暴力
兎に乗って地下階層へ逃れた蘇芳は大きな揺れによる落盤に巻き込まれ再び窮地に陥っている。大地を壊し、掘り進むことに関してピットエビルは優秀だが、隙間の多い瓦礫を進むことに関しては適していない。時間をかければ進むことは出来るが振動によって常に状況が変化してしまう場合においてはなお難しい。蘇芳は大剣を振り回し落盤を地面を破壊するが常に天井が落ちてくる状態では行動回数の少ない蘇芳では対応し続けるのは困難だった。揺れが激しくなり足下が大きく裂けたの見て蘇芳は覚悟を決めてピットエビルに指示をする。
「突っ込めぇ。」
裂けて広がる大地の側面に向かって兎は全力で跳びかかる。蘇芳が剣を振り上げ崖を砕く。
「なんだ?思ったよりかってぇ。」
予想の半分も掘れていない土塊を蘇芳はいぶかしむ。幸い強固な大地を掘り進むことに関して補正のあるピットエビルには多少影響が見られる程度で裂ける大地に巻き込まれて落ちる心配は無かった。
「火山でも噴火すんのか?」
自分たちがいた対岸は沈み、乗り移った崖は隆起する。ただ蘇芳にとって上に上がっているという事実は、敵を追いかけるために有利な状態と判断し疑問をすっぱり切り捨てた。自らの武器とピットエビルの力を使ってらせん状に大地を掘り上がる。想定以上に遠い地上を掘り進め、飛び出たその先は蘇芳の想定していない山の上だった。
「はぁ?」
開けた場所に出た以上、呆けている暇はなく素早く周囲を見回す。景色からすると大きく水平移動していないことは理解出来た。背後には崖、視界の右隅の小山の上にはリザードマン一行が見受けられる。観察の結果何かの建造物の上に出たと蘇芳は理解した。蘇芳は面白い状況になったと笑みを浮かべ掘った穴へ再び潜り込む。穴を下りそして敵に向かって掘り進む。隠れて進むが忍ばない。掘り進む音を全てかき消す手段など蘇芳は持ち合わせていない。それでも地下からの攻撃はいつそれが来るか分らないという点で十分不意打ちたり得る。ベヒモトゴーレムの頭の上でリザードマンと蛙人がまず音と振動に気がつく。
「異常振動?」
敵の攻撃を警戒しリザードマンが周囲を伺う。蛙人も魔法を展開して周囲の状況と魔力の動きを探る。ゴーレムの生成過程でミスが発生しているかと考えリザードマンはゴーレムを精査する。トロールは音の方向に対して素直に向き直り音と主の間に動く。蘇芳達も地上の様子を正確に見る手段はない。ただ事前に確認した敵の位置とピットエビルの地底における正確な位置把握に任せて強襲を仕掛けようとしていた。しかしトロールがその場から動いてしまった事による音と振動を感知することでピットエビルは地下から敵の位置を正確に把握した。そしてゴーレムを精査していたリザードマンもその敵対する何かの動きを察知した。
「下がれロクディ!」
「ひゃっふーぃ。」
リザードマンの警告と蘇芳の地下からの飛び上がり攻撃はほぼ同時だった。しかし主人に求められた曖昧な防御と正確に状況を認知していた蘇芳達とでは結果が大きく異なった。蘇芳の攻撃はロクディの脚を右腿ごとかち上げ、縦回転するロクディの背後にピットエビルの爪を叩きつけて地面に吹き飛ばす。
「先ほどの者かっ!」
「さっきは脱兎で悪かったな。」
瓦礫と共に飛び上がる蘇芳の姿を見てリザードマンが敵を判別する。跳躍の頂点で蘇芳は再び武器を構えて意味の無い謝罪をする。リザードマンはその真意を測り損ねていたが、蘇芳も楽しみにしていた戦いを先送りしてしまったことに対して謝罪している訳だがそんな意味は全く伝わらない。飛び上がった蘇芳は更に上から大地を見ることで自分たちが何かの生物をかたどった機動体の上にいることを知る。
「俺は遊一郎様配下の蘇芳。面白い戦いになることを期待するぜ。」
蘇芳の体が重力に引かれて落下を始める。
「フレーレ様の選定者ゲラハドだ。お主を楽しませる気は全くない。」
ゲラハドは槍を蘇芳に向けて喉を鳴らす。槍から光があふれ蘇芳に飛びかかる。
「釣れねぇこと言うなよぅ・・・・楽しもうぜっ。」
蘇芳はピットエビルの背中を蹴りゲラハドに向かって飛び出す。
「遅延六。」《召喚:テンタクルスパイダー》
蘇芳の呼びかけに答え長い足を持つ虫が呼び出される。体は蜘蛛。ただその脚は吸盤こそ無いが頭足類を思わせる八つの蝕腕が生えている。蝕腕の半面には虫らしい外殻が見られるがその滑らかな動きが虫を思わせない。蘇芳は蜘蛛に飛び乗りゲラハドを大きく飛び越える形でゴーレムに降り立つ。蜘蛛は脚一本を残して素早くターンし蝕腕を素早く器用に動かしゲラハドとの間合いを詰める。ゲラハドも冷静に体を回して蜘蛛の軌道上から回避するように槍を構えて一声吠え炎の塊を呼び出して撃ち込む。ロクディは地面に転がされながらもその勢いのまま飛び上がって立ち上がる。大きくえぐられた傷は肉と泡が盛り上がり直ちに塞がれていく。ロクディは傷の状態を気にすることなく、大きな鉄の板とも思える剣を振り上げながら蘇芳に迫る。その中で最もうろたえ対処が遅かったのは蛙人であった。蘇芳の急襲の動きに対応出来ず、攻撃も防御も後手に回り魔法を準備しては取り消すという実質何も出来ていない状況だった。蘇芳は一目見た瞬間からその獲物へ目を付け、ロクディの脇を抜け、ゲラハドの魔法の被弾も無視して蛙人の腹に向かって大剣を突撃、一閃する。倒すだけなら地面に向かって打ち倒す所だが、今は戦力の弱体化を狙って蛙人を宙へと投げ出す。状況を瞬間的に把握出来ない蛙人はあたふたと宙で手足をばたつかせ、そのままゴーレムの下へと姿を消していく。蘇芳と蜘蛛は不規則に蛇行しながらゴーレムの頭部を抜け、首を下り胴まで走り抜けて反転する。ロクディは思いのほか足の速い蜘蛛を追いかけるのを辞めてゲラハドの近くに移動する。ゲラハドも簡単な攻撃魔法を数種類混ぜながら撃ち込むが狙いの定まらない蜘蛛の動きに対応出来ずかすらせることもできない。ゲラハドは祈りを捧げ基礎となる魔法を組み替える。蘇芳はゲラハドが何かしようとしている事には気がつくが、魔力の動きが読めず行動の真意を知ることが出来ない。蘇芳はロクディの護衛が邪魔だと考えるが、先ほどまでの動きを見るに無視してもゲラハドを攻略できると踏む。魔術師相手であれば護衛ごと殴り倒せそうと考えるのは蘇芳の異常な攻撃力ならではとも言える。二度も相手の防御を剥ぎ取るくらいなら本体をそのまま潰し続けた方が手間がないと夢想した。一般的な方法からは外れているが一方的な能力差がある場合は不可能では無いと選択肢に残る部類ではあった。だが蘇芳の読み違いは別の所にあった。蘇芳は短い思考で方針をまとめ武器を槍に変えて突撃体勢を取る。威嚇に大きな声を上げるが流石に誰もひるむことはない。奇妙に脚を動かしながらその大きさと動きからは考えられないような速度で動く。蘇芳は下手に避けようとはせずに真っ直ぐゲラハドに向かう。ゲラハドは槍を構えて魔法を放つ。赤い光を放つ小さな球体群が蘇芳に向かう。先ほどの光の筋からすればかなり遅いと思える魔法であり回避は難しいと言えるものではない。ただ蘇芳は魔術師が攻撃を当てられない場合次に行う手順が予測できていた。すなわち誘導弾である。蘇芳は光球の軌道から大きく逸れて回避するが、予想通り光球は小さな円弧を描き蘇芳を追う。しかしその速さは蜘蛛の速度と良い勝負であり追いつかれるにはかなりの時間が掛かると予想された。
(誘導性か持続力優先か・・・思ったより面白くはねぇな。)
予想通りの攻撃ではあったものの予想よりも誘導性はともかく蘇芳に対する命中性が特化されたものではなく落胆した。ゲラハドは次々と光球を放つがそのどれも蘇芳が回避不能に陥るようなものではなかった。しかしゲラハドは焦った様子もなく淡々と魔法を撃ち出しているように見える。こういった敵の狙いがわかりにくいときは注意をされている。
(ご主人様ならどうするか・・・)
蘇芳は幾度となく模擬戦を繰り返した相手を考えるが、蘇芳にそれを想像するだけの知恵はなかった。いつも予想しない一手で追い詰められる相手を参考にするというのが無理な話であった。しかし蘇芳は慌てない。結果的にその攻撃が重傷を負う物であろうと自分が敵を倒すことに問題はないのだからと。百を超える球体に追い立てられながら蘇芳はロクディの前へと走り込む。ロクディはその金属の板とも言うべき武器を蘇芳に向かって振り下ろす。遅くはないが早くもない。そういった感想が出て来る攻撃を蘇芳は軽く横に移動することで回避する。ロクディは地面を穿ったその金属板を跳ね上げるように無理矢理持ち上げ更に攻撃を加える。その金属板は蜘蛛の脚を切り裂くかと思われたが、脚の外殻に当り頼りなく脚をゆがめるだけに止まった。予想しない結果にロクディもゲラハドも目を見張った。蜘蛛に着いた軟体の脚は鋭く当たれば難なく切り裂ける強度ではあるが、外殻を経由した場合その威力を分散され脚を曲げる程度にまでにしかならない。蘇芳は初回は狙い通りとゲラハドに向かって走り込み槍を突きつける。蘇芳は障壁で防御されることを想定していたが直前までその行為はなく一瞬だけ考えを巡らせた。何故この局面で魔術師が魔法による防御を行わないのか。行動回数が予想より少ないにしても、事実上行動回数の貯蓄できる魔術師が防御を発動しない理由にはならない。蘇芳の思考が要因を予測しきる前にその穂先はゲラハドを捕らえた。柔らかそうなローブを貫通しその体を捕らえたと思われたが、逆にその異様な堅さと重さで蘇芳の動きが一瞬止められた。逆に驚かされた蘇芳はこのまま突撃を緩めなければ武器からその手を離さなければならない状態になるまでその小さなリザードマンを押し切ることが出来なかった。
「どんな体だよっ。」
蘇芳は笑いながら槍から手を離して収納する。そして蜘蛛に指示して大きく飛び上がろうとする。ゲラハドに手に握られた槍がうなりを上げて蘇芳に襲いかかる。その槍は蜘蛛の脚に当り装甲を押しのけながらその軟体などまるで無いかのように槍を振り抜く。一本や二本なら押しのけられた所でさほど問題は無かったろうが、たとえ空中でも全ての脚を伸びた槍によって払われたなら、その蜘蛛の体は飛び上がった際の重心を基準に回転を始める。蘇芳はその遠心力に巻き込まれるか離脱するかを選ばされる。蘇芳は蜘蛛を送還し、自らその背を飛び出してゲラハドの攻撃から逃れる道を選択する。騎兵として蜘蛛から受けた力は騎獣を失うことで放棄され、蘇芳に何の影響を与えなかった。
「魔術師かと思ったら直接攻撃もいける口かよ。」
蘇芳はゴーレムに降り立ち大剣を構える。
「魔術師?そんな世界を乱す輩ではない。我々の自然と共にあり、そして自然に還る。究極的には自然そのものとなる。我々の世界では過程と手段は様々あれど、総じて祈祷師と呼ぶ。」
ゲラハドは槍を定位置に構え直して蘇芳に振り返る。
「自然と一体になるには明らかに不自然な体だったろうによ。」
蘇芳はその説明に毒づく。
「お主が如何に力が強くても星を持ち上げることは出来まい。確かにこの身は神の杯により本来無いほどに強化されておるが・・・大きなくくりの中では自然の一部といえる物よ。」
ゲラハドの説明を受けても蘇芳には理解出来ない。蘇芳に解ったことは『杯』の恩恵により異常な防御力を持つことだけだった。
「なるほど、こいつはおもしれぇ。」
そして騎獣がいたからこそ逃げられていた無数の光球達が足を止めた蘇芳に襲いかかる。蘇芳は地面に剣をぶち当ててかち上げ瓦礫を光球達に投げかける。
「我が力によって生み出された物は我の意図無くして害意無し。」
ゲラハドの言葉通りゴーレムの体である瓦礫を光球達は何もなかったのようにすり抜け蘇芳に当たり続ける。一つ一つはそれほど大きな攻撃力ではなかったが、数と小ささが蘇芳の防御をすり抜け少しずつ小さな傷を重ねていく。
「なるほど、ここに立たなきゃおめえさんに攻撃することも出来ないが・・・ここ自体がお前の仕掛けた戦場とも言えるわけだ。」
「それが全てではないが、それで概ね問題無いよ。」
蘇芳が笑い、そしてゲラハドも笑う。ゲラハドが槍の穂先をすっと動かす。軽い浮遊感の後に大きな振動が起こる。ベヒモトが一歩動いた。
「そいつは困るな。」
このゴーレムが動けば下で戦っているであろう桔梗たちが困ることになる。
「楽しみは長く出来ないってことだな。」
蘇芳は魔力を集める。
「それをさせると思うかね?」
ゲラハドはその力を隠すことなく槍を伸ばし蘇芳を貫く。しかし蘇芳は傷ついた所で気にすることなく魔力を動かし魔法を行使する。
「色々準備したつもりだけんど・・・全部すっ飛ばすわ。」《召喚:ソロネ》
蘇芳の足下から浮かび上がる炎の車輪。十八の目があらゆる方向を見据え、中央の巨大な瞳が指示された敵を睨むように見つめる。
「神谷の姉御に聞いた時はそんなもんがとも思ったけどよ。これがまた気分がいいんだわ。」
蘇芳は伸びてきた槍を力任せに振り払いソロネに飛び乗る。主を乗せて車輪と炎が回り出すがその上の蘇芳が回ることはない。
「その奇妙な生命体?が切り札と?」
ゲラハドは認識出来ないその召喚物を見て思わず口に出す。
「切り札の一枚目だな。奇妙は奇妙だが・・・これでも神界の一端を担う高等生物らしいぜっ。」
蘇芳の言葉と共に猛スピードでソロネはゲラハドに向かって動く。蘇芳が解っていながら剣を振っても空ぶるほどに。空を駆け、うねりゲラハドに向き直る。
「移動以外は任せるぜ。命つきるまで好き放題しやがれ。」
宣言した命が蘇芳かソロネか。ソロネもその言葉に応えるように炎の刃を飛ばす。蘇芳も空の上から弓を構えて狙いを定める。
「穿て。-群燕・減-」
それは数こそ一二と少ないがまさしく遊一郎の第二弓聖技群燕であった。鈍色の矢群が様々な円弧を描きゲラハド達に襲いかかる。ロクディは炎を恐れて回避に努めるが、外れては追いかける群燕までは回避出来ない。ゲラハドは矢を回避し、たたき落とし、炎の刃を魔法で弾く。踊るように槍を振り回しながら祈りを捧げて魔法を動かす。ゴーレムより飛び出す岩の柱が檻のようにゲラハド達を囲み、更に細く枝分かれすることでジャングルジムのように構成されていく。大きく動いてしまう群燕も岩格子の中で上手く動けず一部は撃沈。残りはゲラハドに払われる。炎の刃も多くはジムに吸い込まれるように消されていく。
(あれ自体が何かの防御機構を持っているのか?)
蘇芳は何かしら特殊な防御があると感じるが全てを理解出来ない。しかし元素材がゴーレムなら壊せないことはなかろうと雑な考えでソロネを走らせ大剣でジムを一閃する。切ればその部分は消えていくようだが切って進むには手間が掛かりすぎることは明白だった。そしてジムはゲラハドの攻撃に関しては一切邪魔することなく蘇芳に向かって打ち出される。
「思った以上にやっかいだなぁ。」
ゲラハドは大声を上げて笑いながら上空へ逃れる。
「まぁ結界の一種と思えば・・・動けないのは欠点だよな。」
蘇芳はにやけながら弓を構え、そして総不壊鉛の矢をつがえて引き絞る。ソロネはその意を汲んだかのように矢に炎をまとわりつかせる。
「どう防ぐか楽しみだな。」
追加で防御を構築しているであろうゲラハドに向かって蘇芳は笑いかける。
-合技:神罰炎上-
矢に炎が渦巻きながら撃ち出される。矢は風を巻き込み炎の塊と化して矢を赤熱させていく。矢の輝きは赤から白へと変り、矢は形を失いながら光を放ち始める。光がジムに接触すれば岩殻は即座に赤く柔らかく、そして白く輝き蒸発する。矢は無駄と言わんばかりにゲラハドに続く岩棒を消し去りつつ真っ直ぐ進む。ゲラハドは槍を突き出しその光を穿った。辺りは白い光で包まれベヒモト周辺全域を白き闇に変えた。




