私、全うする。
「防術治療術聖、神谷桐枝・・・参りますっ。」
少し恥ずかしい気もしてきたけど、その死を前提とした搾取しようとする様に怒りを覚える。先制はヒレン。激昂か嫉妬か、大きな感情を持て余すように私にぶつける。赤く輝く魔力塊が無数に閃き高速で飛来してくる。見た目通りの属性かもわからないし、一撃は大きくないという判断から簡単な防御魔法で身を守る。
《自動障壁》
周囲に立ちこめた魔力が指向性を持って活動する。範囲に入った攻撃に対して収束し小さな防壁をつくり攻撃を弾く。小気味のいい相殺音を立てながら次々に飛んでくる攻撃を消していく。相殺される状態を魔力視しながら熱、爆発系の魔法だと判断する。魔法使い同士ということもありお互い大きな移動はせずに戦う事になるのかと、その場で魔力を集積していくヒレンを見る。多くは空間からかき集めるが一部は当然のように鶸さん達から搾取している。それをどうにかするのに魔力を打ち込む。ヒレンが私の動きに一瞬反応するが結界に放たれるのを見て馬鹿にするようににやける。簡単な攻撃ではさすがに壊れないか。しかも攻撃が接触した瞬間に魔力を吸われている。面倒な術式だと思いながらも飛ばした魔力を再操作して結界側に止める。
「系統違いの者に簡単に敗れるような仕掛けではありませんえっ。」
結界なら防御術かと思うが、それを応用した攻勢魔術のようだ。組み立て方が若干いびつだが目的に沿って機能するように動いているといった感じがする。結界側の魔力から情報を拾う。ヒレンが集めた魔力を展開し術式を組み上げる。今度は一撃を大きくするつもりのようだと判断し術式を覗き見る。それが罠であるかのように閃光のように輝く術式が視界を焼く。目がどうにかなったわけでは無いが魔力視越しでは周辺を見ることすらできない。私が罠にかかって戸惑っている隙にヒレンからの攻撃が放たれる。周囲に広がる魔力にヒレンの魔法が触れることで攻撃されたことに気がつく。魔力に包まれているがその正体は強化された金属錐。見えない内に魔法と見せかけて物理寄りの攻撃をしてきたようだ。その手管に感心しながらも逆に小細工だと蔑む思いもある。
《乖離膜》
その境界を通過する物体は原子間の結びつきを緩められ塊から粒へ、粒から粉へ、粉から塵へ、塵から見えぬ粒子へ還る。鋭利な錐に干渉していた魔力は前提を失い形を保てずに周辺に遊離する。それをそのまま支配下に置き周囲に拡散させる。輝きを失えば視界は戻り驚くヒレンの姿を見ることができる。しかし立ち直りは早くすぐさま次の魔法を繰り出す。見覚えのある術式を確認し私は自分周辺の空間軸を固定化する。その攻撃自体は予定通りなので組み立て済みである。下手な攻撃をされるより早く準備が終わり、空いた時間で結界の解析を行う。
「死ねっ。」
呪詛のように言葉に強い力を乗せて最後の術式を送り出す。あらかじめ空間軸を固定している為、別空間を通しての攻撃はこの空間には戻れず何も起こらないように見える。きっと知らない空間で爆発するなら消失しているなりしているだろう。再び驚き固まるヒレンの姿を見て、別空間の場所を特定しておいて魔力を回収しても良かったかと少しだけ後悔する。一瞬困ったような顔をしたことが、ヒレンの心を刺激してしまったのか再び烈火のごとく怒る。突き出された手から七つの魔力線が飛び出し私に向かう。一つは手前で巨大な焔を吹き上げながら周囲へ広がる。濃い魔力と炎で視界を塞がれタイミングが分かりづらくなったところで次々に魔力線から攻撃が放たれる。酸液が放たれ触れれば皮膚を焼かれるだろうと思う。一部の酸液は焔に包まれ拡散し毒霧となる。一度吸い込めば二度と呼吸はできないだろう。黒い雲が蛇のように襲いかかる。毒をもっているだろうその雲がこの身を包み込めばどんな厄災が訪れるだろう。
《境界線》
私の周囲一mに青い円が成立するとそれら何物もその円上の円柱を超えられない。三代前の術聖魔法だ。多くの強力な防御術の例に漏れず範囲外を動けないのは大きな欠点だ。いくらその身を守れてもその外は守れず、なおかつその外から封印されるとなすすべも無い。先代のカクリストフさんはその欠点をクリアするために活動可能な永久機関的な防御魔法を構築したが、結果は歴史が示す通りあまり変らなかった。ヒレンは術式から次の攻撃を予測されないことを重視しているのか事前に目くらまし的な攻撃をすることが多いなと思ってしまう。魔法使い同士の戦いにおける経験則なのか所々で攻撃元を見せようとしない。今も境界線の向こう側は炎や粘体のようなものに阻まれ、目視で様子をうかがうことはできない。このまま一方的に攻撃されたところで封印でもされないかぎり全く問題ないのだけど。おそらく事前の調査なしにヒレンがこれらの術を超えられることは無いと踏んでいる。ヒレン単体で私の周辺を封印することはできないだろうし、すでに簡単にできるレベルでの封印は対策が終わっている。そもそもの私の目的は鶸さん達を解放してもらい戦う事自体を諦めてもらうことだからだ。さすがに解放してもらえるとは思っていないので解析だけは進めている。外で何か大きな魔法が使われたことを検知するが境界線の魔法は微塵も揺らがず周囲の視界を開いただけだ。防御線周囲の地面がが三mほどえぐれているのを見るとかなり大きな魔法を使ったのだろう。挑発は良くないと思いつつも満足しましたかと笑顔を送っておく。ヒレンの性格からすれば打ちひしがれるよりも怒り狂うだろうと分かっていてもだ。予想通り怒りを隠さないヒレンはさらなる魔力を集め力に変えていく。そろそろ鶸さん達が心配になってくるが解析は思ったより進んでいない。そもそも結界の類いの魔法があっさり解呪されては仕方が無いので複雑にそして偽装を施すのが普通なのでしょうがない。えぐれた周囲をそのままにしておくのも不便なので土壁を展開して綺麗に平地に戻す。術式も見せずに一瞬にして処置が終わったのを見てヒレンが少し動揺したのが見て取れる。受けきるよりこっちのほうが効果がありそうだと思うも先代や二代前の魔法ではやり過ぎてしまう一面もあり、準備を進めるも事項するかは悩ましい。どう転んでもヒレンが調子づきそうだと思いつつも一方的な展開になり心が痛い。今も続く非道に怒りが続いているのも確かだが、頂に届かなかった者がどう手をうっても正面から打ち破ることは困難すぎる。
《|天軍招請《コール セレスティアル レギオン》》
ヒレンを打ち破る力は無いと知っても私は天使軍を招請する。召喚と違いコストも高いが制限の少ない実体を呼び出すより高度で強力な魔法である。ただ同じコストでも倍以上は強いのでお得感はある。どこの世界の天使かは知らないけど羽の生えた歪なリザードマンといった風貌で槍と盾を持ち怪獣のような叫び声をあげる。軍といってもその一部、二十騎の鱗天使が私の上を飛び命令を待つ。召喚ならヒレンも送還という手段がとれたろうけど、招請は他人が強制的に帰すことはできない。術者が死ねば呼び出された者も帰る手段を失う位には戻すのが手間な一面もある。
「行って。あの敵を討ちなさい。」
私の宣言を聞いて二十体が奇声をあげてヒレンに襲いかかる。
「これはまた神谷さんらしくもないのが出てきたな。」
「ご主人様にもお考えがあるのでしょう・・・」
遊一郎さんの微妙な感想、そしてかばいきれないトウの自信のない発言。事前に契約で懇意にした世界でもなければ招請で呼ばれる者達はその時指定した条件にある程度一致した者がやってくる。ようはランダムなのよ。都合良く自分の世界から来ることもあるけど他世界だとそれも厳しいようだ。神聖も善性もある。ただ見た目だけが私たち基準で醜悪なだけよ。あれでもいい人?達なのと心で言い訳する。絵面は不良の集団が美女に襲いかかるように見えなくも無い。毛並みが整って艶のあるヒレンは種族こそ違えど動物的な美しさがある。なんだか申し訳ないなとは思う。鱗天使は飛びながら隊列を組み三体の四グループがヒレンを囲うように前衛に飛び、四体の二グループが後衛から動きを伺う。私はヒレンに注意しながらも結界の解析を重点に行い、仕込み比重を落とす。ヒレンは私に攻撃したいだろうけど攻撃を途切れさせない鱗天使の対応が優先となると予想する。三位一体で防御しづらく、隙は後衛からの妨害で極小化され、さらにその場にとどまらず次々と連続的に攻撃を続けている。ただそれほど攻撃パターンは多くなく、四回も五回も繰り返せばヒレンの対応も早く、強力になり鱗天使の被弾は加速度的に増える。ヒレンも無傷というわけにはいかないようだが、割り切って受けた傷も多く慎重になればここまでダメージを負うことも無かっただろうと見る。瀕死の鱗天使も死を恐れず使命を果たそうと攻撃の手を休めない。ついにヒレンの攻撃が鱗天使を貫き一体が墜落して地面に落ちる。
《霊体再生》
さすがにそのまま放置するのも忍びなく勢力圏で倒れたこともあった鱗天使を救済する。無数の傷は一瞬で回復し招請された当初と変らない姿を取り戻る。倒れた鱗天使は奇声を上げて歓喜し治療した主人に答える。思った以上に喜ばれ、本人とそれ以外からの好意の波動が無数に届く。ヒレンと言えば少なくない労力を一瞬で無にされ機嫌はよろしくなさそう。他世界の生命体とはいえ治療術聖ですからね、これくらいはなんとかなりますよ。治療されるとなれば鱗天使の攻撃はさらに苛烈になりヒレンを追い詰める。治療することで苛烈にその身を労らない戦い方に目を背けたくもなる。その為に治療した訳でも治療するわけでもないのだけど、彼らとしては命令に従っているだけなのだろうけどその姿はどうにも痛々しい。そしてヒレンの我慢が限界に達する。強く変った気配を感じ、私はため息をついてステップを進めることを決意する。




