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手折られる剣

2/4投稿しようとしたらメンテ中でしたので遅れておりました。先が読めなくて申し訳ございません。

 四十万対二万。事前に分っているならおよそ正面から挑む戦いでは無い。しかし戦力という意味ではお互いの将から数に勘定されていない。グラージもかつては数に抑えられた経験があるものの個人の戦力差が一方的に開きすぎると数を集めても無力なことは理解していた。遊一郎はその関係をシステムの中にある数値で正確に把握している。グラージは軍を物ともしない者を探すために軍を運用し、遊一郎は相手の能力を測るもしくは手を使わせる為に運用する。お互いにある意味露払いをさせているのだが運用の根底には大きな違いがあった。犠牲を良しとするかしないかである。移動の距離が短く単純に移動の早い菫が敵左翼内部に一撃を入れる。菫は広範囲攻撃を持たないのでこういった数を相手にするには時間がかかる傾向があるが、場を混乱させる力は高い。感知していない所から、しかも進軍中の内側で十数体が倒れれば魔物といえど警戒し動きを止める。それが周囲に伝播しているわけではないので後ろの動きが鈍る。後ろが文句を言えば騒がしい喧嘩が始まる。そこに更に楔のように敵を打ち倒す。後ろの動きが鈍っても前は知らずに動き出す。分かたれた後尾は何をしているのかと後ろを確認したりとわずかに足は鈍る。前面に突出した魔物に向けて無数の氷の刃が降り注ぐ。暴風と氷刃で切り刻まれてうめき声をあげる。敵に攻撃されたと認識した瞬間に空から雄叫びを上げながら巨大な蟹が落ちてくる。蟹ははさみを足を振り上げ魔物を刈り取る。表皮は硬いが倒せなくも無い。魔物が蟹という見える敵に殺到しようとすると目立つ者から矢で打ち抜かれる。蟹は声を出さない。笑いながら攻撃をしているのは蟹の上に乗っている者だ。

 

(なにやら目立つことをしていますね。まぁ趣旨からは外れませんから問題ありませんが。)

 

 菫は蘇芳の所業をチラリと見てから気配と姿を消しながら悠々と魔物の間をすり抜ける。時折士気を上げている個体、魔法を使いそうな者がいればすっと刃を差し込み軍を混乱に陥れながら目標を探す。敵右翼側は敵を逃がすまいと順調に侵攻しているが、左翼は敵の攻撃により足止めされる。

 

「これは拍子抜けですね。盟主様の戦いということでしたからどれだけ危険かと思いましたけど・・・新人訓練にはちょうどよいですか。」

 

 左翼端から食い潰すように進軍していたグラフィアだが正直魔法を打つ必要すら無いほどミーバ兵が一方的に魔物を狩っている。

 

「チェスター、貴方がどのような思いでその英雄を得たかは解りませんが・・・やりたいように試してみなさい。多少のことなら問題ありません。」

 

 グラフィアはチェスターに攻撃を促す。何を萎縮しているのかチェスターは中々攻撃を行わないからだ。グラフィアとしては戦闘自体はミーバ兵で問題なさそうなので自分は必要とすら思っていない。しかし遊一郎にチェスターを任された以上多少なりとも指導はしなければならないと感じていた。チェスターはおずおずと頷き魔力を組み上げる。閃光一閃。一体のトロールが皮膚が沸騰するように膨れ上がり炎上し再生する間もなく蒸発する。嫌な物を見たと眉をひそめるグラフィアだがその攻撃力には感心する。ただ欲を言えば。

 

「もう少し発動が早いとよいでしょうね。貴方一人で前線に出るときはそれでは大変でしょう。もしくは範囲を広げるかですが。トロールは頑丈ですから強めたのでしたらその限りではありませんが。」

 

 英雄は様々な恩恵があるとはいえそれ以外に無敵であるわけではない。そして同じ英雄相手には防御的な恩恵が受けられない。強力な攻撃ではあるが時間がかかりすぎるのは致命的な隙といえる。

 

「いえ・・・これが最短ぐらいで、威力だけならまだ上がるんですけど・・・あと拡散すると著しく効果が落ちるのでどうしようもなく・・・」

 

 チェスターは自信なさそうに自らの能力を告げる。

 

「それは・・・困りましたね。取り敢えず拡散してもらえます?」

 

 グラフィアは見てみなければ分らないとチェスターに拡散攻撃を促す。チェスターはおどおどと頷き魔力を収束していく。グラフィアが見る限り褒めるほどでは無いが決して遅くない収束速度である。訓練でもう二割は早くなるだろうと思えるくらい。そこからの構築は急にもたつくように遅く見える。丁寧に編まれた術式は意図的に読みづらくしてあるようで術を崩すのは困難に思えるが神経質過ぎるようにも思える。十秒程度で構築された術式は美しく輝き敵オーク達を熱さで驚かせうろたえさせた。

 

「随分威力が落ちましたね。」

 

 使用した魔力量はさほど変らないのにトロールをも倒した光はより防御の低い五体のオークを驚かせるだけという程度にまで落ちた。

 

「もう少し範囲を狭めれば威力は段違いですけど、結局魔力的にも一体に絞った方が効率はよいということになりまして・・・」

 

 一体なら一撃だが二体なら四発、三体なら十五発、五体程度まで広げると有効ダメージにならないという検証結果らしい。

 

「なら体術的な動きは後にするにして・・・まずは発動速度の向上からですね。」

 

 グラフィアがその流れでえた結論はそこになる。

 

「そうなんですよね・・・」

 

 チェスターもその結論は分っていたようで高速詠唱を進めていくしか無いとしょぼくれる。

 

「後は遅延発動ですね。手は読まれやすくなりますが、それだけ威力があれば多少は牽制になるでしょう。」

 

 グラフィアはあくまで無難な方法を提示する。しかしその無難な方法なら既に既知の対策であろうことも理解していた。結局自らの戦法を見いだすにはまだ修練が足りない状態であることはお互いが理解した。

 

「取り敢えず立っているだけでは仕方ありません。倒れるまで魔法を使って試していくしかないでしょう。」

 

「そうですね。」

 

 グラフィアは時折チェスターのフォローをし、指導ををしながら戦闘を進めていった。

 

(あー、数が多いのでしたね。のろのろ作業していては盟主様に怒られるでしょうか。まぁ我々はおまけのようなものでしょうし、今はチェスターを慣れさせましょうか。)

 

 英雄はそれ以外に強いスキルではあるが精神性までは強化しない。やはり敵を倒すことを苦手とする者も少なくない。純粋な攻撃系の英雄となってしまったのなら殺戮になれてもらわないと困るだろう。グラフィアはこんな子供にもねぇと少し同情を寄せながら魔物を駆逐していった。一方で単騎で突き進むアリアは敵の隊列を突き抜け、折り返して敵をなぎ払っていく。伸縮自在の斬岩剣を振り回し文字通りなぎ払い弾き飛ばしながら打ち倒していく。


「はーっはっはっは。弱い弱すぎる。私どころかミーバ兵だけでも十分ではないかぁ。」

 

 自らの目標数を半分の二十万と定めていたがこの程度なら補佐がいれば一人でも十分だとも思える。

 

「お?」

 

 雑になぎ払った攻撃を上手く弾いた敵がいた。剣の軌道をそらされ大きな隙が生まれる。

 

「それでどうにかなるような開山剣ではないぞ。」

 

 アリアは[睡蓮]を展開し花弁を広げ殺到する敵水流で押し戻す。普段ならこんな使い方をするものでは無いが、殺到してくる小物には十分な効果が得られるものだった。弾かれた剣をそのまま持ち上げ切り返し、剣を弾いたオーガに[薪割り]を繰り出す。先ほどと同じように受け流そうとした自信家は斬岩剣を受け止めた瞬間に剣と一緒に真っ二つになった。そのまま大地を切り裂き[川砕き]としその先にいる敵を飲み込み転ばせる。そのまま右方向に切り上げ瓦礫と共に[水鳥・乱]の水滴で敵を穿つ。また剣を翻し反対側の敵をなぎ払う。流れるように技を繋ぎ、たとえそれを敵に崩されてもその動きを飲み込みながら反撃する。一撃重視で単発の初代開山剣ではなく流水のように隙無く技を繋ぐ現代の開山剣であった。敵を誘導するのでは無く自らを動かし敵を攪乱しながら敵陣を突き進む。一昔前ならこんなことはしなかっただろうが、遊一郎の助言の下修行を積んだアリアにはこの程度の相手なら多少のリスクは無視して突き進めるほどにはなっていた。縦横無尽に進むアリアはいつしか自分の場所を見失っていた。しかし敵を倒す分には問題ないとそのまま流れに身を任せるように敵を倒していく。

 

「そこまでよ。」

 

 不意に大きな力で剣を弾かれる。そのまま切り返せないほどでは無かったが話しかけてきた事と無視すべき力では無いと判断し剣を元に戻し声のしは方向を見る。体に見合わぬ大きな剣を持つコボルトが立っている。その側には剣と盾で武装したコボルトがいる。遊一郎から聞いた勢力の一つにコボルトがいたはずと思い出しながら菫たちと同じ進化体かと警戒する。

 

「それほど愛着があるわけでは無いけど、一応友軍なのでね。止めさせてもらう。」

 

 大剣を構えたコボルトは大剣を水平に身をかがめる。

 

「私は紺野様配下、霧の剣士。相対するのであれば切り捨てよう。」

 

 アリアは英雄として名乗りを上げる。名乗りを聞いてコボルトが眉をひそめる。

 

「やはり遊一郎の軍か・・・我が名はツェルナ。以前は世話になったが今は敵。容赦はしない。」

 

 ツェルナは名乗り上げると同時に地面を蹴る。アリアは聞き覚えがあったなと一瞬思った後に迫り来る大剣を受け止め。その腕力を感じ取り受け流す。大剣を投げるように吹き飛ばしたつもりだがツェルナは空気を横壁を蹴るように飛び上がり剣と共に回転する。斜め上に飛び上がるツェルナを目線で追うと、潜みよる気配を感じ剣を切り返す。

 

「うちはニュイにゃあよ。物騒な英雄様、短い間よろしくにゃん。」

 

 ニュイはひょいと前転してアリアの剣を回避しそのまま細剣で斬りかかる。

 

「違和感しかないコボルトだなっ。」

 

 アリアは急遽[護水]を展開し身を守る。細剣ならば砕けまいという判断だったが、視界を遮断してしまったことを後悔する。小さな音がしてニュイの剣を弾いた感覚があったが、飛んでいったツェルナの行動を危惧し[護水]を部分解除し後方に飛び退く。独楽のように回転しながら大剣を振り回し空からツェルナが落ちてきて[護水]の壁を切断する。そのまま守りか反撃に転じていれば切り裂かれる所だった。ツェルナの大剣が地面にぶつかれば砂利と土、大木すらも巻き上げる。

 

「蘇芳並のパワーだな。」

 

 アリアは状況に呆れながらも強敵が現れたことにほくそ笑む。鉱石粉をばらまき風を巻き上げ辺りに散らす。ツェルナはこれで捕捉できそうだがニュイは既に周囲にいなかったようでそれらしい動きを検知できない。

 

(見つけ次第粉かけるしかないか。)

 

 アリアは動きを止めない独楽が再び自分に向かってきた所でそちらに集中する。縦回転の大剣は地面を跳ねながら迫ってくる。しかしアリアのやることは変わらず相手の剣の軌跡に斬岩剣を乗せ、触れた瞬間に受け流す。金属を擦る甲高い音が鳴り火花が散る。受け流された独楽はアリアの左脇方向に大きくそれて転がっていく。そして上空から粉塵をかき分けてくる何かを逆袈裟に切り上げる。

 

「とんでもない気配感知にゃあね。まさか気がつか・・・にゃぁぁぁああぁぁ。」

 

「断つ!」

 

 切り上げた剣をニュイは盾で受け止めその力に押されるままアリアを突き刺そうとするが。アリアは気合いをいれて力を込めニュイの金属の盾をそのまま断ち切る。ニュイは盾の感触がおかしくなった事に気がつき盾から手を引き難を逃れるが、体勢を崩しそのまま地面に落ち転がって逃げていく。

 

「実は猫なんだろうか・・・」

 

 振り回した剣を手元に戻し、空中を駆け上がってくる独楽を見上げる。どう見ても空中を走っている。そういえばそういう能力があると菫が話していた気がする。後は何だったろうか。ニュイの事は聞いたことが無いが、ツェルナについてはいくつか聞いていたはずだったがすぐに思い出せない。

 

「だが・・・」

 

 向かってくるツェルナに対してアリアは正面に立ったまま大上段に構える。力での真っ向勝負を挑まれツェルナも負けじと力を込める。

 

「バカにゃ!ニュイがどう追い散らされたか見てにゃいにゃね。避けるにゃっ!」

 

 木陰からニュイが飛び出し叫ぶ。

 

-開山剣 秘奥の一

 

「そいつの剣、バカみたいに切れるにゃっ。開きににゃるにゃよ!」

 

 山開き-

 

 ツェルナの猛回転が懐に迫る前にアリアは剣を伸ばしながら一気に振り下ろす。それは豪快な勢いを感じさせない、技によって繰り出された静謐な振り下ろし。ニュイの警告を受けツェルナは大剣を寝かせて大地をえぐり無理矢理軌道をそらし、それでも間に合わないと直感して剣を手放し宙を蹴り、動きの反動のまま空中に自らを投げ出す。吹き飛ばされた瓦礫も剣も大地すらも、その剣に触れれば抵抗することなく切断される。ツェルナの引き起こした大地の爆発による瓦礫も、振り下ろされた大地も、剣の軌跡の二m周辺は塵となって辺りを舞う。ツェルナの鎧の一部に使われた金属は切り裂かれた訳でもないのに塵と化し除装されてしまったことからツェルナとニュイは斬岩剣の性質の一つに気がつく。

 

「気持ちが急いてしまったな。」

 

 アリアは集中を一旦緩め反省する。もうわずかでも引きつければ足の一本は持って行けただろうにと。

 

「とんでもない武器・・・もしくは能力にゃね。革の鞭はあっても倒せる気はしないにょろよ?」

 

「武器がいくらあっても足りない。一部の技に限定されるかもしれないが打ち合うたびに武器を削られる可能性すらある。」

 

 ツェルナは宙を蹴ってニュイに合流する。こういう手合いと戦うならそれこそ過剰に武器を持ち込む手もあったが、今は補給の無いまま行軍してきたため予備武器は決して多くない。そもそもほぼ壊れることのない不壊鉛(アダマンタイト)の武器を使っていた為、形状の違う環境に対応したような武器が数本あるだけだ。

 

「ミーバから奪ってきてもよいが・・・」

 

「ツェルナならオーガの棍棒でもいいと思うにゃよ?」

 

「ああ、そういう手もあるのか。」

 

 アリアが構えを直してツェルナ達を見据える。ツェルナ達は斬岩剣に警戒して押し切ることを諦めている。アリアも逃げ腰になっているような雰囲気を感じ取り警戒を一段階緩める。アリアには何を警戒されているか分らないが、新たに武器を出さないところをみると武器が無いのかと、用意が悪いなと内心ため息をつく。久々に手応えのある敵と対峙し自らの腕を存分に試したいと思っていたのにだ。ステータス的な所だけ比較すれば最大ステータスにおいてツェルナはSTRとニュイDEXとAGIでアリアを大きく凌駕している。しかしそれ以外のステータスにおいてはアリアのほうが高い値が多く、経験やスキル構成も含めれば総合戦闘力はアリアの方が高いといえる。ツェルナとニュイが序盤から接近戦によるコンビネーションで対応すれば追い詰められたであろうが、ツェルナ達がアリアの能力を純粋な近接剣士と見誤って、不意打ち、もしくは受けきれない攻撃で倒そうと散発的な攻撃を行ってしまったことが敗因の一つと言える。むしろアリアの能力は遊一郎の周りの個性豊かな個体達によって正攻法に対する相手よりもトリッキーな相手に対してより強くなってしまっていたからだ。そして部下がこれならとアリアはその先にいる者の能力も見誤ってしまった。

 

「どれ、元気なのがいるじゃねぇか。」

 

「グラージ殿か、出てきてもよいのか?」

 

「良いも何も、おめぇらが引け腰なら俺がでるしかないだろう。」

 

 森の間にある闇からにじみ出るように現れたオーガをアリアは注視する。ツェルナがグラージと呼んだオーガを見てアリアは挑んでみたいと思ってしまう。遊一郎の厳命を置いてしまってもだ。師匠が警戒する相手にどれほど通用するか試してみたい。強くなって自信が付いたとも言えるが、剣士として戦う者の一つの性であった。

 

「金属を腐食か分解か、なんにせよ一方的に破壊できる能力があるにょろ。」

 

見えてた(・・・・)から分ってる。つまらん能力だとは思うがな。」

 

「攻撃力の一部を奪われるのはつまらんとは思わんにょろよ。」

 

 グラージとニュイがぼそぼそと話し合っているのがアリアの耳に少しだけ触る。アリアは腰を落とし武器を構える。

 

「おっと、あっちはやる気満々だ。有り難いことだ。お前らは右翼の連中を押さえろ。これ以上減らされると国を落とすにも手間がかかる。」

 

 グラージはツェルナ達に指示をだしてアリアに向き直る。向き直った頃には距離を半分詰めてきているアリアが見える。

 

「いいな。名前を交わさないと戦えねぇ雑魚騎士よりはよっぽどいい。」

 

 アリアの横薙ぎをグラージは拳でかち上げる。楽器のような音を立てて剣と共に上空へアリアは引っ張られる。

 

「挑むときは倒せる時にやるのが鉄則だよなぁ!」

 

 剣と共に体が宙に浮かされてしまっているアリアに向けてグラージは拳を振りかぶる。グラージは笑顔を崩さぬままその拳を振り抜く。アリアは[護水]を展開し身を守り、グラージの拳は[護水]の壁を叩きつけ土の玉を森に吹き飛ばす。

 

「思ったより堅ぇ壁だな。」

 

 支えの無い[護水]は拳に撃ち出されてゴム玉のように森を跳ねる。中にいるアリアはたまったものでは無い。

 

「さ、さすが大型種・・・段違いのパワーね・・・」

 

 無軌道に転がる球体の中で揉まれたアリアは[護水]を解除してよろよろと立ち上がる。

 

『そこにいるのはアリアだな。報告しろと言っただろう。』

 

 アリアの脳内に遊一郎の言葉が響く。

 

『戦場に無かった大型の魔力を検知した。そこに奴がいるんだろう。すぐに退避しろ。』

 

 アリアの中で遊一郎の声が大きく響く。グラージは闇からにじみ出てくるように出てきた。普段は隠れているのでは無いだろうか。それならば遊一郎が来るまでにまた隠れられても困るかとアリアは考える。実際にグラージは自軍中に自身を拡散しているような状態であり、一度だけ(・・・・)どこにでも出ることが出来る状態にあった。これは軍の儀式魔法で行使されもう一度使うとなれば時間がかかるものだった。アリアはこの事実を知らないため自分がいなくなればグラージがまた消えるのでは無いかと危惧した。

 

「ならば師匠が来るまで頑張るしかあるまい。」

 

 勝つことはよほど細い道をたどらねば無理であることは理解していた。だが、耐えるくらいならと剣を構え、笑みを浮かべ、足を一歩前に出す。

 

「随分跳ねたな。防御は中々高そうだな。だが、もう一度同じようにはならんと思うことだな。」

 

 グラージが余裕を持って歩いて近寄ってくる。油断しているようにも見えるがその意思の向き方はアリアが逃げようものならすぐにでも追いついてくることは予想出来た。詳細なステータスなど分らなくても剣士の勘というものがおよそあらゆる点で相手に劣っていることを伝えてくる。魔法力の面でさえ僅差で劣っているとも感じる。

 

「警告など無くても分っているよ。」

 

 グラージの余裕の構えに対してアリアはどう攻めるか悩む。時間を稼ぐからと言って受けに回れば恐らく一瞬で瓦解する。相手が楽しみを見いだしている間に攻めっ気くらいは見せておかないとすぐにでも倒されるだろう。

 

「力の差を理解してもなお挑む勇気は認めるが・・・それは蛮勇であるとも言えるぞ。」

 

「ほざけっ!」

 

 逆にグラージはアリアがどう出てきても対処できると踏んで相手を軽く見ている。警戒はしているものの小さな意味で油断と言える。ならばとアリアは初撃に全力を持って挑む。威力だけなら[山開き]を選ぶ所だが、グラージは出てくるときに見た(・・)と言った。ならば知らない技をと剣を後ろ手に引く。グラージが興味ありそうに歩みを止める。両者の距離は十m弱。グラージはともかくアリアが踏み込むには少し遠い。グラージは有利な位置を理解して待ち構える。しかしグラージが突撃してこないと踏んでいるアリアとしても都合のよい距離でもあった。アリアは剣を持つ手の力を抜き斬岩剣の先端を地面に落とす。グラージも気がついたが戦士として理解出来ない行動に注視はするが過剰な警戒はしない。

 

ー三の秘奥 山津波-

 

 アリアがその場から動かないまま斬岩剣の力のみでグラージとの中間点から岩の壁が次々にせり上がりグラージに向かって倒れながら移動する。

 

「魔法の類いか。思ったよりつまらんな。」

 

 グラージは迫り来る岩壁と試しに殴る。拳に触れればその衝撃で岩壁は破砕し大穴を開ける。しかしその後ろには次の壁がある。グラージは壁を破壊しながら一歩ずつ前に出る。魔力を含んだ岩は通常よりかなり強度を持っているようだがグラージにとってはさほど変らない程度と思える強度でしかなかった。アリアもこれで倒せるとは思っておらず、力を誇示したいグラージなら必ずそうするであろうとも読んでいた。最初の岩壁を破壊された時点でグラージの位置を正確に把握出来るようになっているアリアは少しずつ進んでくるグラージを確認し予想通りだとほくそ笑む。

 

-四の秘奥 穿孔-

 

 [山津波]も[穿孔]も原理は伝わっていても斬岩剣の力を引き出せなかった時には使えないものであった。だが遊一郎から正しく使いからを教えられてからはその伝聞だけで再現することは容易になっていた。[穿孔]は貫通重視の刺突撃である。対象との間にある無機物は斬岩剣の力で塵にしながら相手を打ち抜く。グラージが壁を打ち抜くと同時に斬岩剣の切っ先がグラージに迫る。突撃に合わせて気配を薄くしたアリアの一撃はグラージにとって完全な不意打ちとなって襲いかかった。突き出された拳の横を斬岩剣が通り過ぎグラージの胸に突き刺さった。しかしその突きがわずかに刺さった所でそれ以上貫通することは無かった。

 

「な。」

 

 舞い上がる土煙の中アリアが驚きの声を上げる。

 

「さすがに防御ができないわけじゃねぇさ。体に届かせたことは褒めてやるよ。」

 

 理論上は確実に防御を貫通できる算段であったのに皮膚から先を貫けなかった事でアリアが大きな隙を見せる。グラージは防御とセットになった反撃の左拳をアリアの脇腹に突き刺しアリアはそのまま大きく吹き飛ぶ。

 

「中型は軽くていけねぇな。」

 

 地面に向けて打ち付ければ良かったものを予想外な攻撃を受けた為最短で反撃してしまった。グラージは胸の傷を見て問題なく再生し始めた事を確認しアリアを吹き飛ばした方向に目を向けて歩き出す。相手の防御も考慮して防御減衰かつ貫通ダメージも乗せて撃ち込んだのでやすやすは動けまいとグラージは踏んでいる。それでも動き出す奴がいるならそれは対等に戦える強者のはずだった。グラージはわずかな期待を寄せて近寄ったが大木の根元に受け止められて動けなくなっているアリアを見てため息を漏らす。

 

「速さは良かったんだがなぁ・・・力も堅さも足りんか。」

 

 グラージは残念そうにため息をついて巨大な剣を取り出す。剣を上段に上げアリアに向けて振り下ろす。

 

「ばっきゅーん。」

 

 森の暗闇から陽気な声が聞えその後に猛烈な風切り音が聞える。剣を振り下ろしながらもグラージは声と音の聞えた方に注意を向ける。注意を向けた瞬間には剣が重い攻撃に弾かれ吹き飛ばされる。剣の先端付近に当てられた事もあるが予想以上の力で手から剣を弾き飛ばされてしまう。より力を込めていれば保持できたであろうがアリアへの止めが相手への期待外れを含んでいたため緩んでいたのだろう。

 

「見かけたらすぐに報告しろと言っただろう。この大馬鹿が。」

 

「し・・・しょ・・・ぅ。」

 

 アリアの側に遊一郎が降り立つ。さらに後ろの方から追加でやってくる気配があるとグラージは認識する。先ほどの攻撃を行ったのは後ろにいる者だろうと推察する。

 

「苦しみを長くしてやる必要は無かっただろう。」

 

 グラージがつまらなそうに声に出す。

 

「いらないかもと言って廃棄してたら俺の周りには誰も残らん。使えるところに使うのが俺の主義だ。」

 

 遊一郎はグラージを見上げて言い返す。

 

「お前がそいつの主か・・・つまり神の敵だな。」

 

「隠す理由も無いがチェイス神の選定者、遊一郎だ。覚えなくて良いぞ、次があるかもわからんしな。」

 

 グラージが敵意をむき出しにする中遊一郎は軽く受け流す。

 

「お前も選定者なんだろう。所属とかどうでも良いぞ。もうそういう段階じゃないんでな。」

 

「言うじゃねぇか。俺が相手にもならんと言ってるように聞えるな。」

 

 今度は遊一郎が煽り、グラージがそれに乗っかる。

 

「事実だろ。アリアごときに傷つけられるようじゃ歯牙にもかけんよ。」

 

「ほう・・・」

 

 遊一郎の言葉にグラージが静かに怒る。周囲に圧がかかり始めるが遊一郎は気にもとめない。

 

「アリア。斬岩剣借りるぞ。」

 

 遊一郎は落ちている斬岩剣を魔法で拾う。斬岩剣の刃に人差し指を当ててわずかに切って血を塗りつける。

 

「ん?一次認証は通ってるのか。じいちゃんが使ったことがあるのか二度手間だったな。」

 

 グラージは遊一郎が訳の分らないことを言っていると思っているが準備を待つ。

 

「別に来ても構わなかったんだがな。」

 

「俺のこの怒りはお前を正面から叩き潰してこそ晴れるってもんだ。」

 

 遊一郎は準備を終えて斬岩剣を構える。グラージはそれを見て収納から剣を出して構える。

 

「二代目開山剣継承者が・・・アリアの先にあるものをお前に刻んでやるよ。」

 

「返り討ちにしてやらぁ!」

 

 グラージが吠え剣を振り下ろし選定者同士の戦いが始まった。

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