俺、探検に行く。
巨大勢力となっていたグラージという選定者の頭を押さえて一息。現状隠れて強くなろうとしている奴がいなければグラージかラミアの女王以上の強敵はいないと考えている。未だ姿を見せない二名の動向を除いて選定者の動きは概ね把握出来ており同じくらい強くなるにはそれなりに時間がかかる算段がついている。グラージも没落すれば当分は追いついて来れないと考えているが、彼の意図するところなのか神聖ディモスが王を頼りにしない内政形態をしているので復帰するのは早そうではある。それでも予想より弱かったので追いつかれるには時間があるだろう。つまり探索する時間ができたのだ。
「それで一味総出で旅にでるという訳ですか・・・はぁ。」
現状報告と今後の予定について話しに来たところトーラスが大きなため息をつく。
「軍拡はともかくとして迎撃は出来るようにしておくし、内政官の派遣も安定してきただろ?なんとかなるんじゃないかね。」
俺は用意されていたお茶菓子をつまみながら問う。
「なんとかしなければならないというのが本音ですかね。鶸殿が余りにも便利なので依存しすぎているというか・・・いやそれ以外にも認知されたミーバ内政官の手際の良さときたら・・・惜しい・・・」
大抵のことを一人で正解に至れるトーラスからすると泣き言も反抗もせずに粛々と処理してくれるミーバは貴重な存在となりつつあり、自身と同じか同等以上に内政行をこなせる鶸の存在も当たり前になりつつあり苦悩を漏らす。そして俺達がこういう行動に出ることでそれらを失うのが遠い日で無い事を直感している。
「その辺はどうなん?」
俺はあえて聞いてみる。
「官吏、領主、輸送方面は急ピッチで育成を進めていますが、何せまだまだ足りませんね。軍事方面に至ってはめどすらついていません。」
トーラスは遠い目をして答えを告げる。
「金だけならなんとかなるんだけどなぁ。」
「流通、調達、資金の面ではほぼ依存していると言っても過言ではありませんね。ただそちらもあなた方次第で相当能力は落ちるのでしょう?」
「まぁ低下は避けられんね。収入自体は半分から七割落ちる事になると聞いている。ただそこを前提に進めてるので問題ないとは言われてるよ。」
「税もそれ以上落ちるとなるとなかなか厳しいところですな。」
「なんとかしろよ。」
俺とトーラスは越後屋の話も混ぜ合わせながら近い将来について語る。語るだけだ。
「あとアリアを借りていくかもしれん。」
「霧の剣士ですか。抑止戦力としてはその他でまかなえるでしょうが・・・大分重いですか。」
アリアについて話を変えると珍しくトーラスも気にかけているようだ。配下としての経歴は確かに俺が関係するより長いか。小国の時代から国を守ってくれた英雄の生き残り、トーラスとしても目にかけている英雄ではあるのだろう。
「ちょっと鼻っ柱を叩きすぎた感はあるが・・・死んでもらっても困るしな。」
「よろしくお願いします。」
トーラスに言われて俺は頷く。先の戦いで命令無視をしたあげく戦いに敗れたとあってその戦闘におけるアリアの評価は最低でなおかつ懲罰対象ですらあった。表向きは比較的軽い処分に終わったとは言えアリアの意気消沈っぷりは半端ではなく、王家からも含めてかなりフォローされたにもかかわらず未だ回復は見られない。
「戦闘力を上げるだけならどうとでもなるんだけどなぁ。」
トーラスと有意義ともくだらないとも言えない国の小話を交えながら会談という名の休憩を過ごす。数々の想定を話し合い、起こりえない可能性を提示し、この国の未来の姿を二人で夢見た。
「さて・・・」
俺は重くなった腰を椅子から離して背伸びをする。
「私は・・・」
トーラスが静かに、重々しく口を開く。
「貴方たちがいなければどんなに良かったことかといつも考えます。」
トーラスのその言葉に俺達も俺達以外の全てが含まれていることは明白だった。
「そうだな。俺もそう思う。」
俺はそう答えた。
「成果に期待します。」
「成果が無けりゃ何も変らないのが残念だけどな。」
「それでも何とかしそうな気にさせてくれましたよ。」
「そうしなきゃならんからな。」
トーラスはこの国においての壮行の礼を取る。下位から上位への礼。俺はそれに上位から笑って礼で答えた。俺はトーラスに背を向け小さな部屋を出た。
「こっちの仕事は終わりましたわよ。」
「ご苦労さん。それにしてもよく終わったな。」
「終わらせたというより、長くかかる仕事に関してはB型に丸投げしましたわ。」
部屋の出口で待っていた鶸に声をかけられ小話をしながら廊下を進む。
「資源とミーバは指示通り準備してあります。」
廊下を進み城の外に出たところで菫と合流する。中庭の道を進み警備兵に軽く挨拶をしながら進み、最内郭を出る。
「朱鷺と金糸雀を受け取ってきたよ。」
拠点から調整を終えた朱鷺の剣と金糸雀の盾を萌黄が持ってくる。俺を視認するやいなや両武具は萌黄の手を離れ俺の近くまで飛来して周囲を舞う。城防衛区を離れ城下町を進み南門に進む。南門の門番から敬礼を受け手を上げて受け取る。開かれた門の外にでればそこは街を行き交う住民の歓喜や怒声であふれている。
「こいつほんとに連れていくのかい?」
蘇芳が召喚獣に乗せている鈴を指さして言う。
「隠し立てしたところで意味は無いし、鈴が現地に言った方が予言の精度も高いしな。」
「うさんくせー。」
「そう、私を信じない方が良い。」
考えた端から行動しがちな蘇芳に言われては鈴もどうかと思うが、鈴もそれに乗っかるように仰向けになりながら言葉を交わす。その先で桔梗と紺がミーバ兵二十体と共に待機している。桔梗は静かに礼をして微笑む。グループの隅に申し訳なさそうにアリアが座っている。今回は立ち直りが遅い。このまま放置しておいても使いようが無いし旅先でどうにかしていこう。
「さてそろってるようだし、最後にしたい探索としゃれ込もう。」
俺は皆を見回して気合いを入れるように、だけどゆっくりと余裕をもって宣言した。準備していた馬車四台にそれぞれ乗り込む。御者は俺以外で持ち回り。俺が方向を定めればそれに従って進んでい。俺とアリアの馬車は別だ。俺から声をかけ続けたところでアリアの気が収まるわけでも無い。鶸や桔梗に任せしばらくはカウンセリングといったところか。神に関する情報があるかは分らないが鈴の予言と流派開山剣に残されたメッセージの奇妙な位置から噂が絶えない未調査区域を目指す。何があるか分らないが何かはある。民間も孤月組もミーバ斥候兵すらもその地域の探索を完遂できていない。死にはしないがどう計測しても調べられていない空白が出る地域。誰も重要視していない片田舎にそんな場所はあった。地図上で見れば只の森、未調査区間にしてもわずか一km四方の小さな区域でだれも気にしなかったはずだった。しかし意図的に調べても正体が分らない、何かに弾かれているようにその区域だけは調べられていないのだ。他国を通過することもあって軍隊仕様で進むわけにも行かず、それなりに数も連れているので今回は越後屋の看板を借りての移動である。多くの心配をよそに越後屋は各地で好意的に受け入れられ旅は順調に進んだ。野盗や魔物に襲われるくらいは率いてる者の能力的には順調と言って良い予定調和ではあった。昼夜止まらずの移動を行って九日後。俺達は予定地点付近の村にたどり着いた。小さな村で人口四十人程度だろうか。行商と思われたのか付近に近づいて農作業をしている者に見つかるとむやみやたらに喜ばれた。期待を打ち破るのも何なのでそれなりに商売を行う。こういうとき桔梗と鶸は体裁がいい。鶸なんかは見た目が貴族っぽくて近寄りがたいと思うのが、初対面の一般人にはおもいっきり猫をかぶって打ち解けている。逆に細かな対応が苦手な蘇芳は警備と言わんばかりに村の外を見回りに行っている。
「紺は行ったことは無いであるからな。どういうものか見てくるであるよ。」
紺は陰から影へ、姿を消して側を離れた。一時間程度で村人との対応が終わり一息つく。合間合間に話を聞いてみる限りでは例の場所は村人には認知されていない模様。たいした話は聞けないと予想はしていたものの肩透かし感があるのも事実。集まってきた最後のひとりを見送って小さなため息をつく。しかしその後村の備蓄の話になり村長宅で話を詰めようという事になり家に入るなり状況が変る。
「困りますな。村で噂をばらまかれるのは。」
外で人の良さそうな老人的な話し方をしていたかと思えば、突然外見年齢に似合わないしっかりした声で話してくる。
「噂の確認であって広めたつもりは無いが・・・」
妙なギャップに若干戸惑いながら言葉を返す。
「同じ事を聞かれた村の者が話し合えばそれを疑問に思う者が出てくる。そうすれば確認しようと動く者が出る。それが困るというのだ。」
村長は軽くため息をついて椅子を引いて座る。指でテーブルを軽く叩き座るように促される。俺は促されるまま椅子に座る。基本鑑定から見られる村長のHPはわずか137と一般人として高めではあるが俺達を脅かすような強者ではないことは明らかだ。
「お前達の言う区域に不可侵の場所がある。守護者様の御心を煩わすことが無いように願いたい物だが・・・」
村長は話を切り出して俺達を睨む。
「守護者とあなた方の関係は?」
俺が尋ねる。
「我々は村の周辺を守られているだけだ。守護者様はあくまでついでとしかおっしゃらん。村に義務があるわけでもなく、責任も負わない。ただ自らの理由の為だけにあるとかし伝わっておらん。」
村長は守護者に敬意を払いつつも、よく分らない存在という認識であるようで好印象という訳では無いようだ。
「村で知っている者は?」
「私以外には恐らくいないはずだ。代々村長に伝えて村人がむやみに近づいて守護者様に迷惑をかけないように管理するように言われている、らしい。」
村長自身も守護者に直接面識があるわけではなく、聞いたと事があるのは声だけという事だった。不可侵領域に村人が入り込むと正常に出してやることが面倒なので不用意に近寄るなという話らしい。何かいるらしいと言うことだけは分ったがどうにも意味はなさそうにも感じる。しかしやはり興味は出てくるわけでどんなやつがいるのか見てみたい。
「期待には添えなさそうだけど忠告は受け取っておくよ。」
「やはりいくのか・・・これを持って行ってくれ。」
俺が腰を上げたところで村長は忌々しそうに俺を見ながら手紙を差し出してくる。
「これは?」
俺は封がされた手紙を裏表返しながら聞いてみる。
「私がお前達に説明したということが書いてある、だけだ。率先して送り込んだだの、協力しただの思われては困るからな。お前達が倒れた後回収されれば納得してくださるだろう。」
あくまで自分たち本位の手紙だった。やられるつもりはないが強く突っぱねる理由もないので受け取っておく。俺達は村長に目線だけやって外へ出た。外回りをしている蘇芳を呼び出し、それから先行調査に行った紺に連絡を取る。
『聞いていたよりもずっとまずい雰囲気であるな。虐殺の戦場にいるような気分であるよ。』
紺からの返事は思ったより不穏当な結果だった。形がある屍ならともかく死霊や怨霊が相手になると紺は若干分が悪いと思い引き返して合流するように指示する。紺と話をしているうちに蘇芳が到着し待ちきれないようにわくわくしている。
「事前調査よりかなり悪い状況のようだ。アンデットに汚染されている可能性がある。」
蘇芳がめんどくさそうな顔をするが菫、萌黄も含めて武器で対策できるのでさほど問題は無い。魔法で対応できる桔梗などは全く問題なく、鶸は攻撃できなくとも防御手段が増えるのでむしろ心強い。金糸雀はこのままだと防御だけだな。朱鷺も短時間なら対応は出来る。素手攻撃による格闘術で生体攻撃を前提としている紺だけがアンデットの相手を若干苦手としている。尤も神性スキルを使えば無双であることには変わりないが。出来れば使わせたくないところだ。軽く説明しながら駆け足で現地へ向かう。確かに少し霊障に似た雰囲気を感じ始める。地図上の予測位置からするとそこそこ離れているがかなり強力な汚染がされていると考えられる。
「こりゃあ、少し不穏当っていう感じじゃ無いな。」
俺は警告するようにつぶやきながら先に進む。紺も今回は素直に合流にきたようですぐに姿を確認出来る。紺にまとわりつくような怨嗟の気配を桔梗が魔法で浄化する。
「あー・・・思ったより軽くなったであるな。調査するのに隠形を解いたらこれであったからな。」
紺が肩を回しながらとぼけるように言葉を出す。
「そりゃあちょっとっていう段階じゃ無いだろ。相当な個体がいる可能性があるぞ。」
「そう思うのであるが・・・それにしては瘴気が濃いのであるのよなぁ。」
強力な一体がいてもそこそこのが多数いても似たような雰囲気にはなるが、受け取り方は若干変る。相手が強ければより緊張感が漂うし、多数の場合は単純に至る所から気配が漂う。噂や事前調査のことを踏まえるとそれほど強力な個体がいるという話は聞かない。かといって多数が入り込んでいる様子は無い。気配と状況はちぐはぐな状態であり、紺はそこが違和感の根底であると説明する。話し合っても結論は出ないので現地に近づいていく。瘴気はより濃くなり悪寒と気分はより悪くなっていく。紺の言うとおり強力な個体というよりも多数の何かが発している気配に近い。だがどのレベルの不死者が存在するか次第であるが低級なら十万とかそういう都市レベルの数の気配である。かといって高位クラスが群れているにしても統率が取れすぎているというか感じる気配にムラがなさ過ぎる。
「確かにこの気配は戸惑うな。どんな奴がいるか判断に困る。」
駆け足から徒歩へ移行し警戒を強め、周辺を探査しながら進む。
「なんつーか気持ち悪いな。こうゾクゾクするって言うかぞわぞわする?」
蘇芳が感覚的に説明しようとしてちんぷんかんぷんな言葉を発する。しかしその気持ちも分らなくは無い。桔梗は魔法で一部を浄化したりしながら変化も含めて調査をしているようだ。しかしその中間報告を聞くにしても類似した高位個体が群れているような感覚にしかならない。我の強い高位霊体が百から千など想像できない。よほど共通した目標があるか、もしくは同郷で同条件で滅んだか、もしくは使役されているか。しかしどのケースに当てはめてもそれ以前に調査した話と食い違うし、なにより村長の話とも違う。興味本位で近づかれると困る。つまりは付近に近づくことはさほど難しくないと言うことだ。こんな霊障が発生していれば一般人などは身の危険を感じてよほどの理由が無ければ引き返すだろう。少なくとも余暇で行ってみようという雰囲気では無い。村長が知らない間にこうなったと考える方が自然に思える。しかしこの状況は甚だ不自然である。調査を進めながらのろのろと進んでいくうちに奇妙な感覚を受けて足を止める。
「どうかしましたか?」
急に足を止めた俺に菫が不思議そうに尋ねる。気配は強くなれど周辺におかしな所は無い。来たことが無いはずのこの場を見た覚えがあるという俺以外に不可思議な点は何一つない。
「なんか見覚えが・・・既視感というか・・・いやもっとはっきり覚えがあ・・・・あーーー。」
俺が急にテンション上がるように叫んだものだから周囲の目線が集まる。鶸などは何ですかと冷たい目線だ。
「あれだ、あれ。使い回しシーンだ。」
「はぁ?」
俺が思い出したかのようにテンションを上げてしゃべるのを鶸がいぶかしげに首をかしげる。しかし鶸はこういうときに俺の記憶、知識を精査することに躊躇が無い。驚きの元である記憶を知ると鶸は一瞬目を見開き確かにと頷く。親父のゲームメーカーで度々使われる重要なシーンのムービーに使い回し画像があると話題になる。比べてみれば時期によって画像の解像度は上がっているがほぼ同じシーンを無理矢理詰め込んだものがいくつか存在するのだ。それが二度三度使われ、四度目五度目となるとユーザーも笑いながらここは大事な所なんだと認識するようになる。いつしかその映像が仕込まれている所を探し、時には風景の一部でしかないものを探し当て隠しアイテムを見つけたりするに至る。それほどメーカーが執拗に組み込み、そして何かを与えてきた映像なのだ。反射的にここに何か大事なものがあると確信してしまう。いや、そんなわけ・・・ないのか?その場のずれを探すかのように見回しアレがあるアレもあると強い目印になる特徴的な場所を見つける。
「いやいや、偶然で済ませるには似すぎでしょ。」
じいちゃんがこの世界に関わっていたことは確定。それを親父に話してゲームの元ネタにした?いやむしろ流布するためにゲームを使った?やりかねないと、いやむしろその為に組み込んだのだと確信めいたものを感じてその入り口を探す。
「師匠・・?」
黙ってついてきていたアリアが何かを感じたように残岩剣を抜く。淡く蒼い光を放ちスマホを思わせるような低い振動音を鳴らしている。アリアは不思議そうにその剣を見つめている。
-継承者と剣を確認。酩酊の迷いを一時抑制します。-
脳裏にシステム音声が響く。これはどこから、なんの意味で発せられた?そう考えた瞬間に強烈な瘴気が一点から吹き出る。全員がその存在から目を離せず、ただ一体でありながら万を思わせる瘴気。何を呪えばこうなるのか想像もつかず、その気配だけは死の神を思わせるほど。しかしそれが身に纏う強さは高位に足かける程度のものでしかない。一度に感じるその気配達は目の前に存在するモノの実力をどう判断して良いか分らない。それでもただ一つだけ確信できることがある。
「オマエタチヲクワセロ。」
これは俺達の人類の敵であると。飢餓で狂ったのか元々なのか俺達という生体を見るやいなやその重厚な存在感を示す死霊が手を伸ばし体を伸ばし問答無用といわんばかりに襲いかかってきた。
「対霊体シフト!」
誰もが分っていると言わんばかりに動き、迫り来る恨みの塊に対して迎撃態勢を整えた。これが見つからなかった残り二人のうちの一人の選定者と気がつくのはしばらく後の話だ。




