女王対王
ブレセアールが飛来する。
「高速移動反応!」
ブラウが進軍中の丘陵地帯から空を見る。
「寝起きの悪い蛇女のおでましや。」
反射的に示された方角をレズレーが確認する。事前に聞いていたラミアの選定者に間違いないとベゥガは確信する。
「将と一般兵を下げろ。砲撃はそのまま続けて構わないが敵が来れば放棄しろと伝えておけ。」
事前に訓練、通達されていた通りの事が起こり魔物にわずかな動揺が走るが将が咆吼を上げて気を取り戻させ速やかに撤退していく。残ったのはベゥガ一党とミーバ兵三万のみである。ここに残った者達が純粋なベゥガの配下達であった。数秒後ベゥガ達の目の前に大きな影が砂埃を立てて着地する。飛来する速度からすればほとんど音が無い着地から魔法能力の高さを感じ取る。
(噂よりもかなりの実力者に感じるな。表だって戦うことがないから能力も未知数な所が多いしな。)
ベゥガは自分の三倍はあろうかという体高を持つブレセアールを見上げて思う。
「神聖ディモスというたか。その攻撃を辞めよ・・・と言っても辞めるわけはないよな?」
ブレセアールはだるそうに問う。敵対する選定者である以上答えは決まっているようなものだ。
「神々のお遊びを前提にしても、仕掛けた戦争を口だけで引っ込める事はありえんな。」
ベゥガは長剣を構えて静かに言う。ブレセアールはため息をついて槍を構える。
「どいつもこいつも放っておいてはくれないものだな。」
「正直、俺も御免被りたいがなっ。」
ベゥガは重心を前に傾け接近を試みるが、ブレセアールが一言つぶやき手を振ればその目の前に漆黒の壁が現れる。性質の分らないものに飛び込む気はさすがに無くベゥガは体重を移動し右手に大きく移動する。それに合わせてシュニルがベゥガを追いかけ、反対側にツェルナとニュイが移動する。ブラウとレズレー、巫女が後ろに下がり魔法で高台を築き上部から見守る。ニュイが急角度で曲がり加速し遠間から細剣で突く。緩急のある動きで一足飛びに間合いを詰める。本来それでも届かない攻撃であったはずのものがブレセアールにまで届く。しかしブレセアールはそれを予期していたかのようにぬるりと後ろに下がり回避する。
「にゃんと。」
剣が伸びる。ただその単純な効果ながら視線の中心に収めることで伸びていない見せかける。初見でタネに気がつかれ、完全回避されたのは初めてである。ツェルナがその行動を織り込み済みであるかのように剣を横薙ぎに振るい、ブレセアールの背中に大剣を叩きつける。ブレセアールはその攻撃さえも蛇体を伸ばし剣の軌跡から体を反らす。
「えらい柔らかな体にゃね。」
舌打ちするツェルナを代弁するかのようニュイがつぶやく。体が泳いだように見える所をベゥガが一閃するがそれも体をくねらせ回避する。
「さすがは蛇の体ってとこかねぇ。だけど支点は変ってねぇぜっ。」
レズレーが高台の上から銃声を立てて地面に突いている尾と地面の根元に撃ち込む。
『喰らえ』
ブレセアールの一言で弾丸は闇に飲まれ虚空にいける。次々飛来する弾丸を遡るように闇の塊が明滅しながら移動する。
『祓え』
ブラウが闇に杖を指し示し一言発すれば闇の塊の動きが鈍り拡散する。ブレセアールはそれを見て興味深そうに目を細める。
「同郷・・・かしら。」
「どうだろうな。それを確かめる意味も無いがな。」
目線が移ったブレセアールに向かってベゥガが剣を突き立てるが、槍を一回転して弾かれる。根元を弾かれたせいもあり腕を引っ張られ宙を舞う。
「それもそうね。」
ブレセアールは沈んだ顔でそう言ってベゥガに投げキスを飛ばす。むっとする進化体一行だがベゥガはそれどころでは無かった。ショック症状を起こし勢いのまま地面に落ちて転がる。
「活力吸収か。」
「なかなかおいしかったわよ、ボウヤ。」
苦しそうに声を上げるベゥガに対しブレセアールは少し楽しそうに微笑む。倒れたベゥガの前に焦ったようにシュニルが立つ。なぜ防げなかったのか疑問に思っているようだ。
「シュニル落ち着け。呪詛は防護ではふせげん。」
「存外頭の回る子ね。そんな重い子いるのですもの只の打撃ではねぇ。」
お互い初手を見極める為に動いたが、ブレセアールの方が適切に対処しきった形になった。
「まだこれほど力の差がある者がいるとは・・・」
「子犬の割には強いと思うわよ。」
ベゥガはあらゆる能力でブレセアールよりも下であることを悟った。しかしまだ負けると決まったわけでは無いとも感じている。ニュイが再び前に飛びブレセアールを突く。見た目は単純な軌道だったはずだがブレセアールは大きくそれを回避した。その後に続くはずだったツェルナは行動が成功しないことを悟り剣を振らずブレセアールを追う。ベゥガはブレセアールを目線で追いかけ銃を放つ。ブレセアールはその蛇の体を走らせ弾を回避していく。大きく動いたその先でレズレーが待ち受けるかのように銃弾を撃ち込むはずだったが、ブレセアールはベゥガの弾を闇で受け止め急旋回する。追いかけてきたツェルナを二股の槍の柄を叩きつけて吹き飛ばす。
「回避行動が不自然すぎる予知能力の類いか。」
「盛り盛りですにゃあ。」
「あら良い線いってたわよ。」
ベゥガが出した解をブレセアールは子供をあやすように褒め称える。
「神々の命でなければ飼ってあげたいところなのだけど・・・残念ね。」
ブレセアールの槍がベゥガに向く。一瞬の空白の後ベゥガの後ろからブレセアールが突き刺した。鎧に守られ貫通はしなかったものの大きく前方に転がり。状況を認識出来なかったシュニルが振り返ろうとしたときには槍に払われベゥガとは別の方向に吹き飛ばされる。
『漆黒よ、吠え猛れ』
ブレセアールの周りに闇がうごめく。ブレセアールは再び槍を構える。そして
《呪文破壊:時間停止》
ブラウがそのタネを打ち崩した。高速移動をしているがブレセアールはまだベゥガに追いついてはいない。
「やはりお前が邪魔ね。」
『闇の帳よ、かの者を縛れ』
ブレセアールは急停止しブラウに視線を向けて唱える。
「ええっと・・・」
『求めるはサルガタナスの鍵、解放せよ』
悩むブラウからたどたどしい呪言が紡がれ高台を囲おうとしていた闇が打ち消される。
「わざわざ最上級で打ち消すなんて・・・なんて命しらずなの?」
ブレセアールは自らの術を打ち消されたことよりも使われた術に驚く。
「力はあるのに知識は無い?直接解を得るタイプなのね・・・」
ブラウの不自然な能力を鑑みてブレセアールが自問自答する。思索を巡らし動きの止まったのを機にツェルナが突撃する。
「相変わらずの猪にゃぁねぇ。」
ニュイが呆れて追いかける。ツェルナが宙を駆けブレセアールを一閃。正気を取り戻したかのようにのけぞって剣閃を回避。ツェルナは天を蹴り上げ剣の軌道を無理矢理変更する。のけぞるブレセアールを押しつぶすかのように剣を叩きつける。回避の仕方が悪かったブレセアールはその攻撃をうけた衝撃で地面に体を叩きつけられる。ベゥガはその姿を逆に意外そうに見つめる。
(予知のタイミングはそれほど長くない?いや何かしらの手段で予知が得られる時間が違うのか。)
ベゥガは能力を予測したが相手が今のように油断でもしなければ予知時間を短くすることは出来ない。ブレセアールは現在の戦闘に集中し以後長い隙は生まれまい。きっかけは得られたがそのきっかけを広げることは出来なさそうだ。
(まいったな。詰めるのに時間がかかりすぎる。遊一郎ならどうするだろうか。)
敵でありながらも情報の為に協力を求められ、むしろ逆らわれても問題ないとある意味歯牙にもかけられなかったとも言える過去の者。彼なら何かしら手段があるのだろうかとふと笑う。倒れたブレセアールに追い打ちをたたき込むツェルナだが、剣を振り下ろしたそこには何も無い。ブレセアールはすでに立ち上がり五mは離れている。
「もぅ、ブラウなにやってんのよ。」
「瞬間魔法まで打ち消せませんて・・・」
高台に向かって文句を言うツェルナにブラウはため息と共に答える。
「にしても精神力お化けですね。どれだけ負荷がかかってるのやら。」
ブラウはブレセアールの惜しげも無く使用した魔法の数々を考えながらやるせなさそうにため息をつく。
「化け物はお互い様でしょう?」
ブレセアールはブラウを一瞥して嫌みったらしく言う。タネがわかってるベゥガからするとブラウの能力は確かに便利で強力だが難点も多い。ブラウを脅威と思っているならブラウが脅威でないと思わせてはいけない。ブラウの持つスキル【解法】は結果を解決するための方法を一時的に得る能力である。《全知》と違い対象スキルの詳細は理解出来ないが、自分の知らない事でも即座に手段を得るという意味では相当強力である。ただし手段を得て行使出来るだけで、ブレセアールが不安視したこと、いわゆるそれに対するリスクに対する警告も全くない。ブレセアールは足止めのつもりで高台を一時的に封印するつもりであったが、ブラウはその知らない魔法を能力に問わず解除できる方法を模索したためブレセアールの思う最上位の方法を呼び出してしまう。叩けば壊れるような脆い牢獄の錠前を最上級の悪魔に解錠させたのである。余りのくだらなさに最初は笑って対応してくれたであろう。ただ同じ事が続けばくだらないとそっぽを向かれるばかりか命すら刈り取られる。ブレセアールの使う【闇の呪言】は危険性をはらんだ彼女の世界の魔法なのである。初めの《暴食の闇》は【光の宣誓】の対抗で打ち消され、次の《闇夜の牢獄》に対しサルガタナスに援助を求めている。相反しちぐはぐな力を行使したことからブレセアールはその能力を推察していた。自分の世界からすれば恐れ知らずな化け物という他ならない。ブレセアールは己の中で嘆願を再開し視界を大きく広げる。予知をするには見ていなければならない。見ている相手が長ければ長いほど予知は長く精度が高まる。視界から一瞬でも途切れれば予知は変更されうる。懇意にしている上級悪魔の悪戯だ。結果を得るにはリスクも伴う。ブレセアールは思い直して意識を改める。強者でもないが雑魚でも無い。油断すれば狩られる相手であると。一足飛びに主人を討とうと思ったがそれは叶いそうもない。ならば邪魔な者を順に落としていかなければいけない。優先はあの子犬の魔術師である。その他は予知の範疇に収めておけば大きな危険は少ないと判断した。しかしその魔術師も実は放っておけば自滅するのではないかとブレセアールは考えている。どちらの方が確実かは算段がつかないでいるが一つの絵図を描き武器を構える。瞬間停止は止められないようだが、時間停止は打ち消される可能性が高い。不便なものだとブレセアールは考えている。
「そろそろ時間がないで。」
レズレーが試しに銃弾を放つがブレセアールは先んじて動きそれを回避。敵が時間を気にしていることをブレセアールは気がついたが、己の悪魔に問いただしても時間をかけることは悪手としか回答は無い。ブレセアールはベゥガを強襲する。時間を止めずに身体を強化し加速する。
「馬鹿にするなっ。」
シュニルが割り込み盾で槍を弾く。それなりに力を込められた攻撃はシュニルをその場に強く押しとどめる。
『冷たき心はなお重く現実にのしかかる』
ブレセアールは呪言と共に再度シュニルを攻撃する。なお重い攻撃を受けてシュニルは受け止めるも言葉通りその場から動きづらくなる。空気が固まり数万倍の重さを持ったかのように動けない。ブレセアールは標的を変えベゥガを刺そうとする。直線的すぎるその攻撃を回避するが、ブレセアールの槍はそのまま宙に振るわれ飛びかかるツェルナを吹き飛ばす。続いて背後から攻撃するニュイを引き戻した石突きで吹き飛ばす。全てを見越しそれを前提に操りそしてとどめを刺す。
『己の闇に喰われよ。』
ブレセアールの呪言がベゥガに向けられる。
『我が全ての罪を許す』
すかさずブラウから対抗が入る。それもブレセアールの予定の内だ。レズレーから放たれる銃弾を再び闇に喰わせる。ブラウがすかさずそれを打ち消す。打ち消されると同時にブレセアールも呪言を唱える。
『エリゴスの契約に基づき我がかの者に死を申しつける』
ブレセアールが持つ最高の手札。ブラウが不用意にこれに対抗しようとすれば
『我バアルにその決定を・・・』
ブラウはその文言を唱えること無く倒れ、そしてベゥガも力なく倒れた。
「何をしやがったぁ。」
レズレーが錯乱したように銃を放つ。
「知らぬ力を使う代償というとこだ。」
契約に注がれた力の七割を対価に相手の死を決定する最高呪法。女王として死を与えるにふさわしい獲物でなければ悪魔も取り合わない。力を浪費し何も起こらないことさえある。だがブレセアールは見極め悪魔の意思に沿うだけの力を持つと判断し行使することを決めた。ブラウはその決定を覆しうる解を求め契約悪魔の上司に嘆願を向けた。だがその最高司令官は得の無い、むしろ損しかしない嘆願をはね除けさらに罰則を与えた。予知するまでもなくブレセアールには見えていた結果であった。ブレセアールはレズレーの銃弾を闇で受け止めツェルナの剣を受け止めそのまま投げる。投げられても空を蹴り復讐せんと怒りに燃え軌道をむりやり折り返す。ニュイをレズレーに投げ銃弾を止める。そして尾でツェルナを縛る。
「主は死んだ。降伏せよ。これが最後の命だとしても生きていれば再開もできよう。そういうルールであろう?」
ブレセアールとしても復讐に走る気は分らなくも無いがここで死んでは当分会えまいと無理に殺すつもりはなかった。
「面白いことになっているな。」
高台に残っていた巫女から低い男の声が紡がれる。ブレセアールは危機を感じ高台を見上げ、抵抗を無くしたツェルナを放り投げる。何もしない、何の力も持たなそうな場違いな子オーガがいることは理解していたが、口を開いてからは恐ろしい雰囲気を纏う。
「配下の中でも一番・・・のはずであったが、やはり俺のような選定者もいるということか。」
巫女が祈りを捧げる姿とは全く関係の無い言葉が紡がれる。
「まだ命数は残っているはずだが、部下をやってくれた礼と・・・俺の点になってくれる礼もしてやらんとなぁ。」
【受肉転移】
小さな巫女の体から肉塊が膨れ上がり四倍はあろうかという巨体を生成する。巫女の服はちぎれ飛び巨体が飛び上がり高台から降りる頃には装備を身に纏う巨漢のオーガが現れる。
「鬼神の選定者、神聖ディモスの王であるグラージだ。知っているが名乗りを上げるが良い。」
腕組みをしたグラージがブレセアールの前で大きく笑う。
「いつ見ても巫女ちゃんが可哀想でならんな。」
高台の影からレズレーがぼやく。
「祭り上げられた者ブレセアール。神の命など知らぬわ。ほれそこにおれば巻き込まれかねん。離れよ。」
槍でシュニルを小突いて呪言を解除して優しくささやく。シュニルは睨むようにブレセアールを見て、そして悔しそうにその場を離れうなだれるツェルナを担ぎ上げて更に離れていく。
「甘いな・・・そして無為。神に招かれておいてなぜ神の意に従わない。この世界のあり方を考えれば我らの役目は明白であろう。」
「勝手に呼び出し、放逐し。好き勝手生きろとしか言われておらん。神だからといって創造物を自由にしてよい理由はない。」
グラージとブレセアールの意見が食い違う。己の世界での神に対する価値観の差が如実に表れる。
「まぁ・・・それも神の意志か。てめぇの考えは気に入らんが、そもそも倒す分にはかわらねぇ。ちょっと気になっただけだ。」
「貴方を潰せばまた元に戻れるのね。ならば取り除きましょう。」
グラージは意図に乗り、ブレセアールは意図に乗せられグラージが咆吼を上げて大剣を振りかざす。ブレセアールが即座にグラージの背後をとり槍で突く。当然のように鎧で弾かれ、その感触を受けて反射的にグラージが大剣を振り回して旋回する。
「はえぇな。」
グラージが警戒するように低い声を上げる。
「その戯れ言の時点で先ほどの子犬のほうがマシと思えるわ。」
『闇よ、むさぼり喰らえ』
グラージの足下から一斉に闇色の触手が無数に沸き、足に手に絡みつき締め上げる。
「おっと・・」
グラージは油断したと言わんばかりに軽い口調で力を込めて脱出しようとする。ブレセアールはその行為を見つめる。
「がっはっ。」
グラージが突然血を吐く。締め上げられ、血を吐き、目も鼻からも血液を垂れ流す。
「愚物ね。」
ブレセアールは期待外れと言わんばかりにため息をつく。
「勝手に・・・終わらせんなよっ。」
グラージの筋肉が一回り膨れ上がったかのように見えた瞬間に闇の束縛が霧散する。ブレセアールは霧散と同時に全身に衝撃を受ける。見知った感覚に一瞬躊躇し、槍を構えなおして若干後退する。グラージはダメージが無かったかのように血が固まり肩を回す。
「第一段階で一方的にやられたのは久しぶりだな。」
「我も筋力で呪詛返しされるとはおもわなんだわ。」
グラージは復活系のスキルではね除けただけである。ブレセアールは見た目に惑わされ本質を見抜けていない。グラージが大剣を縦に構えて、踏み込みながら切る。剣が伸びる未来が見え、またその手品かとブレセアールは半身を避ける。グラージがそれに合わせて軌道をずらす。見据えたブレセアールは更に半身を動かす。グラージが足と腰をひねり更に軌道を補正する。見えているブレセアールはわずかに後ろに下がりそれを回避する。大剣が空を切り猛烈な風切り音が鳴る。よく分らない避けられ方をしたとグラージはわずかに思索を巡らす。しかしそれを後回しにし外れた剣をそのまま振り回しさらに一歩踏み出し切り落とす。ブレセアールは期待外れと言わんばかりにため息をつき呪言を紡ぐ。
『闇よ、受け止め霧散せよ。』
剣が天高く掲げられ振り下ろさんとしているところで闇の空間が剣を受け止める。しかしブレセアールに見えた未来は闇を通過する大剣だった。見た結果に対応しても全く改善されなかった結果が起き、予知の判断を躊躇したところをバッサリ斬りつけられる。
「ああ?なんか不自然に入ったな。」
叩きつけるような衝撃を受けてブレセアールの体が地面に突きそうなほど曲がる。先ほどのように回避するかと思ったグラージからすると無防備な素人を斬りつけるかのように刃が食い込んだ。当たったことにすら疑問を感じてしまう。衝撃を堪えて起き上がりながら時間を停止。剣を持ち上げようと力を込めるグラージから逃れるように下がる。
『血を紡ぎ骨を繋ぎ肉を巻け』
打ち抜かれた体を治療しブレセアールの時間停止が終了する。
「あん?」
グラージは剣を持ち上げると同時にブレセアールの位置が変り怪我が治っている事に違和感を感じる。
「あー・・・面倒くさいやつか。時間能力者だな。」
グラージは直感でそこに至る。実際にはブレセアールが便利だと使っているだけで予知も悪魔の能力であり彼女自身は時間能力も扱えるがそれ専門では無い。
(あきらかに腕力馬鹿なのに時間停止を面倒くさい程度で収められるの?)
グラージの言葉を聞いてブレセアールは疑問に思う。グラージが構えを変え大剣を横にしてブレセアールにすり足でじわじわ近寄る。ブレセアールはそれに合わせてじわじわ後退する。後退しながらも大きな円を描くように戦場を動く。下がりながらブレセアールは先ほどの闇が剣を受け止めなかった問題を考える。剣が問題なのか馬鹿の能力なのか判断がつかない。予知の悪戯かとも考えたが見た結果と起きた結果に差は無く、対処が間違っていただけで予知自体に問題は無かったと思える。二番煎じが通じにくい世界ではあるが最初に起こったことも確認すべきとブレセアールは算段をする。槍を構え全身に力を込めて動きを予測させる。そして時間停止。ほとんどの近接戦闘者は突撃してくると予期し出鼻をくじくか迎撃しようと動く。そこに時間停止で予測の外に出るのがブレセアールの好みでもあった。しかし停止直後前に出ようとすれば予知上でグラージの剣閃が動く。意味が分らないと無視して進むと再び場違いな力で吹き飛ばされる。
「おっと素直に入りすぎて逆に驚いたぜ。」
時間停止が完全に解除され吹き飛ばされたブレセアールを見ながらグラージが笑う。
「なぜかって面だな?種明かしは死んでからしてやるよ。」
ブレセアールの疑問と苦悶が混ざった表情を見ながらグラージは再び剣を水平に構え今度は走って突撃する。激痛で倒れ込むブレセアールは瞬間停止を試み脱出しようとしたところで更に切られて吹き飛ばされる。明らかに停止した時間の中で剣閃を受けていることをブレセアールは理解する。あの馬鹿は何かしらの形で時間停止どころか恐らくあらゆる魔法に対応できるとブレセアールは判断した。思考を切り替え詰め寄られる前に遠隔での攻撃に切り替える。二本足にない縦横無尽の移動で逃げながら攻撃を行うブレセアールに対し、飛来する魔法の大小、位置指定攻撃や設置型にすら的確に反応し距離を詰めようとするグラージの攻防がしばらく続く。ブレセアールは最終手段を残しておくべきだと後悔したがその直後に得られた予知は結果変わりなしと非情な宣告であった。グラージもブレセアールの動きに慣れて徐々に距離を詰められ、誘導すらされつつあった。ブレセアールは覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
『契約に基づき、我とかの者を捧ぐ』
ブレセアール周辺から浮かび上がる闇。周囲に転々と闇の空間が現れ一斉にグラージを襲う。
「最初からその判断が出来てりゃお前の勝ちだったかもな・・・だが、もうおせぇよっ。」
グラージは迫り来る闇を水平一閃で切り捨てる。闇は形を失い夕日に消える。動きを止めたブレセアールに大地を蹴り一気に間合いを詰める。
「夜まで待ちゃよかったんじゃねぇのか?」
「夜は夜でそちらにも手があるのだろう?」
一瞬溜めをおいてグラージが上段に構える。グラージの静かな問いに諦めを含んだ声でブレセアールが答えた。
「先が見えるのも善し悪しだな。」
グラージが大剣を振り下ろす。ブレセアールからの闇が槍がその軌道を妨害しようと動き、更に多くの闇がグラージの体を貫こうと迫る。
「それだよ。せめっけがなさ過ぎるわ。」
呆れるようにグラージがつぶやく。すでにブレセアールにとってはグラージそのものへの予知が機能していない。予知はそのものは見えているがその結果に対応が出来ておらず、視えていながら見ていない。闇が槍が切り裂かれる未来は見えている。だがどうすれば対処できるかブレセアールには理解が及ばなかった。魔法には魔法でしか対処しないブレセアールの世界と、魔法にも武器や肉体で対処するグラージの世界との対応幅の広さ、それをあり得ないと動揺し続けた事がブレセアールの敗因となった。大剣がブレセアールの体を分断する。
「どうか配下には寛大な・・・」
「この期に及んで城でふんぞり返ってる使えねぇやつは知らねぇな。」
「ならばよい。」
グラージはブレセアールの頭部を切り捨てた。神の世界からの守護の力を感じ取る。
「単純に相性差だったな。つまらん。」
グラージも結局相手の力の全てを理解すること無く倒してしまった事を若干だけ憂慮していた。次回出会ったとき同じように勝てるかどうかも分らない。この世界に来てただ戦うだけでは勝利し続けることは難しく敵を知り世界の力を知らなければならない事とを理解した。よく分らない力を相手に更に力を引き出すことはある意味悪手と言える行為なだけに早期決着を求め、逆に多くの手札をさらしてしまったグラージとしては勝利はしたものの先を思いやられる結果となった。
「小娘ども動けるなら動き出せ。あいつなら直に戻ってくるだろう。」
ツェルナを抱えたシュニル、ニュイとレズレーがのろのろとやってくる。
「しけた面しやがって。いつもの噛みつき犬なんざ動きすらしやしねぇ。あのやかましい銃砲はどうなんだ?」
やってきたシュニル達に悪態をつきながら砲撃を続けている兵器について聞く。
「効果はかなりある。防げているものはいない。直に都市の半分を更地にするだろうよ。」
レズレーが答える。
「残った兵は俺が預かる。お前らはあいつのミーバを連れて後からでもいいからついてこい。都市に関しては俺達が周辺に到着次第止めろ。」
グラージは指揮するが最初に動き出したレズレーも含めて足取りは重い。
「かーっ。あいつはまだ再臨権利があるだろう。なんでそんなに重いんだよ、意味が分らねぇ。もし来なかったところで二度と会えないわけでも無いだろうに。お前らも俺達も、終わってからもまだ先があるんだよ。ぐだってんじゃねぇ。」
イライラしたグラージがシュニルごとツェルナを叩き倒す。シュニルは倒れるだけですんだが力を大きく受けたツェルナは大きく転がっていく。
「何をしやがりますかっ。」
ツェルナが起き上がって牙をむく。
「よーし、本調子ではないにしろいつもの噛みつき犬だな。遅れないようにしろよ。」
グラージは一行を放置して軍の移動にとりかかる。空気が停滞していたがすぐに動き出す。
「まだ終わったわけではないですにゃ。まだ可能性はありますにゃ。」
ニュイがそう声を上げる。一同はうなずきミーバ兵をまとめ軍に合流する。グラージの主動の下、深き森の大都市は最後に小さな抵抗を見せ陥落した。集められた魔物はちりぢりとなりある意味元の生活に戻っていった。周辺都市からすれば魔物の主がすげ変っただけかと思っていたが、その判断はすぐさま覆った。グラージは残した大都市を結局更地に変えてしまったからだ。拠り所にしていた魔物の一部はグラージの傘下に入ったが多くは討ち死にもしくは離散となった。交易で財を成していた者は大きな損害を被り、周辺住民も魔物が暴れだし被害を受け結果的に人型種としては何の得も無い結果となる。神聖ディモスは周辺国家を支配下に置くと考えられ多くの都市は警戒を強めたが神聖ディモスはただ南下を開始した。無視された都市は安堵し経路上の都市は恐怖した。ひたすら南下する先に何があるのか注目を集め一つの噂がその目的に当りをつける。
-神聖ディモスの主は敵も味方も強者を求めている-
視線の先にルーベラント王国があるのは間違いないと各国は感じ取っていた。




