俺、ぐれる。
クラファル王国軍との決戦を制した日から周辺国家はもちろん世界の六割が荒れた。王国戦力の半分を占めていたであろう英雄六名の損失。そして王国を裏から支配、制御していたと思われるヴィルバンとその一党がいなくなった事がクラファル王国そのものの政治バランスを崩壊させた。実質ヴィルバンの暇つぶしとして始まっていた東部大攻勢は失策として認定され関係貴族と後ろ盾である国王の力を大きくそいだ。内乱気味に政治の中枢は混乱し目に見えて戦力が減少したことから制圧地域の多くが反乱し再独立。周辺国家もここぞとばかりに侵攻を始める。五年という国家としては短い期間でクラファル王国は大攻勢以前の領土をほとんど失い、獣人比率の高い地域王都周辺地域だけが残り小国にまで落ち込んだ。政治の混乱は続き反抗に出られるのはかなり先になるだろう。小さな国土に似合わない戦力を抱えいずれ食料的にも資金的にも何かしらの形で外に出る必要に迫られる。その時生き残れるかはやり方次第になるだろう。一方勝利国とはいえルーベラント王国は大きな恩恵を受けることは出来なかった。世界全体でクラファル王国が奪われたものから比べるとという意味ではあるが。不義理を働いたレイスタン王国は情状酌量の余地は十分にあったが、家臣団の無用な危機感と反発から王が失脚、借りを作る形で第一王子が王位を継承しルーベラント王国に恭順の意思を示した。些細な動きを把握していたトーラスはそれを強くはね除け、珍しく降伏か滅亡かという意味の無い選択肢を突きつけた。
「私が戦いを嫌っている?貴方が無用に戦っているだけで、私とて不要なものを押しつけられたら断りもしますし、害悪なら滅ぼすことを厭いませんが。」
我が身かわいさに王にたてつく貴族など宝付きでもいらないとトーラスは言う。結局レイスタン王国の意見は割れ強行派の中途半端な抵抗が始まったためこれを鎮圧、そのまま降伏し滅亡という流れになる。王家は割とまともなので別地域に派遣して使おうとトーラスが悪くない戦果と喜んでいた。その他クラファル王国軍が併呑していった国々が傘下に入ることを望んだり、ここぞとばかりに大きくなろうと戦争をふっかける国、それを守るために併呑を望む国、そして滅ぼされる国。弱小国家群の動きが激しく無意味と思えるほどに対応に追われた。自国周辺で活発な動きが多く貴族兵は国境に配され、そして制圧は俺達の仕事になる。国は大きくなるが国内の誰もが意図する方向で無くただただ対応に追われたという状態だ。正直やってられない。ルーベラント王国が安定するまでに三年、そして世界が落ち着いて、俺達が方向性を見いだすまでに二年が経過した。
「すっかりやさぐれてしまいまして・・・」
菫が横で飲み物を用意しながらぼやく。
「トーラスにあれだけこき使われて気を荒くするなって言うのも無茶だと思うがねっ。」
俺は大きな的に向かって矢を撃ちながらぶっきらぼうに答える。矢は寸分違わず狙った所に当たっている。矢で模様を描いているのもご愛敬だ。
「我々はともかくご主人様が不眠不休なのは・・・大変でございましたね。」
問題を起こす他国や貴族、魔物が悪いと言えばそうなのだが、対応させるトーラスも動きやすい、移動が早い俺達を使い倒しすぎだとは思う。おかげで俺まで寝ずに働くことになった。眠気は魔法でなんとかした。しかし睡眠は脳を最も休める作業であるせいか慢性的な頭痛に悩まされ、それを軽減するために魔法を使うという不毛な事もあった。今ようやく最後の仕事の派遣が終わり、もう自分ですべきことはない。世界が落ち着きようやく自分の本来やるべき事に帰ってこれる。
「ご主人様も人が良すぎるからの。」
「蘇芳、君には例の小競り合いの制圧をお願いしたはずだよね。」
桔梗と一緒に行くように命じた蘇芳がなぜかいる。
「いやー、道中みんな遅いじゃん。うちだけ戻ってきてもさほど問題ないかなーて。だ、大丈夫だって。間に合うようには行くし、ちゃんと行くって。」
俺の睨みに気圧されるように言葉が弱くなっていく。一応は反省しているようなので解放してやる。蘇芳は鶸と違って運動量が大きすぎて、自分勝手なところが行動に出がちだ。召喚時に鶸が引いた気持ちがよく分かる。自制が効かない体育会系の制御がこれほど面倒だとは思わなかった。それでも蘇芳はここ数年の移動量は自軍の中でもダントツだ。じっとしてられないので遠出の制圧は全部任せたということもあるが。丸投げするとやり過ぎる感が強いのでどこまでやるかまで指示しておかなければ成らないのも若干めんどうではあるが。正直今回の仕事は桔梗だけでも問題はないのだが、暇そうにしている蘇芳を同行させようとしたのがそもそも間違いのような気もしてきた。しかし与える仕事が無いと余計なことを始めるので何かさせないとと思ってしまったのが難だったのかもしれない。蘇芳は暇を潰すかのように往復して過ごしているようだ。世界が荒れに荒れたことは大きなマイナスであるような気もしたが、逆に大勢力となっている選定者達の動きを浮き彫りにした為メリットが無いわけでは無かった。魔物をまとめ上げ積極的に国土を広げるオーガを王とする神聖ディモス。先住人類には専守防衛気味だが魔物とみれば取り込み勢力を広げる深き森の大都市。こちらから手をだしてもいいが神聖ディモスが積極的に近づこうと勢力を広げている為様子を見ているところだ。深き森の大都市は対策を打つつもりがないのか大きな動きは無い。むしろ移動経路にある人間側が魔物に支援要請をしている状態だ。しかし交渉が通じると思わせるほどには友好的なのだと感じさせる。ただこのままぶつかれば軍事力的には神聖ディモスに軍配が上がるだろう。深き森の大都市がどうするかが注目される。人間と一切連携をとらない神聖ディモスは深き森の大都市の交渉次第では一気に周辺国家全てから攻撃を受ける可能性がある。そうなれば便乗する国も増えミーバ兵を抱えるとはいえ抵抗が困難だろう。世界の八割を商圏にするに至った越後屋と孤月組の支配権も四割を越え、国や地方領主に睨まれすぎて正式な支配を行っていないくらいである。声をかければ逆らえない連中を含めると七割くらいになるのではなかろうか。そういった世界情報の収集網が完成し単独でうろうろしているヤツ以外の居場所は把握している。かつての対戦相手ペルッフェア、その付近に滞在している推定同じ神の配下であるリザードマンのゲラハド。ペルッフェアは相変わらず文明社会と交渉していないがゲラハドは積極的だ。魔物を中心とした集団だが文化圏との交流度合いは深き森の大都市よりも人類よりに見える。ベゥガは神聖ディモスと行動を共にしているのは確認した。むしろ彼との合流が神聖ディモスの躍進に寄与したことは明らかだった。火の精霊らしい人類よりの国が見受けられたが内乱の折に姿を消している。初期に噂になっていた精霊だと思うがかなり転々と移動していたのでもしかしたらもう復活していないかもしれない。光輝の精霊フィアの噂も聞いていない。あの異常な集団が発生すればすぎ目に付きそうなものだけど近そうな暴力集団がいたがすぐに解散している。森に引きこもって入ってくる人類を追い返している強力なエルフの噂がある。小さな精霊を操るというその姿がミーバのようなのでおそらく味方であろうエルフなのだと思わせるが、人間を毛嫌いしているようでお迎えに行くか悩ましい。神谷さんの時みたいにまず間違いなく戦闘になるだろう。ただ引きこもっている程度ならそれほど強くもないだろう。いつでも処理は出来ると情報収集だけ進める。こうして人型種三、竜種三、鬼種二、精霊種一の居場所と正体一が判明しており盤面の敵は概ね見えた。三十年近くかけて本当になにやってるんだとも思う。国に隠れようとして失敗した時点で単独行動にすればもっと早かったかもしれないと思いつつも、関わって見捨てられなかったのは仕方が無いと割り切るしか無い。軍事力的にはすでに他の選定者達を大きく凌駕していることは明白。個人戦さえ制すればすぐにでも終わらせることができる。ただこのまま終わらせてはいけない理由と目標がある。裏で平行して進めてきた研究と計画を進めて神に届かせなければ成らない。一つの研究成果としてかつて金糸雀に持たせていた円盾がふよふよと俺の背中に浮いている。守ることが矜持だったのかかつてのようにふらっとどこかに行くことは無い。そしてその成果の主目標である必要なものをもっているであろう敵を探していた。すでに所属も場所も分かっているのだが、ヤツ自体にも敵が多いのか実践派なのか一つの所に固まっている様子がない。そのタイミングを探っているところだ。
『ご主人様。紺より連絡。神雷卿の侵攻情報をつかみました。エルディアン帝国がブラザウス王国に侵攻します。その中の一部隊に神雷卿が配されるようです。』
鈴からの伝言が届く。かつて雷光の騎士と呼ばれた男が仕えていた国は気がついたらエルディアン帝国に侵攻され無くなっていた。敵がいなくなって困ったと思っていたところさすがの戦闘力を買われ帝国に引き抜かれていた。《英雄》を持つものの定めなのか仕える国を選ばない。仕えている国への忠誠は高いにもかかわらず国が衰退したり滅ぶとあっさりとその忠義を入れ替える。クラファル王国から拾った英雄もそんな感じだった。ある日突然その忠誠を翻したのだ。逆に罠だと思うくらいには。トーラスは言葉を濁しながらもそういうものだと言っていた。雷光の騎士は帝国に派遣された先で死ぬべき戦いを覆し、戦功を重ね、負の評価を覆して帝国から爵位を得て現在は神雷卿として未だに前線に出続けている。彼には目標があり、まだ足りないと常に貪欲に力を積み重ねているらしい。古竜に恋人でも殺されたのかと。そんな彼が近くというにはかなりの距離があるがそれでも二十日ほど飛んでいけばたどり着けそうな戦場にやってくる。二ヶ月程度で穏便(?)に解決できそうならそれに越したことは無い。さすがに国家として帝国に喧嘩を売るのは不毛すぎる。残りの期間で終わるとも限らない戦いを始めるわけにはいかない。戦争中にさよならとなって国が瓦解してしまうのはさすがに後味が悪すぎる。今、正面切って帝国と事を構えるわけにはいかない。
「お忍びでさーっと行って、取るもの取って帰ってこようかな。」
「ご主人様がお忍びとは・・・戦闘になったら無理でしょう?」
菫も言うようになったな。昔はもっと従順だった気がするのに。
「事が公になって正式化する前ならセーフだ。なんなら裏交渉してもいいし。」
「セーフの閾値がかなり雑な気もしますが・・・誰をお連れに?」
お忍びは確定。そして随伴も確定。未だに国外への一人での単独行動は認められない。過保護は続いているのだ。
「現地の紺でいいと思うけど。」
「紺は常にお側にいないでしょう。紺の仕事は時間がかかるものが多いですし。」
なお現地に紺がいるとは限らないのだが、それも含めて菫は騙されない。
「萌黄は・・・忍にむいてないし、桔梗は戻ってくるのに時間がかかる。蘇芳はもっと忍ばないし、もう金糸雀で良くない?」
「そこで私の名を上げないところに悪意を感じますが、そこの鉄板は意思を出せる時間が短すぎます。ご主人様の無鉄砲を止められる者が必要です。」
名を上げていないのは鈴も鶸もいるのだが、彼女らはもっと動かない、動けない人材なので考慮にすら入っていない。
「鉄板とは菫も冷たいな。共にご主人様を守る仲間だろうに。」
わざとらしく声をだしながら浮かんでいる円盾を撫でる。円盾は撫でる動きを押さえつけるように踏ん張っているだけだ。菫の金糸雀への警戒感は収まらず、未だに盾の機能を信用しきっていない。
「それはそうとしてもです。宜しいですね?」
それでも菫は金糸雀の忠誠心だけは唯一信頼している。決して主を裏切らないと。
「しょうがないな。随伴は菫にお願いするよ。」
「はいっ。」
なけなしの選択肢を選んだだけのような言い方をしても、菫は嬉しそうに返事をする。二人旅となると世話を焼かれすぎるのが難だと若干気分を落しながら、予定を全員に通達する。暫定指揮は鶸に任せる。鶸の悲鳴が聞こえてくるがいつも通り一蹴する。
「今から行けば開戦してすぐくらいには間に合うだろ。」
「神雷卿とやらをヤってしまえばいいのでしょう?」
「話ぐらいは聞いてやろうな。言いたいこともあるし。」
倉庫で物資の準備をして魔法陣を仕込んだ金属板を出す。勝手知ったる準備に荷物の確認を話し合いながら板に乗る。
『飛行方陣』
少し長目の詠唱を終わらせると板が空を飛ぶ。
『複合迷彩』
続いて板を中心に視界や魔力探知から見えにくくなる魔法を使う。完全に遮断すると逆に穴になってばれるという謎技術対策により良い案配に調整された魔法である。板はかなりの速度で空を飛ぶが板の中で空気の動きは微量しかない。
「思ったより冷えるな。」
「季節柄そうもなってくるでしょうね。」
雨期を過ぎて寒期が訪れ始める。空調を整えながら板の上に寝る。
「しばらく任せる。」
僕は目を閉じ、菫が笑顔だけで答える。目を閉じても考えることは神に届くための手段。足りないピースを埋める物を探しながら飛行先にも思いをはせる。二十年越しの邂逅が世界を動かす。




