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萌黄の力

 ご主人様は簡単だって言うけど私にそんな自信はない。私は大きな事を成したことが無い。それが私の運命であるかのように。

 

「事前調査を逸脱しないレベルなら萌黄で十分な相手だ。そこまで卑屈にならんでも。」

 

 私の訴えをご主人様はくだらないと言わんばかりに却下した。いつもなら私が失敗しても代わりがいた。でも今回はそれがない。不安でしょうがない。

 

「調査で発見されてから勢力圏は代わり映えがないし、地下に大帝国があるわけでもない。エルフ特有の社交性のなさというか、それが特に顕著に見えて引きこもりというか。期限が五十年だったのにエルフの時間感覚で盤面上にいるんじゃないかね。」

 

 ご主人様はあくまで私に納得して行って欲しいと強権を発動しない。軽く行ってこいとお願いされているレベルで、その言葉の意思に命令は含まれていない。盤面最後の大事な仕事を私に丸投げするということがどういうことかご主人様には理解出来ているのだろうか。長々とした否定の連続にご主人様も飽きてきたのかため息をつくばかりだ。

 

「いつも通り軽く受けてくれればいいものを・・・」

 

 ご主人様は私に魔力のこもった棒を投げ渡す。

 

「それは遠距離転移用のビーコンだ。それがあれば神谷さんの力で誰かしらを送ることが出来る。もし萌黄が失敗したと思ったならそれを設置して連絡しろ。《メッセージ》で鶸に伝えてもいいし、通信機で拠点に連絡をいれてもいい。安心して行ってこい。」

 

 私は棒をぎゅっと握りしめる。

 

「最後の手段として使えよ、いきなり使うんじゃ無いぞ。分ったな?」

 

 私は大きく頷いて棒を収納する。不安が払拭されたわけじゃ無いけど保険はもらえた。いつも通りで大丈夫だと、いつもより少し長く頑張らないといけないけど失敗しても大丈夫と言い聞かせて拠点を離れる。

 

「むしろノリノリでヤっちまう可能性の方が高いと思ってるんだけどな。」

 

「そんな無能なヤツですの?」

 

 ご主人様とクロが何かしゃべっている。

 

「あの辺では敵無しだろけど、ミーバがそこまで育ってないし・・・何より強さの主因が萌黄と・・・・」

 

 話を最後まで聞き取らず拠点から城下へ、そして北のエルフが支配する森を目指す。ご主人様がいない旅路はさみしくあるがいつもよりずっと早い。ミーバを連れて黙々と道を走り進む。国を出て未支配地域を進むが咎める者はいない。国家的圧力でどうにかしているらしい。恐れ知らずの魔物は姿を見せては狙撃され、多くの魔物は近寄りすらしない。そして予定通りエルフの森へたどり着く。

 

『逃がさないように斥候兵か魔術師で森を包囲する。一番面倒なのは逃げて潜伏されることだ。逃げられるくらいなら殺して、情報網に引っかけたほうが早いと思ってる。降伏させるのが最優先だが、逃がすくらいならヤれ。』

 

 ご主人様の言葉が思い出される。森に侵入することが前提だったので騎兵はおらず銃騎兵が少しいるくらいだ。鶸が軍の手配をしてくれたけどその意図までは分らない。結構大きな森だけど二万でこの森を囲うのって無理じゃない?みんなで手を繋いで囲っても意味が無いだろうし。

 

「んー。」

 

 私が唸っているとミーバ兵達はぐるぐると私を囲う。内部調査もあるしC型斥候兵に森の中層までの調査を頼み、軽装兵で森の端を警戒する。どんなに薄くのばしても三分の一も囲えない。

 

「えー、どうするのー。」

 

 私が悩んでいると斥候兵から攻撃された報告を受ける。位置を概ね把握して少数を潜伏させて、大半を撤退させる。そして散発的な攻撃と私と森のにらみ合いが半日続いた。私を狙っていないのかミーバ兵ばかりが攻撃を受けている。もう敵だと思われてるみたいだなぁ。ご主人様の話によると初見の相手はまず間違いなく攻撃されているというのでかなり好戦的みたいだ。夜になり夜が明け私は思いついた。

 

「森が大きいなら小さくすればいいのよっ。」

 

 周りの重装兵が『正気!?』と看板を掲げる。理論上は上手くいくはずよっ。

 

「Y型はB型とチームを組んで伐採よっ。集めた資材はM型で回収して森を囲う壁にしていくのよっ。」

 

 ミーバ達は驚きこそすれ指示をすれば逆らわずに作業に入る。正面に見える数限りない木々がかなりの勢いで木材と化していく。木材はM型によって運ばれ伐採面の左手から高く壁にしていく。伐採面がへこんで行くにつれそれを追いかけるように壁が作られる。

 

「これなら良い感じで行けるんじゃない?」

 

 私も伐採に参加しつつ計画が上手く行っていることを確信する。視界の端から弱い危機感を覚え視線を移す。直感的に感じられるその輝きに対して行動の選択を迫られる。いつも通り可能な選択肢の中から好ましい行動を選ばされる。迫り来る何かを剣で払えばその攻撃は速やかに排除される。回避すれば作業中のB型魔術師が軽い被害を受ける。盾で受け止めれば何故か別のY型重装兵が攻撃を受ける。銃で撃てば攻撃は速やかに排除される。多くの情報量とは裏腹に、思考時間は一瞬で直感的に行動を選択せねばならない。自分の安全だけを考えるなら早いある選択肢を選べば良いことが経験的にわかっている。剣と銃は結果が同じであるように見えるが盾で受け止めることよりも自己の安全が図られないことがシステムによって予測されている。ミーバの被害が増えるのは論外なのでその危機を剣で打ち払うことを選ぶ。心を決めればシステムが私を動かす。人形遣いの糸は剣を操り一振り、そして追加の一本が一振り、最初の剣が翻りもう一振り。飛んできた鏃を打ち払い砕く。その反動で矢は軽い振動音を鳴らしながら地面に落ちる。

 

「誰!?」

 

 と分っていながらその方向に声をかける。当然返事は返ってこない。矢が飛んできたし家主のエルフかなと思いつつ作業に戻る。そしてC型ネットワークを通じて建設中の木壁に矢が撃ち込まれたことが報告される。矢は木壁を貫通し勢いを弱め地面に落ちたようだ。木壁の意味はあまりないかなと思いつつも移動の障害にはなるだろうと建築は続けることにする。五体の軽装兵が矢弾の攻撃を受けて防具に軽い傷を受けたようだ。防具は予備があるしそちらが必要になってから考えようと森伐採作戦を継続する。幼虫が葉を食い荒らすかのように森を侵食していく。矢による攻撃は各所で発生するが大きな被害は今のところ出ていない。私自身にも何度か攻撃を受けたけど、その都度回避不可なほどの攻撃は無く、少々の遅延はあれど順調に作業は進んだ。エルフは夜中寝ているのか深夜になると攻撃は中断される。代わりに勢いの無い投石がごく希に飛んでくる。なんの装備もしていないミーバが確認出来る。んー、ご主人様の予測通り育ってないというより、職すら与えられている気配が無い。同類という意味では同情してしまう。翌朝日が昇る前から矢弾の洗礼を受ける。前日と同じく被害はほぼ無い。最前線で作業している重装兵の装備が二%、軽装兵の装備が四%、魔術師ですら九%程度が最大の損傷である。装備の質からすると魔術師の損耗率はかなり低いといえるのだが魔術師が反応できた場合は障壁が間に合ってしまうせいだ、と治療術士の意見があった。重装兵はそのまま攻撃を受けてしまうが、軽装兵は回避するケースがあるようだ。そして最大の被害がそれであり、平均的な被害は一%を割っている。最前線をローテーションしてやれば事実上問題なさそうだと判断される。その日も無事作業が進む。さらに翌日は早朝だけ攻撃を受ける。日中散発的に攻撃を受けていたときに比べれば攻撃総数は少なく被害も前日の四割以下に収まる。その日の作業は余分に進む。翌朝からは状況が変った。防具への被害が増加し、防具を貫通して怪我をするケースが発生した。調べたところ矢の質と形状が変っている。それがどういう効果を及ぼしているかは分らないけど危なくなったことだけは理解出来た。自らにせまる危機信号も若干強度を増した。打ち払いや回避で対応できる程度の範囲だがこのままではミーバに被害が出る可能性がある。包囲を先に完成させたいと思ったけど包囲作業をしながらエルフを牽制する必要が出てきた事を理解する。潜伏させていた斥候兵に更に追加を増員し森の調査を再開する。そしてエルフを押さえるために私が前に出る。神託が生きていれば気軽にご主人様に聞けるのに、不便になってしまったとため息をつく。斥候兵と共に軽快に森の中を走る。調査のメインは潜伏している者達で私が目立つように動いているのは注意を引きつけるためだ。伐採しているときに比べて私への攻撃頻度はかなり多い。狙い通りに進んでいると予想出来た。エルフは夜中に寝ているのかと思ったが、私が森に入ってからは夜通し攻撃を受けることになった。森をどう移動しているか分らない。撃たれた方向に行っても当然何も無い。敵は斥候兵に見つからないように、そして斥候兵より早く移動している。何をしているか分らないが信じられない事だった。

 

「これ、どうしたらいいんだろう。」

 

 一旦作業場に戻り魔術師一体の魔力を使い鶸に判断を仰ぐ。

 

『何やってるんですの?素直に全軍攻撃すれば話は早かったでしょうに。』

 

 えー、包囲しろって言われたのにー。

 

『運用法を説明しなかったのは失敗でしたわね。まぁそのように動いてしまったのならそのまま続けても面白いでしょう。奇策を飛び越えて異策と言えなくも無いですが嵌まれば悪くないと思いますわ。』

 

 鶸の言うことは難しい。

 

『考える者にとって考えない者の策は時として重大な策に見えると言うことですわ。斥候兵はそのまま調査に回しなさい。貴方についてる者も含めてね。随伴は同じだけの軽装兵にし、建築組の軽装兵の三割を貴方の反対側から進軍させなさい。それで話はもう少し進むでしょう。』

 

 具体的な指示が出たのでそれで進めてみることにする。何を中心に反対側(・・・)から軽装兵を動かすか疑問だったけど結局自分の進むルートの反対側からぐるりと回ってもらうことにした。攻撃は反対側の軽装兵に集中した。その分だけ私のグループが動きやすくなる。調査が進み、調査範囲が狭まり、そしてエルフの作ったであろう何かの建造物の痕跡を発見しそこを中心に重点的に調査を進める。敵ミーバを発見し攻撃を仕掛ける。不意打ちとは言え斥候兵による攻撃数回で片がつく。ちょっと弱すぎないだろうか。時折地面に強めの危機を感じるようになり罠が仕掛けられていることに気がつく。夜を徹して捜索を続け、ついに集落らしい場所にたどり着く。ミーバが騒ぎ出し、そうすると見上げる木の陰からしみ出すようにエルフが生えてくる。

 

「ここまでたどり着かれたか。私の領を侵すとは信義を違えたかっ。」

 

 エルフの高い声が響く。信義?ご主人様の話では何の約定も結んでいないはずだけど。

 

「・・・貴様、どこの手の者だ。」

 

 私があまりにも物を知らなそうに悩んでいたせいかエルフ側から質問が飛ぶ。

 

「私は遊一郎様の配下の萌黄。貴方を・・・降伏させに来ました。」

 

 C型ネットワークを通じて斥候兵を周辺に集めいつでも追跡出来るような体勢を整え、そして攻撃を受けていた軽装兵をこちらへ導く。

 

「降伏?力を見せる前に降伏とは理解しかねるが。貴様の主も盤面の参加者と言うことか。」

 

 引きこもっていたエルフは世情に疎すぎた。もう何年経ってると思ってるのか。ご主人様の言ったとおりエルフの時間感覚で話を進めているようだ。

 

「そろそろご主人様が終わらせようと話を進めているのでー、うろうろしている貴方が邪魔だし、もう仲間に引き込む必要もないそうです。なので大人しく退場してくださーい。」

 

 軽装兵の到着はもっと先だが斥候兵の配置は概ね終了したので、かみ合わなそうな話を打ち切り攻撃態勢を取る。軽装兵は弓を構え、私も銃を踊らせる。

 

「うってぇ~。」

 

 四十の銃弾と十五の追尾矢弾がエルフに襲いかかる。エルフは木に吸い込まれるように消え、エルフの立っていた辺りの木は粉みじんに吹き飛ぶ。後方上部から危機感知。身を翻してその場を飛び退き、危機方向に向かって銃弾を飛ばす。軽装兵が遅れて振り返るがエルフの矢弾とすれ違った銃弾は誰もいない木を粉砕した。移動が尋常無く早いというより瞬間移動だ。魔法なの?あー、魔術師連れてきてないから痕跡調査も出来ないー。いつもついて行くだけの私だった為、もしもの備えなんて自分の持っている物しかない。そして普段いることが前提のユニットを包括するような装備はそんなにない。水平方向から危機を感知しその矢弾を盾で受け止める。金属を弾くような音では無くめり込むような重い音がして盾がわずかに押される。最硬、最重のアダマンタイトに何が起こったのか。

 

【信無き者への無情の豪雨】

 

 真上から強い危機。羅列される選択肢に周りの軽装兵が無事な状況はなく、今軽装兵を失って良い状況下も理解出来ず、総合的に被害が少なくなりそうな、すなわち周りを吹き飛ばし私自ら攻撃の矢面に立つ選択肢を選ぶ。収納から火薬をばら撒きながら素早く着火、凄まじい衝撃を周囲から受けながら軽装兵を吹き飛ばす。アーツの真意は分らないがその爆発によって矢に変化は起きていないようだ。どんな威力が込められてるのかと絶望しながら私は最低限の防御と覚悟だけを決めて矢の雨の中でじっと小さくなった。こうして私の戦いは火蓋を切った。

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