俺、詰める。
重い空気が流れたが《全知》は行ったはずだと過去ログを見返す。
「《全知》でステータスは確認したんだ。名前はのってるんじゃ・・・」
簡単に済んだと思って見返したデータはある意味無残な結果だった。
「どうでした?」
神谷さんが聞いてくる。あらかじめ名前や種族分っていれば専用魔法として楽に強力な魔法が期待できたのだが。
「ユーキという名前が神につけられたのか仮称と付記がされているな。その後に名前が書いてあるのかもしれないが文字化けしてるみたいで読めない。選定者間の言語は自動翻訳されると思っていたが。」
ログを見ながら唸る。
「会話は確実ですが、言語に関してはその人が書いた物で無いと・・・」
「そんな穴が。」
鶸が気にもとめなかった情報を提示したが、ある意味今更な話だった。本が使えれば言語学を開発できたが、今俺の本の機能は停止している。試しに記号のような物を正確に写し取ってクロに見せてたが首を振って否定された。あくまで本人が字として認識して書かなければ言語翻訳の対象にならないようだ。石版を映したりすればまだ可能かもしれないがログを現実に映すことは出来ない。
「参ったな。ただ案としてはこれで進めたいな。二度目以降の手間と危険度が皆無になるしな。」
俺は背もたれに寄りかかりながら気が抜けたように発言する。
「そうすると、現地で名前を知る必要が出てきますが。」
ヨルが当然発生する案件を口に出すが。
「突然聞いたら流石に怪しまれるよな。そもそも、何かしらの形で死霊化したやつが元の名前を使うのか?」
名前を本に封印するとなると神によって名前が変えられると意味が無くなる。《全知》で判明出来る分だけ他の封印にくらべればずっと楽ではあるが、復活された現地の被害を防ぐことは難しいだろう。
「どちらにせよ名前は後で調べるしかないのですし、その他の条件を詰めて魔法を準備しましょう。」
本の発案者である神谷さんが手を打って話を進めようと促す。相手が許せないせいかかなり協力的だ。ここまで積極的だったケースはあまりないのではないだろう。
「そうだな・・・名前、死霊としての細分種族であるシャドウレイス。存在としては希であろう百以上の集合霊という条件。自己強化を考えるとステータスで縛るのは難しいかな。」
俺はぱっと思いつく縛りやすい条件を挙げる。
「あとは距離制限ですかね。接触以外では余り稼げませんが。対象数で縛るのは何体集合しているかわからないので無理ですかね。」
クロが一つ案を出す。認識はしていたがリスクの割に効果が薄いものだ。
「対応できないわけじゃないが、死霊相手に接近はリスクがな。」
俺の言葉にクロはですよねと納得して手を上げた。どうしたいか方針を決め、直接行使と魔法陣による誘導行使も検討し話を進めていった。外枠が固まった所で一旦解散し本拠点の管理を行ってその日を過ごした。翌日昼前には逃走組が帰宅。
「おかえり。」
「おかえりではないでしょうっ。」
穏やかに苦労をねぎらったつもりだったが鶸の怒気で答えられてしまった。顔を見て安心感は出たものの余りに気を抜いた姿だったせいか菫、桔梗、鶸から説教をくらうハメになった。説教を軽く受け流しながら、今後の方針と魔法開発の話を振る。桔梗と鶸は開発班に入ってもらい、残りは資材の準備、訓練、もしくは思いつきの報告などで過ごす。そんな中で紺は若干恐縮そうに作業している。俺の方をチラチラ見ながら作業している。
「そこまで気にしなくてもいいだろうに。」
「し、しかし紺が力を振るえば・・・」
紺が【絶断】を使えばあの死霊も指定仕方次第で倒すことは出来たろう。流石に【審判】は否決の可能性があるので使えないが。あの時紺には不確実も含めてヤツを倒す可能性がある方法が二つもあった。それを使用することを強制されなかったことを紺は無駄に悔いている。悔いるくせに自分の判断では使わなかった。それには意味があるんだろう?
「俺も次がないから、似たようなことになればお願いするかもな。余り気にするな。」
「はぃ。」
俺の言葉に全ては納得できなかったようだが、表向きは紺が頷きこの話は終わった。それから三日かけて名前を除いた条件を組み込んだ、ある意味ヤツ専用の封印魔法を開発し挑むこととなった。今度は神谷さん達も一緒だ。俺が名前を暴き、神谷さんが行使する。そういうプランで計画を立てる。近づけば迷路の封印を解いてしまうアリアを連れていくかは若干悩んだが、守護者の意図も関係なくこちらの予定通りに計画を進行できることからアリアの帯同を許可する。最悪斬岩剣を俺が持てば解放できそうな気はしているのだが。それでも意思を強く持ち直したアリアに期待しようと思った。呪詛打ち消し用のアイテムを一人三個ずつ配布する。在庫分と急ピッチで生産したものだ。滅多に使わないのでそこまで多くは作っていなかったのが悔やまれる。そもそも一回防げば大体どうにかなると思っていた事も大きな誤算ではある。かかれば死ぬという状況を回避出来れば十分だったはずが、累積即死という所まで考えていなかったのが原因だ。そこは悔やんでも仕方が無いので前回通り視界を塞ぐ方向で最低限の対策を立ててから作戦に望む。目標を死霊の討伐と守護者の謁見に見据え、概ね役に立たないミーバはほとんどおいていく。情報収集と支援用に足の速い斥候兵を五十ほど連れて、先日訪れた村を目指す。
「これは良くないな。」
村の付近まで来たところうっすらと死霊から吹き出している独特の瘴気を感じるようになる。村に到着したところ陰気な雰囲気は漂うものの、村人自体の命は無事だった。
「死霊は結界に捕らわれたままのようですが・・・方法を変えたようですわね。」
鶸が手元で瘴気を相殺しながらつぶやく。迷路の道筋を瘴気をばらまいて探していると言うことだろうか。方法は分らないがこのまま放置しておけば村人が自殺したり凶暴化する危険が出てくる。
「聞いた場所からの距離と村人が生存していることから見てもまだ脱出は出来ていないでしょう。まずは村を守りましょう。」
神谷さんが村の防御を提案する。魔法が使える六名が総出で半日作業かと予測を立てつつ顔だけは気持ち不満げにしておく。
「急ぐ気持ちも分りますが、ここで村人が亡くなっては遊一郎さんの意図も崩れてしまうでしょう。持参した道具を使えばそこまでかからないはずです。」
神谷さんが少しだけ怒気を込めて俺に訴えかける。反対したところで神谷さん達はここに残ってしまうだろうし、俺達としても協力する以外に選択肢は無い。
「そこまで言うなら・・・」
この作業を行うことでもしかすると守護者が墜ちる可能性もわずかながらあるかという思いだけが俺の中での否定要素だった。村人を助けたいという思いはあるが、死霊討伐と守護者のことを考えると優先度は若干だけ低い。神谷さんが行うであろう術式を考えるといらぬ警戒を与えてしまってデメリットしか残らないだろうなとも思う。鶸が気持ち剣呑な目線を俺に送る。面倒なんだから早く決断しろと言っている。
「保護に異論は無い。術式はどうする?」
俺が選択肢の無い決断をして神谷さんに問う。
「聞いた話と能力からすると聖護結界を組もうかと思いますが。」
やっぱり対怨霊系のヤツを選んだか。鶸も本気かという顔を一瞬だけしてから体裁を繕うようにすまし顔になった。瘴気、侵入防御ならもっと穏便に防げる汎用的な物があるのだが、神谷さんが選んだのは存在を示すことで警戒を与え、なおかつ周辺の浄化と侵入に対し強力な反発を引き起こす攻勢も含んだタイプのものだ。耐久的に考えても頑丈でいいに決まってはいるが、相手へ与える警戒も同時に激増するだろう。紺は隠れながらもこちらに顔を見せながら苦笑いしている。ここで討論したところで結果は大きく変らないだろうし、時間の短縮といこう。
「分った。支柱は四点?五点にするかい?」
「五点でいきましょう。」
神谷さんは若干だけ考えた後答えた。何も言わずに任せたら七点とか十一点とか言い出しそうな顔だった。過保護だなあと思いつつ村長に話して結界敷設の提案と相談を行う。事情を話すと村長はかなり怒ったのだが、そもそもそこに死霊が封じられたのは最近の話で村を守るために囲ったのだろうと話し、怒りを収めてもらう。俺達が刺激しなくてもいずれ同じ結果になる可能性は高く、無償で行うので保護だけはさせて欲しいと神谷さんの熱い、ある意味押しつけがましい説得に負け許可だけはもらった。外側からはめっぽう強いが内側からだとそこまで強くない。高価そうな道具を見て魔が差すようなやつがいなけりゃいいがと結界柱を立てる。
『何か仕込んでおきますか?』
桔梗から心配事を読み取るかのように念話が飛んでくる。あまり酷い物を付与すると事故った時が怖いが。
『アラームとスタンくらい仕込んどくか。』
『無難ですかね。』
俺が提案すると、想定していたのか即返答が返ってくる。俺と桔梗の支柱に細工を施し、結界展開と同時に残りの支柱に同じ効果を複写させるように術式をねじ込む。結界の魔力を起動コストとして消費するのでやたらめったら発動することになると結界が壊れる可能性もあるが、そこは自業自得だな。結界を設置すると元よりも空気が澄んだような気配が広がる。神谷さんの丁寧な術式と信仰の賜物だろうか。彼女も神もサービスがいいなとその空気を堪能する。人によっては鋭すぎると感じて、少し不安を覚えるかもしれないが。神谷さん自体は結界の状態に満足しているようだ。
「思っていた以上にしっかりしたものを作ってもらったようだな。この先も役立ってくれるだろう。」
「頻繁に悪意にさらされなきゃ永続するとは思うけど・・・野盗が週一で来たりはしないよな?」
「半年に一度くれば多いと思えるだ。ため込んでるとも見えぬし、そこまで頻繁には来ぬよ。」
俺と村長が結界の効果を感じながら小話をする。最後に小声で仕込んだ細工のことを話しておく。一日に三十くらい発動すると結界の機能が無力化する可能性がある。そこまでなる前に抑止できるようにしておけと。村長は流石にそんなことはと口に出しながらもこの先はわからんと首をひねり悩み始めた。俺はあとは任せると声をかけて皆と合流し現場へと移動する。村から離れれば徐々に瘴気が混ざり始める。現場に着く頃にはちょっとやばめに汚染された区域のような状態になっている。
「何を試したかしらんけど、とんでもないことになってるな。」
俺は惨状を感じ取りつぶやく。街の近くにこんな墓場があったら騎士団が動くレベルの不穏さだ。防御無い一般市民がさらされれば等しく狂気に飲まれて暴れ始めるだろう。
「存在するだけでこれだけの悪意をばらまけるとは・・・」
神谷さんも絶句するように周囲を見る。俺は魔力視覚で迷路結界の境を見つけアリアに行動を促す。アリアの仕事はこことこの後だけだ。アリアが斬岩剣を携えて一歩二歩と踏み込み境界に近づく。俺達の脳内へのアナウンスと共に迷路結界が消失し、濃淡入り交じる瘴気が外側へと拡散し始める。迷路に取り込まれている間は右往左往していたと思われる瘴気が一点からの方向性を持って広がり始める。
「アリア、予定通り全力で広げろ。」
「はっ。」
アリアが集中し一気に霧を展開する。アリアが従来使っていた無差別な認識系魔法を阻害する効果を含んだ霧に改良を加え、逆探される可能性を残すものの一部のキーを付与した術式を通過する効果を乗せた完全に味方有利の濃霧魔法を展開する。術式自体は分っているので俺達が使っても良かったのだが、アリアに役目を与えるためにも、そしてここで退場してもらう為に任せた。ギリギリまで負荷をかけて広範囲にわたって霧を展開させている。剣士であるアリアも魔法に頼る要素が多いためしばらくは上手く戦えない。鈴と紺と一緒に後方に下げる。紺はそこから復帰して動くが他はしばらくは待機だ。霧にねじり混まれるように漂う瘴気がどれだけ重ねてばらまいたのか見当もつかない。周辺の動物の死骸がアンデットになっている可能性もある。
「さて、リベンジといこうか。」
俺は武器を構え探知魔法を展開しながら死霊へと歩みを進める。




