かさんでも問題無い。」
蘇芳は不満そうに頷き、桔梗も指示を受領する。蘇芳なら見つけ次第殲滅ということもできるかもしれないが、それ以上に移動先で問題を起こす可能性が高い。なんなら神聖ディモスや帝国まで行きかねない。暴走しがちな蘇芳を今遠くに出すことは出来ない。帰還者がいたところで研究はさほど変化は無い。目処としては後一年。時間の変化はあれど鈴の未来視がそれ以上先の未来を見ていないからだ。鈴のスキルは概ねチェイスの監視対象だと思われ、直接干渉できなくてもスキルが起こした結果を知られている可能性もある。むしろ期限がある以上そうであると断定しておくべきであった。三ヶ月ほどして変化の無い拠点にヨルからノームとの交渉が終了したとの連絡が届く。発見時に報告が無かったのは直ぐに解決する案件だったからだという。何も成果がないノームが出した条件はノームの遊びに付き合うことだった。鬼ごっこのようなものについては菫が圧倒し、かくれんぼのようなものについてもヨルが即座に解決。一方的的すぎて双方は楽しむ余地もなかったようだがノームはそれなりに楽しんで降伏を受け入れたようだった。戦闘に関しては自軍のミーバにも劣り、資源無し、ミーバ無しと本当に世界を堪能して終わっただけのようだ。担当神には同情するばかりだ。十日後菫たちが帰還し詳細な報告を聞く。ただ地方の小ネタくらいでわざわざ菫たちから聞くような話でもなかった。強いて言えばペルッフェアがいなさそうだということが分って桔梗の仕事が減っただけだ。ヨルは神谷さんに可愛がられ、それを無視しながら菫に桔梗の補佐を依頼する。菫が殺意を乗せた視線で蘇芳を睨んでいたが見なかったことにする。更に二ヶ月経過し、進展しない調査を鑑みてペルッフェアは敗退したと結論づける。無い事を証明するのには時間が掛かりすぎる。神聖ディモスにも帝国にもそのような噂は無く解決したと判断せざるを得なかった。もはやペルッフェアに構っている時間は無い。そして更に二ヶ月が経過し徐々に鈴の倒す手段は確立されていくがやはり時間が掛かりすぎるといわざるを得なかった。倒せなくは無いが決定打になり得ない。これでは挑んでも笑われて終わるだけだ。焦りだけが募る中、拠点に現れた老人が全てを解決した。人間の老人の姿をしているが、肩口からは虫のような手が生えており、頭には山羊を思わせる角を持っている。これが打ち合わせ中に突然現れれば誰でも敵と思うだろう。俺は前例があるためどこの悪魔かと思案したが、菫はそうもいかず反射的に攻撃を仕掛けた。老人は菫の攻撃を動かないまま回避した。当の菫も混乱していたが外から見る分には菫が老人の右側の空間を攻撃したようにしか見えなかった。
「よい。」
老人は虫の手を菫に向けた静かに声を出した。只それだけで菫の戦意は無くなり腕を下ろした。精神を操ったというより、ミーバそのものを操ったようにも感じられた。
「無粋ではあったが、儂も手段を選べる立場ではないのでな。容赦せよ。」
老人は不思議と落ち着く声で語りかける。その声だけで場が支配されたと理解出来た。
「ザガンの関係者・・かね。」
俺は絞り出すように声を出す。敵対心を出しているつもりは無いのだが威圧されたのか魅了されたのか老人に強く意見する気にならない。
「七十二柱とは関係はないが、話を聞いてやってきたのは確かだ。ここまでしたら盤面のルールには逸脱してしまうと思うのだが・・・委員会が見て見ぬ振りをするというからにはな。何か意味があると思うたが・・・」
老人は周囲を見回す。
「確かに見込みが無ではないが期待もできんな。」
老人は神としての力の一部を試しただけなのだろう。それだけで俺達の能力を把握したのだ。期待できるほど強くないと。
「なんとかする手段を教えてくれる、訳じゃ無いんだな。」
威圧感が弱まってきた所で老人に尋ねる。老人は何かを計るように俺を見る。
「お前はヤツをどうしたいんだ?」
今までの威圧はどこへやら急に圧が無くなり空気も、老人の顔も明るくなる。菫などは一息ついているが俺は逆にそれが怖い。次の一言で全てが決まりかねないとも言えそうだった。
「可能なら、存在を殺すまで・・・」
脂汗を流しながら俺は答える。老人は残念そうに首を振る。それこそ呆れたという顔だ。
「何の持ってそれを成そうとする。そうしようと思った奴らは儂が記憶しているだけでも百では足らんぞ?儂らと同じ存在がだ。貴様ら人形の数など数えたこともない。それでもヤツはのうのうと生きてるのだ。先に散った者達のことを考えれば、お前がそれを考えることすらおこがましい。」
老人は声を強くし圧を強める。
「だが思うだけより、実行しようとしている所は良い。泣き寝入りしている者のなんと多い事か。皆が皆立ち上がればそれこそヤツがここまでのさばることは無いであろうにな。」
老人の声は強いままだが、その内容は肯定的になっていく。
「お前が数奇な巡り合わせで手に入れた欠片が実に都合が良いようになっている。お前がその全てをなげうつなら、儂らがお前に無い勝ち目を作ってやろう。」
天上の力を借りられるならそれに勝るものは無い。俺は当然それに飛びついた。その提案が悪魔の契約に匹敵するナニカであると言うことを考えぬままに。
「ご老人、お名前があれば教えて欲しい。私は紺野遊一郎という。」
俺はお互い名乗りもせず始まったことを思い出した。
「名など捨てた。ここにいるのは境界を持たないただの抜け殻だ。」
老人はそう若干の怒りを込めてぶっきらぼうに答えた。俺はとっさに頭を下げたが、しかしその怒りは俺達の方には向いていない気がした。老人は勝手知ったる我が家というように拠点の通路を進んでいく。行き先は研究所のほうだと思われる。
「これは・・・閉鎖結界か?お前達が生成できるレベルのものでは無いはずだが。」
何を根拠に歩いていたのか分らないが最奥の召喚陣研究域の入り口を見て老人が驚愕する。老人はこのバグらしいものを知らないのかと思って俺はこの経緯を説明した。
「なるほど・・・お前達で任意に引き起こせるが、自分たちの力を使っていないということか。まぁ表面をなぞっているだけの連中相手ならこれで問題はないだろうな。そしてこの世界に儂らは干渉を禁じられているから・・・下手のものでは破れんだろうな。一時しのぎとはいえおもしろい。」
老人はわずかに口角を上げた。おぼろげな予測ではあったが時間を掛ければチェイスがこれらを打ち破れるであろうということも理解した。わずかな時間だけ目の前の状況を楽しみ老人は入り口をくぐった。老人の姿を見て藤が驚き迎撃態勢をとる。神谷さんも慌てて対応しようとするが藤に比べると著しく戦意は低い。むしろ戦うべきか迷っているようにも見える。元々好き好んで戦おうという人でもないが。
「そう気を立てるな呪物。お前らの企みを手直ししてやろうと来たのだ。ここならしばらくは問題ないだろう。お前らの今の手を見せよ。」
老人はわずかに圧を上げて場を制圧しに掛かる。藤も弱くはないが老人に掛かれば子猫に等しい。藤は俺の方を見る。俺は頷いて返しておく。一応は味方だと。藤が止まったままなので、圧に負けなかった神谷さんが率先して動き始めた。召喚陣の全体図。注がれる魔力と受けるべき器。それらを提示していく。
「稚拙ではあるがよくやったと言っておこう。この世界の技術ならば最高峰といっても良いのかもしれんが。招請の構造だけが気になるがそれさえ成立すればヤツを呼び出すことが出来るだろう。」
老人はある意味手放しで構築された陣を賞賛した。長年かけて作り出された藤の理論は間違っていなかったのだ。それだけで藤は満面の笑みを浮かべていた。
「招請の部分については天上でのほうで俺の願いにチェイスが応えるという裏契約があるらしい。それを利用させてもらう。」
俺は老人が疑問に思ったことを補足する。
「なるほど、それなら余計なことをせずともヤツを確実に呼べるだろうな。どれだけ挑発的な構文をぶち込んでやろうかと考えていたが、その必要もなさそうだ。そして器がその芯物か。」
老人は鈴を指して見つめる。
「そう、なるな。」
俺は別の当てに期待して言葉を濁したが、気にもとめられていない。老人に見つめられ、無邪気に鈴は視線を返している。
「儂の時代には考えられん段階の強度になっているな。確かにこれなら最深まで耐えられやもな。」
老人は鈴から目線をはずしそう結論を出した。俺の期待は脆くも崩れ去る。やはり鈴の代替えはないのだろう。
「お前は全てを捨てる覚悟で臨むと言った。最後に戻るかも知れない物について今惜しむ必要は無かろう。まだマシと思え。これからお前がもつ今の全てを掛けてヤツに届かなければならんのだからな。上手く行けばすべて取り戻せるが、失敗すれば一部にとどまるだろう。どうあってもお前は何かを得られる。そう悲観する物でもないわ。」
老人の口調は強く俺に語りかけられる。励ましているような気配はあるもののイマイチ乗り切れない感はある。この先取捨選択を迫られなくても言いように改めて俺は今を守ることを諦め、全てを掛けて望むと心に決めた。




