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俺、騙される。

 腐臭。本来ならばそれが正しい表現であるはずだった。

 

「なんか・・・すごくおいしそうっ!」

 

 ここにいるほぼ全員が思ったことを素直に萌黄が叫んだ。周辺の木々は枯れ、少し前に見た静謐な林の姿は無い。幹は力を失い、葉は枯れて色を失い、大地すらも地の色を陰らせているように見える。しかしその雰囲気に見合わないような香ばしいとも言える匂い。そしてその雰囲気見合う瘴気の悪寒だけは以前より濃く残っている。

 

「なんでしょうこの匂い・・・」

 

 神谷さんが首をかしげて顔を曇らせる。死霊が放つ瘴気とこの匂いで頭が混乱しているのかもしれない。恐らく匂いそのものではなく、なぜこの匂いがばらまかれているのだという意味だと思う。この世界の一般人ならほとんどが嗅いだことがあるであろう匂い。現代人なら少数派かもしれないがピンとくるような匂い。いわゆるパンに代表されるような小麦の発酵臭である。

 

「偶々なんだろうけど・・・死霊の腐敗させる現象が周辺環境にマッチして・・・発酵した?」

 

 俺はその線を推した。通常環境化であれば酸素の有無、菌の種類で腐敗の種類が決まり、人にとって有益であるかどうかで腐敗か発酵と呼び分けられているだけというのは有名な話。しかしその現象を覆し、死霊が持つ腐敗という現象は環境を無視して人に悪意しかもたらさない。死霊のほとんどが人に悪意を持つが故に。

 

「鼻につく匂いよりはマシですがこれはこれで気分がいいとはいえませんわね。」

 

 鶸が鼻を押さえながらもごもごとしゃべる。匂い自体は悪くないがかなり濃い。一瞬は良い匂いと思えても浴び続ければなかなか厳しく感じるのも確かだ。順応する人間の鼻はいつしかその匂いを無視するようになる。匂いの大本が死霊であると予測していたにもかかわらず俺達はこの匂いに騙されたのだ。俺達が準備していたのと動揺にあいつも準備をしていたのだ。霧の中を歩き瘴気の中心を目指して進む。特に何も起こらず、小動物の動きも、風の音も何もない。歩くたびにわずかに枯れた何かを踏む音だけがわずかに響く。菫に至ってはその音すら・・・

 

「みんなどこに行った?」

 

 進むことに集中しすぎたのか意識が散漫としていたか、別のことに意識を向ければ周囲には俺以外誰もいない。先行し往復する菫はともかく桔梗、鶸までいないのはおかしすぎる。音響探知を発して周辺を確認するも二十m以内には誰もいない。自分の感覚をも騙されているのか治療魔法を行使して脳内、体内の状態をリセットする。頭のもやのような物がすっきりし、何かを仕込まれていた事は理解出来た。そして体が問題ないと思える状態になっているにもかかわらず周辺の答えは変らなかった。

 

(分断された?)

 

 鶸に念話を試みるも繋がるような感覚はない。こちらも相手の感覚を遮断するように霧を放ったが、相手も同じように遮断をしているようだ。原因を探る前に鈴に念話を送り全員の安否を確認させる。

 

『全員繋がるから生存はしてます。魔法使い勢からは反応も返ってきてます。』

 

 無感情に淡々と返ってくる言葉が逆に安心感を覚える。

 

『ただ状況に混乱しているようですね。周囲には誰もいないとかなんとか。』

 

 鈴の報告を聞く限り全員同じ目に遭っているようだ。取り敢えず合流はしたいが目印になる物がなく位置を確認しようにも撹乱されていて難しい。霧を解いて合流できるならそれもありだが、そこを狙ってくる可能性もあり安易に解くことはできない。しかし敵能力で恐ろしいのは呪いだけであり、侵入したほとんどのメンバーは個々で対応できるレベルであることを再認識し俺は周辺を大爆破する。異常な音を立て続け周辺に自分がここにいると知らしめる。それが誰であれ確認しようとする者はいるだろう。十秒ほど爆破し、少し動いてからまた爆破し音を立てる。真っ先に死霊が来てくれればそれはそれで問題ないのだが・・・しかしこの作業の成果はなく一分ほど経っても周辺に変化はない。音の伝播も阻害されているのか、音響探知の範囲を広げてみれば五十mほどで探知が途絶えることが分る。それでも五十m単位で作業を行う価値は無くも無いがさすがに効率が悪い。連携が取れなくなったことも困るが後ろに配置した者を襲われると都合が悪い。前回一方的にやられたが倒されなかったことを考慮すれば、最初に手を出すのは前回いなかった神谷さんのPTか。それでも長期戦になることは否めないだろなと思いながら音に注意を払いながら足早に動き味方を探しにいくことにする。

 

-遊一郎が我に返る少し前-

 

 全員多少警戒していたものの前情報をして即死の危険性が薄い事からわずかながら油断というよりも余裕があった。敵は瘴気の中心にいるという思い込みからそこを目指していると意識しそして虚ろに迷い込む。トウは主人の下を十m離れると自動的に周囲一mに瞬間移動するスキルによって我に返る。周囲に目をやれば深い霧と主人のみでそれ以外は影すらつかめない状態だ。

 

「ご主人様!」

 

 やや虚ろな気配を漂わせ歩みを進める桐枝にトウが叫ぶ。その大きな変化をもたらす音に桐枝は我を取り戻し、体を跳ねさせるように身を固める。

 

「はいぃっ。」

 

 叱咤を受けたかのように動転した声を上げる桐枝をトウが落ち着かせるように接触を図る。

 

「私も先ほどまで意識があるようで飛んでいたようです。今ならまだ周辺に誰かいるかもしれません。」

 

 桐枝はトウに言われて自らの状態を目視するも何かに影響されているようには感じられない。しかし回りにいたはずの者がいないのも事実であり周辺を思念波で探知する。物体の影響を受けずに知性体を探すことに向いている。

 

「十m少し先にクロと萌黄ちゃんかな?」

 

「思った以上に少ないですね。歩幅で離れた距離が違うのでしょう。そのまま分断されても困ります。合流しましょう。敵は分散することが目的でしょうし。」

 

 トウの意見に桐枝は頷く。強襲されると不安なのはクロであることからまずはクロと合流を図る。方向がずれているので萌黄の位置は探知しながら移動する。

 

「は?主様何用でしょうか。」

 

 クロすらも幻惑に捕らわれたように背中から触られて始めて正気を取り戻す。

 

「意識を強く持たないとぼんやりとさらわれちゃうから、しばらく頑張って。」

 

 桐枝がクロを諭す。クロはうなずきもう一人近くにいる者に接触すると駆け足で動く。思念波を展開したままだが効果範囲三十mほどには他に誰もいない。桐枝は残念に思いながらも萌黄に回り込むように前に立つ。

 

「よよ?桐枝さま、なにかご用で?」

 

 萌黄が調子の外れた声で受け答えする。その姿は何かサボっていたことを隠すかのような動作にも見える。

 

「か、隠し事は大丈夫よ。敵による攻撃の影響を受けて皆の意識が散漫になってバラバラにされてるの。周辺には・・・私達以外いないわ。」

 

 桐枝はフォローに意味が無い発言からも状況を説明する。萌黄がはっとなって周辺を睨むように見回すが難しい顔になってうめく。

 

「んー、百mくらいなら分ると思ったんだけど、ご主人様が見つからない。」

 

 目視でもそれなりの距離しか見えない萌黄だが主従のリンクをたぐりよせようとしても既に圏外であることしか分らない。普通なら方角くらいわかるものだがそれすらも認知できない。桐枝もそういえばと意識を回すが他の配下の位置も感じられず、それはトウとクロも同様だった。

 

「瘴気に・・・いろいろ混ぜ物をしているようですね。」

 

 クロが魔力を展開し瘴気の分析をしながら初見を語る。

 

「解析錯乱、念波阻害・・・空間拡散?今分るだけでもこのくらいですか。」

 

 解析錯乱のせいか解析自体に時間がかかり中和しようにも術式の全てが見えない。魔力で飽和解呪するならともかく解析解呪は当面難しそうだと報告する。

 

「どこまで打ち消すかにもよるけど・・・さすがにこの広大な範囲を打ち消すのは現実的じゃない・・かな?」

 

 やったらやったでと思いながらも桐枝はその作業を断念する。

 

「念波阻害されてるの?思念波は感じられるんだけど。」

 

「空間拡散の影響もあると思いますが正確な距離にはなっていないと思われます。」

 

 桐枝の疑問にクロが解説する。阻害されているので思念波を感じ取れる射程は短くなっていて、空間拡散の影響で細々でも確認できるのではないかということだ。メッセージに類する通信は阻害され、空間拡散により思うように進めない状態になっているようだ。お互いの位置を常に把握していればたどり着けるだろうが、それがないなら延々とお互いすれ違う可能性があるとクロは言う。

 

「聞いていたよりかなり狡猾というか・・・準備しているみたいね。」

 

 桐枝が唸る。こちらも準備していたが相手も勝ちがたいにしろ、勝ちやすいように分断を図ったり思考を奪って合流が難しくしている。桐枝は遊一郎が軽く見るほど弱い相手ではないと認識を改める。クロの解析には現れなかったが思考に干渉する何かがあると思い、全員の状態をリフレッシュする。基本状態情報に関しては共有されているので零ベースに戻すことはさほど難しくない。術式も共有されている。霞がかっていた頭もクリアになりやはり干渉されていることを確信する。

 

「呪いや魔法の類いなら抵抗してそうなものだけどね・・・」

 

 桐枝は周囲を見回して思考する。

 

「恐らくですが・・・この匂いですかね。嫌悪感を与えにくい状態にしておいてじわじわと侵入する形にしているのかと。」

 

 クロは見解を述べる。あからさまな攻撃や有害な状態なら忌避や拒否が入るが、好意的とは言えなくとも忌避しないレベルまで抵抗を落しこめば少なくとも警戒感は下げられるのでは無いかと。

 

「そんなことでも抵抗力がさがるのね。」

 

「病は気からというわけでもないですが、抵抗するというときは意外と根性論も大事なのですよ。」

 

 クロはそう言って予想を積み重ねた話を閉じた。そういう意味ではこの匂いは攻撃だと意識することで少なくとも注意力が散漫になったりはしないだろうとクロは言った。

 

「空間拡散に関しては何か目印のような物があればいいのですが。」

 

 クロはそう言って魔法を遠くにいくつか飛ばしたが、真っ直ぐに飛ばず落下地点もバラバラになり目標にするのは難しいと判断された。

 

「これどうするの?」

 

 桐枝は打開する手段を思案することになった。

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