表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/172

数と数

 竜の首が地面に落ち抵抗が途絶える。上空の蘇芳は不満そうに横たわる竜を見て興味を失ったかのように周囲を見回している。

 

「見える脅威が薄くなったのはいいのだけど。」

 

 トウはミーバを指揮しつつスケルトンの大軍を捌き続ける。指示された範囲内とはいえ助力くらいはと期待して目線を上げたが蘇芳はトウのほうを見向きもしない。アレはそういう物だとトウはため息を軽く吐き出しながら敵軍を捌き続ける。敵ミーバ兵や魔物は数を減らし始め、スケルトンの比率が飛躍的に上がっていく。

 

(やはりスケルトンを盾に撤退している様子か。)

 

 露骨な陣営の比率変更に予想はついていたが敵軍は露骨にとまでいかないが意図的に人員の入れ替えを行っているのは確かの用だった。逆に言えばこのスケルトンの大軍が敵にとってこちらを圧倒できるほど数がいることを示唆している。それでも戦力的に七十万を越える兵を抱えているとは考えづらいとトウは考える。餌がかからないゴーレムとはいえそれだけの数を抱えるにはそれなりの空間が必要だ。先ほど爆撃された跡地にそれだけの数が保管されているとは考えずらかった。地下空間がより広くあると考えるには陥没が小さく均一過ぎる。かといって他に保管場所があるなら一カ所からしか湧き出てこないのはまた可笑しいと思える戦術であった。

 

(ともすると今まさに製造されているという感じなのでしょうが、解呪の影響を受けないのが不思議ではあるんですよね。)

 

 魔法に造形が深くないトウは状況を絞りきれず、かといって戦えないほどの相手ではないのでそのまま流してしまっている面はある。桔梗は情報を求めているのだが、所属違いということがお互い密に情報交換するという選択が無い。桔梗側からは魔法による通信がしやすいがトウにはそれを任意に発信する手段が少なく有限であることが災いしていた。現状対処出来てしまっているが故に不効率な事が起きてしまっている。竜という明確な防衛者がいなくなった事から桔梗から今一度砲撃が放たれる。しかしそれは瓦礫の下から放たれた魔力によって迎撃され霧散する。魔術師竜が倒れたかと思えば、まだ強力な魔術師が残っていることに桔梗とトウは若干驚きを覚える。

 

(これは敵戦力を過小評価しすぎましたね。)

 

 離れてはいても桔梗とトウの思考は一致した。のんびりと敵兵を削っている場合では無い。敵を降伏に導くためにも速やかに圧倒する必要があるとお互い考える。桔梗は砲撃による攻撃を一旦保留し本陣を離れて前線に向かう。

 

「何を手間取っているかと思えば竜牙兵でしたか。」

 

 竜の牙から簡易的にゴーレムを作る魔法から生まれる人造物である。最初の報告で気がつくべき案件だったと桔梗は舌打ちをする。あまりの数にそのそも選択肢にすら考えていなかった自分を恥じる。竜が一軍に構成されているならさぞ材料には困らないだろう。それにしても材料にしても必要魔力にしても数が多いことには変わりが無い。しかし目の前にいる者は間違いなく竜牙兵である。生成過程に何かしらの改変が入っていることは間違いない。

 

「何か問題がありそうですか?」

 

 トウは桔梗が来たことに気がつき持ち場から下がる。

 

「いえ、スケルトンという話でしたから。むしろ癖が無いだけに・・・特筆するような長所も弱点もないのですが、強いて言えば時間制限と素材が必要な点ですね。基本的な仕様のままならここまで生み出すには膨大な素材が必要になるはずなのですが・・・」

 

「そろそろ十万超えるくらいの数ですかね。」

 

 桔梗が困ったというように首をかしげ、トウは若干げんなりとした表情を浮かべる。

 

「発生源を押さえるべきですね。」

 

 トウは前向きに言葉を発したつもりだが、桔梗とトウの視線の先には瓦礫の下からは湖のから這い出してくるような竜牙兵の数々だった。

 

「地下・・・なのは間違いなさそうですね。」

 

 桔梗はやってしまったことを若干後悔した。結果悪化したように見えるが、敵側からしても緊急手段として使用した物が結果的に功を奏しているに過ぎない。お互いにとって結果論である。桔梗はとっかかりを掴むためにも竜牙兵の湧き出す大地へ氷柱を叩き込む。深々と大地に突き刺さる氷柱を意図的に消せば穴が開くという算段であったが湧き出す竜牙兵の動きと弱い地盤がその穴を即座に修復する。敵に力を示した事は事実だが、敵への利の方が大きかったかと桔梗は悔やむ。

 

「いつ止まるとも知れない竜牙兵を叩き続けるか、発生源を突き止め術者か触媒を消すか。」

 

「どちらも非常に手間に見えますねぇ。」

 

 終わりが見えぬ行動を続けるか、終わりを探しに行くかの差でしかないとトウはぼやく。普段なら探しに行けば良いだけだが、後敵の進化体がどれだけいるか分らない以上現兵力を捨てるわけにもいかない。指揮をせずともしばらくの間は自軍ミーバ兵が圧倒するだろうが、効率も悪く被害も大きくなる。指揮が無くなったとばれれば敵の追撃を受ける可能性も高い。後どれだけいるか分らない竜牙兵を前に指揮を放棄する選択はなかった。桔梗は飢餓ならないとため息をつき蘇芳にメッセージを飛ばす。

 

『蘇芳。地表に敵将がいるとも思えませんので、地下にいる竜牙兵の術者を追ってみませんか?』

 

 桔梗は消化不良だったであろう蘇芳をそれとなく嗾けようと誘導を試みる。

 

『そっちはそっちでやんな。砲撃を止めた魔力の方が興味がある。』

 

 蘇芳からの返信は期待通りでは無かったが地下に興味を持っているようだったので無理に引き込むのは辞めることにした。

 

「蘇芳の協力は仰げなさそうでしたが、地下のかき回しは自主的に行ってくれそうです。」

 

「それは何より。」

 

 桔梗はため息と共にトウに報告し、トウも苦笑いで答える。蘇芳は上空から飛び降りフライシェルを送還する。

 

《召喚:ピットエビル》

 

 落下する蘇芳の足下に大きな白い兎が現れる。二m近いその体躯は流石に空を飛ぶようには出来ておらず、動物の顔をしても呼び出された場所が不満そうに主を見上げる。

 

「まぁそう言うなよ。高さがあった方が楽だろ?」

 

 蘇芳は雑に弓を使って兎を空中で引き寄せその背にまたがる。弓を収納し大剣を構える。ピットエビルは諦めたのか覚悟を決めたのかその手を振り上げる。

 

「突っ貫!」

 

 ピットエビルの手からその容姿に似合わぬ巨大な爪が伸び、それらが束ねられれば大きなスコップにも見える。蘇芳のかけ声と共にお互いが地面に向かって手を振り下ろす。噴火のように土砂が吹き上がり蘇芳達は土砂の中に消える。

 

「いいのか?あれは。」

 

 トウは呆れたようにその現象を見る。普通に考えれば土を何の用意もなく巻き上げそのまま埋もれる未来しか見えない。

 

「あの魔獣がいる分には問題無い・・・はずです。」

 

 桔梗も知識として知っていた山裾の村で野や畑を荒らす害獣である。ただ大きさは標準の二倍近くあるが。前足の爪と後ろ足の脚力で地面を掘り進み獲物を探す魔獣である。比較的臆病で戦闘を選ばずに逃げる傾向が強いが、餌が少ない場合は積極的に動物も狩る。暴力的な脚力で相手との間合いを一瞬で詰め、そのまま前足の爪を振り下ろすだけで概ねけりがつく。爪が刺されば相手の生死に関わらずそのまま噛みつき食事に移行するという粗暴な一面も持つ。土砂が降り、そしてまた吹き上がる。それが何度か繰り返され段々と勢いが小さくなっていくように見える。それは土砂が覆い被さった性なのか、深く潜っていったせいなのかは桔梗たちに知る術はなかった。ただ魔獣はともかくミーバが窒息死することは無く埋もれたら埋れたで後で助けようとそのまま見送った。桔梗とトウはお互いを見て頷き、自然と役割を分ける。桔梗は《談話室》の魔法を展開しトウと繋げる。

 

『指揮は私が行います。良い戦果を期待しますよ。』

 

『お手並み拝見。』

 

 桔梗が試運転とばかりにトウに呼びかける。トウはそれに答え前線に出る。景気づけに正面の竜牙兵を盾で吹き飛ばしミーバをサポートしながら槍を振る。お手並み拝見とトウは言うが模擬戦や戦術図において桔梗の腕前は知っている。正面切って戦ってもなかなか勝ちは拾えず、軍戦に至っては奇策以外で勝てる試しは無い。桔梗は竜牙兵に接触していない遊兵となっている兵を瓦礫地へと動かす。トウは下からの奇襲を警戒し周囲の索敵、予備兵として運用していた。桔梗はミーバ兵が瓦礫地へ踏み込む際に氷壁を使用し大地を凍結させ奇襲への備えとした。自らの魔法である以上、何かしらの攻撃、変化を受ければ感知ができる。トウにはない能力を使っての運用だった。竜牙兵の沸きだし地点を囲むようにミーバ兵を展開すれば、それを妨げるように竜牙兵の湧き出す地点が増加し動きを変える。湧き出す地点は無尽蔵に増えるかのようにミーバ兵を追いかける。

 

「なるほど、これはわかりやすい。」

 

 回り込まれるというその動きは敵にとって致命的だったのだろうが、湧き出す地点を増やし回り込みを阻害するという方法自体も敵にとって致命的になった。桔梗達に取って戦端が広がることは余剰戦力を回しただけで特別不利な点は無かった。しかし竜牙兵にとっては増援が増える速度を超える湧きだし地点の増加は各地点での湧き出す量を減らす結果になった。戦端が広がったため自明の理でもあるが一地点での結果を見ても明らかに討伐速度は上がった。トウは敵が用意されていたものでは無くたった今作られている物であると確信した。当然桔梗もそれを理解している。ただ限定的な区域で戦っていたからこそ互角に近い戦いになっていたが戦端が広がってしまえば元々の兵数が多い桔梗たちが優位になるだけだった。敵が竜牙兵を貯める為に一旦引いてしまえばそのまま追いかければよいし、このまま優位を保ちながら戦い続けても良い。流石に触媒か魔力がつきるはずだ。桔梗はそう考えて半包囲を進める。桔梗から見える敵術者の明らかな失敗だった。しかしその桔梗の想定を別の何かが邪魔をする。桔梗の背後で倒れていた蒼玄竜の首が持ち上がる。

 

「貴方まだ生きて・・・」

 

 動けなくなりそのまま放置していれば持続ダメージによって倒れるかと桔梗は考えていたが、竜の生命力もしくはスキルを見誤ったと動き始めた気配に振り返る。竜は口を開き魔力を動かす。低温と氷の礫を含んだ竜の吐息が放たれる。桔梗は遅延発動から氷壁を二枚展開し、更に半円障壁を展開し身を守る。氷壁は程なくして瓦解し氷の礫が障壁を叩く。障壁によって桔梗は守られるが多くのミーバ兵は背後からくる礫に大きなダメージを負う。桔梗は障壁の中から吐息に隠れて見えない竜の位置を記憶から断定し《白炎》を撃ち出す。重ねて《白炎》を撃ち出して吐息の反応を見る。衰える気配が見えない気流を感じ、更に追加で《白炎》を撃ち出す。竜の吐息が終わる頃には桔梗の周辺は氷の柱が立ち並び、くすぶる煙を上げている竜が再びその首を大地に落としていた。桔梗は竜を見つめ続けその生死を鑑定する。間違いなくHPは零を割り込んでいるがそのまままた起き上がってはたまらないと氷剣を持ってその首を遠隔からたたき落とす。確実性を取ったその桔梗の慎重さが逆に窮地を招く事態になる。その鱗が変形し動き出し、鱗が動けば肉が、肉が動けば骨が、小さなかけらが形を作りながら膨れ上がる。

 

「これが絡繰りですか。」

 

 桔梗が納得した一つの形。鱗が、肉が、骨が、そして牙が。今目の前で蹂躙していた竜牙兵に変る。目の前の竜の体積はみるみる減っていくものの、その数千倍の体積の竜牙兵が生まれる。この竜全てから兵が生まれればその数はいかほどか。竜牙兵を呼び出す術式を改変し、竜のあらゆる部位から竜牙兵を生み出す魔法を編み出している。通常そんな無駄なことはしない。竜の希少な各部位はそんな使い捨ての魔法にして良いものでは無い。牙とて使い道が少ない小さな物を使うのが通例である。敵はその潤沢な竜をそのまま兵器として即座に使えるようにしたに過ぎない。敵に利するなら自軍で消費するという前向きな手法にも感じ取れる。やられたと桔梗は思いながらも口元には笑みが浮かぶ。触媒がありその発生する様を見れば魔法がそこに掛かっているのだと分る。桔梗はミーバ兵を動かしまずはその場をしのぐ布陣へと変える。トウにも指示を出し援軍は必要無くそのまま殲滅するように指示する。敵はここぞとばかりに桔梗に兵を集中するが、トウの動きもあり既存の兵は多くを桔梗に割くことは出来ない。桔梗はその竜の死体を、否その死体に流れる魔力を見つめ、動きを認識し、魔法の正体を知る。

 

「中々強固な構造のようですが慢心しましたね。」

 

 桔梗はその構造をある程度把握した時点で自ら魔力を動かし竜の死体へと向ける。

 

《解呪》

 

 桔梗が投げたその術式は蒼玄竜の死体へと繋がり、その体にまとわりつく術式を破壊する。お互いの魔力が絡み合い、ほどけて、霧散する。ちぎれた肉片は地面に転がり変形途中の骨片もがらりと地面に転がる。既に完成された物へは干渉しないが竜牙兵の生産は止まる。桔梗にとって術式さえ見えてしまえば解呪出来ない道理はなかった。桔梗は地面の下に視線を向け魔力の動きをたどる。自らの魔力を瓦礫の隙間に落とし込みしみこむ水のように地面の下を探査する。

 

「見つけましたよ。」

 

 魔力を纏う大きな塊。魔力の輪郭を見ればそれが竜の半身であろうことは想像がつく。魔力の流れを操り地下十m先に潜む竜の死体であろうものに向けて解呪を放つ。魔力視はその魔法が解体され霧散する様子を捕らえた。地面を掘り進む竜牙兵に関してはどうにもならないが既に生産は止まり竜牙兵の数にも限度が見えた。

 

『増援は後四千程度ですよ。』

 

『終わりが見えたなら・・・』

 

 トウは槍を振り盾を投げ、魔力使用して竜牙兵の殲滅速度を上げる。回復も見越して殲滅を優先し始めた。桔梗もそれに乗りミーバで包囲を進めながら竜牙兵を駆逐する。程なくして竜牙兵は最後の一体を破壊され殲滅される。

 

『ひとまずはお疲れ様ですね。』

 

 トウは一息つけると肩の力を抜く。逆に桔梗は魔力を押し広げ周辺と地下の探索を始める。敵軍の本来の主力はまだ生きており、そして竜と蜥蜴人の本体もまだ生きている。それらを見つけて意思をくじかねば戦いは終わらないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ