俺、対応する。
速報段階の話でどうこうする事もないが余りにあっさり大国が落ちるとなると神聖ディモスの戦力が気になる。
「斥候兵の派遣はもう済んでるよな?」
鶸は黙って頷く。一応確認したがさすがにそんな落ち度をするとは思えない。ならば後は調査待ちで問題ないだろう。
「話がそれだけなら一旦解散でいいか?」
トーラスが意外そうな顔をする。
「貴方のことだから迎え撃ちに行くとか言う事後処理に困ることをするかと思いましたが。」
「さすがに距離があるだろう・・・周辺国家に求められるならともかく、さすがに大軍率いて行こうとは思わんが。」
「貴方の割には割とまともな回答な気もしますが・・・本当に?」
俺の回答が信用できないのか改めて念を入れてくる。
「向こうにはベゥガもいるんだ。あれから大分たって手は変ってるけど多少知られていることには変わりない。準備は入念に進めるさ。他に案件が無ければ帰るぞ?」
「まぁそうですね。動く気になったら先に一報お願いしますね。」
内政業務の企画には関わっていないのでここにいてもしょうがない。まだ訓練や開発を進める方がましだ。
「大丈夫ですわよね?」
鶸が突然口を開く。
「今更か?大丈夫なようにするのが必要作業だろ。」
何を不安に思っているかは知らないがいつも通りやるしかない。残り少ない選定者が食い合うのは残り時間を考えても天上でも下界でも既定路線のはずだ。俺達が憂慮すべき点はそれが終わるまでに最後の準備を終えられるかだ。鶸の不安をよそに俺達は拠点へと戻る。それからも不定期に神聖ディモスの情報がもたらされたがいまいち信用しきれないので七割は聞き流している。そして五日後に斥候兵からの一報がもたらされる。中央都市にたどり着くまではそこそこの時間がかかっているが、都市陥落はわずか一日であるらしい。魔物の都市であるが故に城壁などの防御は低かったとは言え随分早い。そして注目すべき点は砲撃と銃撃が行われていた点だ。
「情報を与えたとは言えよくたどり着いたもんだな。」
「余りよい情報ではありませんわよ?」
俺は小話のように笑っていたが鶸としては無視できない模様。まぁ砲撃は厳しいかもしれないがね。
「我々ほどでは無いにしろかなりの射程と連射力があります。籠城策は厳しいでしょうね。」
菫も情報を聞いて地図に推定射程を入れながら考えている。籠城なんてしたこともないのに。俺達以外が籠城する可能性を考えているのか。
「南下しているのは我々を目指していると取られているようですがどうでしょうね。」
「ベゥガがいるし俺達がいると当りをつけている可能性は高いと思う。単純に強敵大好きな脳筋の可能性も捨てきれんが。」
桔梗が目下の問題である神聖ディモスの動きを指摘する。初期情報と違い残党狩りや征服を進めておらず、多少略奪は行なっているものの無用な交戦は避けて一心不乱に南下している。さすがに山は迂回しているが、多少の悪路を気にしないところはさすがに魔物らしい。
「ここまで露骨だと迎撃に出ても良いかと思うけど・・・トーラス、支援要請とかは?」
「うちを狙っているというのも噂程度でしかなく、面子の問題が大きくて表立っては来てないですね。」
俺は北側の国の状況を確認するが、トーラスはあるわけ無いと言わんばかりにあっさりした口調で返してくる。
「んじゃ、どこから話が来てるんだ?」
トーラスが表立ってという事は非公式には何かあるということだろう。
「今からだと間に合わない所もありますが隣接国家でないところからは苦情も含めてぼちぼちありますね。」
「悲しい面子だねぇ。」
「波乱の時代ですから。他国に弱みを見せるのは中々難しいということです。」
トーラスが地図上に白旗を刺していく。恐らく何かしらの救助要請があったところだろう。
「軍が魔物なのが若干問題なんだよな。頭だけ潰すと混乱しか残らないのが。」
国取りの必要が無ければ政治的な大軍など必要なく直近の配下だけで旅行感覚でいってくればいいだけなのだが、魔物の軍が親分に支配されている以上、頭だけ潰すとただただ暴れ回る集団にしかならない。この辺りは人間相手より難しい点だ。しかし救助要請のある国が隣国に無い以上、大軍を通すには根回しに時間がかかる。今後の政治事情をよくするためにも売れる恩は売っておいた方が得だ。幸い目立たないルートで越境できそうな荒自然があるので小規模な団体なら通すことは出来そうだ。ルートを地図上に示しながらトーラスを見る。トーラスはいくらか悩んだ後首を縦に振る。
「んじゃ、サクッとやってくるか。」
伝えられた戦況だけ考慮するならそうたいした相手でもないと思える。やっかいではあるが危機感を覚えるほどでは無い。銃撃には絶対的な防御があり、砲撃も集団や構造物相手でなければそれほど気にすることも無い。下手な砲撃よりも目の前で殴られた方がまだまだ痛いのだ。
「事後処理も含めて集団戦が多くなりそうだから、魔術師と人形遣いを多めにだな。二万くらいならごまかせるか?」
「ミーバ兵ならなんとかなるでしょう。迷彩もつかえるのでしょうし。」
トーラスは大きく息を吐く。
「向こうの進化体が判明しきらなかったのが厳しいところだが・・・菫、桔梗、萌黄、蘇芳でいいかな。」
「まぁ今回は私の用は少なそうですし・・・我慢いたしましょう。」
鶸が少しむくれて口を開く。
「私は宜しいので?」
神谷さんが参加したそうに見ている。いや、神谷さんがくるとユウ、トウ、ヨル、クロに先代防術聖がもれなく付いてくる。完全にオーバーキルにもほどがある。さすがに他国が何もしてこない訳じゃないので防衛のためにも抑止力は必要だ。
「悪いけど留守番で。」
ほとんどノータイムで出された返事に神谷さんも少し頬を膨らませる。
「残党狩りもあるだろうし、アリアとグラフィアも連れていくか。他に実地訓練したい新人がいれば。」
「少数に紛れて英雄を多数越境させるのも問題がありますので・・・んー戦場に会うかは問題ですがチェスターはどうでしょう。」
「閃光かぁ・・・集団戦を任せたいんだけど。まぁ同じ魔術師だしグラフィアとセットでいいか。」
「ではそのようにお願いします。」
トーラスは後々の政治工作の面倒さもあってたくさんは遠慮したいようだが、それでもちらほら現れる英雄が使い物になるかは見ておきたいと去年スカウトした少年魔術師を紹介してきた。光系の魔法使いだがレーザー系が得意で単体には威力が生かされるが中距離を超えたり百人を越える相手にはすこぶる効率が落ちると聞いている。それでも先を見据えて若い英雄は育てておきたいとトーラスは無茶を承知で送り出す。英雄達には通達を出し、あとは俺達の準備だ。だがその準備も三時間もかからずむしろ英雄達を待つ時間の方が長い。戦闘できる準備だけでいいと伝えてはいるがアリアは慣れているから問題ないにしてもチェスター当りは色々やってそうな感はある。やはり最初に姿を現したのは恐縮そうな顔したアリアである。個人の準備はいらないと言っても長々と準備して、そして使うことが無い事態が続きようやくすぐに来るようにはなってきた。それでも何か持ってきてはいるだろうが。アリアからすると俺に頼りっきりになるのが申し訳ないように感じているのだろう。大分遅れてグラフィアがやってくる。それなりに準備してきたようだが、食料や一般生活品に関してはこちらに頼り切るのが前提で何やら細々と準備したようだ。初回と言うこともあって大荷物なチェスターが最後にやってくる。
「まぁ最初はやりがちだからしょうがないけど、戦える準備だけでよいと言ったね?」
アトモスに荷馬車まで引かせて随分用意したもんだ。
「あ、その・・・すみません。遠征という話でしたので・・・それなりに準備を・・・」
チェスターは嗜虐心を誘いそうな顔で半泣きになりながら言葉を紡ぐ。
「師匠が来いと言ったら手近な物だけ持って走ってくれば良いのだ。」
アリアが偉そうに言っているが、お前も配置距離から考えたら何を準備してきたんだ?怒らないから言ってみなさい。
「遠征物資は俺達で用意した方が早いし量も持てる。君が準備した物もこちらで運ばせてもらうが、次はもう少し身軽にして来るように。俺達が緊急招集した場合多くの件で大事なのは時間だ。」
俺が小言のようにチェスターに言い含めると彼はシュンとなってうなだれる。アリアがそうだと言わんばかりにふんぞり返っているが、たぶん次回があれば君より早いぞ。
「普段は補給所に行って個人で用意するように言われてるだろうけど、俺達の場合は特殊だ、慣れてくれ。」
「はいっ。」
うなだれてもしょうがないと割り切ってかキリッと元気よく答える。良い子だなと思いつつ全体を見る。
「今回は国家間の戦争ではなく俺の選定者としての戦いになる。君らにとっては世界をかき乱す異物のような戦いではあるが、俺達がその戦いを制すことにおいて彼の軍がこの世界を脅かす可能性が高い。よって君たちとミーバ軍には俺達が選定者と戦っている間に敵軍を処理してもらうことになる。」
俺は集まった英雄三人にあえて声を上げて伝える。
「露払いと思って気を悪くしないように、また気を抜かないように。敵もまたどのように俺達をかき乱してくるか分らない。敵選定者を倒す前に魔物軍を処理することは君たちの世界を守ることにも繋がるからだ。相手の強さはそれほどではないと思っているが、それでも敵軍と選定者を同時に相手にすることは避けたい。その為に君たちの力を借りたい。」
俺が話を続けると英雄達は敬礼を取る。要請、お願いといった所なのだがトーラスの教育の賜物かどうにも命令と受け取る傾向が強い。アリアは元々ではあるが。
「では出発しよう。」
大型の輸送馬車を出してそれに乗るように促す。チェスターが持ってきた荷物に関しては重装兵に引き取らせ、アトモスと荷馬車は警備隊に言って補給所に戻すように伝える。
「よっしゃー対抗戦だー。」
蘇芳が大声を上げて喜びを空に伝える。強いやつと戦えるかもしれないことに希望を燃やしている。いいやつがいるといいんだが。それ以外は粛々と軍を進める。八千の蟹が整然と進む姿はいつ見ても異様だと思う。
「予定地点までそのまま進め。」
まずは国境付近の山岳前にある森の端をめざす。敵軍の進行速度は魔物という現地生物を使っている以上人型よりは早いがミーバよりは圧倒的に遅い。余裕を持って救助要請国に入れるはずだ。相手の予定が早まって王が落とされてたら知らんが。近づいていけば徐々に相手の情報も間断なく入ってくるようになる。それまでは予定通り強行軍で進んでいく。
「菫、周囲の状況は?」
予定地点の森の端から菫に山岳までの間を索敵させている。
「通常警備以下・・・ですね。意図的に穴を作っている節がありますのでそこを通れと言うことでしょうか。」
菫が罠とも限りませんがと報告を終える。
「さすがについでに滅ぼすってほど時間も無いしな。相手の善意に期待してお誘いに乗るとするか。」
俺は報告を聞いて、リスクを秤にかけつつ判断し全体を動かす。
「盟主様が何を言っておられるかついて行きがたいのですが。」
国家間についてもそれなりに知識を身につけてしまったチェスターには細かい機微やそれがどうあっても食い破るという力業を示唆していることに混乱していた。
「あの方はいつもあんな感じよ。予定通りになるようにねじ伏せるだけだわ。それが出来るだけの力があるわけだし。」
グラフィアがかつて自分が経験したことを投げ出すようにチェスターに説く。
「師匠はすごいからな。なにがすごいってその上限が見えないくらいにはすごい。」
アリアの手放しの賞賛がこそばゆいが、手合わせするときには本気も出してないし基本的には剣士+アルファな動きにしているので実際にどのような強さかは分らないだろう。全力でやったら十秒持たないだろうし。尤も配下以外に最大能力も明かしてもいないし、神谷さんにすら最後の手は秘匿しているのだから。隣接国家の誘いに乗り空けてある穴を隠蔽しながら通過する。罠もなにも仕掛けられていなかったので本当に通過させるつもりで穴を作っていたようだ。準敵国なのにこうした行為を行っていると言うことはよほど神聖ディモスが驚異的なのか、もしくはトーラスの外交努力故か。どちらにせよ全体の消耗は若干だけ抑えられた。森の移動も気持ち無理が出来るようになる。予定よりも一割程度早い到着となった。敵の予定進軍位置から五十kmほど離れた所についている。早く着いてしまったので斥候兵から聞いた最後の情報を元に敵の動きを再予測する。途中まで予定通りに動いていたので特に心配もしていなかったが、こちらの予測通り動いている事が解る。敵の行軍速度と自軍の行軍速度を考慮して五十km程度になるまで軍を進める。菫に高倍率の双眼鏡を持たせて空中歩行魔法で高空に移動させて観測させる。魔法で探知すると気がつかれる可能性もあるし、単純な物理的な手段の方が探知されにくい。
「ご主人様、申し訳ございません。相手のコボルトに感知されました。敵軍はこちらに進路を変え陣形を整えつつあります。」
そう思っていた端からこの距離で隠蔽のかかっている菫を探知された。森の上に不自然な生物がいると言えば目立つかもしれないが距離が距離だ。コボルトということはベゥガの配下か。なかなか面白いやつが出来たようだな。
「俺も見つからない前提で行ってもらったし気にするな。菫は以前ベゥガの顔も見てるしな。ベゥガが対策していてもしょうがない。相手が向かってきたなら切り替えて対応しよう。」
対軍でがち状態になるなら神谷さんのほうが向いていたかなぁと思いながら菫の情報を元にミーバ兵を動かす。
「最初の計画だと後方から不意打ちする予定だったが、残念ながらこの距離から敵に見つかってしまった。敵軍は予測と変わらず概ね四十万。これらを君ら三人とミーバ兵約二万で殲滅してもらう。うち漏らせば近隣の住民が困るだけだが、なるべくそれは避けたいので努力して欲しい。」
アリア、グラフィア、チェスターは緊張した面持ちで敬礼する。アリアを含めて英雄には保険として重装兵を三体専属させる。魔物とは言え一般扱いなので英雄の防御補正の恩恵が受けられる。なんなら重装兵よりダメージに関しては低い可能性すらあるが、特に魔術師二人には守られるという安心感は大きい。
「私が二十万。グラフィア達が十五万。それで問題ありますまい。」
アリアが斬岩剣を構えて声を上げる。
「まぁそれが出来れば問題は無いな。敵選定者に関係する者を見かけたら戦う前に連絡しろ。間違っても自分でやろうとするんじゃないぞ、特にアリア。」
俺は一応釘を刺しておく。アリアは返事だけ元気がいいが少しだけ信用ならない。
「敵軍はこちらを逃がさないように部隊を分けつつ大きく広がって来ている。恐らく軍の総数をすでに知られてしまったか、もしくは馬鹿かだ。ここまで生き残った者に後者はありえないだろうから包囲殲滅するつもりでいることを念頭にいれてくれ。親分は中央にいると思いたいので俺は萌黄と中央に出る。菫と桔梗、蘇芳は左翼から食い散らかせ。ミーバ軍とグラフィアは左翼端から、アリアはその脇を固める形で敵を崩せ。」
「それでは私が半分倒せないでは無いですかっ。」
俺の指示にアリアは不満そうに声を上げる。
「そうでもないさ。敵選定者を確認次第俺達はそちらに行くことになる。見つける時間次第では中央、左翼の敵が全部お前にのしかかることになる。後ろを守れるかはお前次第になるぞ。」
「それは支え甲斐がありますな。」
アリアは改めて気合いを入れる。
「敵は多いが総戦力的にはそれほどでも無い。蹴散らしてやれ。行くぞっ。」
俺が号令を出すと皆が気合いを入れて返事する。そして速やかに散る。周辺の斥候兵を呼び戻し、軍の中からも斥候兵を先行させて戦場ネットワークを構築していく。敵軍は多めだが自軍は少なく最終的な戦場はかなり小さくなる見込みで必要な斥候兵はさほど多くは無いはず。俺は萌黄を目線で促して走る。萌黄は蟹の上で短剣と銃、盾を浮かせる。
「今のところは何も感じないよ。」
「撃たれるにしてももう少し先だろうしな。人数が少数と把握されてるならさすがに砲撃はせんだろうし。」
そう予測してる端から元々いた辺りから大きな爆発音がする。
「撃ってきたねぇ。」
「観測に自信があるのか?そもそも通用すると思ってると思われてるのが心外だが。ベゥガにしては荒い手のような気もするが。」
まとめて吹っ飛ばせれば楽と思っている大雑把なやつなのか、もしくは何か狙いがあるのか敵将の采配がよく分らない。数十年前に話したベゥガならこんな効果の低くそうな手はうたないと思っていた。まぁその数十年で気変わりした可能性もそれなりにあるが。砲撃はそれなりに続くが着弾地点に大きな変化は無い。こちらを追えているわけではなさそうだと判断して先に進む。ある程度進んでから金糸雀を浮かせ、朱鷺を帯剣する。鞘の中にあるのは神涙滴の剣で柄頭に琥珀が埋め込まれた物だ。琥珀のせいで剣の起点がばれる為継続した隠密性はそれほど高くない。それでも朱鷺は使い勝手から神涙滴を材質として選んだ。金糸雀のように浮遊機能を持ち武器のままでも単独戦闘が出来るが出番はもう少し後にしてもらう。
「来るよっ。」
【危険感知】の応用からか萌黄はそれなりの広範囲で敵意を感知出来るようになっている。具体的な数はわかりにくいのだが敵意の範囲強さ、その方向をサーモグラフィーのようなイメージで認識しているらしい。
『もやーっと雲みたいのが風に流されてるみたいに動くのっ。』
擬音全開で解説されて理解に苦しんだが概ねそういう物だと俺達は認識している。ただ今回に関しては敵が木や下生えを破壊しているような音がしているのでさすがに俺でもある程度はわかる。
「初手は任せる。」
「らじゃー!」
萌黄は銃と短剣を一旦外側に寄せて二十五枚の歪な形状の手裏剣を取り出す。足を一旦止め踊るように糸を繰り手裏剣を同時に飛ばす。素早く手裏剣を再展開、そして斉射。更にもう一度。手裏剣は木の間を縫うように大きなカーブを描きつつ森の奥へ消える。萌黄は四つの銃と三つの短剣を構え再度走り出す。それに合わせて俺も再加速する。前方で獣の咆吼が聞える。そしてその後小規模な爆発を起こす。
「たーまやー。」
萌黄が楽しそうに口ずさむ。すでに惜しむほどでも無いが使い捨てとしては高価な部類の飛び道具である。硬度を重視した炭化ケイ素に爆発型の魔法陣を仕込んでいる。比較的魔力を持った物体に当たらないと魔法陣が発動しない点、堅い物に正面から当たると砕け散る等それなりに欠点もあるが、欠点を無視して半分以上萌黄の趣味で生産されている一品である。くねくね曲げて当てるのが楽しいらしい。萌黄は勘で投げているという話だが、この勘を助けているのが【活殺】から派生している【可能性向上】というインチキくさいスキルである。そう出来る余地があるならその可能性を極限まで引き上げる能力である。検証から得られた値はおよそ九十倍。萌黄のLUKの二倍まで可能性を高めるスキルと思われているがスキル情報に無い事なので推測の範囲を出ていない。雑な実験ではあったが萌黄の技術で一%でも再現可能ならおよそ成功する。萌黄はステータスこそ低いが特殊なスキルで助けられている面が大きくなっている。システム的にそういう補正があるのかもしれないとも思っている。現在の萌黄はステータスこそ低いが戦闘能力や索敵能力は満遍なく高いと言える。唯一の泣き所はダメージを向上させる手段が乏しいくらいか。元値が低いこともありスキルでも伸びづらい面が大きい。だがそこは割り切って支援や攪乱に回っており、その補助効果はいるいないで雲泥の差がある。混乱している敵陣の戦端に向けて二人で二本ずつ対物ライフルを配置する。
「萌黄。」
「おうさ。」
一連のセット行動が行われ対物ライフルが静かに火を噴く。静音範囲の外に出れば空気を切り裂く音が鳴り始め破裂、弾が小さく十六に分離し高音をなり響かせる。ダーツのような小さな弾は只ひたすら当たった物を貫通し破砕する。四門の銃口から発射された六十四の矢弾は木々をなぎ倒しながら神聖ディモス軍の前線の魔物を食い破る。尤も五cm程度の穴が空いたところで生きているやつのほうが多い。当たり所が悪かったり、運悪く三つも四つも当たれば即死するが魔物の耐久度は人型にくらべて著しく高い。しかし、治療、再生するまでに足や手が動かなければ動きは鈍る。
「戦闘は魔狼タイプだったと思うが、後ろはトロールかオーガかわからんな。」
「気にせずもう一回撃てばいいんじゃない。」
それもそうだなと認識外から攻撃を受けて混乱している敵軍に向けてもう一度対物ライフルを斉射する。弾薬で済むだけなら有り難いのだが。遠方から激しい銃声が聞え、木が倒れるような音がする。こちらの位置をつかんだのか付近に銃弾が着弾する。
『偏向防御』
ベゥガが戦史を確認したとは思えないが、もしかすると使われたことはあるのかもしれない。しかし恐らくはベゥガに統率されていないこの軍は遠方からそれっぽい位置に向けて銃撃を放ってきた。足を止め偏向防御に守られながら銃撃をやり過ごす。ついでに良い感じに飛んできた銃弾をたたき落として拾う。昔作ったライフル弾とさほど変らない構造と思われる弾が落ちている。敵の数を図りかねているのか鉄製と思われる安そうな弾だ。
「魔法で防御したけど当たってもたいしたことなさそうだな。」
「え?一応銃弾じゃ無いの?」
ベースになっている狙撃銃や散弾銃は同じのはずなのだが量産しただけで終わってしまって進化させていないのだろうか。当たっても大丈夫と言われて萌黄が驚いている。通常弾でも自分たちの銃撃を長く受ける気はしないし、そもそも自分たちが銃撃する際効果が薄ければ徹甲弾もしくは貫通弾が放たれるはずで連射速度を考えると無防備に受けて良いものでは無い。
「虎の子の弾があるかもしれんが・・・数が少ないのかもな。」
一応警戒するとして全自動機関銃を三台設置し撃たせておく。これで倒れる間抜けがいればそれも良しだが目的はここで攻撃してますよという雑偽装である。毎秒十発。五千ほどしか弾がないので十分も持たない。少し首を振りながらただ弾をばらまく固定砲台である。幸い目の前の木は無くなっているので足止めをしているように見えなくもないだろう。萌黄に念話を送り二人で隠蔽を行いその場を移動する。わざとらしい音を立てて撃ち出される小銃から離れながら発射地点から迂回して木の上に移動する。人間相手の癖で上に上がってしまったが、結果的に悪手であった。地上は地上で銃弾の発射地点を攻撃していたが上は上で忍び寄ろうとしていたのはお互い様ということか猿人の集団と鉢合わせる。
「あ。」
「ギ?」
大きく動いて隠蔽補正が低下した所で猿人と目が合いお互い声が出る。反射的に叫び声を上げる猿人。散弾銃で周辺にいる猿人を肉片に変えるが二人で処理するにはさすがに数が多い。騒ぎが大きくなりもはや居場所はばれてしまったと言って良い。
「ご主人様にしては珍しい。」
「魔法も何も使ってないとこんなもんさ。」
相手の魔力探知を警戒してスキルのみの運用だったが、やはり能力がとがっていないことが徒となり想定していない敵に見つかってしまった。
「仕方が無い。捜索は諦めて少し数を減らそう。」
「しょーがないねっ。ぱーてぃーたーいむ!」
俺は詠唱を始め、近くの敵を吹き飛ばしながら広範囲魔法を放つ。萌黄は狙撃銃と散弾銃で周囲に銃弾をばらまく。敵魔術師に出会うまでは大丈夫そうだなと俺も手抜きで狙撃銃を乱射し始める。しかし銃弾無双は続き、実は偏向防御が無い?とか夢想し始める。
「さすがに銃対策してないかいうことはないよなぁ。」
「でも対策は少なそう。」
目視でも遠方からの叫声からも効果が落ちる気配はない。さすがにぬるすぎだろと敵陣中央を雑に突破していってしまう。手応えがなさ過ぎてどうしようかと本気で考え始めたところで他所は危機に陥ることなっていた。そう、銃弾が効かないやつは少なからずいるのだ。




