ミルグレイス市
ミルグレイス市視点での事情のお話。
アークザルド王国。九年前に第三王子の反乱により王が変わり対抗した四割の貴族が粛清、身分を剥奪された。王は王国の土地はすべて王の物であり王族の指示の下管理すると定めた。貴族の財産は保証されたが所領ははした金で買い上げられ事実上没収された。そんな話は聞いてないと反発し反乱した貴族もその都度粛清された。元々貴族の数が増えすぎていたので間引きの意味もあって無茶なことをしたのだろうと力のない貴族は震えて事態の推移を見守った。反乱が落ち着いたところで王は貴族の所領を整理してまとめ上げ郡とし、その所領を更に分割して市とした。手柄のあった貴族に郡長をまかせ、その中の一市と他の市の統治権と軍事権を与えた。その他の市長は王によって任命されるが郡長の指揮下に入る形となる。多くの貴族は移動を強いられたが、逆らう気力もなく移動費用に関しては概ね補填されたので再配置に関しては概ねスムーズにいったとされる。民衆は慕っていた領主がいなくなり悲観に暮れ、強欲領主がいなくなって今より悪くなるまいと達観したりもしたが、税率に関しては王から直接指示されたものだったので殆どの場合税は軽くなり民衆は安堵した。逆に多くの貴族は収入が減り、指示を無視して私腹を肥やしたものもいたが発覚次第厳罰に処されたので制度事態は五年もした頃には安定してきた。以前のように貴族同士の直接的な争いは極端に減り、民衆にとってはいい事ずくめではあった。ただ多少の余裕が出てきたものの生活自体は殆ど変化が無かったので、民衆の間で郡だの市だのは都市の名前が変わった程度の認識でしかなかった。今度の王はすばらしい。民衆は生活が良くなってそこだけは大いに褒め称えた。しかし周辺国から見れば内乱に次ぐ内乱で国力を落とした国と見られ、次々と侵略戦争をしかけられ始める。王は自ら兵を率いて侵略者達を追い返したが広範囲に渡る戦場は一度に解決できるものではなく一部の地域は徐々に蝕まれていく。
ミルグレイス市の市長に任命されたグラプス=セルザライトは第三王子の反乱に途中参加したものの目覚ましい功績を上げたわけでもなく、大敗もせず、指示されたことはおまけをつけて達成し、失敗するときはそれはしょうがないと周囲が納得する程度にはうまく渡りきった非凡ではないが優秀でもないという中堅上位といった才の持ち主であった。二年と少し前にクラファル王国から奇襲を受けナーサル市を落とされた際も事前にある程度察知していたものの指示を仰いでいる間に攻め込まれ、救援にいくも足止めをくらっている内にナーサル市を陥落させさられいいところ無く撤退という形になり、現在は現ナーサル市と交渉の上停戦中という形に持ち込んでいる。もっとうまくやれたのではないかという声にやはり難しかったであろうという結果論とその事後処理によりうまく敵の進行を足止めしている辺りは良く評価されている。予断を許さない状況ではあるが現状だけ見ればうまくやっているとしか言いようがないというのが中央の判断である。そんな彼は週単位に持ち込まれる都市の税収書類を眺めながら首を撚る。
「最近、何かいいものでも見つかったのか?食品関連の税収が良いようだが。」
グラプスは近場で補佐をしている役人に何気なくつぶやく。
「ナーサル市側で面倒なところらしいですが質のいい肉を下ろしている店が出来たそうですよ。屋台や居酒屋の肉が格段にうまくなりましたね。上質のものと比べるとやや落ちるくらいですが、価格的には四割くらいですしね。肉を扱っている商店は軒並み購入しているようですよ。」
グラプスはふむとうなずきながら書類をめくっていく。
「うちに所属しているかナーサルに所属しているかわからんが、その店舗から支払われる税金の書類がないようだが。」
グラプスはつぶやきながらも書類をめくって確認していくがやはり見当たらない。
「ナーサル所属なのですかね。微妙な位置ではあるらしいですが・・・」
役人も悩みながら答える。
「係争地帯に意図的に店を構えたとなると確信犯かもしれないが、一度確認したほうがよいのではないかね。」
国境線がどこかなど曖昧な所に店を立てても本来問題しか残らないと思うのだが、どちらの干渉も切り抜けながら短期に売り抜けて逃げるつもりなのかもしれない。
「そうですね、一度使者を回してみましょう。」
役人はうなずいて命令書を作成しグラプスに承認をしてもらい指示を発令する。
後日。
「どうもゴーレムによる無人販売らしく店主がしばらく不在のようですね。要請書もそのままで読まれている気配が無いそうです。」
グラプスは頭を悩ませながらやはり逃げ切り商売かと思案する。すでに流通業者の多くがその店舗の肉の獲得に動いており、既存の流通に障害が出始めておりこのまま続けば生活に支障をきたすと予想できる。
「こういう時商人ギルドに徴税権を貸与していると問題だな。アレらは利益ありきなところがあるからな。」
「そうですね。こちらから釘を差しておきましょう。」
役人が困ったものだと呆れ、グラプスはそうするように口頭で指示して別の業務に戻る。
数日後。
「かの肉屋は当市に所属して税金を収めることになったようです。商人ギルドから報告がありそれまで分の課税納金がありました。」
グラプスは興味深そうに書類を受け取り確認する。
「この数字は事実なのかね。」
「ギルドの言うことが真実なら事実としか言いようがないのですが・・・」
書類には売上金9700gpに対して徴税970gpを行ったことになってその金額が金庫に入ったことが示されている。期間としては一月と少しくらいで一体どれだけの肉が両都市に流れたのかグラプスには想像もつかない。
「肉の流通を複数の業者が殺到するのを避けて元の流れに戻すために、販売を商人ギルド直轄にした旨も報告されています。」
都市の金をうまく回すためにもギルド長には多少の私腹を肥やすくらいは容認しているがこの案件は少し問題ではなかろうか。グラプスはどうなりそうか考える。
「ギルド側からは販売価格の引き上げと流通量の制限をすることで制御する計画書の提出もあります。」
グラプスはその書類を見ておかしなところが無いか確認し書類を脇に置く。
「書類上は問題ないように見えるな。これで市の流通も元に回復するだろう。と思っていいな?」
グラプスは役人に目線を送る。
「この書類自体は問題ないと思います。しばらく流通とギルドの動きに関しては注視しておきます。」
グラプスはその意見を承認して別の仕事に戻る。
数日後。
グラプスはまた頭を悩ませながら書類を確認している。
「なんだこの税収は。肉のことを考慮しても上がり過ぎだろう。」
市で流通している商品が根こそぎ買い上げられてると思うほどの税収が記載されている。税収など上がれば上がるだけ喜ぶべきことなのだが、短期的に十倍にもなろうものなら市から売り物が無くなっていることを意味する。
「ギルド側も多少混乱しているようですが生活、居住関連の商品が爆発的に売れているようでして。幸い食料品は買われていないようなので市民の生活に大きな混乱は出ていません。ギルドに指示して流通の乱れが無いようには指示しておりますが・・・」
聞くわけないよな、とグラプスはため息をつく。
「複数人が一業者として買い集めているのだろう。意図はわからんが首謀者を探し出して止めろ。」
役人は頭を下げ指令書を書き上げ承認され発令する。
三日後。
「どうも先日の肉屋の店主が何の意図か買い集めているようです。ナーサル市でも少なからず似たようなことが起きているようです。」
役人の報告にグラプスは頭を抱えながら考える。
「目的がわからん。コンノ=ユウイチロウと言ったか。どこの貴族かわからんが基礎教育も受け取らんのか。」
グラプスは苛ついて当たり散らす。役人は苦笑いで身を引いている。
「市の利益になるのはいいが、流石に極端すぎて市民に影響が出る。出頭命令を出して訳を聞こう。商人ギルドは通さなくていい。あちらとの関係も不自然で不明瞭だ。直接話しを聞きたい。」
役人は頭を下げて指令書を書き上げ直轄騎士に指示を出す。役人は特に意図無く彼に出頭して訳を聞きたいという旨を伝えたが、騎士団は街を混乱させた訳を聞くためだと解釈してしまう。騎士団は情報を知っているであろう商人ギルドに問い合わせ顔立ちや身なりを確認する。ギルド長ファンガスは受付から話を聞いて勘違いし賄賂を受け取って流通を乱してしまった事がバレることを嫌い、これ以上購入されないように彼個人の買い物に四十倍の税をかけることをよく買い物をしていると思われる店舗に通達し下働きに監視をさせた。下働きは忠実に店舗に来たことを商人ギルドの受付に伝え、受付は指示通りにギルド長に伝えた。ギルド長は騎士団にヤツが大金で無理やり買い取っていると話を誇張して騎士団に伝え騎士三名は彼の確保に動く。
翌日。
「くだんの店主は配下の女と共に出頭要請を要請した騎士三名から即座に逃亡し、逃げられないと見るや彼らを殺害したとのことです・・・」
グラプスは報告を受けて何のことだと混乱した。
「加えて門番を脅して南門を打ち破り市から逃げ去ったそうです。門番には被害はありませんでした。」
役人も信じがたいと体に力を入れながら報告する。
「話自体は穏便だったはずだ。なぜそういう流れになった。」
「騎士団側は要請というよりは捕縛という意識で動いており、最初から敵対的接触であったのではないかと推察しています。」
グラプスは訳が分からないと手で顔を覆って話を聞く。
「女は相当な実力者の剣士であると思われますが武器は確認できず、女が手を振れば騎士は斬られ四振りもしない内に二人が倒されたと市民からの聞き込みで分かりました。死体を検分したところ、一人は兜を割られてそのまま頭蓋を斬られています。もう一人は兜の隙間から眉間を割られておりました。最後の一人は・・・何が起こったか分からないという具合に胴体から上がバラバラに引きちぎられておりました・・・」
役人は報告するのもおぞましいといった風にできる限り気を抑えて淡々と報告書を読み進めるように語る。
「市民の話によると男が魔導長銃のようなものを構えて撃つと鋭い風魔法のような音と共に騎士の体を吹き飛ばしたそうです。ただ外傷的に鎧を破壊された後に生身を吹き飛ばされたようなので魔法ではないという見解です。騎士の死体から離れたところでいくつか鉄の塊を発見しましたので、おそらくは大昔に使われた火薬銃の発展したものではないかという話でした。」
そこまで報告し役人はグラプスに報告書を差し出す。グラプスは震える手でソレを受け取り、報告されたことと相違ないことを確認して椅子に寄りかかる。
「クラファルの差し金かと思うか?」
グラプスの問いに役人は首を振る。
「かの国の手管にしては手が込みすぎていると思いますが、騎士の行動に商人ギルドも一枚噛んでいるようですのでむしろそちらの影響のほうが大きいかと。ですが干渉がまったくなかったとは言い切れません。」
「もう一度出頭・・といっても応じないだろうな。」
グラプスは力弱くつぶやく。しばらく呆けてから意を決したように椅子から体を起こす。
「例の店舗に出頭要請だけは送っておいてくれ。平和的に話合いたいと。後至急郡長殿に事態の報告と指示を頂けるように報告書を送ってくれ。最悪援軍要請も必要かもしれん。店舗周辺に貴族の私兵がおらぬか密偵を送れ。」
役人は我に返って作業に入る。グラプスも報告書をまとめ始める。市民の言うことが事実でその戦力が複数いるとなればミルグレイス市では手に余る。かの店舗と戦うことになればどうなるか戦力も不明。できる限りはしておくべきだとペンを走らせる。不明の戦力、身内の商人ギルド、そして敵対するナーサル市。どこから手をつければ穏便に、または引き伸ばしができるかグラプスは指示をしながら必死で考察する。
思惑とすれ違いがお互いに影を落とし、それらを眺めている影が様子を見ながら牙を研いでいる。




