魔物軍対魔物軍
多くの人類にとっては魔物同士の縄張り争い。周辺当事者にとっては地獄絵図。魔法全盛の環境において魔物だからこそあり得た物理兵器の有用性。人類が古き戦史を思い出すに十分という意味ではその後の戦争、および防衛様式にも少なからず影響を与えた戦いであった。ベゥガ率いる神聖ディモス軍は無謀にも国家を突っ切るように進軍していく。神聖ディモス軍が明確な意図を持って直進していることは多くの者が知解していたが、通過される国家にとって黙って通過させることは国家の威信にかかることであった。魔物の大群に話など通じるわけが無いとその集団が旗を掲げているにかかわらず問答無用に襲いかかる軍も多かった。
「人狼隊と大鬼隊で正面を押さえろ、人馬隊は周り込め、軍学隊は阻害対応。」
たかが魔物と侮る人型軍に対してベゥガは種族特性を利用して大味に対処する。暴れる魔物の多くはたかがと侮られるにふさわしい知性しか持たない身体能力と特殊能力が高いだけの生き物である。種族ごとにまとめられた軍は簡単な指示だけしか受け付けない。だが、その単純な指示だけでも方向性を誘導出来ればたかがと侮る人型には友好的に刺さる。適切な攻撃でなければ著しく耐久度の高いワーウルフとトロールを前面に敵を押しとどめ、ケンタウロスやスレイプニル、バイコーンで組織された人馬隊などは人を乗せた騎馬隊よりもよほど無茶な行動が可能である。相手を止めて、包囲する、単純な戦術ながらも分ってて防げないものほど脅威なものは無い。相手が火を持ち出せば人狼が、銀を出せばトロールが、お互いが弱点を理解しているだけでも仲間を守るという意識がある魔物達は絶妙なコンビネーションを発揮する。所属は違えど神聖ディモスの支配者であるグラージの驚異的なカリスマの下、異種であろうとも同じ旗に従う仲間であることがすり込まれている。肉と力で騎馬の動きと歩兵の動きを弱めれば人馬隊がそれらを蹂躙し、駆けつけた後続も軍学隊なるセイレーン、バンシー、アルラウネが混乱に導く。道中を襲う人型軍は襲撃の体を成さずに敗北する。神聖ディモス軍は首都に直行し元首に一方的な通告を行う。
「神聖ディモスに忠誠を誓い頭を垂れるか滅ぶかを選べ。」
魔物は決して疲労しない訳では無いが、ミーバ兵を使った移動兵舎によりある程度のことはカバーされている。だが平地と都市では使う兵種がまた異なる。ほとんどの王は魔物に従うことは良しとせず抗戦を告げる。魔物にしては紳士的に使者は返すがその後は苛烈極まる。巨人やオーガが投石、袋詰めを投げ込む。ハーピーやグリフォン、ヒポグリフからなる空挺隊が上空から火や火薬を落とす。人との戦いを想定した城壁などおよそ意味を成さず、袋から這い出たスライムに防御兵器、門を喰い焼かれ、そこから侵入した知性ある小さな略奪者に権力も命も財も全てを奪われる。およそ攻城と呼べる行為は無く、神聖ディモスからすればただの通過点でしかない。
「二日ここで待機する。予定の朝には集合しているように。」
ベゥガの配下である進化体ミーバにより全軍に指示がだされる。従わなくても罰は無いがおいて行かれるだけだ。おいて行かれれば次のうまみを得られない。命を秤にかけない魔物達は好き勝手に過ごし、そして次の楽しみの為に指示に従う。
「お疲れ様です。」
ベゥガの側で世話をするのはツェルナの仕事だ。ツェルナはその仕事を好んでいるわけではないが、ベゥガが最初に進化した者として懇意に扱っている。もう一人側に控えている柑渇型のシュニルは常に周囲に気を配り襲撃に備えている。制圧された中でも隠れた者が襲ってくるかもしれない、もしくは突然魔物が裏切るかもしれないと脅迫観念的なほどにベゥガを守る。蒼玄型レズレーはシュニルの目の届かない更に外を監視するのが役割だと考えている。制圧した都市周辺に敵はいないか、はぐれた魔物はいないかと戦後の哨戒を行う。
「ご飯ができたにゃぁよ。」
紅紺型のニュイはツェルナとは違って仲間と協調し補助するタイプの攻撃手である。その世話焼きが講じてか仲間の食事や軍の炊き出し補助などをしている。
「いつもすまんな。」
「これぐらいなら問題にゃあ~よ~。」
主人の謝辞に対してくねくねと好意を隠さないニュイであるがその口調とは裏腹にその姿はやはりコボルトで有り、犬顔である。長い間連れているベゥガでも希に違和感を覚える口調でもある。
「定時報告は完了しました。そのまま蹂躙しろとの事です。」
ベゥガの部下の中でも数少ない魔法能力者である黒玄型のブラウがグラージの配下である巫女を連れて戻ってくる。無表情ながらも陰気な雰囲気を漂わせるその姿はその先の運命を自覚しているようでもありベゥガとしても痛々しい。その心の有り様を変えられないかと幾ばくか努力をしたこともあるがやはり真の主人からの特性は容易には変えられないと半ば諦めてもいる。それでもベゥガ達はその巫女への優しさと哀れみを変えることは出来ていない。グラージの巫女である名も無いオーガは淡々と生を営み、ただ自己を保全することにしか活動しない。作戦上重要とされる軍に預けられ通信補助の役割と監視を担う。
「あと三つだったか。」
食事を食べながら長い遠征の終わりを感じ取る。人型の軍は国を超えれば協調性が無く、それを恥としているのか情報の伝達も少ない。現在も、前もその前も大きな戦術の変更は無く対応する軍を変更するだけで安易に蹂躙されてくれている。
「周りの人類もアレが目障りで実は滅ぼして欲しいと思っているのかもしれんな。」
ベゥガはそうやるせなさそうにつぶやく。人の顔をした生き物はそれ以外の生き物が受け入れられないのはどこも同じ話だ。受け入れた者など片手で数えるほどいただろうかと指を折る。そして結果的にその指を折った者すらも敵に回さなければならない。
「まぁこれも選んだ運命だと。」
ベゥガは食べ終えた皿をテーブルの中央に軽く投げて立ち上がる。ベゥガが立ち上がればシュニルも立ち上がり静かに後ろに従う。
「ご主人様は距離を詰めるたびに気が落ちるねぇ。」
「レズレーですか、状況は?」
立ち上がった者と入れ替わりにレズレーがやってきてテーブルのものをつまむ。
「相変わらず遠巻きの監視だけだね。今回ははぐれも野良もいないな。野良の方は狩られた気配があったがね。」
ツェルナの問いにレズレーはつまみ食いを進めながら答える。
「相変わらず執拗な・・・」
「しょうがねぇよ。統率されると分って放置するやつはそれこと怠慢と言われても仕方ねぇし。」
神聖ディモス軍の行動先にいる魔物はすべからく勧誘対象になる。少数は素直に従うが多くは力ずくで押さえ込む事になる。それでも人類からすれば脅威がただ増えるだけに過ぎない。合流前の狩れる状況で狩っておくのは当然の処置と言えた。ツェルナは嫌悪感を見せるがレズレーは仕方が無いと割り切る。同じ人類が取り残されたならここまで執拗には狩られないだろうとツェルナは石に当たる。顔かたちが違うだけで同じ意思ある生命体とどうして認識出来ないのかとツェルナは納得がいかない。レズレーは長姉がこれ以上荒れる前にとそそくさと退散する。ニュイはいつもの発作かとスルーを決め込み片付けを続け、ブラウは巫女と淡々と所持を続ける。ある意味ベゥガ隊のいつもの風景であった。ベゥガは協調性のない人間国家をたやすく退け、降伏或いは王家断絶に導き国家の体を成さない形で準征服、従わざるを得ない状態のまま放置し先に進む。完全に征服するのは後の者の仕事だ。ベゥガの仕事では無い。そうしてベゥガは深き森の大都市が支配する国境線へと至る。国家としては珍しく国境線を主張する場所に砦を築かず、ただ様々な言語で書かれた立て札が掲示されるのみである。
『ここから先は魔物の領土。害なす者の越境を禁ずる。』
明らかに人間を意識した警告文にベゥガは鼻で笑う。
「魔物の敵は人型種だけか。魔物相手なら縄張り争いとしか見てないのか。」
これを立てた指導者は明らかに魔物よりだが人類にしか配慮していない。魔物と魔物の争いなら自然の摂理としか見ていないのか。ベゥガは立て看板を越え領域を侵す。魔物の悪意、その縄張りを奪うという意思は即座に周辺に伝わったのか近くにいる魔物達が襲いかかる。
「撃て。」
ベゥガの号令の下、銃が火花を散らす。無数の弾丸を受け地域の魔物は即座に制圧される。一匹残らず皆殺しである。
「周辺状況は。」
ミーバ兵がすかさず『異常なし』と看板を掲げる。いちいちレズレーの力を使っていては負担もかけるし漏れも多い。数ある魔術師で代用できるならそれを使用することに躊躇は無い。情報が正しいことを前提にベゥガは軍を進める。四十万からなる魔物の集団にたかだか百程度の魔物など歯牙にもかけないのは当然である。ベゥガは瞬く間に深き森の大都市の領域を侵食していく。
「女王。彼らは競合した仲間ではない。明確な意思を持つ敵だ。これ以上は我々とて我慢しかねるぞ。」
深き森の大都市に所属するウェアウルフの長は女王たるブレセアールに問う。侵攻してくる人型種にはともかく魔物に対してはすこぶる初動が遅い女王にウェアウルフの長は苛立たしさを感じている。だがこの寛容な体制が自分を含む国に住まう多くの魔物を共存させてきたのも事実であることは理解している。それでも今回の魔物達は自分たちと同じく組織だって侵攻し魔物をも駆逐している。叩いて説得してなびくような相手ではないことは国に住まうほとんどの者が感じていることだ。ブレセアールは深くため息をつき口を開く。
「分った。戦う気のある者と力ある者を集め向かわせよ。それでも対処出来ないようであれば我が出る。」
女王の許可を得てウェアウルフを初め周囲の長や上位者も色めき立つ。戦いには多くの者が希望し参加するであろう。その場にいたもののほとんどは素早くこの決定を伝えるために走った。そんな動きを見てブレセアールはまたため息をつく。かつては思い人の為に打ち立てたこの国に、その人が戻らなくなって月日がたった。自分にとってはさほどの年月では無くとも人間にとってはその限りでは無い。もはや生きているかも分らない。どう逃げおおせたのか近隣をくまなく探しても見つかることは無かった。敵対する者は打ち倒し、魔物は懐柔し、彼の為に大きくした国はもう自分だけの為に動かすには大きくなりすぎた。ブレセアールは大きな主目的を失っていたが、自分の勝手の為に集めた者達を見捨てるわけにも行かず、大まかな管理だけは行う。国の細部は動かしたい者が動かしている。自らの種族の為に奔走する権力者だが、他の者を貶めるほど有利にはしない。魔物は魔物同士である程度共存する形にしようとはしているのだ。人間的に言えば欲の天井が低い。お互いが競争相手で協力者でありある意味理想的な形で運営されており、ブレセアールも大きなもめ事、彼らで不可能な荒事を解決する以外では今は動いていない。それでも国の魔物がブレセアールに従うのは彼女が絶対的な強者であるからだ。魔物は魔物らしく力ある者に従っているのである。丸一日で有志が集まり翌日には大ざっぱに編成され迎撃の為に進軍する。自分たちの世界を、縄張りを守るために彼らは敵に向かって突き進んだ。能力の大小はあれどその数は八十万に膨れ上がり、ある程度の協調性だけを持ってベゥガ軍を取り囲むように動きだす。
「数だけは多いな。」
斥候兵を使って周囲に集まる敵軍の情報を探る。雑多な魔物の混成軍で、構成も能力も統一感は少ない。ベゥガ達とは似て非なる魔物の軍。魔物としては正しい姿なのだろうが戦争としては駄目だろうとベゥガは小さく笑う。
「それにしても補助にミーバも使わないとはな。一体も見ていない気がするが。」
「本当に使っていないのかもしれませんね。もしくは生産にのみ使用しているか。」
「大きいだけで昔の俺達と変らないか。」
ブラウの予測を聞きながらある意味魔物らしいとベゥガは昔を懐かしみながらため息をつく。
「世界に住むだけならそれでもいいのかもしれんが、あくまで神の遊戯であることを忘れてはいかんな。」
ベゥガはそうつぶやいて軍に指示を出し進軍方向を変える。包囲する気があるのか無いのか半弧上になっている敵軍の端を突く。最後尾のコボルト隊には罠を仕掛けさせながら、軍の三分の一を切り離すように加速させて襲撃を開始する。森を華麗に進むのはエイプ隊を主にキラービーを率いるラミア隊。都市軍の突出した戦端にいるのは身軽で素早かったゴブリンライダー達だった。ゴブリン族とフォレストウルフ、ダイアウルフなどの大型狼族にまたがり森を高速移動して側面を突こうと進軍していた。お互い森の間を縫って駆け抜け交戦範囲に入る。だがその交戦範囲は斥候兵をつかって情報をつかんでいるベゥガ軍のほうが圧倒的に長い。エイプ隊は木々の隙間の隙間を縫うように爆発物を投擲する。爆弾の音と爆風で体勢を崩し出鼻と速度をくじく。粉塵と煙に囲われどこからかの攻撃と慌てるゴブリン達の上空からキラービーの群れが襲いかかる。光学だけでなく、匂いと熱を見るキラービーにとって多少の煙で対象を誤認することも見失うこともない。蜂の顎と毒針でゴブリンとウルフたちが次々と倒れる。ウルフは匂いと音である程度把握出来ているが、乗り手のゴブリンが混乱して上手く動けない。ラミアもそれを把握してかウルフを削り、落ちたゴブリンを追撃もしくは後回しにする。暴れるゴブリンは振り回す武器で同士討ちも引き起こし、初回のぶつかり合いは戦いにもならない一方的な蹂躙で幕を閉じる。魔物と魔物の間を繋げるミーバ兵により次の目標を定める。エイプ、ラミア隊はそのまま突き進み敵軍の裏へ消える。都市軍のゴブリンの後ろを追いかけていたリザードマン達に対して、今度はベゥガ軍のゴブリンライダーが襲いかかる。デューリの小型種であるデフューリを駆り挑む。リザードマンは剣と盾を振るって抵抗し、ゴブリンライダーは組織的に機動力を生かしリザードマンを翻弄する。槍で弓で爆発物すらも操る。跳躍し木を蹴り、羽をばたつかせ高く飛ぶデフューリを相手に四方八方に上方からの攻撃も加わり都市軍のリザードマンは壊滅状態になりちりぢりとなる。ベゥガ軍のゴブリンライダーも防御の薄さが災いし小さい被害を受けて戦線を維持する程度に歩を緩める。作戦として包囲する気も無く進行速度の差や出発した時期によって自然と半包囲陣形になった都市軍と相手の状態を把握し的確に行動するベゥガ軍とは明確な差が出始める。ベゥガ軍は軍を偏らせて相手の弱い戦端から潰していく。都市軍がやっていることに気がついてもやはり各集団がベゥガ軍を狙って進み、進軍の邪魔になればぶつかり合って速度を落とすか迂回するか乱れた行動が続く。回り込むように動こうとした都市軍の一派は途中に仕掛けられた大量の罠に足止めを受ける。ベゥガは適切に軍を動かし丁寧に都市軍を削り取る。都市軍の元から単調な動きが焦りと怒りで更に単調になる。混乱から逃げ出す者も出てくれば狂ったように戦うものも出てくる。統率が取れなさすぎてくると逆にベゥガの読めない所となりベゥガ軍の被害も拡大していく。
「少し焦って突撃しすぎましちゃったかねぇ。」
周囲を見回すレズレーが楽しそうに報告する。
「理性で押さえつけすぎたが故に魔物らしさにやられた所もあるな。」
ベゥガ本体は先行した自軍の補助をするために切り込んだが、錯乱したように突撃してくるトロールや大型種族に脇の部隊を落とされ、小さな戦場の範囲ではあるが包囲されてしまった形になってしまう。全体から見れば優位に戦えているが偶々突出した本隊が戦場の隅で捕まってしまった形だ。戦場が広くなったとは言えベゥガの大きなミスである。
「私が動いても宜しいですが?」
ブラウがベゥガの機嫌を伺うように尋ねる。局所的に脱出するだけならそれが一番楽で早い。何せこの大群の中にあってもベゥガとその一党だけは生き残るだけの隔絶した能力がある。しかし最後のブレセアールとの戦いまでにできるだけ札を伏せておきたいのが本音であった。ここで手こずっては本末転倒なのだがと悩んだ末、都市戦で使う予定の手札を早めに切ることを決める。
「俺達が動くのは無しだ。その前を早出しする。合図を上げろ。」
ベゥガはブラウに指示する。
「いいね。出し惜しみしてたのがもったいないくらいだ。もっと楽だったろうに。」
レズレーがその行動を知って感嘆の声を上げる。
「敵が魔術師依りらしいからな。出来れば直前まで対処される可能性は下げたかった。」
「自分のへまでそれを潰してしまうのは悲し~い話ですにゃ。」
ベゥガは苦笑いする。ブラウは筒を上空に掲げ紐を引く。花火のような閃光が飛び上空で三重の音を出す。音に気を引かれた敵味方問わず魔物は多かったが、その音を聞いてからのベゥガ軍は動きが、兵装が変る。ゴブリンがコボルトがトロールが、手を持つ魔物の多くが銃を手にする。そして更に後方に配されていたミーバ兵が動き始める。周囲に鳴り響く銃撃音。二十万の軍が取り出した筒状の物から金属の玉をばらまいた。都市軍から見た最初の感想はそれだ。しかしその感想を抱いた次の瞬間には肉片に変る。戦闘力が低めの数が多い魔物はまず抵抗できずに砕け散った。中型の魔物も十ほどなら耐えられるが耐えた次の瞬間には同じだけ、次の瞬間には二倍、三倍の銃撃を受け肉片となる。特定の攻撃以外に特別な防御を持つ種さえも再生力が追いつかずにその場に崩れ落ちるしかなかった。耐久力の高い大型種さえもその被弾面積から長く耐えることは出来ない。一撃の威力自体は中型種程度であるにしてもそれが数秒の間に三十も四十も打ち付けられれば耐えられる魔物は一握りしかいない。数だけは拮抗していたような戦場がものの十分後には最上位種千体弱を残すのみとなった。
「貴様ら一体何をしやがったぁぁ。」
トロールの長が叫ぶ。
「わかんねぇなら大人しく寝てくんねぇかなぁ。」
血を流して叫ぶトロールの足下でコボルトが銃弾を装填しながらつぶやき、そして銃身を上げて引き金を引く。銃身から放たれる熱を内包した散弾がトロールの胸元から頭部を塵に変えた。
「さすがに専用弾は凶悪っすねぇ。」
コボルトは倒れるトロールの音を聞きながら上機嫌に脇を通り過ぎる。我に返った都市軍が動き出せば再び銃弾の雨が降り注ぎ、死なないまでも四肢にダメージを受けて身動きが取れなくなる。
「過剰な再生も追いつかなけりゃこんなもんっすかね。まぁこれで死なねぇだけでもすげぇんすけどね。さてこいつはなんでしたっけかな。」
うごめく肉片の様子を見ながら弾選びに悩む。
「取り敢えず銀か燃焼撃ち込んで考えればよくね?」
思考を放棄して取り敢えず撃ち込んでから様子を見る別の者。
「弾に限りが有るから少しは節約とか鍛えるためにも考えろって言われてるっしょ?」
肉片の動きが止まり正解だったのかと舌打ちしながらも反論だけはしておく。もはや戦場は残兵処理の陽気な狩り場となった。
「しかし専用の防御さえなければほんとさいきょーって感じの武器っすよねぇ。」
小話に興じながら銃撃隊は進む。
「俺は金貨投げながら戦ってるって聞いてちょっと震えてるよ。これ一山が報奨金と同じくらいらしいんだぜ。」
「まじかよー。支給品じゃねぇとやってらんねぇな。」
一部の上位種の抵抗を受けて油断した者が粉砕されたものの戦場は手札を切ったベゥガ軍の圧倒的な勝利で完結した。
「さて、さっさと中央都市に向かうぞ。」
周辺の敵性兵力がいなくなったのを確認しベゥガが全軍に指示し侵攻を進める。首都と言うべき中央都市に逃げ帰った最初の一族の話は情報として価値の薄いものだったが、最後の戦いを誤魔化しながらも生き残り逃げ帰った者の話を聞いて中央統治者代表達は身を震わせた。全軍の六割に値する数の九割以上が失われ、戦力から考えれば七割超が失われた形だ。しかも敵は未知の武器を持ち戦果から考えればほぼ無傷といって良い状態だ。ブレセアールの前でどうする、どう兵を集めるなど混乱に陥る統治者達。ブレセアールはその様を見てまたため息を漏らす。
『いつから彼らは魔物としての気概を失ったのだろうな。』
力では無く言葉での統治が優勢化し、腕力のある者より小賢しさのある者が都市の中では力を持っていた。それは人の摂理であり、獣、魔物の摂理では無い。魔物はいつだって力で解決してきたはずだった。こんな話し合いをするくらいなら『行くぞ』と声をかければ良いだけのはずだった。
「お主らは出るのか?出ないのか?」
ブレセアールは重たい口を開き尋ねた。お互いの顔を見合わせて自分は力が、お前が行けなど保身に走るばかりで話はやはり進まない。配下が解決できないなら今まで通り自分が動くかと体を動かそうとした時、都市が爆音で揺れる。
「なんじゃぁ?」
大型のネズミ人が窓を開き壁を登り屋根から周囲を見回す。都市の一角から煙と炎が上がっている。それを確認するやいなや今度は数カ所で爆音が続けざまに起こる。重たい地響きと共にビリビリと爆音が鳴る。ベゥガ軍からの砲撃であった。ベゥガの銃を大きくすれば強いのではないかという単純な思考から研究が進み、大砲が開発されそして弾道学に行き着く。火薬量、角度、そして魔法。様々な要素をまぜこの世界における長射程砲が完成した。その距離十三km。現代からすれば決して長くはないがこの世界における兵装、魔法からみても特筆すべき長距離攻撃であった。魔法で再現は可能だがここまでの即時展開、速射は不可能である。
「何が起こっておるっ!」
「第一報によると球状の魔力体が爆発を起こしていると・・おぉう。」
何が起きているか確認している内に更に爆発が起こり驚きの声を上げる。
「防衛担当の魔術師はどうしたのだ?」
ブレセアールが体を起こしながら静かに尋ねる。
「だ、第一障壁は無かったかのように貫通されたとのことです・・・魔術師による第二障壁も順次貫通。実体のある壁系はいくらか効果があるようですが防御点が高く間に合わず労力に対して防御効果は見込めないようです。」
ブレセアールの威圧感におびえながら慌てながら報告がされる。ブレセアールは軽く舌打ちした後杖を掲げる。
『闇の帳よ、光と力を拒む天蓋たれ。』
都市の七割を覆う黒き幕が広がり都市は影に包まれる。突然の闇にまた混乱が起こるが爆発音が空に映ったことで自分たちが助かった事による安堵の方が大きくなり徐々に落ち着きを取り戻す。
「神聖ディモスなる魔物の代表から降伏勧告が来ておるようです・・・が現地ですでに反発し戦闘になっておるようです・・・」
追加報告を受けた者が苦しそうに声を出す。
「・・・噂に上がっていた選定者の国か・・・よい、お主達には無駄な犠牲を出させてしまったようだ。これは私の案件のようだ。」
ブレセアールはそのままテラスに進み騒動の先を見据える。
『我が血を犯す者よ、悔いて食われ喰い散らされよ。』
魔力が動き怨嗟に満ちた呪いが発動する。
「戦わない者は避難せよ。ここから先は生き残るすべが少ないゆえな。」
ブレセアールは尾を締めそして解放して飛び立つ。
「女王が出たなら万事解決よな。」
統治者達は安堵の声を漏らす。彼らにとって女王はいつも最後の解決策でありそしていつも無事に終わっていた信頼すべき者であった。その先にあるものが女王と同じ立場である者という意識が彼らには欠けていた。女王もシステムに組み込まれた一つの駒であると言うことを。




