表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/172

俺、動く。

 神雷卿が帝国優位を取るために更に王国軍に追撃をかける可能性もあったのだが、総司令の顔色が気になるのか事前の計画通りこの街を落しに来た。王国軍もこの都市に引いてくる余地はあったのだが、補給物資の残量と防衛力の都合で別の都市方向に撤退している。この都市は秘密を知っている者からすると潜入しやすい箇所があり、それも考慮して明け渡した可能性もそこそこある。占領される当事者の住民にとってはたまったものではないだろうが。都市は初め援軍を期待して抗戦の構えを見せたが、神雷卿による城壁の一部破壊パフォーマンスと戦時物資以外の財産を安堵するという宣言により1時間と少しで陥落した。神雷卿と五万程度の兵が都市内に入り、残りの五十万は外で陣地を構築し補給と襲撃に備え始める。

 

「普通なら褒めるところだけど、これは悪手だったのではないかな。」

 

 外からもたらされる情報を聞きながら俺はぼそりと感想を言う。

 

「力押しで占領しない限り、どうやっても悪手だったでしょ。」

 

「力押しで占領しても悪手にされたであるよ。遠征に参加させた時点でかの御仁は神雷卿を貶める気満々であるからな。」

 

 菫と紺が思い思いに口にする。そう、何をしても叩かれる叩かされるのは間違いなかったろうがその中でもこの行為はより悪い選択肢の一つだっただろう。

 

「まぁその経歴からしてもご主人様のように甘い人柄なのは間違いないでしょう。」

 

 菫が俺を見てため息をつく。さすがに神雷卿を助けようとは思わないよ?都市を占領して政治機能を掌握、そして後詰めに使者をだし報告する。そつが無く定型通りの手順を粛々と進める。

 

「なにか仕込むであるか?」

 

「いや、その必要もないでしょ。」

 

「であるよな。」

 

 後詰めに余分な情報を与え、神雷卿と不和を呼び、上級兵の動きを制限する予定もあったが、この分だと何もしなくても問題なさそうだった。そう確信できるほど紺がもたらした総司令官の性根はひどいと思えた。国がでかくて人手不足とは言えよくこんなの使ってるなと思うくらいにはだ。及第点程度の能力と古い家柄。根回しだけはうまく、上にこびへつらい、下には無用に厳しい。典型的な長生き貴族と言える。立場的には上司で急成長し、人気も高い神雷卿は特に妬ましくて仕方が無いだろう。

 

「そのうち地位が入れ替わって復讐されると思わない所がまた貴族らしいであるよな。」

 

「そうなる未来も予想していないだろうし・・・まぁ神雷卿もそんなことするタイプではないと思うけどね。」

 

 紺が総司令官の配慮のなさを笑う。今まで彼らはそうやって生きて血筋をつなげてきたのだし今更だろう。紺と菫に神雷卿周りを調査、監視させながら小さな作業を進めて時間をつぶしながら宿で時間を過ごす。五日ほどたってから後詰めの帝国軍が遅れに遅れてやってくる。倍近い時間をかけてやってきて正直攻略する気があるのかとまで思う。時間がたてばたつほど王都の守りは堅くなるだろうに。総司令官の到着を神雷卿はうやうやしく迎える。容姿端麗なナイスミドルが醜悪な顔でにやける。正直ギャップがきもい。同じ人間であることを多種族に詫びたい。神雷卿の要請でもないのだが都市長から残った住民全員で歓迎の意を見せようと屋根の下にいたものは自制が効かない子供以外はすべてかり出されている。都市を脱出し損ねた商人を演出していた俺達も強い要請によりかり出されて、セレモニーとも言うべき寸劇を見せられているのだ。まったくいらない催しだと思うのだが、こういう形式美が好きな貴族なのだろう。正直手間しかないと思うのだが。総司令官からのありがたい演説をいただき威圧的な軍事パレードを見せられその場は解散となる。後日朝っぱらから酷いお触れが出る。一度は安堵されたはずの財産を徴収すると言い始めた。まぁ概ね予想通りだけど。俺達が総じて思っていた事はこれだ。街の神雷卿への信頼を覆すにはこれが一番手っ取り早く、なおかつ彼の益になる。半分は私欲だろうが、もう半分は確実に嫌がらせだ。街の金持ちはこぞって不満を訴えるが、直轄兵にボコられて痛い目を見ただけだ。かくいう俺達もダミーとして用意していた輸送品類を根こそぎ持って行かれた。殴られるのはさすがに困るので精一杯の演技で抗議する振りだけ見せる。殴られてもダメージは受けないし、下手するとぼろい武器が壊れるかもしれない。仮にも民間人に偽装しているのにそれはまずい。そして不用意に殴られよう者なら殴ったヤツの首が飛ぶ。物理的に菫が飛ばす。勘弁してほしい。可能不可能なら可能ではあるが、いちいち危険を買ってまで百万に囲まれる中脱出したいとは思わない。なんにせよ一日でそれなりだった神雷卿の人気は地に落ちた。相応の価値がありそうな物は根こそぎ持って行かれたからだ。金貨ならともかく銀貨まで応酬したのはさすがに酷いと思う。応酬したものの代わりに劣悪な紙幣みたいなものを通貨の代わりに使えと押しつけられた。現状ではこの町でしか通用しない紙切れだ。帝国軍を信用しろというのも難しいが、信用通貨を用意する辺りは帝国軍に以外と分かるヤツがいるのだろうか。どちらにせよそのシステムが受け入れられない以上不満でしかないのは変らない。

 

「想像通りの結果であるな。」

 

 紺がわかりきったことを口にする。そしてそうなってもらわなければ困る。街は不満と抗議、そしてそれに対する報復とも言えるほどの苛烈な取り締まりにより一気に治安が低下した。恐ろしい。その日の夜だけでも相当な数の乱闘、窃盗、暴動が起こりその鎮圧に帝国兵が走る。かの総司令官にはこの地を治める気が全くないのかと思うほどだ。帝国も人口が余り気味なのでこの都市の住民が全員いなくなっても問題ないと思っているのかもしれない。かくして予想通り、予定通り都市の警備は強化されたがその分穴が大きくなった。そして俺達は行動に出る。遅延発動を使い各所で爆発や小さな火事を起こして市民と警備兵を散らす。爆発は音がメインで仕込み済みの瓦礫を散らし破壊行為に見せかける。火事も魔力が続く限り燃えるだけで、周囲に広がることはない。慌てなければ取るに足らない事象であるにもかかわらず、混乱する市民、煽る反乱分子、鎮圧に走る警備兵。斥候兵や孤月組関連組織の働きにより小さな事象は大きな混沌を生み出す。順番に、意図を持って夜間に動ける警備兵の数を鑑みて騒動を起こす。少し考えれば次の場所の予測が立つように、その推論が正しくなるように情報を盗み聞き、そして吹き込む。動ける者達がほとんど出払い更に騒動が起こるとなればふんぞり返っている貴族連中と違い神雷卿は主犯を押さえるために必ず動く。誘われていると分かっていても自らが危険視した者を確認せずにはいられない。

 

「二十年・・・拠り所の配下を失い、逃がされるという自らの無力感のみが、いつか敵を取るという意思こそが原動力。」

 

 井戸の側の広場。日中は水を組む者、わずかな時間で歓談する者達で賑わうであろう路地の裏手。俺達が誘い込んだ場所。

 

「私は君を危険視し、訴えたが聞き止められず、結果的に何も起こらず国には忘れられ帝国により滅ぼされた。しかし、私は君の力を一日たりとも忘れたことはない。」

 

 神雷卿は三名の手勢のみで予測された地点へやってきた。菫も紺も陽動に出ているのでここには俺一人。神雷卿の前に出ようとする部下を神雷卿が手を出して止める。数年ですら神雷卿が危機として断じていた俺をこの二十年でどうなっているかと考えれば部下が出ることが無意味だと思った、いや感じているのだろう。

 

「彼は?」

 

 神雷卿が珍しく畏怖とそして歓喜の表情をうっすらと浮かべながら俺を見ているのを見て部下が口を開く。

 

「彼が、私が二十年超追いかけ続けた驚異。成長著しかった神の使徒。当時の部下ですら力量が高く、そして高度な武具。今現在どうなっているか想像も付かない。今、私が使っている神涙滴の剣も当時の彼の作品だよ。恐らくね。」

 

 神雷卿が部下にその脅威を解説する。というかまだその朱鷺の剣を使ってるとは思わなかったよ。ちょっと懐かしく思ってしまったくらいだ。部下は驚くように俺を見る。

 

「神の使徒か。二十年前に見た姿と変らないにもかかわらず、その気配だけ恐ろしいことになっているね。」

 

 神雷卿は手を前に振り一言唱える。一筋の光と共に現れる雷光剣。神雷卿はゆっくりとそれを引き寄せて騎士の礼を取る。

 

「俺も当時は未熟だった。満足に戦えず、根回しも出来ず、初めての配下を死地に置かざるを得なかった。周囲の強者に翻弄され続け、どうしようもなかった。ただ、五年前にその原因たる片割れには報復できた。あとは直接の原因となったお前だけだ。何せお前の国はもう無くなってるからな。」

 

 俺は竜の目を四機飛ばし、金糸雀を浮かせ、そして剣を構える。

 

「朱鷺はどう殺した。」

 

 俺は尋ねる。

 

「彼女は殺せていない。深手を負わせた後・・・自爆したんだ。」

 

 神雷卿が静かに答える。静電気がはじけるような音が鳴る。

 

「その深手で致命傷だったんだな。あれらは自死できないようになってるんでね。」

 

「そうか。彼女は手を変え品を変え私を追い詰めたよ。君を逃がすために。そして追えないようにさせられもした。」

 

 俺と神雷卿が合わせて前屈みに体重を寄せる。

 

「話は終わりだ。時間もなさそうなんで行くぜ!」

 

「長年に渡る脅威を、今ここで絶つ!」

 

 俺が乾いた音と共に踏み込む。神雷卿が帯電をなびかせながら前に出る。余剰と思える雷光が正面から幾条も飛来する。

 

《Left hand low》

 

 盾がくるりと回転し雷光をあさっての方向に曲げる。肌が小さな電気を捉えても次に放たれる電撃は決して俺の身を焼かない。上段から剣を振り抜く。すれ違いざまに斬りかかる形になるはずだったが、神雷卿が剣の動きに反応して身を躱す。からぶった隙に神雷卿が踏み込み横薙ぎに切りつける。

 盾が雷光剣を上方に誘導するように弾く。俺はそのまま剣を切り上げる。神雷卿は地面を蹴って後ろに下がる。

 

『鉄の城壁』

 

 竜の目から神雷卿の背後に向けて魔法の壁を立てる。壁に背中を打ち付け一瞬止まった所に、切り上げながら魔法で無理矢理俺の体を前に出し、間合いに押し込める。神雷卿は背中の壁を押し返すように反動をつけてそのまま上段から斬りかかる。盾がその上段斬りを受け止め、そのまま俺の攻撃が入るかと思えば、盾をすり抜けるように無形の刃が襲いかかってくる。反応が間に合わずその刃に斬られ、しかしそれに屈することなく刃を振り抜き神雷卿を切り上げる。耳をつんざくような音が鳴り引き神雷卿が上へ、俺はそのまま後方に吹き飛ばされる。軽い耳鳴りを感じながら戦闘ログを出してチラ見する。直接的な攻撃ではなく、衝撃を受けたとある。小規模な爆発を起こす能力があると判断して打ち上げられた、いや上空に退避した神雷卿を見る。帯電光を携えながら上空からゆっくり落ちてきている。落下制御能力もあるのかと思いながらも、その速度はただの的だ。竜の目四機そして自らも詠唱を始める。

 

『超重縮』

『暴威纏雷』

『白光』

『超振動』

『晶裂弾』

 

 高等魔法を一気にたたき込む。自由落下は空中に発生した別重力に捕らわれ、電撃に巻かれ、外部熱、内部発生熱、高硬度物質に打ち付けられる。しかし、とっさにやってしまったが一度に打ち過ぎたと反省しながら様子を見る。右方から気配を感じた瞬間に雷光が光る。金糸雀が素早く回り込み雷光を弾く。

 

「ち、逃げてたか。」

 

 地面に降り立ち剣を構えている神雷卿を見る。全くの無傷ではなさそうだが、行った労力を考えれば微々たるものだろう。焦って投げ込みすぎた。

 

「さすがにまともに受けてられない量でしたからね。」

 

 雷光剣を一周させると軌跡上に八つの電撃球が発生する。電撃球が急加速し俺に向かって飛来する。二つはまっすぐに四つは大回りするように、残り二つは関係なさそうな方向に。それぞれを一瞬だけ目線を送ったつもりだったが、その一瞬の間に神雷卿の姿は消える。その場から半歩逃れて気配を感じた方を斬る。斬りつけるまでにその気配は消え剣が空を切る。更に後ろから来る気配に対し回避行動を取りながら振り返る。すでにそこに姿はなく、飛来する電撃球を盾と竜の目からの魔法で迎撃する。再び近づく気配を振り返りもせずに別の竜の目から影縛りを発動し捉えようと試みる。即座に気配は消え魔法は効果を発揮しない。高速移動しているように感じる割りに攻撃してこない事に違和感を感じる。時間停止の類いなら攻撃が無意味だが、神雷卿は単純な高速移動にも感じる。次の気配が発生する前にドーム状に遅延発動を展開する。通過すれば軽い爆発を起こすだけだが、偽装も行っているのでより高度な魔法に感じるだろう。しかしその魔法の罠をくぐり抜けて気配は現れた。こんな小技に踊らされていたとは。即座に攻勢索敵を展開。同心円状に広がる魔力線が神雷卿の反応を捉えた瞬間に七十の光の槍が襲う。いぶり出すための行為だからまともなダメージが通るとは思ってはいない。足止めが目的だ。その場から離れるなら追撃するかと考えていたが、潜伏する為の道具かスキルかの都合でその場で防御壁を展開している。それならばと武器を入れ替え人造斬岩剣を構え一気に振り下ろす。無機物貫通機能まではさすがにつけられなかったがかなりの機能を模倣した秀作である。神雷卿が別の攻撃を察知して雷光剣で迎撃してくる。平手打ちを爆音にしたような予想だにしない音が響く。十分に力が乗ったこちらの攻撃に対し、神雷卿の受けはとっさのこともあって斬岩剣は雷光剣を押しのけ神雷卿を押しつぶす。彼の部下が何か叫んでいるが吹き上がる土塊と土砂の音ではっきりとは聞き取れない。『土成形』の魔法を使って土砂を固定、次々と落ちてきたものも取り込み積み上げて神雷卿を隔離していく。しかし成形が完了する前に暗闇が一瞬輝く。先ほど張った遅延発動が爆発する。方向を察して金糸雀がその正面に向かって大型化して展開する。堅いものがぶつかる金属音が響く。

 

「つくづくその盾は手堅いですねっ。」

 

 雷光を纏った神雷卿が愚痴りながら後ずさる。

 

「過保護なヤツなんでね。」

 

 後ろに下がった神雷卿に追撃を行おうと構えるが、雷光を纏ったままなのを見て一旦取りやめる。数秒のにらみ合いの後、神雷卿の雷光が消える。

 

「しかし剣を使っていながら剣士のそれでない。むしろ魔術師のほうがしっくりきますね。」

 

 神雷卿は剣を構え直して口を開く。

 

「まぁ剣はたしなみ程度・・・どこでも使えて取り回しが良いから使ってるだけだからな。」

 

 他のスキルからすれば一段ランクは低い。現在の剣スキルは八だ。守りに徹すれば上のランク相手でも瞬間的に押し負けることはない、という程度だ。かといって攻勢魔術、守勢魔術も九。本業だったはずの強化術に至っては八、回復術も七止まりだ。

 

「君が奥の手を出さないなら、決めさせてもらいますよ?」

 

 力量を測る段階は終え、神雷卿はすでに戦いを詰める気でいる。

 

「本気を出して殺してしまうと困るのでね。一応聞くことがあるんだ。」

 

 俺の言葉に神雷卿がぴくりと反応する。

 

「お互い思うところはありそうだし、取り敢えず積もった因縁ぐらいは晴らしておかないとね。」

 

 俺の中にある暗い感情。果たすべき復讐の念を感じるが決して制御できないレベルではない。だからといって相手がどう思っているか分からないのに最初から話し合いで方をつけるつもりもない。

 

「来るなら来い。お前の底を見せて見ろっ。」

 

 俺が放つ『白光』を合図に戦いが再開される。魔法の軌道上にすでに神雷卿はいない。正面に発生した気配に合わせて剣を振る。その剣の動きに反応して気配が動き体にかすらせるようにしながら左手側から電気の気配を感じる。その瞬間には電撃が俺の体を横断し体中に異常な電気が流れ体が硬直する。神雷卿にとっては返す刀なのだろうか、往復するように次の一撃、そして横薙ぎの追加攻撃。縦切り、切り上げ、突き。四方八方からわずか1秒の間に都合十八回の電撃が体を走り抜ける。

 

「がっ。」

 

 体がうまく動かせないと手を動かそうとしたところで右側面に神雷卿の実体が現れ上段に剣を構えている。そのまま斜めに延髄から首を刈り取るように振り抜く。しかし、それは金糸雀が許さず攻撃を受け止める。神雷卿にとってそれは予定通りの行動だったのか、盾に当たった反動でそのまま跳ね返るように剣が円を描き、今度は正面から首を刈り取りに来る。

 

「さすがにふざけすぎか。」

 

 遅延発動から体の硬直を強制的に正常化し回り込む剣を収納からだした盾で受け止める。

 

「速い。速度もその持続力もヴィルバン以上だ。ただ残念。その速度のまま倒しきれるなら良かったのにな。」

 

 長いといっても雷光化して行動できるのは五秒もなく、それで同クラスのHPを削りきるにはかなり攻撃力が低いと言わざるを得ない。結局の所相手を麻痺させて首や心臓を刈り取るといった欠損即死を狙ったコンビネーションだ。貫通属性がわずかにあり相手を感電させることまでは出来るが、防具へのダメージも軽微、とてもじゃないがこれだけで倒すことは困難だろう。

 

「普通の相手なら丸裸に出来なくもないはずなのですがね。」

 

 盾と剣で押し合いをするがさすがに押し負けたりするようなことはない。

 

「これでとどめを刺すつもりだったのなら、ちょっと残念と言わざるをえんな。」

 

 横から金糸雀が回り込んで神雷卿の頭を殴打しようと飛来する。神雷卿は回避しながら後ろに下がる。

 

「慌てるなよ、金糸雀。」

 

 俺はくるくると周り自己主張激しい金糸雀に声をかける。それを見て神雷卿が目を見張る。

 

「それには・・意思があるのか?」

 

 神雷卿が不思議がるように尋ねる。

 

「高等なゴーレムといった方がそっちには理解しやすいか?手順から考えたらそんなものに当てはめるのもおかしい代物だけどな。その質問に答えるだけなら、そうだ。金糸雀には意思がある。与えた力を制御できる知能も含めてな。」

 

 金糸雀の盾が『金糸雀』として十全に力を使えるかというなら否だ。出来ることなど生きていた金糸雀に比べれば非常に少ない。ただ盾に追加された様々な魔法と機構について、|世界外から直接繋がれている《・・・・・・・・・・・・・》金糸雀の演算子がこの盾を金糸雀として動かしているのは事実だ。意外にも《知性ある武具インテリジェントアームズ》が無いこの世界ではこういった装備の存在は不思議でしょうがないのかもしれない。

 

「原理はよくわかりませんが・・・君の指令以外で動くというのはやっかい極まりないですね。」

 

 神雷卿は警戒感を強めながら剣を構える。

 

「逆に言うこと聞かないことがあるのも難だけどな。」

 

 そういって笑ってやると金糸雀が抗議するように後頭部に張り付く。

 

「わかったわかった。もう遊ぶのはやめるよ。」

 

 そう言って剣を片付け、収納から簡素な弓を取り出す。

 

「というわけで今はこれが本業なんだ。加減はするが死ぬなよ?」

 

 俺はゆっくりと弓を構え弦を弾く。弦を弾けばそこに元から矢があったかのように実体を持つ。金糸雀は弓を引く俺を守るように指定位置につく。神雷卿もその構えの間に攻撃すればよいだろうにと思いながら弦を弾ききる。だが意外とこういった行動は魅せられて身動きが取りづらいものだとかの師匠は言っていた。

 

「第十六弓聖技、静寂。」

 

 ただ弓を引き撃つだけの所作の中にどれほどの奥義が詰め込まれているか見るだけでは理解できないだろう。弓に依存せず、魔力と気勢で相手の虚を突くという結果だけ解説すればそれだけの技である。ただ弓を引ききるまでに相手がこの技に対応できなければその先に待つのは死のみである。乱発すれば種が割れるという点で、正直この技を出した相手は殺すべきなのだが、これは手加減という名の嫌がらせだ。弦から手を離して矢が放たれた瞬間、その矢は神雷卿の右太ももに深々と突き刺さる。

 

「ぐっ。」

 

 激痛と共に気がついたら矢が刺さっているという結果。理解しようとしても初見で分かるものでも無い。

 

「き、弓聖技?君は・・・武聖に至ったのか。」

 

 神雷卿が一瞬膝を落として、それを堪えながら尋ねる。

 

「はたからみると分からんだろうけどな。そういうこった。信じるかどうかは、任せるぜ。」

 

 弦を弾き、撃つ。ただ一射で三本の矢を射る。この世界におけるアーツをもってすれば別に弓聖でなくても出来る事だ。神雷卿を囲うように三角形に撃たれた矢。

 

「ただこれは別に弓聖とは関係ないんだ。」

 

 魔力に意思を込めて操作する。四本の矢が魔力を連結し『極炎柱』の魔法を発動する。三点の面から一点に向かって火炎柱を発生させる確定すると不可避の一撃。方向指定されている矢のせいで並の障壁は貫通し多くの外部防御手段を無効化する。ただ素の防御は有効だ。熱を感じてはいるだろうが身体ダメージにはなっていないはずだ。込めた魔力を消費しきれば炎は消え神雷卿が姿を表す。若干焦げた姿が溜飲を下げる。

 

「抵抗するなら今のうちだぞ。近いうちに動けなくなるからなぁ。」

 

 僕は悪役のような台詞を吐き、矢を放つ。回避しながら間合いを詰めようとする神雷卿。俺達の戦いは終局に向かうが、俺達(・・)が引き起こした事はそうはならなかった事を俺達はまだ知らずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ