俺、再開す。
「感想としてはイマイチ・・・かな。」
俺は桔梗とトウの先行報告を聞いて口を開く。傍らの鈴は猫のように膝に突っ伏して反応すらない。
「厳しいことですわね。」
「いや結果には満足してるし、達成速度も申し分ない。奴らからの新技術に期待したんだが、持たせた武装類の結果もね。」
鶸がため息をつくが俺は結果の話ではないことを語る。そもそも俺は時間のかかり具合に差はあれど失敗するとは思ってないのだから。
「桔梗も俺達の知識に引きずられて相手を過大評価しなければそこまで苦労はしなかったろうに・・・という結果論的な話はあるがね。」
「まぁ巨大ゴーレムは予想外というのはありましたわね。実際には大きいだけの人形だったようですが。」
「盲信している自分たちの世界の力がこっちでどれだけ有効か試さない内に決戦になってしまったからしょうがないといえばしょうがないのだろうけどな。」
俺にとって銃を早期に再現できたことは非常に幸運であった。あり得ないほどの有用性、そしてすでに大きな対策がされている装備だと解ったこと。そして敵は強力な一撃では絶対に死なないということを早々に知ることが出来たからだ。ゲラハドも秘匿せずに一度は使ってみればそこまで有用でないことは気がつけただろう。元の世界と著しく法則が異なるこの世界では、元の世界の力が必ずしも強いとは限らない事が多い。ペルッフェアも能力や装備的な物はともかく本質的な強さに大きな変化はなかった。相まみえていないゲラハドに期待したが産業技術も魔法技術もこの世界を越えないレベルでしかなかったようだ。同勢力のエルフの方が興味深い素材や装備を所持していた。面倒くさがらずに引き込んでおけば良かったかも知れないとも若干だけ後悔した。もう研究にさける時間も少なくチェイスと戦えるような目処を付けなければならない。神を召喚する方法に関しては降臨させる器と相手の拒否という二つの大問題を除いては解決が成されている。今は器を生成する方向で話が進んでいるようだ。進んでないのは俺の方だけだ。
「持ち込んだ兵装のほとんどは使われなかったようですが・・・思ったより余裕はなかったのでは?」
「鶸にしては優しいね。」
「気持ちは分らなくはないですからね。」
鶸は持ち込み装備に関して資料を見返しながら庇うように言葉を紡ぐ。俺はいつもの鶸らしくもないと返して首をかしげる。続く鶸の言葉の意味を理解しきれなかったからだ。鶸はもう一度ため息をつき俺と鈴を睨んだ。
「繋がりが切られているということをお忘れ無きよう。今までは不測の自体にも連絡を密にしてきましたわ。やはり無尽蔵に利用できる【神託】の力のすさまじさを今更ながらに感じておりますわ。進化体とはいっても我々はミーバなのです。貴方の意思あっての生命体なのですわ。」
そう鶸に言われて俺はばつが悪くなって頭を掻く。今まで通りの単独行動も難しそうだとも感じる。尤もこの先は必要は無いはずだが。相対した結果の戦力だけをみれば余裕と言わざるを得ない。ただその過程は驚くほど余裕がない。蘇芳が言うことを聞かないことを前提にしても中々厳しいと言わざるを得ない。結果オーライな過程もありやはりごり押しという見方が強い。知識は共有していても結果を導く判断力が選定者に比べて大きく低下していると見られる。今更な発見だがミーバだけで決戦されないための調整なのかも知れないと思う。どうしたものかと悩む間も無く警報が鳴り響く。
「は?侵入者?」
降ってわいたかのように拠点周辺に自軍以外の者が出現したことを知らせられる。広範囲に十重二十重に渡る監視網をくぐり抜けて突然引っかかる理由も分らない。魔術師兵からユウが迎撃に出たことを知らされる。
「まぁ滅多なことは無いと思うが・・・」
「突然現れた事が気がかりですわね。ここまで来て失敗したというよりも突然転移してきたような感じがありますわ。」
俺もそう思う。この世界において単騎とはいえ現在の俺達の包囲網を痕跡を残さず突破できるヤツがいるとは思えなかった。帝国がこんな遠距離に鬼札を切ってくるとも思えなかった。相手に渡っているであろう情報を考えれば今ここで手を出す理由が分らない。神聖ディモスにしても突然変異でも無ければこちらを上回る兵を作り上げる時間は無いように思えた。
「まさかベゥガか?」
「あの方は戦士よりであったと聞いていますが。」
軽装兵から斥候兵に転向して隠密に特化すれば可能性はある、と思うがわざわざそうする理由も見当たらなかった。取り敢えず発見されたならと竜の目を放ち状況を確認しに行く。警報が示す地点には巨大な金の雄牛が控えている。隠す必要が無くなったのかその気配は凄まじいの一言だった。ユウが果敢に剣を振るって攻める。
「野良モブか?えげつないの送り込んできたな。」
ユウが振り回す剣を雄牛は角でスネで弾きかえしながら時折前足を振り上げて叩き潰そうと振り落とす。ユウは後退を最小限にしながら体に剣を通そうともがく。
「ここにきて長距離転移ですか。どこからの刺客でしょうか。」
「どこというか上の可能性もあるけどな。」
今までのことを考えれば必ずしもこの世界の者の仕業とは限らない。この手のことなら管理者側である天上の者のほうがよほど簡単だ。どこの手の者と読み辛いチョイスは中々悪くないとも思える。
「ミーバ兵では荷が重いか。支援に出よう。」
「あのバカは嫌がりそうですが。」
「あいつの役目は防衛でもあるが時間稼ぎでもある。状況が悪くなりそうなら手も出すさ。」
そう言って俺は拠点の一室を出る。
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ユウは角を脚を破壊するつもりで剣を振る。雄牛の知性、技術は高くどう撃ち込んでも逸らされる。叩いてる感触も音ももはや生物のそれでは無い。幻銅と似た鈍い金の輝きはゴーレムの一種かと思わせる。
「くっそ、かってぇなぁ。」
ユウの叫びに答えるのかのように雄牛は雄叫びを上げて前足を振り上げる。ユウは盾を正面に構え直して一歩後ろに飛び退く。その後ユウの戦士としての目を持ってしても捕らえきれない速度で脚が振り下ろされる。その威力は十分に感知出来るほどの衝撃と音を地面に伝える。そうであるにも関わらず雄牛の蹄は一切地面に埋まらずわずかな足跡をつけるだけだ。拠点周辺の地面は多少固められているといっても自然に押し固められた程度でしか無い。そんな威力で踏み抜けば埋まって足が取られそうなものだがそんな期待は一切できない所業だった。ユウは衝撃で吹き飛ぶ小石などを盾で身を隠し、何度か見たその行動のわずかな硬直に合わせて剣をなぎ払う。
-瞬閃-
アーツを重ねて確実に脚を奪う。ユウの理想とは裏腹に甲高い音と共に寸断されたのは断ち切るはずの不壊鉛の剣であった。その膨大な衝撃はユウの腕をしびれさせて行動不能に陥らせる。
「こっちが折れるとか・・・何でできてんだよっ。」
ユウは更に三歩飛び退き右手を振る。わずか五mの距離。雄牛の後ろ脚に力がこもる。ユウも予想したが故に間合いを離さなかった理由。しまったとユウが思った時には時既に遅く、雄牛の巨体が巨大化したかと思えるほどに急接近しユウの体が宙に舞う。雄牛の突撃が半分構えていた盾を直撃し無残に割れる。その衝撃はユウの左手を越えて体に届く。ユウの体はほぼ水平に吹き飛ばされる。
「くっそがぁ。」
「借りもんなんでその辺にしといてもらえるか?」
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俺は吹き飛んでくるユウを『慣性制御』の魔法を使って片手で受け止める。悔しそうにうめくユウをそのまま地面に投げる。優しくしたところで喜びもしない。見たところそこまで装備にダメージは無い。貫通の上位属性を匂わせる。
「鶸、ユウは任せる。」
「無茶はダメですわよ。」
「分ってるよ。」
俺は一歩二歩と前に出る。雄牛と視線を交わしながら、そして雄牛が動く。
「早い、がそれだけだ。仕掛けが分ってればそこまでのものじゃ・・・」
雄牛の後ろ脚に力が入ったのを見計らって障壁を使って相手の動きを強制的に受け流す。移動系攻撃の最大の弱点でもある。移動経路にあるもの全てに攻撃できる半面、速度が速いほどその動きは直線的になり力を受け流すような障害物の影響を受けたやすくその軌道を変える。雄牛のその動きは突撃技と思っていたがそれがついでだったと考えを改めさせられた。障壁で逸らした雄牛はその超速度の慣性を無視するかのように俺の横にあるその障壁の前で前足を振り上げていた。
「二段構えかっ。」
ユウの戦闘を参考に魔法を選び出す。地面から湧き上がる鉄柱が雄牛の脚に向かって伸びる。
「馬鹿かっ。」
ユウの叫びと共に雄牛の脚が落ちる。雄牛の蹄は鉄柱を避け振り下ろされ、ない。鉄柱は前脚の付け根を支え、雄牛の強引な力により鉄柱を曲げ始めるが蹄の速度は攻撃と呼べるほどの速さはない。ユウに心配されるほど無茶な戦いをしているつもりは無い。
「魔物というよりは只の動物だな。」
俺は相手の性質を読み切りその体勢が整う前に鉄柱で突き上げて雄牛を宙に浮かせる。それなりに巨大で重量はあるが本数を揃えれば支えられないほどでは無い。各脚の根元を支えて持ち上げてやれば脚をばたばたするだけでほぼ無力化した。蹄が鉄柱を叩く音が響くが脚そのものが強いわけでは無い雄牛に重量以外で鉄柱をどうにかする手段はなさそうだった。真っ正面から戦えば力強さと堅さは驚異的だが、馬鹿正直に付き合ってやる理由もなかった。任せといてなんではあるがユウとは相性が悪かっただろう。
「さてどこからの刺客やら。」
『刺客のつもりは無かったが、思った以上に早く対処されたな。』
「あ?」
俺はここ最近聞かない脳内での音声に周囲を見回す。鶸は力なく座るユウのとなりで偉そうにふんぞり返っているだけで俺の動揺には気がついていないようだ。
『何、システム側から伝心しなければよいだけだ。伝心自体が封じられた訳では無いからな。』
俺は雄牛を見上げる。雄牛は無言で頷く。
「どういう・・・もしかして・・・ザガンか。」
『三十年ぶりか?ついぞ呼ばれなかったから忘れられたかと思ったが。』
聞き覚えのある声と金の雄牛という存在がようやくその中に潜む正体を感じ取らせた。俺が魔法を解除しようとするとザカンがそれを止める。
『一応こちらにも事情があるのでな。映像操作を長く不自然にするわけにはいかぬ。』
記憶が確かならザカンは監視側の一柱だったはずだ。そもそも天上の者が選定者に接触するのは良くないだろう。
『方法は多々あったがやはり直接の方がよいと思ってな。まず裏取引により遊一郎側の要請を盤面を揺るがさない程度にチェイスが自動的に受ける約定がある。』
「まじかっ。」
何を頼むかと一瞬悩みそうになったが、召喚の問題を一つクリア出来る事にいたり内心大喜びする。
『その感情からすると何か良いことがあるようだな。』
俺は頷きながら雄牛の脚を観察するように触れる。ザカンが合わせるように脚を振る。
『接触念話は可能なんだな。』
『君ら的にいうなら有線というやつかな。システムを利用しても一度世界の外に出なければ通信手段はある。』
『なるほど・・・でも今更か。』
新しい長距離念話を開発するかとも思ったが、現状なら無線インカムで足りるかと思いその方針を即時棄却する。
『我の知る範囲であれば答える用意があるが。』
ザカンが申し出る。計画が漏れる可能性はあるが神が協力してくれるならと技術的解決に向けて思考を走らせる。
『この世界に神を呼び込める器を探している。』
俺はもう一つの問題を投げかける。
『どのレベルかと時間にもよるな。』
ザガンはその質問に条件を付ける。
『可能なら肉体ごと呼べれば良いんだが・・・流石に無理だろうから、その意思を丸ごと。時間は一戦交えるくらいあれば・・・』
『なるほど・・・そういう方向にしたのか。』
俺の条件提示にザガンは察して鼻息を吹く。興奮したというよりも呆れたという感が取れる。
『その条件を満たせる器はこの世界には用意されていない。そもそもそういった不正が出来ないようにそこまで強固な個体が無いようにされているのだ。』
ザカンの答えは存在の可能性を否定する絶望的なものだった。そしてそれは俺に取って答えが一つになってしまった瞬間だった。気を取り直して次の対策の答えを探る。
『この世界にステータス的にスキル的に破れない防御があるか。』
『無限に攻撃できるなら無限に防御は出来ないようになっているはずだ。』
ある程度予想はしていたが前提がなければ答えは簡潔だった。理論上の話だったのでそれが確定したのは幸いといえた。
『・・・お前達にとって死とはなんだ。』
俺は最後の質問を投げかける。
『お前達の言う死を超越して長いが・・・我々にとっての死は消滅であり活動できなくなることである。生きることに飽きて活動しなくなった者も便宜上死として扱ってはいるな。動かず思考を放棄すれば肉体があってもそれは死と変るまい。』
哲学的な話になるかと思ったが意外と死という存在が知られていることは分った。
『やろうとしていることは理解するが・・・流石にお前達で神を殺すのは不可能だ。世界と心中するつもりがあるなら可能性はあるかもしれんがな。』
『え?心中したら可能性あるのか?』
世界中のエネルギーを持ってしても神に傷つけるのは不可能という話だったので無意識に考慮から外していたが、神そのものを傷つけるか、神の精神体を脅かすということからそもそも前提が違うと言うことも思い出す。
『世界の崩壊に巻き込まれればその世界にあるものは無に帰す。我々の肉体なら問題無いが器は耐えられまい。』
納得はしたが流石に世界を崩壊させることの方が無理だ。そして私的な理由で世界を壊す理由もない。盤面用の世界とは言え、俺の視点ではこの世界の住民も生きていることには違いない。
『当てがあるから後で紹介しておこう。』
ザガンはこれから俺がやることを予測し話を振ってくる。
『頼む。』
無い選択よりはある方がと申し出を有り難く受ける。
『それでは次は盤面が終わるときにだな。』
『ありがとう。』
言葉を機にザカンの器たる雄牛が崩壊していく。これはこれで器になれるのではと思ったが、素材自体は幻銅と金の合金であることしか分らず、内包していたであろう魔術回路などは全く感知出来なかった。
「流石にそこまで甘くないか。無いと断言されたわけだしな。」
「随分とその雄牛にご執心のようでしたが。」
雄牛の崩壊と共に鶸が怪しむように寄ってきた。
「その辺は後でだな。死体らしいものは回収していこう。ユウは・・・反省会だな。」
「面目ねぇ・・・」
自分が苦戦した者をあっさり倒されてはユウも反論する気にはならなかったようだ。所構わず噛みついていた時期が懐かしいとも思える従順さだ。いいろいろな問題が一度に解決して得るものが多かったが、これから失うものが増える事になる展開に俺はため息をつくしか無かった。




