俺、合わせる。
神雷卿の姿がまた雷光に包まれる。先ほどの状態から見ても反応は出来ても簡単に当てられはしないと安易に加速したかな?
「代々繋がれる武聖の中でも遠距離系武器の代表格である弓聖に関してはとりわけ相手を補足できない状況が問題視されていてね。」
俺は弓を引き無造作に撃つ。矢が消えてあらぬ地面に刺さるが、矢が一瞬で炭化する。
「ただ見えない、速いだけなら第四技 落運で良かったんだが・・・お前のように半霊体化している場合はさらに問題が発生した。」
俺は意味も無く解説を始める。そして弓を持っている限り発動してしまう無駄に鋭敏な感覚により後ろからくる雷光纏う剣を鎧に沿わせて回避する。そして後ろ蹴り。普通なら腹に入ってそうなタイミングであるが雷光化の影響もあってか足は空を切る。さらなる気配を感じて軸足を跳ねて体を回しながら飛び上がる。その場所にさらに剣戟が走る。
「そこで魔力そのものを矢として放つ第六技 轟咆なる技術が生まれる。」
当たらないと分かっていて通り過ぎた剣戟から推察される位置を円柱の白い光で打ち抜く。その名にふさわしくなく全くの無音である。非実体に対する特攻があるが何も実体が無いものに効果がないわけではない。ただ貫通力や刺突能力は全くない。内輪で何が問題になったかっていうと生物の急所を狙って即死が出来ないことだ。刺すよりも叩く、焼くに近いダメージを与えるので内臓を狙うのは難しい。意固地になって脳震盪を狙う先代達もいたそうではあるが。腕を広げ回転を緩めて着地。すかさず斬りつけてくる神雷卿の攻撃を無造作に弓で殴りつけて弾く。
「ん、思ったより動揺したな。そりゃ近接されたら終わりなんて、自分の土俵以外で戦ったら一般並なんてことはないぞ?」
電撃音を周囲にばらまきながら様子をうかがって動いている。
「それらを組み合わせてそういう輩は概ね対処できるようになったわけだ。複合技 凋落。」
第四技 落運は撃った矢は狙った相手に当たるという雑な技だ。自分と相手の幸運値の差が大きいほど被害が大きい部位に当たる傾向にある。そう、狙った相手には当たるがどこに当たるかは運任せなのだ。毛先からつま先、眉間から心臓まで何でもありだ。そして開発者はよほど運に自信がなかったのか、幸運差は高い低いが問題ではなくあくまで差分が効果値に影響する。そして殺すつもりで矢を放つことが通常な状態において当たり方が運任せというのが歴代弓聖の頭を悩ませたが当時この技が認められるほど四代目の運勢は悪かったのだろう。彼以外の誰が使っても効果のほどは不安定な結果を見せる。だが第六技と組み合わさることでこの技は見えない、当たらない相手に対して抜群の効果を与える。
「がっ。」
凋落が放たれた瞬間に神雷卿の姿があらわになる。右足が発光しているところをみるとそこに当たったのだろう。ある意味良い位置に当たった。神雷卿のような元実体、もしくは元々非実体で当然当たらないと思っているやつほどこの衝撃を受けると混乱して動きを止める。そして追撃に轟咆を放ち神雷卿を地面に転がす。
「それだけがその剣の利点じゃないだろ。もっと攻撃してこないと本当に矢の餌食になるだけだぞ。」
雷光を解いて起き上がる神雷卿に忠告する。こっちは短剣相手に斬りかかられながら弓を撃てるように訓練させられているのだ。わずかでも弓を構える時間を作らせないのが弓聖を相手にするセオリーだ。そこまで教えてやるつもりもないが。神雷卿は雷光剣を構え覚悟を決めるように力を込める。神雷卿が消えた瞬間に俺も走る。周囲から見ればどちらも消えたようにしか見えないだろう。俺は神雷卿の予定位置に矢を放つ。静寂とは違い純粋に最速の第一技 瞬。台を重ねるごとに軽んじられた技ではあるが一時から評価は高まる。多少の負荷増加さえ目をつむればかなりの重量でも異常な速度で打ち出せる。撃ち出す物さえ用意できれば負荷当たりの威力は依然最強格である。不壊鉛の矢。腕力馬鹿の蘇芳でも十分な飛距離で飛ばすことは困難だ。百mもしないこの距離で射程云々の話は意味もないが瞬はその射程も減じない。なお直線的に対象に打ち込むと《偏向防御》の対象になる。なんてことを考えていたら見事に引っかかった。神雷卿のすぐ背後で矢は極端な軌道をとってねじ曲がる。軽く舌打ちをして振り返る神雷卿を横目に高速移動する。神雷卿も一方的に撃たれる訳にもいかず逃げの移動を行う。そして逃げが意味がないことを教えてやったのにとため息をついて落運を放つ。今度は比較的頑丈な金属矢だ。不壊鉛の矢は瞬専用であり、他の技には使わない。所々で神雷卿の鎧に弾かれて矢が跳ねる。落運の目的は居場所を知り、次の場所を推測すること。
「歴代の弓聖はあくまで弓技に魔力を加算して行われている。最初にやったと思うが、俺はそこにこだわっていないぜ。まぁ先代達は出来ないからやらなかっただけだろうがね。」
歴代の弓聖に選定者は意外と少ない。そして極めた者達は専念したからこそその地位に輝いたわけで、俺のように色々手を出してそこに至った者などいなかった。大体システムの仕様が悪い。落ちた矢を起点に超重縮を発動し神雷卿の動きを制限する。一瞬足が止まった神雷卿に向かって矢を放つ。重力にあらがいながら回避し、移動する。その場で打ち落とすのが正解なのだがその場にいれば重力に引きずられるのだからそうせざるを得ないだろう。ただ正解と言ったのはその超重縮を回避しなければおまけは少なくて済むという意味でしかなく、俺の中では引きずり込むことは確定している。ようは隠した手札をまだ持っているかによる。追い込む矢の中に落運を混ぜ不意に体に矢を当てる。神雷卿の気が一瞬それるがすでに手遅れである。
《起点転換》
継続している魔法の起動場所を交換する魔法である。罠にかけるには最適であり、また魔法発生によるタイムラグが極小化するメリットもある。条件が厳しいが矢を起点としていることで問題なくクリアしている。神雷卿の肩口を中心に超重縮が発生し神雷卿が捕らわれる。そこから安全に脱出するには雷光化しかないだろう。誘導するように打ち込んだ矢を使って防御結界を構築する。神雷卿は外部から守られるように、そしてそこから脱出できなくもなる。神雷卿は外部の状態に気がついて雷光化はしないようだ。自己で魔法を構築し超重縮に耐えている。
「意地でもそこから動かないと死ぬぜ?まぁそう追い込んだのも事実だけどな。もう手がないならこれでチェックメイトだ。第十技 非道。」
狙いを定めて弓を引く。身動きできないが守られている神雷卿相手には格好の技だ。弓聖技としては一瞬の隙を狙うには少し難しいというレベルで溜めがいる。むしろ相手が引きこもって膠着した時に使うのが本来の仕様だ。放たれた矢は金銀の光を散らしながら目標に向かって飛ぶ。物理的、魔法的あらゆる防御を貫通し直接体に打撃を与えるこの世界のシステムにおける特攻とも言える能力を持つ。本来矢を命中させるという目的においての速度、隠密性を殴り捨てて貫通と攻撃力に特化するという代償に対する利益、一種呪いのような効果をもった技でもある。俺が張った防御結界を無かったかのようにえぐり抜き、重力にも引かれず、ねじ曲がらず神雷卿の心臓に向かって突き進む。神雷卿があがくように身を振り、そして矢は無情にその体を突き抜ける。本当に手が無いとはつまらない奴め。弓を収納し、結界を解除する。重力が解き放たれた大地には血を流す神雷卿の体が倒れている。ただ左肩がえぐれて無くなっているだけでどうにか生きているように見える。
「運が良かったか。だからこそ落運の目が悪かったか?」
うごめく神雷卿に向かって声をかける。不意打ちを警戒してか金糸雀が前に出てくる。姿が変っても気配りというか心配性なのは変らないようだ。思い返して見ると萌黄以外概ね心配性のような気もするが。
「や、はり。敵わないか・・・君を放置しておけばいずれ国が滅びるとそう思って・・・」
神雷卿がうめくように声を絞り出す。
「そうはいっても俺がいなくても滅んだじゃねぇか。」
かつての雷光の騎士の警戒心が俺に向いていたから滅んだ訳でもない。国が滅んだのは外敵の気分とそれに抗えなかった、もしくは予防を講じていなかった国政が悪いのだ。
「そうだ。私が見当違いな訴えをしている間に、国は別の要因で滅んだ。しかし拾われた帝国でも国が大きくなればいずれ相対するであろう君への警戒を、いや目標を失うわけにはいかなかった。」
神雷卿が体を起き上がらせようと力を入れる。
「そんなに滅んだのがショックだったのか。」
「仕えるべき主家を失い!それを滅ぼした敵に捕縛され!あまつさえその剣になれと!紛らわせる事でも、君がいなければ生きている意味も無かったっ!」
俺の呆れる言葉に、神雷卿は喰い気味に声を荒げる。
「生き残らなきゃ良かったのに・・・と言えない状態なんだな。」
死に体の体を無理矢理にでも起こして戦おうとする神雷卿の姿を見てそう思う。
「自死は出来ず、忠誠も必要ない。ただ帝国の為に尽くす呪われた契約だ。主家の助命を懇願した時の条件だ。」
神雷卿は起き上がろうとして再び膝を突き手を大地につける。
「ふむ。その様子からすると主家とやらも長生きできなかったか。」
さすがにほぼほぼ詐欺同然の契約をさせられた神雷卿には若干同情する。
「高い地位では無かったが爵位を与えられ・・・派閥争いに巻き込まれてお亡くなりになられたよ。」
神雷卿はそれを思い出してか気力を失う。
「残ったのは願った物だけが消えたこの契約だけだ。それでも、その先に君がいるかもしれないと。私の考えは間違っていなかったと、希望を持ちたかった。」
神雷卿は再び体に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
「倒錯した想いだが、意気込みだけは買ってやるよ。」
俺は立ち上がった神雷卿に向かって踏み込み勢いのまま小足払いを仕掛けそのまま転倒させる。衝撃でうめき声を上げる神雷卿を視界に収めながら《全知》を使う。
「ち、面倒くさい呪詛だな。手持ちだと攻勢解除しか無いか・・・」
収納の中を検索しても適切な解呪方法は無い。呪い返しは有っても、そもそも呪詛は回避が基本でかかった後など自己能力の都合で考えていなかった。
「仕方ねぇ。」
ちらっと金糸雀を見るが金糸雀もそっぽを向くので諦める。弓を取り出し弦を引く。そして弾く。金糸雀はぶるぶるっと震えて俺に収納される。
「俺の世界の昔話でこうやって魔を祓うってのがあってな。」
立ち上がろうとする神雷卿の胸を足蹴にして余力を奪いながら軽く説明する。幾度とテンポ良く弦を弾き音を鳴らす。
「システムの力は何故に物理法則を凌駕し力を与えるか。魔力という外なる力を使って様々な影響を付加するからだ。」
俺は弦をつまみおもいっきり引っ張る。
「俺への課題である次のいかなる攻撃にも対処せよという、何が起こるか分からない事に対する回答がこれだ。何が起こるか分からないなら、何かが起こるための原因を排除する。これが俺の弓聖技、第二十技 破魔。」
指を離せばひときわ大きな音が響く。実のところ何度も鳴らす必要は無く一度でも足りる。解説ついでに鳴らしていたのは演出でしか無い。己の魔力を持って周辺全ての魔力を全て瓦解させ初期値に還す。それがこの破魔の能力だ。この魔力の波に触れた魔力由来の構築物は全てが構成される前の魔力に還元される。物質に付与されたものは遠くなると還元効果が落ちるが付与魔法や魔法により直接現出したものに関してはほぼ無抵抗に消滅したように見える。実際には効果を失っただけで魔力として世界に溶け込むだけである。相殺して消滅させたり、魔法そのものを解きほぐす解呪のようなものとはわずかに意味が違う。結果はほとんど同じだが。再利用可能なように丁寧に世界に戻してやるのはほとんど嫌がらせである。この技の良い点も悪い点も等しく範囲にある構築物を善し悪しにかかわらず還元することである。魔法によって失った結果を戻せるわけでも無いのに、魔法によって命を繋いでいる場合に使用すればそのものの命を奪うことにもなりかねない。今の神雷卿がそれに当たる。強力な身体強化で命をつなぎ止めているのにその魔法自体を突然瓦解させるのだ。神雷卿は筋力強化はもちろん止血に使っていた魔法も失い、瀕死の重体に陥る。そうなるのは分かっていたので俺からの魔法で止血し、さらに収納から絨毯を取り出し広げる。収納に隠れていた金糸雀が飛び出し抗議をしてくる。
「一応何するか演出しただろ?そんなに怒るなよ。」
敵味方区別無く自分ですら魔力還元の影響を大きく受ける。魔法創造物として存在している金糸雀には即死と言っても過言では無いのだ。怒るのも無理は無い。とはいっても魔法さえかけ直せばいくらでも再生は出来るのではあるが。金糸雀の抗議を受け流しながら神雷卿をの状況を見る。血が止まっているだけで左肩はなく筋肉と皮の一部で左腕がかろうじて体に取り付いている状態だ。
「んー、部下が優秀なのも考え物だな。こういうときには困る。」
そこそこ高い治癒術を収めているとはいえ欠損までいくとかなり無力だ。自分の体さえ治療できれば問題ないと思っていたことが少しだけ悔やまれる。なにせこのレベルの怪我になると治癒術が高くても状況的に治すことが難しそうだからだ。自分の過去の修練状況に文句をたれながら収納から《急速再生》のクリスタルを取り出す。金糸雀は不満そうだが無視して神雷卿に魔法を行使する。治癒術Ⅸクラスともなるとクリスタルを作る費用も時間も安くは無い。かといって惜しむほどでもない。神雷卿の左肩にワイヤーフレームが構築され、欠損箇所が瞬時に再構築される。神谷さんは再生だと主張しているが実際には再構築だよなぁとどうでも良いことを考えて様子を眺める。主張の意味は深く聞いていないので未だに分かっていない。
「さて後は俺の治癒術でも十分かな。」
目視で神雷卿のHPを確認しながらほどよい感じに治療を施す。全部が全部治療してやるほど気も許していない。気付けをする前に側に落ちている雷光剣に手を触れようとすると静電気のような電気的反応が起こる。
「主を助けてやったのにつれないやつだな。」
強制送還してやろうかとも思いつつ神雷卿に《意識覚醒》の魔法を使う。神雷卿が目を開き反射的に膝立ちに起き上がる。急な動きをして体がきしんだのか少し顔を歪ませる。
「君が治したのか?」
神雷卿が分らないといった表情で尋ねる。
「恨み辛みも全部無くなったわけじゃ無いが、当面の憂さは晴らせた。聞くこともあるし元々殺すつもりは無かったしな。話を聞くのに面倒な呪詛があったんでそれを消してから少しだけ治したって所だ。」
俺は理解しない神雷卿の顔を見てひたすら面倒くさいと顔を歪ませる。
「当時色々あって恨みは残ったが弱者が敗れるのは仕方が無い。その辺はある程度割り切ってるんだ。後あんたらには悪いが選定者自体がこの世界で命があってないようなもんだ。意思はともかくあんたらの命と等価にはならんよ。」
覚悟を決めるには少々大変だが、戦後の報償のことを考えると俺達選定者の最後の命は保証されていると言える。一度死んだら終わりの現地民と同じとは少なくとも俺は考えていない。
「おかしなヤツだな。使徒の存在がどういう物かはわからないが、そこまで割り切れるヤツもそういないだろう。私とて二度も三度も死ぬ目に遭うなど考えたくはないな。」
神雷卿は苦笑いをしてその場に座り込む。
「それで聞きたいことはなんだ。忌まわしい呪いも消え去った事だし恐らく制限はないだろう。」
神雷卿は話を切り出す。話しぶりからすると帝国で知り得たことも話せない可能性もあるのか。今更帝国などどうでもいいのだが。
「お前と戦った個体朱鷺に関する何かを持っていると信用筋の占術から得ていてな。それで何か遺品を持ってないかと確認しにきたのがメインだ。」
占いと聞けばうさんくさい話になるがシステムに則った「占い」は思いのほか正確である。表現が曖昧なのは解釈違いを促す為と捉えられるが結果を見れば納得できる面もあるし、少なくとも世界の中にあることに関して信憑性は高い。今回の占いの表現は他人が聞けばうさんくさいが体験した俺に取っては勘違いしようのない事実が含まれていたため特定は容易だった。ただ神雷卿が何を持っているかまでは特定ができなかったので憂さ晴らしのついでに本人に開示させようという計画だったのだ。
「彼女から得た物か。経験や覚悟とかではないのだろうな。」
「そういう思い出話は後にしようや。気にはなるけどな。」
神雷卿の言葉を聞いて俺が話を進ませる。
「私が得た物という意味では最も大きな物なのだがな。彼女との戦いがあってこそ今の私があるといってもいい。むろんその目標が君になっていたわけではあるが。そういえば銃を使っていただろう。あれは一体どうな・・」
「気になるのも分るがそういうのは後にしようってつってんだよぅ。」
神雷卿からの小さな仕返しなのではないかと思うほどもったいつけて話を進める事に少し苛立ちを覚える。
「済まない。横道にそれすぎたな。他に彼女から得た物はこの剣と幾ばくかの竜鱗。竜鱗に関しては当時国に提出したので手元にはないな。それと琥珀の塊だ。」
神雷卿は透明な剣を取り出して見せる。目視では非常に見え辛いがが魔力視、超音波視覚ではその形状がしっかり見えている。
「懐かしいな。最初に出来た秀作で朱鷺に渡した剣だよ。さすがに細かい傷が多くて視認しやすくなってるな。」
余りの懐かしさに少し涙ぐむ。
「それで琥珀の塊?」
意識と話を戻す。
「大爆発の後不自然に残っていた琥珀だ。中に虫が入っていて珍しいと思っていた。」
「あーーーーーー!あれかっ。」
神雷卿が話を進め、虫の下りで思い出して叫ぶ。色々実験的に出したり創造してたりしていた時にあげた物だ。剣はさすがに神雷卿の使っていた時間が長く条件に合わないかもしれないが、持ち歩いていただけで身につけてもいない琥珀なら問題なさそうだ。
「で、現物は?」
気が急いて少し圧が強めに尋ねる。
「私の幕舎だ。さすがに戦闘中には持ち歩いていない。」
とすると町中か。紺に任せるか?本人に案内してもらえばいいのだが。さすがに大騒動を起こした手前もある。神雷卿の連れとはいえ身分もはっきりしない人物を連れ込むのは問題があるだろう。
「さすがに自由に動くのは難しいが取りに戻って引き渡す分には不可能では無い。一度戻るとしよう。」
神雷卿は重そうに体を起き上がらせて少し体を伸ばす。しかしそのぼろぼろになった装備を見て話も報告もなく陣地を通れるか?無理だと思うねぇ。ふと思い返して周囲を見回すと神雷卿が連れてきた部下がいなくなっている。
「お前の連れてきた連中はどうなった。そいつらはお前の直近のヤツか?信頼できるヤツか?」
俺は危機感を覚えて神雷卿に尋ねる。街を灰にするつもりならなんの問題もないが、見知らぬ他人とはいえ無関係の人達の街を瓦礫にするのは心が痛む。すでに十分破壊行為をしているとも言うが。そこはそこである。
「同じ軍という意味では信用できるが、私の部隊の者は早々に出払ってしまっていたからな。連れてきたのは友好的な部隊の者ではある。」
神雷卿は素直に答えた。そして探知魔法を展開しすでに手遅れであることを理解する。
「ちっ、思ったより無駄話をしたようだ。上手く立ち回れるか分らんぞ。」
周囲の建物の上が偏向した明かりで満たされ、周囲を囲まれていると目視でも理解する。
「帝国軍本体か。」
神雷卿が雷光剣を持ち上げる。
「そのくたびれた剣はさっさと還しとけ。お前の幕舎はどの辺だ。」
人の気配と探知上の数が増えていくのは気にしながら話を進めようとする。
「それを聞いてどうする。まずはここをどうにか・・・」
「それをどうにかするにもアレを確保しないと俺が詰むんだよっ。」
何せここまで少数で遠出してきたのに、目的の物を質に取られるとさすがに辛い。術が実現してからも四年。想いだけなら二〇年越しの話になる。さすがにこんな小さな手間で失いたくは無い。
「市庁舎裏手の建物で三階にある。」
「よし。とりあえずこれ使え。盾はいるか?」
体の負担を考え真銀の長剣を神雷卿の足下に投げ刺す。
「鎧が心許ないから盾があった方がいいな。」
「サイズは?」
「状況的には方盾か?」
「後でだるくなってもしらんぞ?」
雑な会話の後に真銀の方盾を転がす。
「何でも持ってるな・・・」
「相手が何してくるか分らんからな。必要に応じて使い分けてるのと、仲間の分もあるからな。」
呆れる神雷卿に紺に交信を開始しようとして上の空のまま話を返す。
『紺。少し面倒な話になった。市庁舎裏手の建物三階にある物を根こそぎ確保して来てくれ。』
『お、朱鷺の痕跡が見つかったであるか?』
『神雷卿の持ち物の中にあるらしいが、どこのどこだと誤る可能性もある。根こそぎ回収して選別しよう。』
『了解であるよ。』
『菫は脱出の準備だ。お荷物が一人増える前提で頼む。』
『・・・かしこまりました。』
指示を出した後神雷卿を見る。さすがに戦闘トップクラスの騎士ではある鎧が無くてもそれなりにやれそうな雰囲気はある。だが、今回は数が多い。
「もうちょい治すぞ。あと鎮痛するが気にするか?」
「それは有り難いが・・・鎮痛は仕方無いものとしよう。」
「何も感じないって逆に怖いよなぁ・・・」
神雷卿の怪我を少し治し、持続治療を施し、鎮痛魔法をかける。建物の上にも兵が登り、重装兵、弓兵、魔術兵と豪華な構成だ。通路の間にも詰め込むように兵が入っている。
「やはり裏切るか神雷卿ぅ。」
嬉しくてたまらなそうにうさんくさそうな顔で総司令官が叫ぶ。
「まだ裏切ったつもりは無い。敗北の代償に相手の望む物を渡そうとしただけだ。」
神雷卿が反論する。
「それがすでに帝国戦時規定に反しているというのが貴様には一番わかっているであろう。そもそも出来ないことをしていると言うこと自体が貴様の裏切りの証左よ、神雷卿!いや、レイオスよっ。」
総司令官が喜色あふれ期待に満ちた顔で酔いしれるように煽る。あの契約呪詛にその辺も盛り込まれてたのか。
「確かに契約の魔法は消えた。だが裏切るなど毛頭無い。かつての約束を果たすだけだ。」
神雷卿はそれでも戦いを収めようと反論する。無理だと思うぜ。裏切りを是正したいんじゃなくてお前を殺したいだけなんだからな。
「そこの小人に何を吹き込まれたかはしらんが、弁解の余地などないわっ。疲弊したお前らなどゴミ同然よ。挽きつぶせ。いや、形ぐらいは残ってないと困るな。全軍攻撃開始ぃぃぃ。」
よだれを飛ばす勢いで総攻撃を宣言する。
「くくく、小人かよ・・・恨みもなんもないがお前は死ねっ。」
弓を構え射る寸前に神雷卿に止められる。
「あれでも帝国ではそれなりの地位の者だ。さすがに殺してしまえば何かしらの結果が必要になる。やめた方が良い。」
俺は若干冷静さを取り戻し弓を収める。
「何をするつもりだったかしらんが、そんなものでわしを殺せるわけがなかろう。奇策にもほどがあるわっ。」
あ、やっぱヤりたい。うろんな目で総司令官を見上げながら迫り来る騎士に目を向ける。
「面倒だな。」
「同意はするがどうするつもりだ?」
「適当に圧倒してまずは士気を落とす。」
「なるほど単純だ。背中は任せてもらおう。」
「守られるほどじゃないがね。むしろそっちの背中を守る側だぜ。」
「ふむ、それも悪くない。久しくそのような戦いもなかったのでな。」
「友達少なそうだな。」
「着いてこれる味方がいなかっただけだっ。」
神雷卿の弁解の叫びを最後に矢を払い、魔法を打ち落とし、迫り来る盾を押し戻す。俺達の撤退戦が始まる。




