僕、見届ける。
ヒレンに群がるワニ天使の攻撃はより苛烈になりヒレンも少なくない傷を負っている。正確無比な連携。ヒレンをそう動かざるを得ない状況を作り出し確実に攻撃を同一箇所に重ねていく。理解していても回避できない詰め将棋。呼ぶ前になんとかできれば、そもそも今展開されている神谷さんの魔力群をどうにかしなければ。攻略の糸口は見たからこそ理解できるが初見で対応するのは難しそうだ。魔法の頂にあるものはこうも変るかとも思う。しかし、ヒレンは状況的に追い詰められているように見えるがまだ手を残しているように見える。プライドの問題かこの先を考えている為かは分からないがこのまま終わるようならヴィルバンに従ってうん百年も生きていないだろう。術聖に至っていないだけで生きた年月と経験は莫大なのだ。ヒレンが吠えた。遠吠えのようだが澄み渡るような声。昔話でしか聞かないような狐の鳴き声のような音。ヒレンの手が足が黒き獣の姿へと変貌し周囲を一掻きする。ワニ天使の一団が弾かれるように吹き飛ぶ。隙を捉えるように次の一団が飛び込む。ヒレンの体が大きな黒い狐へと変貌しその身を翻す。一周その場で回っただけのその動作だけで魔力がうねりワニ天使を吹き飛ばす。外装の霊体に衝撃を受けた箇所からひび割れるように砕けていく。神谷さんがとっさにその傷を治そうと魔法を放つ。術線が通ったその瞬間に黒い光弾が絡みつくように神谷さんに襲いかかる。反射的に神谷さんは障壁を張り防御しようとするがその光弾はなんの抵抗もなく、障壁すら傷つけずに神谷さんに至る。神谷さんが魔法の性質を読み違えた。僕もワニ天使の状況に騙されてはいたが、僕の能力ならワニ天使を治療しようとは思わなかっただろう。神谷さんが治せる、治療するだろうと踏んでヒレンは攻撃に呪詛を混ぜた。その傷を治した者に害を与えるであろう呪いだ。光弾が神谷さんに吸い込まれるように当たり激痛があったのか腹を押さえて前屈みになる。僕はその状態を見て現象に当たりをつけたが、神谷さんは気がついただろうか。ヒレンは一吠えすると傷が治ったワニ天使と神谷さんに熱球を放つ。陽炎を纏う無色の弾が二人を襲う。ワニ天使の一団は変わらずヒレンに攻撃を仕掛けるがヒレンの側にいたる前に弾き飛ばされ外装を破壊される。神谷さんは熱球を防ぐがワニ天使はかすれるように回避を選ぶ。明らかに治療されることを前提とした動きだが現状それは悪手だった。ワニ天使の受けた傷は等しく神谷さんに転写され神谷さんの半身を焼く。予想通り傷を共有する呪いだ。呪いであるが故に都合良く治療効果までは共有しないと考えられる。ワニ天使も守らなければ一方的にダメージを受け、二倍の治療が必要になる。行為自体は今の神谷さんなら難なく可能だろうがその一手間一手間が次の対応を遅らせる。神谷さんが気を取られているであろう結界を処理してあげたいけど、ヒレンもヴィルバンもそれを許さない気配がする。僕らが手を出せば確実に二人がかりで神谷さんを潰しにかかる。先ほどまでなら問題なかったかもしれないが今この状況で横やりが入るのはまずい。ワニ天使が順に落ちていく様を見て神谷さんは分かっていてそれを救う。僕としては明らかに無駄な行為だが、そうと決めた神谷さんは天使を余すこと無く助け救う。獣姿のヒレンも呆れるように鼻息を吹きそして口をゆがませる。そうなると知ってヒレンはそう攻撃を仕掛けたことは間違いない。攻める十二体のワニ天使から呪いを共有し大きく息を吐いて呼吸を整えている。忠実に命令を聞き、主人の負担を減らそうと努力している様は見て取れるが今のヒレンにとってワニ天使はものの数では無い。存在しているだけで神谷さんの被弾面積を増やしているだけだ。
「この・・・くらいで・・・ちょうど良い、ですか?」
膝をついた神谷さんが杖を支えに強がりを言って笑って立ち上がる。流れる汗が必死さと悲壮感を隠さない。ワニ天使達も積極的な攻撃を控え遠巻きにヒレンを囲うだけだ。
「ありが・・・とうござい・・ます。後は私が・・・」
ようやく神谷さんはワニ天使への命令を切り替え下げさせる。無念そうなワニ天使達が神谷さんの後ろへと下がっていく。ヒレンは最後の攻撃チャンスと準備していたであろう魔法を繰り出す。巨大な火矢が十、二十と現れてワニ天使を襲う。回避しようとすれば爆発し、受け止めればまとわりつくように対象を包み込む。神谷さんも荒い息を吐き出しながら撤退するワニ天使を守る。自分へのダメージになるのだから当然とも言えるが射程の関係か中途半端な印象を受ける。ヒレンも足手まといを隙と見るや広範囲攻撃、連続攻撃と間断なく繰り返す。ワニ天使の撤退が完了すれば神谷さんの周囲で完全に守られ、ヒレンの攻撃もようやく収まる。杖に捕まりながらも膝をつき息を整えきれない神谷さんはすでに限界のようにも見える。先ほどから防御にまわす行動回数が著しく少ない。そこまでして全てを救いたいのかと僕は呆れる。トウもクロも我慢して見守っている以上、僕が手を出すわけにはいかない。数秒の膠着。ヒレンは次の為に力を溜めるように術式を重ねる。神谷さんは息を整えながら立ち上がる。そして両者の準備が終わる。
《解呪》
神谷さんが防御を解いて結界に向けて魔法を放つ。ヒレンが一瞬反応し結界に干渉しようとするが間に合わず、神谷さんの魔法を受けて結界は溶けるように崩れ去る。鶸とエグシルが結界に維持されていたのか崩れ落ちるように倒れる。ヒレンに向かって飛ぶ魔力塊が見られる。それがヒレンの最後の回復になると思われたがその魔力塊が突如停止し空間に拡散する。むしろ空間に浸食されるように喰われる。ヒレンが慌てて一歩、二歩下がる。ヒレンから何が見えているか分からないがヒレンは何も無い空間に向かって魔法を放つが魔法は長く飛ぶこと無く空間に飲まれるように消える。ヒレンはその場の制御を諦め全力で退避した。形になりかけた魔力が制御を失い拡散しようとする間も無く空間に飲まれるように消える。実際には魔力視の微量な変化に慣れすぎて気がつかないだけで神谷さんの魔力に同調し取り込まれる。
《瞬間的復活》
神谷さんが自分に魔法を使えば疲労も怪我も火傷も何もかも消え去り立ち上がる。充実したその姿は戦い始めた状態に戻ったようですらある。明らかに異質な回復魔法であった。神谷さんは静かに杖を動かす。ヒレンがその場から反射的に逃げ出すが次の魔法には全く意味が無かった。それは攻撃ではあったかもしれないが行動することにおいては意味の無い事だった。
《聖域》
神谷さんが滞留させていた魔力が爆発的に広がり戦場を包み込む。ヒレンも僕らもヴィルバンも。僕とヴィルバンが一瞬だけ緊張し身を固めるが、直接傷つける行為では無いと考え戦闘態勢を解除する。僕の行動を信用したのか、それまでの行為における神谷さんを信用したのかヴィルバンも傍観の構えを崩さない。それはきっとヒレンが倒れるとも変らないと妙な信頼だけがあった。
「貴方たちの世界をお借りしますね。」
神谷さんがワニ天使に手を差し伸べる。ワニ天使達の視線が神谷さんに向き彼女を囲むように動く。
『聖域に望むは彼らの至高天』
ヒレンが妨害を試み魔法を放つが長くは持たずに空間に同調し飲まれる。神谷さんの周りに十三の鱗まみれの柱が立つ。
『彼らを助け、彼らを還す。世界の片鱗を、端を、彼らの為に』
柱の上空が歪み視界を通さないほどに暗い穴となる。魔法が出ない訳では無いとヒレンは神谷さんに駆け寄る。
『願わくば彼らの無事を。叶うなら我が敵を討て。』
これは防御術なのか召喚術なのか。そこに至った彼女にしか分からない。自分の手を汚さないことは善か。それを他者に強要することは悪ではないか。自分で傷をつけるのが躊躇われる神谷さんが召喚術に頼ったのはそれ故か、それが彼女の本質なのか。神谷さんの要請に応え穴から這い出るのは巨大な体。竜のように全身に鱗を纏う薄緑の姿は、そんな姿では無かったはずだが見知った過去の大型爬虫類を思わせる。
「アロサウルス?」
ティラノに比べればスリムで前傾姿勢なその姿はかの者とまた違った捕食者の様相を持つ。ていうかアレがワニ天使の上位者なの?ヒレンが召喚者たる神谷さんを狙い迫る。アロサウルスはさらに首を落とし前傾姿勢を強化しヒレンに向かう。その巨大な大きさに反し重量を感じさせないその動きは走っているにもかかわらず滑っているような錯覚すら覚える。音も気配も置き去りにして動き巨大な顎を開く。神谷さんが軽く手を動かせばヒレンの目の前に見えない障壁が立つ。濃密な魔力の塊が魔力視を阻害する。それを感じたヒレンは横長な壁を飛び越えるように動く。飛び上がった後に誘導されたとヒレンは感じただろう。巨大なその姿は目立つにもかかわらずいつの間にかそこに存在するという暗殺者のようであった。ヒレンの飛び上がった先にはアロサウルスの巨大な顎が迫る。勢いに任せて顎がヒレンのいる空間を削り取るようにかじる。大きく動く顎と首が障壁に穴を開ける。障壁の魔力がそもそもアロサウルスに無力なのか、その恐竜の能力なのか不明ではあるが召喚者が用意した防壁を気にもとめずに咀嚼する。どうよけたのかヒレンはアロサウルスの頭上からワニ天使を吹き飛ばした前足の一撃を恐竜の頭部に打ち付ける。大木に打ち付けたような鈍い音と共にアロサウルスの頭が沈む。下顎が地面にぶつかりその見た目と勢いに見合う重量感のある音を出す。アロサウルスは地面にぶつかった反動に乗って体を持ち上げ、首を振り顎をヒレンに向かって振り上げる。トラバサミが稼働したような堅いもの同士が合わさる音が響く。ヒレンは空中を蹴りその顎から逃れる。そして残り気味の後ろ足で器用に下顎を蹴り上げる。決して当たるような距離ではないはずだが、その蹴り上げ動作に合わせてアロサウルスの下顎は大きくのけぞった。そのまま後ろに倒れんばかりに大きくのけぞった首を狙ってヒレンの前足が一閃する。竜鱗は石を撃つような音を響かせヒレンの一閃を難なく防いだ。傷一つ付かずヒレンの爪が宙を舞う。力任せにアロサウルスがヒレンの目の前に頭を戻し吠える。巨大な方向は音という音を吹き飛ばしうるさいと感じた後には何一つ聞こえない。頭にただ一音だけが響き続ける。僕がうるせぇと発した声すら耳から聞こえず、そう言ったはずだと脳が考えているだけだ。耳を押さえながら神谷さんを見るが彼女とその天使達だけがその影響外にあるのか涼しい顔で状況を見守っている。当然目の前にいたヒレンへの影響は最も大きく空中で何もできずに振動しているだけのように見える。落下もせず吹き飛びもせず何かに固定されているかのように空中に縫い止められている。首を軽く振り上げ一歩二歩と踏み出したアロサウルスの顎がヒレンを捉える。首と顎を振り下ろした後には獣化したヒレンの下半身が消え残った体が血をまき散らしながら地面に叩きつけられる。解放されたヒレンが一声するとずるりと上半身から下半身が生える。魔力の動きが見えづらいが魔法による治療だと思われる。外に放出することは難しいが内部なら問題ないようだ。さすがに大きな力を消費したのだろうヒレンの口からは間断無い荒い息が見て取れる。ここに来てヒレンが大きく自己の魔力を消費している。やはり神谷さんの支配下に入っている聖域内部で魔力を外から集めることはできないようだ。
「もういいでしょう?」
神谷さんはヒレンに手を差し伸べる。神谷さんの悲しげな瞳は結果は分かっていても目の前の敵すらも救いたいと願うのだろう。人によっては完全に挑発と思われても仕方が無い。当事者のヒレンも当然そう感じ取り吠える。遙か後ろにいたはずのものにものの数ヶ月で追い抜かれ同情すらされる。神谷さんを知らなければ僕だって手を払いのけるだろう。空間を揺るがす白い業火がヒレンの前足から伸びアロサウルスを切り裂かんとする。アロサウルスはその攻撃に全くひるむこと無く顎を開いて真っ向から立ち向かう。或いはそれが自らの体に達さないと信じていたのか。
《聖なる衣》
神谷さんがただ手を動かすだけで魔法は成立し、聖域の魔力が形をなしてアロサウルスを輝きに包む。白い業火は輝きに触れると切断されたかのように遮断される。弾いて周囲にも散らさず、触れる側から無制限に消去しているようにも見える。手が振り切られれば業火は元の姿を取り戻す。まるで斬るものがそこには無かったかのように。必殺の自信があったのか大きな行動は大きな隙を生み、放心したヒレンがアロサウルスの腔内に消える。アロサウルスが咀嚼すれば嫌な音が周囲に響く。役目は終わったとばかりに天に向かって咆吼を上げアロサウルスは神谷さんの元に戻る。いや帰り道に向かって進む。アロサウルスが神谷さんの横を通り過ぎる時に神谷さんは一礼をする。竜はその礼に喉を鳴らして答える。アロサウルスをワニ天使が囲みそれを祝福するように周囲を回り始める。醜悪ながらも荘厳な輝きを纏い宙に浮き穴へと消える。神谷さんが息を吐いて膝をつき嗚咽を漏らす。たった今殺してしまった相手にすら悲しみを捧げる。宗教的な事が強いのだろうけど僕には理解しがたい感情でもある。命を賭け合ったにも関わらず、殺さざるを得なかったことに後悔する。相手が崇高なる戦士であれば決して相容れない博愛の精神。唾棄すべきとまでは言わないがやはり共感しづらいと思う。そして結果が確定したと悟った瞬間にもヴィルバンは動かなかった。ただ静かに僕を見て時を待つ。
「まさか、ヒレンまで討たれるとはね。戦いの途中にヒャッコも討たれたようだ。多勢とはいえ負ける要素は少ないはずだった、と思うのだけど?」
長い沈黙のあとヴィルバンは感想と疑問を口にする。
「あなた方の中ではこの戦いはまだ遊戯だった。僕らは命を賭けて戦った、その差だと思いたいね。」
くさい話をするが馬鹿正直に明かすつもりもない。ヴィルバンにだって相手が必死で来ることくらい計算の内だろう。それでも本来覆せないほどの差があった。予想外に強力になったミーバ達。偶然かみ合った戦場と戦闘相手。小細工抜きで正面から全力で戦えば絶対に勝てなかった。そういう意味でも楽しむ余地を残したのがヴィルバン達の唯一の穴だ。
「次の相手もその少女かな?正直アレと戦うのは御免被りたいけど。」
ヴィルバンはあのアロサウルスを夢想して震えるような演技をする。僕らの中でも単純な能力において最高戦力となったはずの神谷さん。ステータス的に格上、経験的にも遙か上の相手を全体で見れば難なく倒したと言える内容だったと思う。だがおそらく彼女はもう戦える時間がない。
「いや、予定通り僕が相手になるよ。」
トウとクロが神谷さんをかばうように前に出て隠す。僕は前に進み出てヴィルバンと対峙する。
「自分の因縁の相手を部下の女性に任せるなんて・・・最低でしょ。」
軽口を叩いて挑発気味に言う。いずれ自分で戦うにしても部下を出して少しでも相手を削れば、手札を開かせれば有利になる戦いを最初からサシに持ち込む。
「私の直下の配下が倒れても君が倒れれば全て終わりなのは分かってるね?私一人でも効率は悪いとは言え全てを制圧できるよ?」
ヴィルバンは神谷さんがいることを含めてもと言い切る。たいした自信だと思いながらもヴィルバンの手札の一つを知り得る情報となった。ヴィルバンには神谷さんを恐れる理由があまりないのだと。
「かつてこれほど手痛い打撃を受けたことは無い。まだ弱かった盤面の時代を含めてもだ。長年付き合ってきた配下を失い、私もそろそろ我慢ができなさそうだ。」
ヴィルバンは腰の剣を滑らかに引き抜く。銀色の直刀が輝きを放つ。僕も合わせて陽光石の剣を構える。銀と金。対比を思わせるその輝きをみてヴィルバンが薄く笑う。
「君の加工技術には恐れ入るものだ。どうして石にこだわるかもよく分からなくあるがね。」
「一度手になじんじゃうとこだわるたちでね。」
僕とヴィルバンの距離はおよそ二十m。剣で戦うにはかなり離れた間合い。にじり寄るようにお互いの足が動く。時間が僕の味方でいてくれるかが今回の勝負の賭けの部分でもある。鑑定感知に類するものがあると面倒なことになりそうだったので《全知》は実行していない。余力がある今のうちにと動く気配を見せるとヴィルバンが動く。実際の所僕の視界から消えた。風を感じたからこちらに動いたと思っただけだ。背後に障壁を作り、身をひねりながら前に出る。見えないなら当然後ろからと思ったが、反射的な対処だった為相手の移動が見えなかった事が問題であることは考慮されていなかった。再び風を感じたと思ったら金属音が響く。斬られた。防具の強度に助けられただけだ。感触的にはすれ違いざまに体の真ん中に剣を当てられたと思う。下手をすると短距離では音より早いかもしれないと感じる。もっと早く相手を感知できなければなぶり殺しになる。考えてる内に背後から斬られる。初手から一方的展開すぎて泣けてくる。以前の会話からするとヴィルバンは近接剣士と思われる魔剣士なる職なのだが、この世界の基本的なものではなく彼の世界の職種であろうことは以前に行ったキャラの鑑定からも理解できる。背後に向かってがむしゃらに剣を振り回す。間合いの中なら何か反応があるはずと存在を確認するための攻撃で、対処されること自体は想定内だ。しかし剣は空を切り見切るように回避したヴィルバンが上段に剣を構えて無表情のままその剣を振り下ろす。たぶん無駄だと分かっていて、それでも確認をするために僕は障壁を多重展開し常識的に防げるような量を重ねた。ヴィルバンの剣の前にはその障壁は濡れた紙ほどにも効果を発揮せずに僕の頭部をかち割る。衝撃を受けたと同時に治療魔法を発動し傷を回復していく。だが衝撃で首は下に下がりヴィルバンの足しか見えない。予想を確定するために僕とヴィルバンの間に《火爆破》を放ちお互いを吹き飛ばす。しかしヴィルバンは僕の意図を察知したのか検証には乗ってくれず爆風はお互いを吹き飛ばし間合いを話す。本当は良くないが少しでも時間を稼ぎたい。自爆的な魔法で僕は若干ダメージを受けるもヴィルバンには見受けられない。片手剣だけで爆風を防御できるということは理解できた。もしくは他の能力だが。あちらに攻撃を通すためにもあらゆる検証作業は必要になる。少しでも事例を増やさなければならない。
「弱いな。君の部下の方がマシなんじゃないのかい?」
ヴィルバンは若干期待外れといった感じに首をかしげながら会話を始める。ヴィルバンにも言いたいことがあるのか時間稼ぎか、僕は冷静に体の中で時間を刻みながらヴィルバンを見る。油断してくれるなら超したことはないがそんなことはないだろう。彼は確実に僕を葬る気でいるはず。
「どうだろうね。一応肉体ステ的にはトップのつもりなのだけどね。」
概ね事実。単一ごとに比べればトップステータスなどないが総合力は高く。正面から始まる戦いに限れば僕の方が優位であることは間違いない。見えている間に体を持ち上げるついでにヴィルバンに《全知》を仕掛ける。ヴィルバンは軽く笑いように口角を上げ剣を振る。《全知》が発動しない。まさか斬られたか。ある程度予想はしていたもののこういった能力も切り捨てられるとなると遠距離攻撃は事実上意味がなさそうだ。ヴィルバンの手に負えないほどの飽和攻撃を行うくらいか。
「魔眼のたぐいかな?反射的に壊してしまったけど・・・相変わらず手札が読めないほど多いね。だけど・・・その手札のおよそ半分以上は効果が無いことも気がついたかな?いや、悟られたと思うべきか。さぁ君の手札はあとどれだけある?せめて私を楽しませるくらいはあると嬉しいね。」
ヴィルバンの焦燥感は減り、大きく余裕を取り戻した。現状彼の能力を持ってすれば、彼が満足するまで僕をいたぶれることに気がつかれた。正直予想していたより遙かに強い。というよりはかなり相性が悪い。対応力、バランス良く多くの手札を持つことで相手の土俵に立たずもしくは相手の勝ち筋を狂わせて勝つ僕の手法の多くが彼には通用しない。そして彼の得意な戦法の付近で戦うことを強要されている。現在推定しているヴィルバンの能力は『魔力にまつわるものを武器で破壊できる』ことだ。《全知》のような視覚効果の無いものでも仕掛けられた瞬間に認知し動作した瞬間に無力化できる。任意の動作、もしくは意思で破壊できるなら武器を振る必要はない。もちろんこれも彼の行っている誤情報の可能性もあるが今までの行動からすればそこまでの万能性はないと予測できる。やはり神谷さんやクロ、ヒレンのような純正魔法使いは彼に勝つことが著しく難しい。少なくとも初見で出会えば対処法を考え付く前に倒されるだろう。今僕が生きているのはヴィルバンが己の留飲を下げるためでしかない。彼が飽きる前に勝ち筋に導かなければならない。ため息がでる。あーだこーだみんなに指示しておきながら結局自分もぎりぎりで勝ち筋の薄い選択を取らなければならないのだ。ヴィルバンが消え風が舞う。左腕に一撃を入れられる。まずは防御力を奪ばおうとしているのが堅実すぎて嫌らしい。激昂していても冷静に動く。笑いながらいたぶってくれればまだ楽なのにと思いながら周囲に《鉄壁》を展開する。魔法の中でも物質寄りのものならどうかと思ったが、剣は抵抗なく背中に突き立てられる。だけどそこに見える一つの矛盾に希望が見える。出した壁を即座に消しヴィルバンの突きの勢いにのりそのまま宙に飛ぶ。前転しながらヴィルバンの姿を確認しショットガンから散弾をばらまく。バードショットに類する小型で数が多い弾だ。格上相手には効果が薄いし萌黄のような能力でもなければ状態異常も期待できない。広範囲に目くらまし的な目的なので一瞬だけ止まってもらえればいい。重ねて《光の槍》を放ち七本レザーを多角的に打ち込む。ヴィルバンが僕の目的をどう予測するかが結果の成否を分ける。ヴィルバンは笑って僕を見ている気がする。見切られたと無念に思うも《全知》の失敗に制限がないので着弾と同時に打ち込む。魔力の多寡にかかわらず彼が何を嫌がり、そして僕の行動の何が本命かを予想させる。その順位を最低でも知ることができる。彼の剣は光の槍を切り裂く。槍本体ではなく魔法が指定しているのかもしれない何かを切った。僕も存在を知らないその何かを切られると七つの槍はすべて消え去る。また困った性能を知ってしまった。そして散弾を気にすることなく、左手に持った小剣で《全知》を切り捨てた。散弾は彼の体を小気味よい音で打ち付けるが大した効果は得られていない。二刀もありか・・・ますます面倒だ。ヴィルバンは隠すつもりではないようだが、小剣はすぐに収納し元の片手スタイルに戻る。
「また一つ暴かれてしまったな。さぁ次はどうする?それまで耐えられるかもしらんがね。」
舌なめずりをし完全に獲物を狙うかのような眼を向ける。困ったと露骨に顔に出しながら僕は着地してから振り返る。実際にも困っているのだがこうしていたほうがヴィルバンもそう思ってくれそうだと今は隠さない。先が思いやられる。




