萌黄の成否
「あの辺では敵無しだろけど、ミーバがそこまで育ってないし・・・何より強さの主因が萌黄と相性が悪すぎる。」
俺はクロの杞憂に答える。
「萌黄はそもそも攻撃を得てとしないでしょうに。」
「そうか?調子に乗りやすくてやらかす面はあるかもしれんが、そこまで攻撃力は低くないぞ。蘇芳は特殊すぎるから除外するにしても瞬発力、持続力、汎用性、必殺能力。どれをとっても萌黄はうちのなかでも二位か三位に収まるはずだ。萌黄は他人に譲りがちな所があるし、失敗を積み重ねたことから前に出ることを躊躇う傾向がある。ただそこを乗り越えると今度は調子に乗ってしまうんだけどな。」
「ず、ずいぶん極端なのですね。」
クロの感想も尤もな話だ。
「最初は護衛向きと思って側に置いていた所はあるが、あの【危険感知】は真に一人、足手まといがいなくなったときに真価を発揮する。」
「そんな攻撃的なスキルでしたっけか。」
クロはかつて説明したものを思い返しているのだろう。
「【危険感知】は迫る危険に対して選択肢を指し示すスキルだ。萌黄には自らの安全性を優先したいくつかの選択肢が提示されるらしい。」
「その話は聞き覚えがありますわ。」
クロは思い返した条項に間違えが無い事を確認する。
「護衛という側面と萌黄の性格的な所もあって周囲を守り、かつ被害が最小限になるという選択肢を萌黄は常に選択し続けている。まぁ概ね防御したほうが被害が少ないということからそういう選択肢がでるのだろうが・・・場合によっては攻めた方が被害が少なくなる選択肢もある・・・らしい。」
「はぁ、そういうことなら確かに攻撃出来なくも無いですね。」
クロは納得する。
「萌黄に対する不意打ちは全て【危機感知】の対象となり得る。たとえ近接戦になったとしても萌黄に死の危険が迫るほどになれば【危機感知】が発動する。訓練では事故以外で【危機感知】が発動せず検証が困難だったが、これまでの戦いでの萌黄の話を総合するに、このスキルは危機を回避するためにあらゆる選択肢を提示し、それを瞬間的に選択できるという限定的なれど未来予知に近いスキルだ。萌黄に付けた人形遣いという様々な物を単一のスキルでまかなえる汎用性は、数々の事態を想定して与えた装備と噛み合えばそれこそ手が付けられんよ。萌黄に対する攻略法は何もしないことだ。萌黄が我慢できなくなって攻撃してきた所を迎撃するしか無い。それを萌黄が無理と悟る前に実行出来なければ、萌黄を倒すことは出来ない。そうなれば萌黄はあらゆる攻撃を放棄して逃げる。この絡繰りに気がつかない限り萌黄に勝つことは容易でも萌黄を殺しきることはかなり難しいだろうな。」
「はー、なるほど。守る者がいなければカウンターの名手になり得ると言うことですのね。」
「あのエルフの姿を確認した者はほとんどいないらしい。交易をしているごく少数の商人が最初に顔見せされたぐらいらしいし。戦闘方法は古式ゆかしきエルフのゲリラ戦法だ。萌黄とは相性が悪いとしか言いようが無いだろう。」
俺はクロに笑いながら話す。
「それを萌黄には言ってあるんですの?」
「結構前にな。理解出来なかったみたいだが。成長に伴って一般人の数倍は知恵も判断力もあるはずなんだが、どうにも君らは自らの性質に引きずられがちだよな。ステータス以上に設定されたことに依存しすぎてる気がするわ。」
「それは確かに・・・そうですわね。」
クロは自らの行動を顧みながらそううなずく。クロも鶸も魔術師型とはいえステータス的には騎士の数倍の腕力を保持し器用さもある。剣を持たせれば薪割りもさほど難しくはなそうなのだが、やらせてみると意外にも上手く行かないことが多い。【剣】というスキルを持たないにしてもこれは酷いと思ったことがある。ステータスに見えないペナルティがあると思うくらいだ。
「まぁ今回に関して心配することはほぼないよ。最初の通りやり過ぎないか心配なくらいだ。」
俺は萌黄を不安視するクロとの話をそうやって締めた。萌黄は相対的に成績は低いがどの組み合わせでも一定の成果をだせる究極の器用貧乏なのだから。
「あいつは本当にバカだ。」
一途で必死で弱気で自分の能力のすごさに一生気がつかないであろうバカである。
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周囲からミーバの苦情のような声と自らの体を矢が打ち付ける音が聞える。
「いーたーいー。」
実際に痛みは感じず、矢であろう何かが当たった感触だけが伝えられる。痛いと思うのは気分の問題だ。無数とも思える矢が降り注ぎ、通り過ぎた後には防具を痛めつけられた私が残される。体自体は無傷だがかなり貧相な姿に見えていることだろう。
「もぅーひどいっ。」
うずくまった状態から立ち上がり私は不満をぶちまける。もう二度三度受ければ防具の心配をしなければならないがもう少し大丈夫かと思う。周囲を見回すとミーバの抗議する札が見受けられ、周囲には微妙な空気が漂う。反対に私には余裕が生まれてくる。
「貴方たちを守るにはそうするのが手っ取り早かったんだし、助かったんだからいいでしょっ。」
私は声を上げてミーバの不満を抑え込む。お互いを守ることを考えていたためか何故守るべき主に守られなければならいないかと不満に思う気持ちは分らなくも無い。私もご主人様にはそうされてきたから。説明される分だけぬるい話だ。思考の端から危機感知の信号を受けて後ろに体重を移し矢の軌道から逸れる。躍起になって次々と矢が放たれている。私はスキルの導きに従いそれをのらりくらりと回避し続ける。踊っているとも落ち葉が舞うとも見えるその動きはエルフからしたら馬鹿にされているように感じたのだろうか。感知が弱い私にも怒気をひしひしと肌に感じるようになる。
「何ムキになってるのかなぁ。」
近づく時間を取るためにも危険感知の選択肢に従い、銃を危険方向に向けて放つ。フルオート射撃。私にエルフの姿は見えないがそうすることで攻撃の間隔が開くという安全性が得られることが示されている。枝がはぜ幹が折れ、飛んでくる矢を弾き飛ばす。攻撃が止まったことで私はその方向に走り、詰める。しかし【捜索】により感知できる前に対象はいなくなった。
「たぶんこの辺だと思ったんだけどなぁ。」
恐らくは駆け寄るまでに逃げられているのだろうけど、痕跡を残さず索敵にも引っかからずに逃げられていることに疑問を覚える。能力が低い私でも流石に大きく速く動かれれば気がつくことが出来るはずだった。後方から危険を察知して回避。わずかな回避では効果が薄いらしく飛び退くように大きく回避する。飛来した矢は木にぶつかり爆発を起こして木片を散らす。確かにその場にいれば危なかった。爆発の衝撃に乗って大きく離れる。そうそう死ぬ気の起きない攻撃ではあるけど相手が見つからなくて困る。これ、実は包囲って意味がなかったんじゃと思えてくる。今でも追いつけないのにガン逃げされると困っちゃうなぁ・・・いつの間にか移動したのか予想位置ではない方向から危機を感知しため息をついて背をそらす。矢は木にぶつかるが大きな穴はあけているけど何も起きない。その様子を見守りながらどうやって捕まえようか考える。いつも考えるのは私以外の仕事だったのですぐに何かいい事を思いつくかというとそんなことはない。そうすると周りを囲みながら見守っていたミーバ兵の辺りで爆発と叫び声が上がる。不意打ちということもあってか防具に大きな損傷を受けている。私と違って長持ちしそうではない。引くかどうかも悩ましい。そんな折りに斥候兵から念話が届く。どうもエルフは木に吸い込まれていくように姿を消したらしい。その木を軽く叩いても魔術師の解析でもただの木だった模様。
「木と木の間を渡る魔法なの?」
スキルか魔法かアーツかは分らないが一方的に魔法と決めつける。確かに追いかけても何の痕跡も無く逃げられるという説明もつく。確証を得るために斥候兵を分散させて潜伏させ、私はひたすらエルフを追いかけることにする。五度繰り返し斥候兵が同じ状況を確認し、さらに七度繰り返した所で別の斥候兵が木から出てくるところを目視した。何かしらの能力で木々を渡っているのは確定した。
「だからどうしよう。」
結局悩むことには違いなかった。何度か攻撃を受け、そしてミーバがやられていく姿を見、私は負けるリスクを負うことにする。後でご主人様に怒られそうだけど。
「『価値なき地獄からの救済』、開演!」
糸を繰り火種を投げ落ち葉を燃やす。火種は燃え上がり赤い炎を揺らす。ミーバ達には撤退を促す。それでも二割くらいは逃げ損ねるかもしれない。役どころ次第では同士討ちもあり得る。赤い炎は大きくなり生き物のように周囲に燃え広がる。
「『そうよ・・・こんな森がなければ・・・こんな苦労も無かったのよっ!』」
『価値なき地獄からの救済』は根拠の無い復讐劇である。思い込みの激しいその女性は全てを家のせいにしてその生家を炎上させた。罪以外のすべてを失った女性は罪を償わされ、そしてその後自分に関係した人々をちょっとしたすれ違いだけで逆恨みし追い詰め復讐していくのだ。
『引き込まれる展開ではあるけど、読み終わるとただただ酷いヤツって感想しか残らんな。』
作家は何故こんな話にしたのか、何を目的にしていたのかはよく分らないけど、ご主人様的には他人の不幸は蜜の味という言葉を残している。不幸な自分よりさらに不幸な話があると相対的に幸せになれるとも言っていた。ただの欺瞞だと思う。炎に魅せられたかのようの女性は度々復讐に炎を用いる。そしてその炎は使われる度に規模を大きくし、最後に同情した男性と共に炎の中で潰えるという。どこに同情要素があったのかは私には分らなかった。この演劇におけるキーポイントは如何に主人公になりながら進めていき、最後に主人公を引かないことが勝利条件である。無茶をした感はかなりあるけどぱっとこの森を消し去る方法がこれしか思いつかなかったので仕方が無い。本当は最初に主人公を引かないことも後を楽にする条件なのだけど、取り敢えず確実にこの森を燃やすためには仕方が無いのだ。こうすれば確実に森は灰になるように導かれるのだから。揺らめく炎は膨らみ巨大な森を燃やし尽くすために急速に広がっていく。当然エルフがそれを黙って見守る訳もなく周囲が急速に冷えていくのを感じる。濃霧が押し寄せ炎を覆いつくさんと森の間を駆け巡る。だがその行為は意味を失う。
「『この雨の中、家と家族が燃えるならこれは天命!』」
付け火をした日は冷たい雨が降る夜。決して強くは無いが傘が無いとずぶ濡れにはなるだろうというくらい。彼女にとってこれは分かれ道、火が消えれば自分が悪く、消えないのなら自分以外が悪い。そして彼女はその運命を踏み出させられ、堕ちる。濃霧は炎に巻き上げられ、炎は森を喰らい更に大きく体積を広げる。あらぬ方向から直接的な水の流れを受けて炎が一時後退する。しかし他の場所では更に炎は広がっていく。私の周りに揺らめく炎が私の身をじりじりと焦がす。それに負けぬように歩みを進め、エルフがいると信じる方向に進む。私は今エルフを復讐の対象に見ている。このまま進行すれば私はエルフと相打ちか・・・あ、殺しちゃいけないんだっけか。どうしよう、深く考え無く発動してしまった。負けるのは良いが殺すのはまずい。話をスキップするか遅延するか。どちらにせよ私は罰を受けなければならない。最初の炎は第一の断罪とセットだ。
「『この空気はあの頃と何も変らないわね。』」
私はシーンを映し、森の炎を干渉できない過去の物に変える。回想シーンのように炎は既に起きたことをなぞるある意味呪われた存在となり、正当な方法では消えず解呪を必要とする極めて危険な状態になる。私は長年拘束されたかのようにステータスを六割落とす事になる。エルフが気がつかず炎にやっきになってくれればいいが苛烈に攻撃されると少し困ったことになる。私は思い出にふけりながら森を練り歩く。復讐者を探して。【危険感知】が今まで以上の危機を伝えてくる。鈍い動きでその軌道から体を逸らせて回避する。きっとこの攻撃も今までの攻撃と大差がない。だが弱くなった分危機レベルが上がっているのだ。炎に照らされながらちょっとどきどきしながらエルフに近づく。エルフは時折水を撒いて炎を消そうとしているが、もう効果はない。炎を過去の物にする前なら消せたかも知れないけど、今はもうそういった直接的な消火要素を受け付けない。
「『これは私のとっておきなの』」
第四幕に進め、炎の規模を拡大する。これにより誰が死んだか分らないが攻撃が飛んでくる辺りエルフでは無い。後三幕進める内にエルフに当たるだろうか。当たっても困るのだが四幕目に進んでも困る。第五幕、時限トラップによる準完全犯罪。第六幕、魔法事故に見せかけた失火。第七幕、隣の家から本命を巻き込む大火災。エルフの森の中心はすでに灰となり、残るは端に残る数十平方。
「お前は何の為にここまで・・・」
ついにエルフとご対面することが出来た。いい加減隠れる意味が無くなって諦めたようにも見えるが。
「森まで焼き払う必要がどこにあった!」
どうやらお怒りのようである。
「でも素直に出てきてくれなさそうだったし・・・森が無くなればどうにかなるかなーって。」
私の答えにエルフは拳を振るわせる。
「我が生涯をもって・・・お前を呪い・・討つ。」
エルフは私に向かって弓を構える。
「それを止めたら・・・降伏してくれる?というか話を聞いて欲しいのだけど。」
「ふざけるなぁっ!」
説得の甲斐も無くエルフの弓から光が放たれる。明滅する光はまぶしさから取りだした盾をすり抜け私の体に刺さる。
「あ。」
「防げず、躱せず、捧げた寿命をそのまま削り取る。短命な人族には耐えられる余地のない呪いだ。」
呪いとしては順当な等価交換なものらしい。光は私にめり込むように当たった後はじけた。私は身に起きた変化を感じられず、申し訳なさそうに頬を掻く。
「なんか・・・ごめん。ご主人様と同じ種族に見えるけど私もミーバには違いないんだ・・・」
「お前は選定者の手下なのか・・・てミーバ?」
森で穏当に暮らしていたエルフにとってミーバが変化するなど考えてもいなかったのだろう。もしかしたら教会すら建っていない可能性もある。
「たぶん・・・寿命無い・・・」
私の言葉にがっくりと膝をつくエルフ。何年捧げたか分らないけどなんか非常に申し訳ない思いでいっぱいである。
「お話してもいいかなあ・・・」
「もう・・・どうにでもしろ。」
すねたエルフをなだめがなら私は世界の現状とご主人様からのお願いを伝えた。
「そんなに展開が進んでるのか。まだまだ四十年と思ってたが。」
「絶対選定ミスだよね、これ。」
五十年の内四十年進んでもまだまだとか、どうあがいても終盤だよっ。ご主人様の考えは概ね正しかったようだ。
「今から参戦してもたいしたことにはならないって事なんだな。」
「ご主人様はそう思ってるね。」
「まぁのんびりしてた私も悪いか、その提案受けよう。」
「こういうのもなんなんだけど・・・ありがとう。」
エルフは無駄な抵抗だとすっぱり盤面を諦めた。そもそも世界的に何もしてないのも同じ気はするけど、さすがに私でもこれを言ってはいけないことは分る。
「私、シェリス・フィルード・ミスタスフィアは盤面の進行を放棄する。」
一拍おいてエルフの体は光に包まれる。
「勝てるといいな。」
「うんっ。」
シェリスは私を見て微笑んだ。シェリスの体はぼやけそのまま消え去った。その場には弓と服、そして矢弾やロープ等の所持品が残った。
「取り敢えず・・・もらっとこうかな?」
落とし物を回収し斥候兵を見つけ散り散りになったミーバ兵を集める。
「半分・・・残ったかな?」
煤にまみれたミーバ兵から抗議を受けながら私は拠点へ帰路をとった。その後弓と矢弾に興味を持ったご主人様から灰になった森の探索を命じられた。
「何か残ってる・・・かな?」
『しーらない』C型の掲げる看板を横目に炭をひっくり返しながらご主人様が求める材料を探し始めた。珍しく完全に完遂された指示だったにも関わらず当分の間私はそれに気がつかず目を皿のようにして煤けた荒野をがさがさと歩き続けた。




