僕、成る。
お互いの剣が弾き合い、すれ違い、紙一重で回避する。突然上がってしまった剣技であるが体に慣れ親しんだかのように自在に動く。
魔剣士。ヴィルバンの世界において最上位かつ特殊な職であった。彼の世界では魔法は強力であるが魔物、すなわち敵よりの力であることから忌避されがちな能力であるようだ。有用性を認められながらも使い手の立場は決して高くない。魔剣士はその魔の力をもって魔を切り裂くことに特化した職である。取り込んだ魔を身体強化や能力に変える。魔を直接その身に作用させることから所謂『堕ちる』という現象が発生することもあり魔物として討伐対象にもなる。これらは成ったスキル群の効果や説明から理解できる。魔力という流れに作用し魔法を切り破壊する能力。それらは魔法から生み出された物にも多大な効果を得る。彼らの世界でいうレベルが上がることで体への魔の許容量が増え、浄化作用も促進される。その先のリスクを管理しながら能力を拡張する職だ。そして彼の世界における一般事項なのかアクティブスキルのほとんどがクールタイム制である。貯めた力でスキルを起動し再発動するために間を空ける必要がある。接近によく使われた地面を蹴り出し瞬間的に移動する『ショートステップ』は最大五回連続発動できるが、連続使用を止めた時点での使用回数に基づいたクールタイムを要求される。ぽんぽんつかわないわけだ。身体にかかるスキルもオン、オフの使い分け、多く起動すればその分時間当たりの負荷が大きくなる。蓋を開けてみればヴィルバン自身が長時間戦い続けられる仕様ではないことが伺える。なんだかんだ様子を見ながら戦っていたのも休み休みの行動だったわけだと理解できる。そしてお互いが同じ存在になった今、そう多くない手数でけりが付くと確信する。
「面白いのは姿が変わった一瞬だけ。ネタがわかっている自分と戦うなど興ざめでしかないな。」
剣を合わせた瞬間にヴィルバンがつまらなそうに言う。
「同じに見えて細部が違う。貴方がまだ隠しているタネ、そして僕も隠しているタネ。残り何を持っていて、何が出せるかが勝負のカギじゃないかな。楽しめよ。」
僕は無難な隙の探り合いから若干無謀な突きを行う。ヴィルバンはその先の展開を自分の手札から予測し、わずかに身をかわして剣の背をすり合わせるようにしながら僕を切りつける。彼が行うであろう防御方法の一つとして予測済みである僕はそこから武器を切り替えて踏み込む。瞬間的な装備変更。シェイプシフトしながらも選定者として残っている強力な機能の一つ。姿が変わらないように見える陽光石の先端には神涙滴の刃がある。ヴィルバンの剣は左手に出した短剣を添えて十字に防ぐ。
『ヴェヒルバースト』
体内の魔を活性化させ数秒間だけ能力を向上させる。自分の能力のみで考えていたヴィルバンは先入観で先ほどまでなら考え付いていたであろう様々なものを見逃す。短剣で受け止めるという欠点をあえて残している状態で押し切ろうとすれば、彼は当然のように手持ちのスキルを使って短剣を押し切るという手段で僕を止めようとしてくる。そのほうがより消費を少なく僕を押しとどめられる。だがそれが実行される前にヴィルバンの脇腹を見えない剣先が貫く。『魔特攻』の変種で効果は落ちるものの『材質特攻』という手札が切れるのは何もヴィルバンだけではない。今この瞬間も『魔』を見ていたなら気が付かれただろうが、魔法を放たない自分相手に先手を取る目的で使う選択肢はない。完全に意識外から一撃を受けて大きく後退する。そしてそれをショートステップで追いかける。お互いショートステップを持っていた場合、逃げることが目的なら後出し有利に決まっている。動揺し混乱気味なヴィルバンは追撃を避ける為に逃げる。そして僕はそれを追う。逃げる、追う。常に背後気味に出るようにしヴィルバンの動きを誘導する。消失からの消失。僕の姿が現れ、そしてヴィルバンが最後のステップを踏む。手に模造斬岩剣を持ち大上段に構える。ヴィルバンからすれば何かと思うだろう。大振りの一撃はショートステップなどなくても回避は難しくない。それはその場から動ければだ。見なかったという愚行を犯したにも関わらずまだ自分と戦っているつもりでいる。まだそこまで頭が回っていない。ヴィルバンが通過した場所の重力が歪む。スルートラップ式の超重縮。暴力的な吸い込みがステップ効果中のヴィルバンを捉え圧壊へ導く。もう動揺に動揺が重なり反射行動だろう。体に打ち付ける歪みに耐えながら右手の剣で超重縮を切り捨てる。意外な効果として重力がかけられている間の剣速はそれほど早いものではなかった。僕が魔法を切ることはなさそうだけど参考にしておこう。
開山剣一の秘奥、山開き
動き始めれば一瞬。伸びる剣が重力に誘われヴィルバンに襲い掛かる。動き的には偶々だろうが僕としては運が悪かった。振り上げながら超重縮を切り裂きその軌道上で剣が交差する。尤もそこから受け止められるようなものでもないのだが勢いを軽減するスキルがあるのだ。そこは割り切りつつ一刀両断を完遂すべく押し切る。ヴィルバンが絶叫を上げながら脱出を図ろうとする。ものの一秒後には模造斬岩剣は地面を切り裂き、そして爆発、瓦解する。
「まだ使えるだろう。というか使わせないと始まらないんだからねぇ。僕は貴方じゃない。それを思い知った一撃じゃないかな。」
残機というわけじゃないのだけど、残機としか言いようがない《リスタート》とかいうスキルがある。クールタイムは一年とかあるけど、死亡すると身体状態を完全に回復するのだ。戸惑っているうちに使わせておきたかった。爪をえぐったような穴からヴィルバンが飛び上がる。鎧はほぼ全損だが剣は無事だ。めちゃくちゃ丈夫だな。
「確かに・・・私でありそうで明らかに私ではありえない動きだった。もっと慎重にすべきだったと反省したよ。」
ヴィルバンは楽しそうに笑みを浮かべて、口角を釣り上げた。
「しかし、私の力を分かっているならたたみかけるべきだったなっ。」
ヴィルバンが姿を消す。リスタートの効果が『初期状態に戻す』なんて雑な内容だったものだから正確な効果を計り損ねていた。よもやクールタイムまで回復するとは。僕のショートステップはクールタイムがまだ明けていない。風圧の方向から位置を予測して剣を重ねる。ヴィルバンの選択は《多連閃》。一撃目は攻撃に合わせて一回。二撃目は追加三回、三撃目は追加七回と倍倍に攻撃回数が膨れ上がる強力スキル。正直まともに防御せずにショートステップで逃げるのが最適解だが使えないとばれている現状で重ねてくる当たり、やはりヴィルバンは見た目より着実に実を拾うタイプだと思う。攻撃力もコピーするため最後は全力で行うのが通例であろうと思われる。二撃目を五連撃スキルで対応する。余りの攻撃をヴィルバンは避ける様子もなく防御で弾く。手数は多いが攻撃力が下がるのを見越されている。最後の本命はヴィルバンの手持ちでは対応が足りないか過剰か二択になる為手持ちの塔盾で対応。地面に打ち立ててギミックを展開。折りたたまれていたかのように正方形がパタパタと動き壁を展開する。ひどい金属音が響きあっという間に穴が空く。隙間から連撃を重ねてくるが来る方向が分かってればさすがに回避はたやすい。盾を回り込み《刺突撃》なる移動攻撃スキルで間合いを詰める。硬直を狙ったつもりだがそのままショートステップで逃げられる。相打ちで潰したつもりだったのにやっかいすぎる。お互いがお互いの切った札を勘定しながらにらみ合い剣を交わす。三回使用までのショートステップの効率が良すぎると悪態をつきながらヴィルバンの攻撃をだましだまし受け流して、ようやく僕のショートステップが復帰し互角の状態に戻る。攻撃スキルが色々残っている僕の方が有利に見えるが、実際にはショートステップの壁が高すぎて当てることが極めて困難なスキルが多い。彼の世界ではこれが常識なのだろうけどまぁまぁひどい。弱体化を要請したくなる。ここからはフェイントの応酬になりショートステップのわずかなクールタイムを狙ってのある意味地味な攻防が続く。
「奇をてらうネタも無くなったか?同じスキル同士ならと思ったようだけど、故郷で同族とやり合っていた私の方が一日の長があるぞ。」
ヴィルバンは余裕を取り戻したのか軽口を叩きながら攻撃を重ねるようになる。ネタはあるが個数が少ない。ヴィルバンの持つスキルの仕様確認は概ね終わり、今は確実に嵌められるような形に持って行きたいと様子を観察している。しかしどう考えても詰めの起点となる行動でヴィルバンに刃を突き立てる必要がある。《魔を絶つ剣》でヴィルバンにかかっているバフ群を破壊しておきたい。具体的には《魔を見る瞳》を止める必要がある。僕は負傷を重ねながらヴィルバンの防御を丁寧に削る。いつでも、どの位置でも攻撃を貫けるように。ヴィルバンはその狙いがある程度見えているようで要所要所で再生を行い著しい防御低下を許さない。大技のクールタイムも復帰しお互いの手札は元に戻り、そして僕だけが一方的にダメージを負っているという状態になる。リスタートが残っている以上そんな環境でも僕の方が若干有利に見える。だが、リスタート後のヴィルバンの台詞からするとリスタートには硬直があるのか妙な弱点がある気もする。安易には頼れない。それがあると分かっていてもヴィルバンは焦ること無く余裕を崩さないのだから。若干距離がある間合いだがショートステップの事を考えると間合い半歩前にいられることと対して変らない。ヴィルバンが動く。足を使って踏み込んでくる当たり何かを狙ってきているのは明白。乗るか引くか一瞬だけ迷い前に出る。前に一歩踏み出した瞬間にヴィルバンが急加速し体に肩を当てられる。密着した状態で何がと思った瞬間に肩で押し上げられ僕の体が宙を舞う。身体強化の瞬間利用だけでもてあそばれるように無防備にされる。蹴り出す場所が無ければショートステップは使えず、同職の為に練られた対抗策なのか空中機動するスキルも無い為自由落下に任せるしかなくなる。もしかしたらヴィルバンの世界では余り行われないか存在しないのかもしれない。下ではヴィルバンが構えを取り狙いを定める。ヴィルバンの持つスキルの中でも最大の攻撃力を持つ大技。
「私と同じ力を持つことが返ってこのコンビネーションの回避を不可能にしているだろう。」
自信満々にヴィルバンが技を解き放つ。僕は思い違いをしていたのかもしれないと行動を振り返る。格下だったはずの者が同格まで追いつき、久しくなかった自分の身を危うくしている。世界に飽きて弄んでいる類いの生活かと考えていたが、存外生き汚い印象が出てくる。《螺旋乱撃》。突き動作から放たれる直線上の空間に多種多様な攻撃を行う。焦って、同郷の嵌め技が有効であると、勘違いしていしまうほど、僕が思っている以上に彼は危機を感じていたのだ。打ち上げられて頂点にまで来た僕の頭上に大きな岩が出現する。技の動作完了寸前のヴィルバンの顔が歪む。魔法が使えないはずなのになぜそんなものが出てくるのだと。
「何の変哲も無い投石機用の岩だよ。」
僕は笑う。重力に従って落ち始める岩に足をつけて蹴り出す。僕の重量と踏み込みのエネルギーを受けて岩がわずかに進路をそらす。ヴィルバンの突きが放たれ空間と岩を切り裂く。岩はすぐさま無残に砕かれ小石と成り果てて周囲に散らばる。
「チェック。」
ヴィルバンの左脇にショートステップで到着し脇腹に神涙滴の短剣を突き立てる。《魔を絶つ剣》で体を突き刺せば身体の魔法を破壊する。外部に出ている魔法と違い内部の破壊にはわずかに時間がかかるようだ。攻撃と同時に行わない理由はそこかと思いながら、魔法水晶をばらまきショートステップで離れる。ヴィルバンが痛みと技後硬直で顔をゆがめながらも振り返り始める。水晶の一つが発動しヴィルバンの両足をつなげるように凍結。竜巻が巻き起こりヴィルバンを巻き上げる。
「機動技が無くても動ける可能性は潰させてもらった。チェック。」
ヴィルバンが右手の剣で氷を切り裂き、竜巻を左の剣で切り伏せる。遅れて超重縮が発動しその場にヴィルバンを固定化する。
「得てして貴方も僕も狙いは同じだった訳だね。チェック。」
僕はヴィルバンがやったように構え《螺旋乱撃》を放つ。一つ違うことは《二重残心》なるスキルで剣を手放し乱撃の維持を分身体に任せる。強力な愛剣が一つというヴィルバンではなかなか使い勝手が悪いスキルだろう。無数の斬撃がヴィルバンとヴィルバンが用意すべき足場を破壊する。そして僕は自らの首に短剣を添える。ヴィルバンが視界の悪い斬撃の中で理解したかのように目を見開く。僕が首を切って自害して倒れると一秒後にリスタートが発動する。
「そんな馬鹿げた方法があるかぁぁぁ。」
「僕がやったゲームの中ではざらにある抜け道だよ。」
僕は立ち上がり再びヴィルバンに《螺旋斬撃》を放つ。最初の乱撃は終了し剣が落ちる。二度目の乱撃も残心に維持させ自由の身になる。
-シフトアウト-
シェイプシフトを解除し元の姿に戻る。満身創痍の相手にそこまでやる必要はあるかと問われればあまりない。だけどわざわざ必殺技で止めをするなんてよくあることだろ?
「チェックメイトだっ。」
模造斬岩剣を構え、ヴィルバンを《全知》で知覚し、アーツ《全能》を発動しスキルを模倣発動する。
《ヴェヒルバースト》
正直維持できるなら習得したいほどの魔力効率と上昇幅をもった身体強化スキルだ。
開山剣一の秘奥変、谷開き
下手からすくい上げられた剣はヴィルバンを容赦なく真っ二つにする。ヴィルバンの残骸を見つめ生死をさぐる。負傷のマイナス合計値は規定値の二倍を余裕で超えてシステムが死亡を告げている。精査したスキル群の中に生き返るようなスキルはもう無い。戦いは終わった。
「お疲れ様ですわ。」
鶸が駆け寄ってきて治療を始める。実のところ疲労と負荷がたまりすぎてだるいだけで、怪我自体はそう多くない。シェイプシフトのずるいところは変身を解除すれば変身直前のステータスに戻ることだ。まぁ今回は変身解除前がリスタート直後だったので逆に無傷から怪我を負った形だけど。
「さすがに首を裂いたときは正直気が狂ったのかと思いましたが・・・」
「救世主さまも人が悪い。鶸様が・・・」
「余計なことは言わないでよろしいのよ。」
鶸がエグシルの太ももに肘を突き立てる。
「さすがに疲れた。鶸とエグシルは動けるようなら戦争の処理を頼む。もうさほど障害は無いはずだ。」
指示を受けて鶸とエグシルが動き始める。C型ネットワークを使って各所の戦況だけ把握しておく。もう人が死ぬ必要は無い。無謀に戦果を望むなら無理に止めないがミーバ兵に任せるように指示だけする。まぁ鶸ならうまいことするだろう。荒れた戦場に大の字に寝転んで体を伸ばす。
「よっしゃぁぁぁぁ。」
勝てない戦いを勝利し達成感に満たされる。がそれと同時に自ら死を望みその課程で僕を助けた金糸雀の事を思うとテンションが下がる。面倒なヤツだ。この期に及んでまだ盤面を制御しようとしている。恨み辛みを上乗せし少しだけどうすればその身に刃が届くかを考える。その様を見てあざ笑う神の姿も容易に想像でき逆にイライラ感が増す。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
菫が頭の脇に座り込む。
「まぁ多分?」
菫が金糸雀が死んでいたであろう場所を見ている。
「金糸雀はどうして死を選んだのでしょうか。」
「わからないね。生きていればなんとかなる方法もあっただろうけど、金糸雀はその課程が我慢できなかった。ただ・・・金糸雀が示してくれた道はある。」
菫が不思議そうに僕を見る。
「多分・・・『幻想』は後付けだったはずなんだ。もしくは後から活性化されたか。」
菫が首をかしげつつ立ち上がる。
「私達には理解出来ない、ようになっている気がします。細かい所はご主人様にお任せいたします。私達はそれをお守りするだけです。」
「改めてよろしく頼むよ。」
喧噪が収まっていく様子を聞きながら僕は空を眺めていた。この日を境に世界勢力図は激変しさらなる混乱巻き起こる。世界が活性化すれば神々は喜び享楽に興じ、そして暗躍するものが虎視眈々と成果を狙う。後々きっかけを作ったことは悪いと思いながらも、世界は大きく傾いたらしかった。
閑話を挟んで次章に続きます。




