表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/172

俺、わからない。

 一体の霊体は恐ろしい密度の死の気配を纏い俺達に迫る。しかしその速度は俺達目線から見れば決して早くはない。そしてその耳障りな声の正確すぎる聞き取られ方がその霊体が選定者であることを悟らせる。

 

「こいつ、このナリで選定者かよっ。」

 

 俺、桔梗、鶸で奪生命、対霊接触、耐熱防御を全員に重ねていく。非実体系の常套手段に対する防御とその攻撃への余波に対する防御である。しかし相手が選定者とあれば何をしてくるか分らない。牽制を菫と蘇芳に、防御を桔梗と鶸にまかせて相手の能力を探る。

 

「よ、弱い。」

 

 ステータス的にみれば肉体的にはグラージにも及ばず精神面が高めとはいえ俺達で一番低い萌黄か蘇芳と良い勝負といえる。スキル面で何かあるかと思えば達人の域を出ないレベルでしか無く、世界的にみても高位にさしかかった程度の死霊でしかない。しかしその能力のアンバランスさを訴えるようなこの濃密な気配はその能力で収まっていることを示していない。ステータスに現れない強さがあるということでもある。足止めの牽制をさせているつもりの菫と蘇芳も相手の動きに拍子抜けといった所で対霊攻撃のある真銀(ミスリル)で余裕をもって相手を傷つけている。

 

「瘴気が面倒くさいが・・・いまいちだなぁ、これ。」

 

 強敵目的の蘇芳から見ると早くもテンションがだだ下がりである。濃い瘴気に阻まれ攻撃が上手く当てづらいがそれも数度の攻撃で払ってやれば簡単に相手の体に刃が届く。傷つけた体から瘴気をあふれさせるがそれ自体はそれほど強くもない。むしろ体からにじみ出る瘴気が多すぎて、なぜか体から直接吹き出す量がおかしく見えるほどなのだから。

 

「集合霊のたぐいでしょうか。」

 

「それにしては秩序が保たれていると思いますわね。まぁ言動は狂ってると思いますけど。」

 

 注視するほどでも無く相手の攻撃をピンポイントで防ぎつつやや退屈そうに戦闘を見守っている桔梗と鶸。萌黄に周囲を見晴らせているが他の何かが動く気配も無い。金糸雀も特に反応していない。

 

『逃げなさい、こちらで隔離していたモノです。』

 

 突如頭に響く言葉を聞いて周囲を精査するが反応は無し。守護者とやらか。どうもこの辺の結界に隔離していたようだが俺達が来たことで解放されてしまったようだ。しかしこの程度の相手で引く理由も無く無視を決め込む。前衛も思考で意見を合わせ、菫が瘴気を切り裂きその隙間を蘇芳がだるそうに通して死霊を串刺しにする。対霊対策がされた武器は死霊を地面に縫い止める。

 

「ご主人様、あとは頼むぜ。」

 

 槍を置いて目標までの道を開けるように菫と蘇芳が離れる。

 

《崩霊波》

 

 俺と桔梗が同じ魔法を六重に重ねて放つ。対象を浄化するでもなく単純な霊体破壊攻撃である。能力的に見れば過剰攻撃甚だしいが選定者ということもあってこの手の攻撃には防御手段を講じているという前提での過剰攻撃である。その心配を杞憂にするように薄く白い幕に捕らわれた死霊は恨み言をつぶやきながら崩壊していった。それを見守っている途中から崩壊現象から突如体を回復させ暴れだし、そして崩壊していくという謎現象を目撃する。

 

「復活した?」

 

 別に復活自体が特別珍しい訳でもないが、復活の仕方が不自然だったように見えて様子を見守る。過剰な崩霊波は復活した霊体の瘴気を散らし再び霊体を崩壊させていく。そしてまた死霊は完全な状態で復活してきた。崩霊波が消えたところで死霊も消えそして少し上空に姿を現す。

 

「餓死しないのも考え物だな。思わず理性を失ってしまったよ。」

 

 その死霊は流暢に言葉を話し始め、知る必要の無い近況を語る。

 

「私を退治しに来たわけでも無いようだが・・・どうやら同じ境遇の者のようだ。神に従うつもりもさらさないが試してみるというのも良いだろう。ついでに腹が満たせれば行幸というものよ。」

 

 自らの立場を把握している。積極的な参加はしていないが目の前の獲物を逃がすつもりは無いようだ。

 

「俺としちゃ迷惑なんだが・・・このまま放っておいていい性格(ヤツ)じゃないよな。」

 

「ご主人様の要望には添わないかと。」

 

 急に冷静になった死霊の状態も気になる。不自然な気配はそのまま能力も変化は無い。構成するスキル群も研鑽したとは言いがたくそして復活を示すようなものも無い。相手にするには面倒くさいだけの相手に見える。

 

「しょうがない。好きなだけ叩き込め。」

 

 俺がそう指示すると鶸は呆れた目で見、そして蘇芳は下げていたテンションを上げる。菫が様子を見ようと俺の前で構える。しばらくは蘇芳の独壇場だろう。

 

「元気なやつが来たな・・・ち、ミーバとはつまらん。」

 

 余裕を崩さない死霊は迫り来る蘇芳の攻撃をそのまま受けた。というより文句を言いながら反応できていなかったと思える対応である。蘇芳がフライシェルで駆け抜け死霊を槍で貫く。肉体があるほどでは無いが対霊がされた武器は霊体にそれなりの衝撃を与える。攻撃力にふさわしい衝撃を逃がすこと無くその場で受けとめ体を震わせる。蘇芳が移動先で反転し弓を構える。

 

「いきなりですわね。」

 

 鶸が何を馬鹿なことをと退避する。俺もさすがに厳しいかと鶸に続いて距離を離して壁を立てる。

 

「そこは私の仕事でしょうに。」

 

 壁も建てるつもりだった鶸が俺に少し怒りを向ける。ただそうやって小話をするくらいには余裕がある相手で、それに使用するには過度な攻撃といえた。

 

「塵になれぇぇぇ。《激震魔導砲》ぅ」

 

 蘇芳が弦から手を離して矢を放つ。矢は即座に分解され三mの物理魔力混合球体となり高速で進む。物理片と魔力体を高速移動振動させながら球体範囲内をすりつぶしながら進む凶悪なアーツである。ただ専用矢の関係で球数に制限はある。不快な高音を放ち動かない死霊をそのまま巻き込む。振動体は辺りに砂粒をまき散らしながら進んでいく。そして制御されないそれは林の木々も粉砕していく。

 

「んー、環境破壊。」

 

「そこまででは無いでしょう。資源の無駄とは思いますが。」

 

 俺と鶸は結果も見ずに見当違いな感想を述べる。そもそもこれで滅ぶようなら悩みはしないのだから。消えたと思った一点から即座に元の死霊が湧き上がる。魔力視で見ても再生したような感じでは無い、むしろ元からそこにいたとしか思えない動きだ。仕掛けが見えんなぁ。

 

「大層な攻撃だな。この身を一撃で・・・」

 

 死霊がテンション高めでしゃべている所に菫が首を刈り、体を切り、刺し、両断する。途中で何か思うところがあったのか菫は怪訝そうな顔でその場を離れ様子を伺う。

 

「ちぃ、ちんたら戦ってどうにかなる相手じゃないようだな。まずは貴様を・・・」

 

 死霊が菫に向かって手を伸ばし何かを放った。その黒い攻撃は横から飛んできた盾に阻まれ、死霊が驚いた瞬間に。

 

「どーん。」

 

 銃撃、剣撃、槌圧、そして人形達が杭を打ち【死霊払い】の魔法陣を完成させ死霊を巻き込む。しかしその結果は中途半端にダメージを受けた死霊が残っているだけだった。見込みなら死霊払いで滅んでいるはずだったが。形を大きく崩した死霊は有り余る瘴気で体を再構築する。


『うー、なんか堅くなった?』

 

 萌黄が相手を倒せなくて不服そうに首をかしげる。

 

『いや堅いと言うよりそもそも術が機能していなかったように見えたな。種族的には有効のはずなんだがな。』

 

 萌黄の疑問に観察していた俺が様子を伝える。何か大事なヒントではありそうだ。何度復活するか知らないがショートカット出来るに越したことは無い。グラージのように欠陥でもあればよかったんだが。そして死霊が吠えた。怒り狂った形相で周囲に魔力を乗せた圧を加える。が、その咆吼の効果も俺達にとってそれほど効果は無い。急に叫んでびっくりしたなぁくらいのものである。死霊はここに隙ができるはずとそのまま次の行動に移ろうとしたところで桔梗からの《崩霊波》の前に無残に分解され、そして復活する。崩霊波は有効なのに死霊払いが無効っぽかったのはどういう違いだと効果の差異を悩む。しかしこういう分析なら鶸のほうが得意だった。鶸が微妙に難しい顔をして死霊を凝視している。

 

『何をすればいい?』

 

『光でも火でも誘導系が一つの案ですわね。』

 

 自分で考えるより鶸の検証に乗った方が早そうだと鶸に確認をとり無言のまま《光の槍》を量産し放つ。都合五十四本の光線が死霊を襲う。死霊は一言二言何かをつぶやいたかと思えば瘴気と魔力が動き《光の槍》を受け止める。

 

『弱すぎたか、嫌がったとも取れるが。』

 

『こちらの知りたいことに気がついている可能性もありますわね。』

 

 俺達のランクからすれば低威力とも言える《光の槍》だが民間人なら灰も残らず、全弾駆使すれば大きめの民家でも更地にできるような威力はある。予想される死霊の能力なら死にはしないという威力ではあったが綺麗に遮断されたことにも違和感を覚える。

 

『まぁ種切れになるまで付き合ってもらうか、桔梗。』

 

 鶸との相談を振るまでもなく全体に伝えるように念話を送る。俺と桔梗が全力で、防御は鶸、牽制に菫と萌黄。蘇芳が隙を見て一撃を狙う。俺から135発、桔梗から九十発の光の槍が空間を埋め尽くす。タイミング良く菫は逃げ、萌黄は飛ばした武器を犠牲にする算段で死霊をその場に釘付けにする。

 

「単純だからこそ防ぐには力だけだぞ。」

 

 相手が防ぐと踏んでカードを出させるつもりだったが、死霊は甘んじてその攻撃を受け止めた。

 

『やはり隠そうとしている何かがありますわね。』

 

 鶸が悔しそうに状況を見守る。光の槍は死霊を貫き続け、余りあって貫通した物は地面を焼き一時的なマグマへと姿を変える。死霊は何食わぬ顔で復活し即座に行動に移す。表情に余裕はあるがそれなりに必死に動いてるようにも感じられる。死ぬことは恐れていないが、一方的すぎる展開に焦っているのだろうか。移動しながら狙いを絞らせないように姿を明滅させながら死霊はこちらの隙をうかがうように様々な動きを見せる。しかしそもそも移動速度が手に負えないほどではなく、残像や幻影を出されたところで魔力視覚で看破できるレベルであり死霊の努力は無駄ともいえる状態であった。俺と鶸はどうやって仕組みを暴こうかと悩み、何も考えない蘇芳は相手にするのが馬鹿らしくなったのか移動先で死霊を矢で打ち抜き縫い止める。捕まるつもりはさらさなかった死霊がほんの少しだけ焦ったような表情をしたが、蘇芳はそれをつまらなそうに突撃し串刺しにした。復活するとわかってか霊体を物のように槍で振り回して地面に投げる。

 

-無限投擲-

 

 蘇芳が短槍を雨のように死霊に向かって放つ。マシンガンかガトリングかと思わせるような質量攻撃が死霊を貫く。無限投擲の攻撃力のほとんどが物理の為死霊にはあまり効果が無いが、それをわかってか鬱憤をはらすという勢いで蘇芳はアーツに任せるまま短槍を飛ばし続ける。大地を削り大きな穴を掘った辺りで死霊が地面を抜け蘇芳の後ろから出現する。だがそれを蘇芳が気がついていない訳もなく真銀の槍で死霊を吹き飛ばす。吹き飛んだ先に待ち構えるように桔梗が《幽体拘束》を置きそれを捉えようとする。しかし死霊は《幽体拘束》が無かったかのようにすり抜け自らの浮遊力で吹き飛ばしから回復する。そして舌打ちするかのような音が空間に響く。ちいさな舌打ちが、その場で、数千と同時にされたかのように大きく鳴り響いた。

 

「な?」

 

 その現象があまりにも不可解で何が起こったか把握しきれずにいたところで鶸が驚き、そして確信をもって死霊を見る。

 

「貴方・・・やはり集合体ですのね。一体であるように見せかけながら同時に数百の群体である。」

 

 鶸が回答を求めるように死霊に事実を突きつける。

 

「もう少し隠しておいても良いと思ったんだが・・・そうさ、大体そういうもんさ。」

 

 死霊の腕が歪み死に準ずる怨嗟の波動が放たれる。俺はその効果を知っていてなおかつ驚く。【自死の呪詛】。自らの死と共に戦っている相手を呪うスキルである。盤面上何度か復活の余地がある選定者にとってそれほど悪いと思えるスキルではない。自らの死で相手を倒して相打ちという選択は最良ではないにしろ手段の一つとして用意しても良いとは思う。しかしそれを突然放ち、なおかつ目の前の敵がまだ存在している理由は理解が追いつかない。自殺でも復活できるとかスキルの発動前提間違ってないか?死霊は正解に対する報酬と言わんばかりに鶸に呪詛を放つ。鶸は冷静に自らと同じ複製体を前面に展開し呪詛を回避する。複製体は呪詛を受け身を縮めて消滅する。条件発動による呪詛に対する完全回避手段であり最初に魔法使いが狙われたのは行幸と言えた。防御魔法を使用しない者達では回避できないからだ。

 

「恐ろしいことをしますわね。」

『自死時に、視界、距離十m、攻撃されていることを条件に含み生命体のHPを二割削減。』

 

 鶸が焦っているような演技をしながら呪詛の条件を羅列する。鶸は攻撃を加えていないが恐らく同じグループに攻撃されているだけでも条件を満たせるのだろう。

 

《深き霧》

 

 即座に周囲を濃い霧に包む。合わせて蘇芳、萌黄に音波視覚を付与。菫は元々感知できるので割愛する。

 

「とかいいつつ即座に対策をうつとは・・・私のスキルが見えているのか?」

 

 死霊が苦々しい重い声を放つ。それと同時に魔力が膨れ上がり黒い実体を伴う肉が俺に向かって放たれる。金糸雀がそれを即座にはね除ける。弾かれた肉の鞭は意思があるかのように鎌首をもたげ再び襲いかかってくる。肉体があるならと《超重縮》で中間点から肉を巻き取る。周辺で金属音と水袋を叩くような音が響き各人が同じ攻撃されていると思われる。魔力の動きと形状は把握できるが同じ物とは分らない。しかし問題なく対応できていることから反撃に出るように指示する。相手が集合体であることから純粋に単体指定のものは意味が無い。近接攻撃ならあまり関係ないだろうが、単体を標的にする魔法の類いは選定に注意が必要だ。光の槍をわざわざ防いだのは逃げても誘導されないからだと考えられる。鶸の予測は当たっていたのだ。方向指定か範囲攻撃、定点指定などあくまで相手を対象としない魔法でないと有効に機能しない。しかし集合霊ならば《崩霊波》のような範囲攻撃で全滅しそうなものだが。まだ何か秘密がありそうではある。集合体が前提であるとなり攻撃の仕方に変化が加わる。菫と蘇芳が牽制につとめ萌黄が範囲攻撃を増やし、俺と桔梗が空間を隔離しながら範囲攻撃で焼き尽くす。死霊も単純な自爆攻撃(ただし本人は死んでいない)や瞬間的な実体分身を駆使し俺達を攻撃する。しかしその攻撃は大きな能力差により有効打にはならない。そんな状態が一時間も続き俺にわずかに疲弊が見え始めた頃、俺達全員が一つの思いを抱くことになる。

 

-いつ終わるんだ-

 

 通常変化のある一時間ならそれほど苦痛にもならないが、一方的にともいえるほど攻撃を加え続け、千を越え、そろそろ二千体は倒したであろうと思われる集合体は瘴気を一切弱らせること無く俺達に抵抗し続ける。復活するたびに元の状態に戻っているように見え、正直相手が消耗しきる前に倒しているためさほど意味はないが、あとどれだけ倒せば終わるのだろうかとわずかに焦燥感を募らせる。相手を倒すのに俺達のリソースを全く消費しないわけでは無い。特に俺は疲労の蓄積があり攻撃の主である精神力の限界はいずれ訪れる。戦いは俺を多く関わらせない形で進み始めているが、それをわかってか死霊は俺を中心に攻撃を加えている。緊張を解くわけにもいかず、ただただ面倒な戦いが続いている。いつごろからか死霊は相打ち上等の行動が増え近接系はやや分が悪い。二度三度相打ちを受ければ治療も必要になる。そして防御魔法の維持も馬鹿にならない状態になってきている。近接が及び腰になれば、比較的動きが鈍い魔法使い達が犠牲になってしまう。完全な対策も取れず、相手の仕掛けに気がついているようで気がつけていない部分があると分っていながら解明できない。何を見れば正解に至るかもわからず《全知》の発動も意味がない。ただ一方的に見える攻撃だけが続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ