俺、取り戻す。
さすがに帝国正規の騎士とあって連携能力が高い。重騎士の侵入に合わせて魔法を使い対象である俺達を足止め、すかさず重騎士が飛び込み動きを固められる。小さなスペースの中では武器の取り回しも難しい。力で押し返すにも後ろに重なった騎士達の数が単純な質量の壁として動かない。
「これは厳しいんじゃないのかい?」
神雷卿レイオスが余裕有りそうに尋ねる。
「これを厳しいっていうなら、お前の存在は無理難題だなっ。」
俺はレイオスの発言を軽く流す。レイオス自体も短剣を構え、手甲を併用しながら重騎士達からの攻撃を器用に捌く。強力な魔法が来る前にさっさと動かないとな。ぱっと見、あのレベルの連中で破られるような防御では無いと思うが、時間と数をかければいくらでも強力に出来る余地があり油断は出来ない。狙いがわかりきっていたので構築を進めておいた魔法を展開する。
《地形操作》
俺達のいる際から足下の地面が急速に盛り上がる。十mも引き上げれば周辺のどの建物よりも高い。
「魔法だと!?魔術隊は何をしていたぁ!」
総司令官様の怒声が聞こえる。君らを探知したときから隠蔽して準備してたから気がつかないのも仕方が無い。魔術隊らしい者が何か言い訳をしているようだが己の無力を反省したまえ。
「かなり狭いのだが、これからどうするつもりだね?」
レイオスが若干不安そうに下を見る。多少高くなったとはいえ屋根にいる弓兵や魔術師からは余裕の射程内だ。レイオスへの無意味な憎悪さえ無ければいくらか有能な総司令官が我に返って指示を出せばこんなちゃちな土柱などすぐに倒されるだろう。まぁ倒されたところでさほど問題では無いのだが。
「いつもなら弓でぱぱーっとやっちゃうとこだけどねぇ。」
下で群がる騎士を見回してつぶやく。
「元とはいえ少し前まで戦っていた同胞を見殺しにするのは忍びないな。」
「お前はそう言うだろうよ。」
俺も仏心を出すつもりも無いが下手に帝国が本腰あげてきても困る。舐められて執拗に追ってこられても困るし、ほどほどに追うにはリスクが高いと思わせたい。そこでなおかつ相手の面子を潰さない。
「ああ、面倒くさい。」
《空中歩行》
俺とレイオスに空中歩行を行使する。魔術隊の面々は反応できたようだが行使速度が速かったのか対応は出来ていない。狙いは分ったろうけど。
「なぎ倒してもいいけど一旦ここは離れるぞ。」
俺は空中に踏み出しレイオスを促す。レイオスも続いて踏み出す。俺達が動き出せば総司令官も叫び声を上げて追撃を命じる。しかし地上の騎士はあそこに俺達を止めるために詰め寄せている。追えと言われてもすぐには動けない。それでも騎士達は整然と動き出し無駄なく動く。
「さすが帝国騎士。よく訓練されてるねぇ。」
「領土拡大路線で貴族はかなりの時間を費やさせられてるからな。」
俺は首を振ってその苦労を憂う。下から飛んでくる矢を障壁で弾きながら足を速める。
「そろそろ降りないとな。」
百mと少し走ってから俺はレイオスを促して屋根の上を目指して下降を始める。魔術隊から解呪の魔法が飛ぶ。ありふれた魔法をそのまま使っていた為か対応が早い。特に対抗処置も施していない《空中歩行》はあっさり解除され俺達は二mほどの高さから屋根の上に落ちる。
「これもまたわずかに早かったか。」
民家の屋根に荒々しく着地し素直にその練度を賞賛する。
「少し考えた方が良いのでは無いかね?」
レイオスが若干不安そうに進言する。彼もまた帝国軍の強さを知ってのことだろう。人一人が四十万の精兵を倒すのはかなり大変なことだ。概ね途中で力尽きることになる。まぁ、菫か蘇芳当たりならこのレベルの相手ならやれてしまうんだろうが。俺は疲れるからご遠慮したい。
「その必要も無い、蹴散らしながらこの街を出るっ。吹き飛べやっ。」
魔力を組み上げ魔法を構築する。追撃に専念して動かなかった魔術師にこの距離は厳しかろう。
《巨人のくしゃみ》
神谷さん謹製の大規模無力化魔法、とくとご覧あれ。ふざけた名称とは裏腹になかなか凶悪だ。術者の前に展開された楕円形の魔法陣から瞬間的に膨大な風の塊が撃ち出される。三mほどの楕円から吐き出される暴風は離れるほどに広がり百m先の広場にたどり着くころには幅二百mほどに膨れ上がり円錐内にいる帝国軍に猛威を振るう。吹き飛び転倒する者、なんとか耐えても風に押されて押し戻される者。屋根の上にいた者達に耐えられた者はおらず残らず地面に吹き飛ばされた。それでいて建物には何も被害がない。砂一粒すら舞い上げない。精緻な術式に制御された魔法は木が折れそうなほどの暴風を吹かせながらも動的生物と所持品にしか影響を与えない。
「さて、逃走再開だ。」
わざわざ飛び上がって移動したのは指向性魔法の範囲に全員を収めるためだ。
「まぁ重装兵に追いつかれることは無いかもしれないが・・・」
「何、少なくともあの辺にいた騎士のほとんどはもうしばらくまともに動けんよ。」
攻勢魔術聖なわけでもない神谷さんの作った弱体化魔法なので特別な効果を付加するわけでもないが、この魔法の面倒なところは押し戻すだけでは済まない。程なくして広場の方から咳き込みの大合唱が聞こえる。レイオスが不安そうに振り返ってから走り始める。風の範囲に入っていた対象は胡椒をばらまかれたかのようなくしゃみを併発する。実際に胡椒に類似した成分を散布しているようだが、ギミックに気がつかず呼吸しようものなら覿面この罠に引っかかる。いかに体が健康でも防御が高かろうと関係ない。動けないとい状態にもかかわらずシステム的な防御では生活反応までは防げないのだ。耐久が高ければ症状は押さえられるが物質が滞留している間は影響下に入らない訳ではない。追っ手の大半が動きを止めたところで追撃を気にせず走る。しかし広場の騒ぎと行動についてはすでに総司令官が告知しているのか街中の帝国騎士がいなくなったわけでは無い。随所に三、五人組の騎士が現れ行く手を塞ぐ。その頻度と数は徐々に増えていく。俺の方は余裕があるがレイオスは先ほどまで全力で戦い、なおかつ瀕死になっていただけに疲労の蓄積が大きい。額から流れる汗と呼吸のわずかな荒さが限界までそう遠くないことを感じさせる。街の住民に配慮し建物を破壊しないように務めている為、大きな攻撃もやりづらいのも原因と言える。
『主殿、全て回収したであるよ。』
『そのまま予定地点で。』
紺からの報告を受けて喜びを隠せずテンションが上がる。
「ん?希望が見えてきたかい?」
騎士の手、足を華麗に切り捨て無力化したレイオスが俺を見て朗報を期待する。
「いやブツの回収が終わったと報告が来てね。」
「遠話か。魔術師にあそこをまかせるとは。突破できるのかね?」
レイオスは再び顔に影を落とす。
「いや通話のほうは特殊でね。担当は魔術師じゃないよ。まぁ魔法もつかえるけど。」
俺の答えに、優秀な部下でうらやましいことだなとレイオスはつぶやく。この場に集まった十三人を倒した後、大通りを進もうとすれば進行方向を騎兵と軽装騎士に塞がれる。面倒だと舌打ちしたところで金糸雀の盾が輝き指示無く金糸雀が顕現する。
「金糸雀!何を勝手に。」
「目当ては見つかったのやろう?ここは私に任せて脇から進んどぉくれやすな。」
レイオスや帝国騎士から見ても盾から少女が生えてきたようにしか見えなかっただろう。まだ輝く粉を振りまいている金糸雀という少女がどういう存在かつかみかねないでいるようだ。
「くそ、顕現したなら文句も言えんな。ちゃんと戻って来いよ。」
「信用の無い事で。」
金糸雀が口元を押さえてころころ笑う。
「行くぞ。」
俺はレイオスを促して脇に逃げる。合わせて軽装騎兵が脇にそれようと動き出した所を金糸雀が鞭で足を絡めて転倒させる。
「私を倒さへんで追いかけるやら出来る思われしまへんように。」
騎士達が一瞬戸惑いそして騎兵が金糸雀に突撃し軽装騎士が散会するように動く。
「無駄どすえ。」
金糸雀が鞭を振るえばその先端は八つに分かれ参会した軽装兵の手や足を絡め取る。余った一本がファイの足を捉え突撃の動きを止める。騎兵の一人が金糸雀に突撃をしかける。それに合わせて別の騎士が鞭の根本に刃を入れる。突撃は金糸雀の盾に軽く流され、刃は鞭をすり抜け空を切る。盾で受け止めたダメージはすべからく鞭で捕らえられた軽装騎士に転嫁され騎士がうめき声を上げる。
「さぁさぁ私も久しぶりの地上どすし、時間まで楽しましてもらいますえ。」
追うのを諦めた軽装騎士が戻り、騎兵も鞭が繋がっている状態でうかつに突撃は控えているようだ。金糸雀は笑い、短剣を投げ、挑発し、舞い踊るように騎士達を翻弄する。楽しそうな金糸雀を置いて俺達は街角に姿を消す。
「あの少女を置いて来て大丈夫なのか?」
「ああ・・・」
レイオスが少し怒気を強めて確認してくる。俺は少し気のない返事で答える。
「今からでも加勢すれば・・・」
「いいんだ。短時間ならあの程度相手に後れは取らない。」
「援軍が来たらどうするんだ。」
走りながらも追及の言葉を緩めない。
「本人も多分それを狙ってる。騒ぎを大きくして周辺の敵を集めるつもりだ。」
「それが分っていて置いて来たのかっ。」
レイオスは足を止めて怒る。
「ふがいないけど出てしまった以上は本人を尊重する。」
俺は足を止めて振り返る。
「アレを少女と思うな。俺達の関係を疑うな!俺が任せたとしたらそれまでだっ!」
俺は走り出す。レイオスも察して走り出す。
「宙から出てきたが、あの少女はなんだ。」
「企業秘密だ。」
レイオスの質問に答えたが意味がしっかり通じないのかレイオスはわずかに首をかしげる。
「この世界に残ったわずかな残滓をたどって世界の外から来ている俺の部下だ。」
俺は方法を答えずその本質だけ教える。レイオスはまた首をかしげるが一点では納得いったようだ。
「それで琥珀か。」
「そういうことだ。もらうことは変らんからなっ。」
察したレイオスの言葉を遮るように俺は語気を強める。
「いや、今更そんなことは言わない。ただ叶うなら今一度あの少女に会ってみたい。」
レイオスの言葉に俺は悩む。
「気が向いたらな。」
それだけ答えて走る。前方に気配を感じて足を止めて身を隠す。騒ぎを聞いて動く騎士をやり過ごして集合地点を目指す。外壁に登る入り口の見張りを遠距離から麻痺させ階段を走る。外壁の上にいた見張りを同じように無力化する。
「降りるぞ。」
軽く外壁を乗り越え五m下に落ちる。着地は魔法で制御して被害を極小化する。レイオスも壁を乗り越え壁を滑り止めにしてか落下速度を制御しながら降りてくる。
「お疲れ様です。その足手まといも連れて行くので?」
「一旦はな。予定地点Bへ行く。」
菫がレイオスを蔑んだ目で見ながら尋ねる。そして俺の周りを少し見回してから
「金糸雀は?」
「勝手に出てきて遊んでるよ。」
俺の答えに菫がため息をつく。菫が収納から飛行板を取り出し準備をする。
「こっちは良いであるよ。」
音も無く板の上に紺が現れ、レイオスの驚きを誘う。その様子を少し笑ってどうでもいいやりとりをする。
「紺、街の状況を。」
「ほい。」
俺の要請に応えて紺が魔法を展開する。
「こんなもんであるかな。」
紺は調べた結果をイメージで俺に渡す。
「これが追うリスクだ。黙ってひっこんでたら邪魔はしねぇよ。」
俺はそうつぶやき魔法を構築していく。
「お優しいことで。」
敵であれば消せばいいと菫が声に出す。
《落雷牙》
狙った指定地点に杭を落とす物理系の魔法である。増強すれば結構な数を落とせる。距離も申し分ないのだが見えない地点を把握するのは手段は別に用意しなければならずとっさに使うには使い勝手はいまいちである。元々見知った場所や、建物を壊したりする場合に使われる。上空に銀の杭が出現し、目標が動く前に指定地点に打ち込む。
「お見事、であるよ。」
斥候兵を通じて結果を確認した紺が意図通りになったことを伝える。総司令官の周りに九つの杭を打ち付けて簡易的な檻にしてやった。総司令官本人の面子だけ丸つぶれだろうが、それが出来ると言うことを他の者が認識するだけで俺に対するリスクは伝わり、意図も理解出来たことだろう。
「さぁ行くぞ。」
飛行板を起動し空高く飛行していき、そして迷彩を起動して一息つく。
「こんな物があるなら帝国を落とすのにさほどかからないのでは無いのか?」
「これ作るのにどんだけかかってると思ってんだよ。そんなに頑丈でも無いしな。それにそれで落とせると思ってるほど楽観視はしてない。」
俺は素直に答えてやる。レイオスはそれでも唸って何かを考えている。
「結局足りないのは時間なんだ。クラファル王国は黒幕が最初に出てきて自壊していったからまだいいけど、それでも一年超使ってんだぞ。準備期間はもっと減らせるとはいえ・・・今、そこに時間はかけたくないな。」
「そうか。だが時間があれば出来るという所が恐ろしいな。」
俺の答えにレイオスが力を抜いて口に出す。
「対抗策は置いていくけど、周辺状況と帝国の拡大率から考えて俺がいる間に帝国と戦争になる予定はない。そもそもお前はどうすんだよ。もう帝国からしたら反逆罪に逃亡罪だろう。皇帝にお伺い立ててどうにかなる話か?」
「そこは悩ましいところだな。訴えが届けば弁解の余地はあるとおもうが、今の状況で届けられるかというとなぁ。」
レイオスは苦笑いして笑っているがお前をずっと養うつもりは無いぞ?小話が終わりしばらく沈黙している間に予定地点にたどり着く。ここに来る段階で建てておいてもらった小型砦である。
「いつの間にこんな所に砦が。」
中庭に降りたところで真新しい砦をみてレイオスが驚く。
「辺鄙なところで戦略的に意味も無く、周囲の状況も伺いにくい。兵を伏せたり何かを隠すためにしては少し小さい・・・だろ?」
驚くレイオスに思ったであろう疑問に俺が代弁する。初期の砦なので五十人以下ぐらいの物でかなり小さなものだ。木製で俺達クラスを相手にするには壁にもならないレベルである。
「お前みたいなのを拾う可能性もあって作っといたヤツだよ。この国とは全く関係ない。」
そして解答につなげる。レイオスは納得したようだが疑問は晴れていないようだ。
「紺、取り敢えず戦利品を。」
「勝ったというか強奪であるのでは?」
紺が冗談めかしながら砦の中に持ってきたものを並べる。士官の部屋が多かったのか机、椅子、書類関係や貴重品、趣向品が見られる。そして陳列が進んでいく内にレイオスが反応する。
「その辺から私の部屋の物だ。」
「じゃあ、その部屋にあった物を出してもらうか。」
並べた物を俺と菫で回収し、紺が続いて並べていく。他の部屋に漏れず書類や趣向品が並ぶ。そして古そうな鞄が出てきたときにレイオスがまた反応する。
「それを持って行ってくれ。」
レイオスが鞄を指さして言う。俺が取りに行こうと思ったが菫が遮って鞄を取る。この期に及んでまだ罠とか警戒してるの?菫が鞄を見回し、手を探り調べている。俺もレイオスも紺ですら苦笑いだ。
「問題なさそうです。」
ある意味楽しみにしていたことは保留してくれ、問題ないと判断した菫が鞄を俺に渡す。俺は鞄を恐る恐る上げて中にある物を確認する。柔らかな布と何かのメモ書き、そして小さな巾着が見て取れる。成形したときと同じ姿をした琥珀。一カ所見知らぬ大きな傷があり細かな傷が散見する。俺はレイオスを見る。
「今でもたまに思い出すが・・・その傷は拾った時にはすでに着いていたものだ。直しても良かったが削るのも忍びないし、そのままにしていたんだよ。」
意図を理解してかレイオスが答える。
「いや、どちらにしろ問題ない。」
俺は琥珀を透かしてみて懐かしさに浸る。沈黙が当たりを支配する。そしてその沈黙を砦に大木に小野を打ち付けるような小気味のいい音が破った。
「なんだ?」
急に現実に引き戻されて少し戸惑う。金糸雀の盾が怒るように右往左往しながら俺の前まで飛んでくる。
「置いて行かれたってか?時間も守らず遊んでるからだろ。」
怒りの原因を推察して楽しんできたと思われる金糸雀をたしなめる。そこは自覚があったのかしょぼくれたように高度を落としてゆらゆらする。
「貴方も・・・懲りないでしょうが少しは反省なさい。」
菫が金糸雀をつまみ上げて言い含める。
「さて、金糸雀も戻ったようであるし、どうするであるか?」
紺が改めて確認するように尋ねる。多少の機密を知られてしまったが後でとなれば更に上乗せになることも間違いない。となると輸送の手間を考えれば今か。
「しょうがない今やるか。」
俺は諦める、そして覚悟を決める。
「これからやることは世界的にはかなりまずいことだ。まぁ再現しようにも前提が足りないから出来ないだろうけど、これを理解すると言うことは世界の法則の一部を理解すると言うことにもなる。」
俺はレイオスに向き直り突然勧告を行う。レイオスは一瞬戸惑ったが、悟ったように何かを理解して頷いた。
「私がそれを知ることで私自身が害を受けたり、もしくは自分の意味を問うことになるということだな?」
レイオスは俺の意図を正しく汲んでくれたようだ。
「詳しい説明はしないがこれから行うことはある意味死んだ者をこの世に呼び戻す行為だ。本来この世界ではなしえない魔法であり、ある裏道を持っている俺だからこそ出来ることでもある。よってこの成功がお前の心境に何をもたらすかは分らないが、この魔法をお前の為に使うことは決して無い。それだけは覚えておけ。」
俺は一方的に説明、通告し収納から魔法陣を取り出し広げる。中心に《遠隔操作》を使って朱鷺の琥珀を置く。本当はもう少し琥珀に仕込みをしてからの方がいいのだが顕現させるならこの状態でも問題ない。魔力を魔法陣に流し込み術式の発動を待つ。二十分ほど魔力を注入しようやく準備が終わる。
「最初はドキドキ感がと止まらんであるが・・・長いであるよなぁ。」
じっと耐え忍ぶことが仕事である紺でもこの変化のなさ過ぎる環境は微妙に耐えがたいものであるようだ。
《深淵接続》
意味を鑑みればこの名称がふさわしいが、明らかに死者を呼び戻すような魔法では無い。レイオスは魔法の宣言を不思議そうに見つめる。鈴の持つ【神託】を経由して認知している個体の世界外記憶領域とそのものが残した思い入れのある物品を接続し、物品に対して世界外記憶領域の意思を直接行使させるという方法である。一度接続されれば神託を経由する必要なく世界外記憶領域と物品はこの世界に存在する者達と同じように思考を世界に出すことが出来るようになる。思い入れのある物品などではなく形あるものなら何でも良さそうだが、世界外記憶領域がそれを自分の体と認められる何かが必要なようで、全く無関係なものと接続することは未だ成功していない。これで琥珀と朱鷺の接続は成功した。金糸雀の場合は盾に様々な付与を施し金糸雀がそれを操作することで外界での運動を可能としている。思考を物品に繋げるだけでは正直何も出来ないのである。そこでもう一手間。次の魔法陣を広げ琥珀をそこに置く。同じように魔法陣に魔力を注入する。紺も割とだらけ気味に見守っている。菫は真面目そうに見ているが内心どう思っているかは知らない。金糸雀については当りがかなり悪いので正直良くは思っていないのかもしれない。金糸雀は数々の実験にさらされたが、その辺には理解があり仲間が増えることを楽しみにしているようだ。魔力を注入すること二十分、準備が終わり魔法を行使する。
《分体精製》
記憶域に存在する自分の形の複製体を作る魔法である。ある意味遺伝子からクローンを作るのに似ているが、やっていることはパソコンにおけるコピー&ペーストに近い。琥珀を中心に朱鷺の体が構成され琥珀は首飾りのように朱鷺の胸元に収まった。
「お久しゅうございます。ご主人様。」
懐かしい声、懐かしい姿で朱鷺が挨拶する。
「朱鷺、お帰り。」
俺は涙を堪えて朱鷺を迎える。
「ここはどこか分りませんが、それなりに無茶をなさったようで・・・そこにいるのは雷光の騎士ですか?随分年を取ったようですが。」
俺は気がつかなかったが当時の顔で認識している朱鷺からすればレイオスは相当年をとっているだろう。
「あれから二十年と少し経ってるからな。」
「そんなに時間をかけて私を再構成しようなど・・・盤面はちゃんと進んでいるのですか?」
朱鷺がほおを膨らませて俺を叱る。そして周りを一回りしてその場にいる者達を視線に入れる。
「これまでご主人様をお守り頂きありがとうございます。私も微力ながら復帰させて頂きます。」
そして一礼して挨拶する。
「体の使い方に関してはまた説明するよ。物体の方も機能化しないといけないしな。」
「少し体がふわふわしますが、そういうことでしょうか。」
魔力体で構成されているので当時より体重はずっと少ない。
「朱鷺殿・・・あの時はすまなかった。」
レイオスが突然謝罪する。
「謝罪されるような戦いをしたつもりはありませんが・・・あの時は私にも貴方にも余裕はありませんでした。むしろ貴方が生きている事の方が私としては腹立たしいのですが。」
確かに最近接して自爆したのにやりきれなかったのは悔いがあるか。
「それを言われると・・・はは、何か色々あった気もするがこうしてみるとどうでもいい気がするな。」
「随分時間もたっているようですし、お互い水に流してしまいましょう。」
朱鷺がぱっと手を広げ笑う。
「さて、これからどうするか確認しましょうか。」
朱鷺が俺に振り返り聞いてくる。
「基本的には本国に帰還となります。割と投げ出すようにこちらに来たので色々問題があるかと思いますし。」
菫が朱鷺の質問に答える。
「紺はどうするであるかな?」
紺への指示次第ではこのまま移動した方が良いと言うこともある。
「紹介と今後の方針も含めて一旦戻ることには変らん。どちらかというとレイオス。お前がどうするかだ。」
俺はレイオスを見て尋ねる。レイオスは一度大きく息を吐いて俺を見返した。さて、何を考えているやら。




