享楽の世界
「流石にあのインチキ野郎もあいつは倒せまい。」
「いやいやここから逆転するのがいつもの展開だろう。」
「遊一郎もユーキ相手では相性が悪くなりすぎたろう。」
「仕組みに気がつけば理論上はいけるんだけか?」
「相対して戦っている限り理論上は不可能なはずだな。別のアプローチがいるはずだ。」
遊一郎達の戦いを神々が観戦しながら予想と掛け金の上乗せで賑わう。掛け金から見られる勝者予想は圧倒的にユーキに傾き、勝ちだけではうまみが無い事から、いつ負けるかまでに賭けは派生している。外部から状態が見えている神々からすると遊一郎の勝率はあり得ないと思われるほど低かった。システムの歪み、いわゆるバグから生まれた現在のユーキの状態は攻撃だけで打ち破るには不可能な状態に陥ってた。バグが発見された時点で対処がされていればこんなことにはならなかったが盤面の遊技者の協議により慣例通り今回はこのままという措置が取られた。慣例通りに処理にするには有利すぎで、流石に是正されると思われていた観戦者にとって最終勝者予想が荒れる話となった。もしやトップ目であるチェイスが当時のバグの先にあることに気がつかなかったのでは?と噂もされたが、神々の中でも最も狡猾な部類に入るヤツがそれに気がついていないはずは無かった。やはりチェイスが参加する盤面は普通には進まないと多くの神々は盛り上がった。盤面の流れとしては早い段階にはなるが二十五年を過ぎた頃に終盤とされ各選定者の詳細な点数は伏せられ遊技者も含め神々には分らなくなっている。あらゆる盤面の中でも期限半ばにして終盤とされるのは珍しい話であった。それまでの遊一郎の展開は二位以下を置き去りにするほどの点数差であったが、もしここで遊一郎が敗北、そして脱落しようものならまだ下位の者達にも最終勝者の目が出てくる。
「面白くなるのは確かだが、これをチェイスが認めたのも分らん話だな。」
「まぁチェイスのことだからな。盛り上がりを優先したと言われても驚かんよ。」
しばしばチェイスは勝者にこだわらない動きをすることがあり、盤面をそして観戦者をも混乱させる。しかしそれでいてチェイスは全く損をしない形で盤面を乗り切っている。
「許されたラゴウは逆にラッキーだったかもな。」
「最初から最強手だったこともラッキーだったと言えなくもないがな。」
ラゴウはラゴウで運が良かったと揶揄されるのは面白くないが勝者になれる可能性をわざわざ捨てる理由は無い。意図的に狙えるものでもないし、次回は是正されることは確定しているので認められている以上問題は無い。ただ運用の腕を評価されないことは不満の一つではあった。
「まだこんな不備が残っているとはな。」
「改定されてその結果不備が出ることもあるし、まだ知らない事があると思わせるだけでこの遊戯を楽しむ余地があると言うことさ。」
長い間使われてきたシステムだが時折このような不備を生み出す。別の不備を治した結果の場合もあるし、想定していない自体の場合もある。今のユーキの状態は想定していない部類に当たる。不死者が不死者になろうとはしない。システム上の魔法では不死者を対象とした不死化の技術がないことが神々の設計上ありえない事態となっている。死霊術士が開発した魂を直接不死者として抽出変換する技術がおかしな事態を引き起こしたのだ。そもそも魂で存在している死霊に魂があるという事態にせざるをえないという事がシステムの不備と言えなくもないのだが。ユーキは開始時は|死者でありながら生きている《・・・・・・・・・・・・・》という状態であったと言える。しかし現在は死者でありながら不死者になっている状態になっている。選定者が世界に存在するには|生きていなければならず《・・・・・・・・・・・》、不死者として世界に存在することは本来不可能なはずだった。このような儀式を一般的に行った場合警告が入り、それでも実行した場合は意識の無い不死者が残り、選定者の魂は死亡扱いとして回収される。魂として存在している死霊が魂を持ち不死者になった今回、魂を消費して死霊が生成され本来は回収されるはずだったが、ユーキの体そのものが魂そのものの死霊として正常に存在している為、死んだはずが生きているとシステムで誤判定されることとなる。生と死が混在した場合、システムはまず生きていると判定する。その一秒後存在に不備が無い場合、正常なステータス状態へ復元を始める。この場合はユーキに世界への生存権としての魂を再構築する。ユーキから発生した死霊はユーキと同じ存在とされ同時存在しうると者と判定される。両者とも同じ存在ではあるがすでに生存権としての魂は存在しているので追加の再構築はない。ユーキは儀式を維持し再構築された魂を消費し同じ事を繰り返している。同じ存在である死霊達は世界に一つしか存在していないがその本質は複数であるという不可思議な状態となる。システムはこれを集合体と認知し不適正と判定しない。世界にいるユーキのHPが零になればお最前面に出ている者が消滅する。システム上では同じ場所に存在していることになっているので生死判定時に世界に残数が顕現する。現在のユーキは十万を越える数が存在し、魂が再配布されるたびに一体が追加発生している。概ね二秒に一体が生まれている。しかしそのユーキは一秒に一度しか倒せない。どんなに苛烈な攻撃、持続的な攻撃を行っても一秒に一度しか死なず、そして手を緩めれば数は増えていく。遊一郎の保持するMPでも一秒に一体倒すには仕掛けを理解し最小限の力で倒し続けても推定五千体しか倒せない。しかもユーキは復活するたびに死ぬまでに移動することで攻撃を回避する余地があり拘束が必要になればさらに倒せる数は減る。そういった理由からすでのこの世界でユーキを攻撃で倒せる存在はいないと結論づけられている。ミーバと連携し無駄な努力を続けている遊一郎達を神々はあざ笑う。遭遇から四時間、遊一郎達の善戦は続くがユーキの仕組みを全て理解するには至っていない。
「随分長持ちしてるな。」
「くそっ、手詰まりでさっさと逃げると思ってたのにっ。」
「今回はよく粘るよなぁ。」
理解している神、理解しようとしない神、理解もしていない神。人と同じように思考しながらも、だからこそ身勝手な自己理論に支配されかつて自分もそうだったであろう下位の者の考えなど気にしない者は多い。
「近くの村を気にしているのだろうね。遊一郎君の性格ならユーキを野放しにするという考えもないのだろうけど。」
ある神が理解しようとしない神の為に一つの考えを挙げる。それに納得する者が大多数だが、一部は理解しようとしない。言われても理解しないからこそ理解出来ないのだから。戦いがパターンの繰り返しがちになり見る者達にも終わりが見えてきた。
「全員離脱しろ。」
遊一郎はミーバ達に命令する。
「嫌です。今度こそ最後までお供します。」
桔梗が叫びながらユーキを蒸発させる。鶸が桔梗の腕を引くがびくともしない。それを見て蘇芳が桔梗を肩に抱える。
「放しなさい。もうこんなことにはしないと・・・そう決めていたのですっ。」
桔梗は錯乱するかのように大声をあげ、過剰な攻撃でユーキを焼き払う。
「そういうな、これが最後なんだ。次は全員全滅するまで付き合ってもらうからな。それこそ拒否されてでもな。」
遊一郎は疲れた顔しながらも優しく微笑み桔梗に言葉をかける。
「一人死ななそうなのがいますわね。」
鶸が場を和ませるように吐露する。
「鈴でもこいつ相手には分が悪いかな。無敵を発揮できない程度には相性が悪いよ。」
怒りを我慢するような顔でよってくる菫を撫でながら、回り込もうとするユーキを遊一郎が仕掛けた遅延発動で消滅させる。
「鶸、後残ってる検証は?」
「ありませんわ。復活か有限か無限かなんて確かめようがありませんもの。」
鶸がお手上げと仕草を取りながら報告する。
「分った、後は俺が試したいことをやり尽くす。」
「ご主人様は他の者に気を使いすぎです。あの村のことなど放って置けば良いのです。」
菫が後ろに下がりながら不満を漏らす。
「案が採用されれば俺がどうなっても村は大丈夫だ。ただどうしても犠牲が一人出てしまうし、アリアを持って帰ってもらわないといけないからな。」
連れてきていたアリアは最初の威嚇行為で落ちており荷物と一緒にされている。
「じゃあ後は頼んだぞ。」
遊一郎は手数を増やしてユーキの動きを牽制し釘付けにする。
「次は最後まで一緒ですからね。」
蘇芳に抱えられた桔梗の言葉を最後に遊一郎以外の撤退が始まった。
「さて・・・ん?」
遊一郎がユーキに集中しようとすると後ろからガチャガチャと重装兵が二体やってきて触手を伸ばしている。
「菫か?また無駄なことを・・・まぁ、あいつらを代表して死んでもらうか。」
遊一郎が声をかけると重装兵が答えるように奇怪な声を上げる。
「諦めるにしても貴方が残るのは意外でしたね。」
弾幕から解放されたユーキが口を開く。
「まだ残機があるんでね。使い回しが効かないあいつらを犠牲にする理由が無かっただけだ。」
遊一郎は嘘偽り無く答える。ユーキは何かを疑っているようだが余裕は崩さない。深い霧の中声だけが静かに響く。
「まずは・・・」
全員いなくなった事で重装兵を前面に押し出して弓を構える。ユーキが狙われることを嫌い左右に的を絞らせないように動きながら遊一郎に迫る。魔力を集中し遊一郎が弦を弾き、放す。ユーキには何の行為かさっぱり分らなかったが音が響けば自らを強化、維持している魔法が瓦解していくのを感じる。表に出ていない儀式魔法を消去されユーキの内部が若干慌ただしくなる。それでも表のユーキは遊一郎を捉えるべく自らを消費し動きを加速して迫る。
「思ったより効果があったみたいだな。」
その動きに惑わされること無く遊一郎は半歩後ろに下がりながら方向を調整し弦を弾く。手を放せば魔力ののった衝撃がユーキを揺らし、そして追撃が行われてユーキが瓦解する。
「根源に届いてればいいが・・・能力自体は弱いんだけどなぁ。」
遊一郎は愚痴をこぼしながら弓を引き、竜の目を展開しありとあらゆる攻撃を重ね打つ。燃やし、凍結させ、切り刻み、浄化し、重圧に巻き込み、振動させる。あらゆる攻撃でユーキは崩壊しそして復活する。
「いい加減諦めませんかね。」
「諦める理由が無いね。」
重装兵は既に倒れ、遊一郎は疲労が蓄積し動くのもおっくうな状態だ。
「取り敢えず分らずに叩いてどうにかなるもんじゃないってことは分った。」
「いまさらだな。」
遊一郎が投げ出すように声を上げると、ユーキがまだ気がついていなかったのかと呆れる。遊一郎はユーキを無力化する算段はついていたが今の自分では出来ないことなのでその実行だけは諦めている。そして大きく息を吐く。
「守護者よ。俺はここで足止めをする。俺ごと隔離しろ。」
遊一郎は声に出し、恐らく監視しているであろう守護者に問いかける。ユーキははっとしてその場から動こうとするが遊一郎が真銀の剣を片手にそれを阻害する。
「貴様、それが狙いか。」
「どのくらいここにいたか知らんが、俺がもう一度来るまで滞在してもらおうじゃないか。」
「は?もう一度くるだと?」
逃げるユーキだが、疲れた遊一郎からも逃れることが出来ずに焦燥感が見られる。
「早くしてくんないかねぇ。」
遊一郎はだるそうに剣を振りユーキを削り落とす。ユーキは霧の中接近して見えてしまった遊一郎の姿を確認し呪殺を試みる。
「流石にそれは回避できんわ。だけど・・・」
ユーキに呪われようとも遊一郎は動きを止めない。
「即死しない呪いじゃなければ今は意味が無いわな。」
HPを削減するが健康状態に影響はない。不可避の呪いを複数受ければ死ぬ。裏を返せばそれまでは生きている。
「正気かぁぁ。」
「思ったより苦しい呪いじゃ無くて助かったよ。」
周囲の風景が歪みただの木々に覆われる森となる。迷いの結界は再度設定された。
「まぁお前の腹が減る前になんとか間に合うようにする。」
「その言い分を信じられると思うかぁぁぁ。」
ユーキが絶叫し遊一郎もごもっともな意見だと首を振る。最後の呪殺が実行され、遊一郎は速やかに力を失い倒れる。
「くそ、喰うべき魂が回収されてやがる。選定者は餌にならないじゃないかっ。」
勝つべくして勝ったユーキは遊一郎の死体をなぶり激昂する。そしてその死体を立ち上がらせ周囲の探索を始める。ブツブツと恨み言をつぶやきながら黙々と出口を探してさまよい始める。
勝敗が決した天上では賭け結果確定に浮き沈みしている。そんな彼らと世界を監視している委員会の一室はいつものメンバーが粛々と作業を行っている。
「あんな不具合の塊、さっさと処理してしまえばいいのにぃぃ。」
「彼はどうするつもりだろうね。君に確認をとるかな?」
「どうだろうな・・・今までアクセスがないし、既に試す手を持っているようだが。」
女神のやり場のない怒りが木霊し、楽しそうに遊一郎を眺めていた神が、かつて助言を与えた悪魔に尋ねる。
「最後まで何も聞かれない気がするよ。」
ザガンはそう答えて監視作業に戻る。真面目だなと伊邪那岐はつぶやき、アテナを煽ってから仕事を再開する。
「あとはチェイスの仕込みがどこまで食い込んでいるかだな。」
委員会の監視機構以外の経路により隠れて調べていた結果を確認しながら伊邪那岐は含み笑いを漏らす。
「くっそ、絶対バグだろあれは。」
遊一郎は納得してやられたものの理不尽な相手の状態に対し憤りを隠さずに久しく来ていなかった白い部屋で叫ぶ。
「いや、災難だったね。」
してやったりと笑みを隠さずにやってきたチェイスに向かって遊一郎は強い視線を向ける。
「おっと、なんでもかんでも私の仕業と思われても困るな。アレは偶然発生した我々も関知していなかった不具合だよ。」
チェイスは遊一郎の思考を読むまでも無くその意図を読み取り解説する。
「やっぱりバグなのかよ・・・だが、あんたがそう言ってるってことは直す予定は無いし、少なくとも正常に進められると判断したってことだな?」
遊一郎は疑いの視線のままチェイスに問う。
「君なら初手で対処できるかと思ったけど、流石に過大評価だったようだ。」
チェイスは質問に答えずに笑いながら煽る。遊一郎が怒り出すことを期待していたのかもしれないが、逆に遊一郎は冷めたように落ち着く。
「話は変るが、もし選定者を拘束して行動不能しながら生かし続けるとどうなるんだ?」
遊一郎はこれから先の確認事項として尋ねる。
「なんだやっぱり気がついているし、話も変ってないじゃないか。かわいげの無いヤツだな。」
チェイスはふざけた調子を崩さずに不満げに言う。
「おかげさまで体は成長しなくても精神だけは無事腐ったよ。」
遊一郎はおまえのせいだと言わんばかりに睨むが、チェイスは半分は関係ないよねと首を振る。
「そっちは既に事例があって明らかに盤面がつまらなくなったから改訂されているね。拘束五日後に選択式の自死の権利が与えられる。それを拒否した場合、管理委員会による調査で先一年間に自力での脱出余地がない、助けが期待できないと判明した場合、更に五日後強制的に死亡扱いになる。ただし再スタート時には選択式に所有品が保証される形になる。もしそれが最後の命だった場合は五日おきに自死の選択が与えられるだけだね。」
チェイスの回答に遊一郎はその裁定を反芻するように思案する。
「こんなこと聞かなくても結果は変らないだろうに。」
「世界に対する被害が減るだろ。それも織り込み済みなんだろうが。」
チェイスがどうでも良さそうに尋ねるが、遊一郎はそれが大事であるかのように答える。
「あれだけ打ちのめされても本質は変らないか。困ったヤツだね。」
「おかげさまでな。」
遊一郎とチェイスの視線が交錯する。
「終わりの後を楽しみにしているよ。」
チェイスは心底楽しそうに含み笑いをする。
「さーて、次のスタート地点はどこかな?」
チェイスが選択式の入り口を開く。川辺、山岳、森の映像が浮かぶ。
「入ったらやばいところに飛ばされるとかは無いよな?」
遊一郎が疑うようにチェイスに問う。
「それは流石に無いかな。そこまで私も野暮じゃ無い。これでも神々の楽しみを奪わないように気を使っているんだよ。」
チェイスは警戒する遊一郎を笑う。
「それを聞いて安心できるほど信頼もしてないがな。」
遊一郎はそう言いながら川辺を選ぶ。
「無難な所を選んだね。」
「合流が最優先だからな。」
「時間が合ったとはいえ・・・酷い状況になったもんだ。これこそ次回に修正されるべき案件だと思うのだがね。」
チェイスはつまらないと不満そうに言う。
「この方式を完全に潰すのは世界に対する変革を放棄するようなものだからな。」
「痛いところを突いてくれたものだ。」
遊一郎が推論を述べると、チェイスが苦笑いをする。
「首を洗って待ってろ。」
「そうして欲しいなら・・・あの程度に負けるようでは困るね。」
遊一郎は捨て台詞と共にゲートに飛び込み、チェイスは聞えるかは期待していないかのように声だけかける。
「後の楽しみを優先するか、先の利益を優先するか。難しいところだねぇ。」
チェイスは遊一郎を妨害するか干渉しないか遊一郎と関係ないところで悩む。自分だけがうまければ何の問題も無い。神々の邪神は自らの楽しみだけの為に世界を、神を、利益を計りにかける。
「さて座標確認からか。」
奇妙な声を上げて敬礼する三色ミーバに軽く視線を移した後脳内にマップを展開する。探索済みであることに一安心し、近場の街の位置を確認する。そうで無い事がもはやおかしいと思えるが越後屋の勢力圏であることを確認したならこの場で考えることはもうない。
「行くぞ、乗れ。」
みゃっとミーバが反応し遊一郎に取り付く。遊一郎は自らを魔法で強化し全力で街を目指す。近場に本拠地があれば街によることも無いが、自国につくまでもそこそこの距離があるので移動手段を借りた方が早い。今後の予定を頭で整理しながら一直線に街を目指した。




