連合対連合
桔梗と蘇芳、トウ。そしてミーバ兵四十万で進軍を始める。ミーバ兵の編成はバランス良く配置され相手がどうであれ対応できるようになっている。
「はぁ・・・」
トウは何度目かも分らないため息を漏らす。しばらくの間気にしていた桔梗も既にどうしようも無いと放置している状態だ。神谷桐枝の護衛を本分とするトウは主から離れて、なおかつやらかしがちなユウが本拠にいることが更に不安をかき立てているようだ。桔梗も心配性だが今回はより安全なところにいることもあり離れる事にそこまで不安を感じていない。しかしトウは目の前にいないと安心できないのだろう。たまに桔梗がチラ見すればトウはため息ばかりで、桔梗も滅入ってくる。
「なんだ、まだやってんのか。」
蘇芳が甲羅の上で座ったまま寄ってくる。
「決まったもんはしゃーねんだから・・・いい加減切り替えろよ。」
蘇芳の言葉にそうですねと力弱く返しため息をつく。蘇芳も釣られるようにため息をつく。道中は結局気分が盛り上がること無く進んでいった。
「あれが敵の住処かー。」
敵拠点から百kmほど離れた所で蘇芳は高空から眺めている。双眼鏡から見える崖沿いの沼地にミーバの動きが見られる。
「場所は確定したぜ。」
蘇芳は森に降りて報告する。
「陣容が不明ですが整う前に強襲するのが良さそうですね。」
「さっと終わらせましょう。」
桔梗は得られた情報から短期決戦の方が良いと提起する。トウは現場に着いたなら早急に終わらせるべきとテンションが急上昇している。桔梗も蘇芳も苦笑いである。トウが第一部隊の軽重装兵、軽重騎兵を受け持ち、桔梗が第二部隊、残りの斥候兵、銃兵、砲兵、魔術師、治療術士を受け持つ。事実上の本陣である。蘇芳は指揮能力が低く、なおかつ移動力の問題から指示が困難なことが分っているので単騎での遊撃担当である。桔梗の指示も聞いたり聞かなかったりという不安さから安定運用は困難と始めから諦められている。
「まぁご主人様の言いつけもたまに守れませんからね。私の言葉などなおさらでしょう。」
桔梗は作戦立案、部隊編成時にトウに愚痴をこぼしている。戦場を不安定に混乱させる要素としては本来あってはならない物だが、神出鬼没で敵指揮官、もしくは最強たり得る兵を除去出来るという点では優れている要素もある。何にせよ運用結果は不定期で不安定である。トウも笑うしか無い。桔梗は斥候兵を散らして進軍上の罠、警備を排除していく。長引けば不自然さに気がつくだろうが発見を遅らせることで相手が準備する時間が減る。しかし半分も進まない内に先行していた斥候兵が十~三十程度の敵グループが迎撃として出撃してきたことが伝えられる。明らかに数名単位の斥候ではなく、明らかに侵入者を迎撃しに掛かっている。それでいてこちらの陣容、方向まで把握していないことがうかがえた。桔梗はどうしてそうなったか一瞬考えたが敵が動いたなら対応すべきと判断して原因の模索を一蹴する。斥候兵は罠排除だけに務めさせ出撃グループへの監視を優先させる。それでいて自分たちの進路は変えず森を駆け抜ける。軍をもう少し進めれば、前面に展開している第一部隊に向けて散らばっていた敵部隊が殺到し始める。第一部隊と迎撃部隊が接触していないにも関わらずだ。何かしらの仕掛けがあったことは間違いないが見つかった物は仕方が無いと桔梗は向かってくる一番近い敵部隊へと動くようにトウに指示する。進軍方向の無茶な変更に関してはミーバの真価が発揮される。疑問を覚えぬ機械的な反応がそれこそゲームのように一糸乱れぬ反応で陣形を一切崩さずに移動方向を五十度ほど切り替える。程なくして敵部隊二十名が第一部隊二十六万に飲み込まれた。そして桔梗がある境界を越えたときわずかな魔力反応を感じ取る。視覚を強化して振り返れば隠された感知系の結界があることが分る。発見された原因を見つけたことで敵の動きが腑に落ちたが、拠点周辺五十km超の隠蔽式結界を展開するなどそれなりの術者かかなりの数の魔術師を抱えていることになる。対魔術防御の為に魔術師一万を第一部隊に編入すべく先行させる。第一部隊に向けて敵兵が殺到する。亜人や魔物も混じっているが主要な数を占めているのはミーバ兵だ。軽装兵が多く、直接戦闘よりも進軍を遅らせるように動いている。
「まぁ・・・全容が分らなければそうなりますよね。」
かつて戦った敵がいると知ってはいるが、あの頃と能力も技術も段違いである。桔梗は砲兵、そして魔術師と治療術士の半数、銃兵の一部と護衛の為の少数の重装兵を停止させ隊列を整える。残りは第一部隊の補助の為に更に進軍させる。
「こちらを第三部隊として再編します。」
桔梗は隠蔽魔法と前方に偽装魔法を施す。トウは第一部隊を動かし前進しようと努めているが極端な足止め策により上手く進軍できないでいる。援軍が追いつけばそれ自体はさほど問題無い。
「さて・・・初手で即死しないことを祈りますよ。・・・撃て。」
桔梗が展開を終わらせたカノン砲二千機に対して一斉砲撃を命じる。格下に対する殲滅ならもっと砲を追加するだけでもいい。今回の目的は全面降伏である。苛烈に実力差を見せつけつつ相手を死亡させないことが望まれる。桔梗は敵の動きと設備を見てこのくらいならと当りをつけていた。二千の砲塔から爆裂弾頭が放たれる。発射音は魔法により消音化され、飛び散る塵や火薬すらも魔法によって収集される。固定化される砲塔に対する徹底された隠蔽工作。弾頭も視認困難化され、風や空気、熱の影響を受けにくいように魔法がかけられている。弾頭は高空にいたり目標地点を飛び越えようとしたところで真下に落ちる。魔法によって調整されたそれらの弾頭は綺麗に隊列を組み等間隔を開けて落下する。それらは更に遅延発動した魔法によって加速され大地に深々と突き刺さる。大地を畑を、屋根を割り住民を驚かせる。
『流石に問題があるのでは?』
『人間がいないらしいしねぇ。』
『竜はともかくリザードマンは人間に友好的だったと思いますが。』
『んー、人よりは頑丈そうだしいいように調整するよ・・・』
桔梗が兵装の説明を受けたときの遊一郎とのやりとりである。
『地下があると困る。』
遊一郎はバンカーバスター弾を用いて地下表層を破壊する方向で予定していた。それが桔梗の疑念によって差し止められたので代替案として用意した弾頭の一つである。アースシェイカーと命名されたその兵装は地面に深くめり込み周辺大地を振動破壊する。隣接した弾頭と共鳴し周辺無機物構造物を持続的に破砕する。石も金属も皮すらも短時間の振動によりボロボロにしていく。対生物になると一切反応せず所持品が振動し摩擦で被害が発生するが死ぬほどでは無いというのが遊一郎の雑感である。自分たちが基準の為粗が出なかった面はあるが、実際には金属鎧を着ていれば下級騎士なら表皮がずたずたになるほどの威力はある。現在の集落相手なら結果はどうかとなるが元々鎧を着込まない物が多い事から甚大な被害はなく、革鎧がすれて擦り傷、軽度の火傷になった事が挙げられる。そして砕かれた大地は一瞬膨れ上がり、地下空間を破壊して埋めていく。その地下道の容積分、敵拠点の一km四方の地盤が最大四mほど沈み込むことになる。土はかなり軟らかくはあるが地下から出陣し損ねた多くの者達は生き埋めとなり莫大な重量をその身に受けることになる。火薬による爆発と死者の差はどうだったかはもう比較しようがないが結果を知ったものからすれば結局むごいことには変わりはなかった。気配の無い極大魔法を受けて敵軍は混乱に満ちた。投入される兵は減り、現場にも同様が走る。トウはその隙を見逃さず敵を倒し森を進む。
『敵武装スケルトン多数確認。』
斥候兵からもたらされた新たなる敵集団。埋もれた拠点から随時這い出てきているということから敵勢力であることは確定であった。
『続いて二十m級中型竜の出現を確認。暗青色。進化体と確認。』
続いて埋もれた拠点を食い破るかのように竜種が出現する。竜であるが進化体ということはペルッフェアの配下であろう。色味的に魔術師よりと考えられ結界の敷設者の可能性もあった。次々に湧き出る武装スケルトンと第一部隊が接触する。
『第一部隊より報告。不死種ではなく人造種とのこと。』
低級な魔物ではなく最低でも上位種に近い性能を持っている模様。
「まさか召喚兵なの?」
桔梗のその疑問を否定するかのように打ち倒せば瓦礫のように崩れ死体を残す。後続の魔術師による解呪も効かず属性的な弱点も皆無。見た目だけスケルトンで無欠の存在であった。神谷桐枝という召喚者が身内いることから召喚物相手なら術者を倒すほうが有効的であると考える。こちらのミーバ兵で対応できるレベルではある物の次から次へ沸いてきており発生数がこちらを上回れば苦戦も考えられる。桔梗は思いも寄らぬ反抗に拙速を反省する。相手を若干舐めていたのは事実だった。桔梗は慈悲をかける相手では無いと考えを改める。
「拡散弾装填。全機準備でき次第一斉発射。」
桔梗は敵拠点を殲滅するつもりで攻撃を指示する。ミーバが慌ただしく動き装填作業を行う。そして決められた地点に向けて各自担当の場所へ一斉掃射する。前回と変らぬ軌道を描き上空に達した所で落下を始める。しかし落下を始める頃に出てきた竜が吠える。声に合わせて無数の魔力線が砲弾に向かう。砲弾は落下を始め熱を帯びる。砲弾が霧を噴霧し始めた所で竜から放たれた魔力線が爆発。巻き込まれた砲弾が爆発燃焼する。砲撃範囲からすれば竜の迎撃範囲は半数以下であったが砲弾の性質がそれ以上の結果を生んだ。燃える霧は急速に範囲を拡大するが爆発の熱量を受け導火線のように次々に燃焼爆発していき予定よりも遙か高空でほとんどが失われた。一部小さな範囲でのみ地表を焼き払ったが実際に発生する被害から考えれば極小のものでしかなかった。撃った桔梗も迎撃した竜もその結果に驚くことになった。地表の勢力図は大きく変らず、そして次々に湧き出るスケルトンが力押しで第一部隊を押しとどめ始める。トウは進軍優先を切り替え敵兵の除去を優先させる。重装兵を全面に重装騎兵を回り込ませて押し込み、誘導。軽装兵の弓、軽装騎兵の突撃で効果的に敵兵を切り崩す。魔術師は防御から攻撃に切り替え、広範囲を凍結させる。しかし防御よりに強行していた時に比べればミーバ兵の被害が増え始める。兵が動けば端ができる。端が増えれば敵兵が集中攻撃を行い始める。敵が同一種ということもあるのかミーバのように無駄の無い動きを行う。
「見られている、なおかつ指揮者は一人か。」
強大な魔術師がこれらを操っていることは明白だったが、トウにはそれを探し出す手段がなかった。魔術師の魔力視覚を上回られれば発見手段は無いに等しい。予測を桔梗へ報告させるがすでに認知しているだろうとトウは思う。本分は護衛であるが今は指揮官として動かされている。ならばここを死守、そして殲滅が自分の仕事と意識を切り替え元に戻す。今は桔梗を気にしている場合では無いと。斥候兵からの情報を元に軍を動かしスケルトンを潰していく。
『蘇芳動きなさい。』
桔梗は蘇芳にメッセージを飛ばす。蘇芳をコントロールすることを諦めた桔梗が唯一の指示。『指示があるまで動くな。指示後は好きにしなさい。』である。桔梗もトウも動きづらい状況とあって、進化体相手に斥候兵を向かわせるわけにも行かず、ある意味切り札とも言える蘇芳を動かす。最悪最後まで動かされないと思った蘇芳ではあるが、ぶら下げられた餌である『好きに』と鈴の予言だけがじっと耐え忍ばせた理由であった。
「よっしゃぁぁぁぁ。」
思った以上に早く指示が出て蘇芳は吠えた。状況は聞いているが自分の目で戦場を感じたいとフライシェルを召喚し上空へ舞う。敵拠点は広範囲で崩れているにも関わらず、その地面から敵は沸き後方には中型の竜もいる。敵軍がちらほら動いているが蘇芳の食指は動かない。
「二択じゃなければアレでいいんだよな。」
『弱いと思った方を・・・』鈴からもたらされた予言は選択肢を絞るための物だった。蘇芳が思う自分の仕事は強大な一を打ち倒すことである。それが無ければ多勢を砕くことも良しとするが、今は目立つものがいる。蘇芳は口角を上げフライシェルを走らせる。目立つ紅、隠す気のない気配、竜は直ぐに向かってくる飛翔体に気がつく。
「とっっっぅぅぅ
蘇芳は自分の存在を隠さない。たとえその攻撃が当たらなくとも。
かんっ。」
叫び笑いながら飛んでくる飛翔体を蒼玄竜は氷壁を持って止めようとする。氷壁は秒と持たず罅をもたらしか細い音を立てて破片をまき散らし大穴を開ける。竜はその様子を見て強力な壁よりも確実に障壁で受け止める手段を取る。小手調べと侮らず二十の障壁を繰り出し確実に押さえに掛かる。蘇芳は対障壁の事など考えずに純粋に威力だけで突撃を行った。結果蘇芳は十六の障壁を打ち破りその動きを止めた。
(対障壁攻撃込みで総威力三万強!?小型が持つ威力じゃ無い!)
竜は竜の知識を前提としてその小さな人間の常識を疑う。かつて主が言っていたことすらも笑って流していたことが懐かしくすら思える。その脅威が今現れたことを知る。
「なんだ魔法使いか・・・気分良く届かせてはくんねーなぁ。」
蘇芳は即座にその場を離脱し上空で弓を構える。存在自体が馬鹿げていると思わせる金属弓。弦を弾きながら矢を呼び、そして手を放つ。発射される音が既知の風切り音ではない。野太い弦の音が響き、軽く空気を割る音がする。反射的に障壁を重ねる蒼玄竜だが矢は障壁を無視するかのように竜の体をへこませる。少ない威力ではあるものの体に鈍い鈍痛を受け竜は相手の攻撃種を解析する。
(障破、鱗はまだ残っている・・・貫通。どんな威力で撃ってるの?理不尽すぎる。)
障破であれば攻撃力が格段に落ちるはずと知っているはずなのに、それを上回る皮膚の損傷と貫通してきたダメージに理解がおいつかない。
「思ったより反応悪いな。もうちょっと重くしてもいいか。」
蘇芳は再び矢を構えて放つ。弾頭を威力に偏重させ、更に障破の段階を落とす。蘇芳はこれで決める気は全くなく、相手の防御反応を観察しているだけだ。舐めているわけでは無く、次の攻撃を確実に通すためだ。音速を超える矢弾に対して、竜が反応できる時間は少なく更に障壁を重ねて矢弾を防ごうとする。矢はかろうじて竜に届く前に勢いを失う。
「お、止められたかー。」
蘇芳は楽しそうにその様子を眺め、意思を込めて弦を弾く。竜もこれ以上はと息を吸い蒼い炎を吹きかける。蘇芳は上空で定点のまま回避することなく弦の手を離した。
「ご主人様ほどじゃないけどなー・・・行け!-七星光弾-」
竜の炎に巻かれることを恐れず矢を放つ一の矢は光となって七つに分かれ六つは迂回するように竜へと向かう。蘇芳の周りは一気に温度を上げ鎧を急激に加熱し皮膚を焼く。直線に飛んだ矢は竜の炎に焼かれて勢いを無くして消え去る。六つの光弾に対して竜は二つに壁を建て、三つを魔法で砕こうとして、残り一つを受け止めるように障壁を展開する。
「ご主人様曰く、呪いみたいなもんだそうだ。」
過ぎ去った炎の後で体から熱気を吹き上げながら蘇芳は言う。壁はあっさりと割れ、一つは魔法で砕かれ、残る五つは竜の体に突き刺さる。蘇芳のスキルである命剣、応報はいつ解決されるのか。タイミングによっては相打ち攻撃が意味を成さないこともあるとして遊一郎は調査を進めていた。結果的には古いゲームのように単純な解決がなされていることを知る。つまりはダメージ決定時である。何かに接触してダメージを決定する必要があるときその物体の攻撃力は常に再計算される。攻撃を放ったときに攻撃力は決定されるのではない。攻撃がダメージを必要としたとき決定されるのだと。攻撃を放ったときダメージを負っていなくても攻撃が到着するまでにダメージを受けていれば命剣や応報はその効果を発揮する。
『まぁそういう仕様だと思っておこう。呪いみたいな仕様だな。』
ダメージを受けた瞬間、命剣により攻撃力は増加され壁を打ち破る。矢弾の耐久は増加しないので当たり所が悪ければ攻撃は消失する。壁は独立しているが障壁は本体に付随するので術者そのものと見なされ応報の対象内。竜が放った攻撃は理不尽なほど蘇芳の攻撃力を増加させ己の身に返る。
「む、やり過ぎか。」
すでに瀕死になり体を大地に預けている竜を見て蘇芳は残念だとため息をつく。
「相変わらず酷い威力だな・・・」
トウは竜が倒れていく様を見ながら苦笑いを浮かべた。スケルトンの波は未だに続いているが戦場の力向きは少しだけ傾いた。




