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それは何の為にあったか。

 ある日遊一郎は天秤を前に実験をしていた。

 

「貴方は一体何をしているのですか。」

 

 鶸も暇では無く息抜き(こうじつ)の為の通りすがりではあるが、暇を持て余しているなら主人の手も使いたいとは思っている。むしろ側に置いておきたい。

 

「いや、急に気になってね。」

 

 重りの反対側には銀色の糸くずのようなもの。細い金属糸を作り出して重さを計っている。その糸くずに火をつければ一瞬派手な色を出して燃え灰色の屑へと変わり天秤は傾く。

 

「はぁ楽しそうですわね。」

 

 無駄に集中して同じ作業を繰り返している主人を見て鶸はため息をつく。遊一郎は瓶を取り出しそれに金属糸を詰め蓋をする。また天秤にのせ重さを計る。魔法を使って金属糸を燃やす。天秤は釣り合ったままだ。遊一郎が唸る姿を見て鶸がまたため息をつく。

 

「何がしたいんですの?貴方にとっては懐かしい実験のようですけど。」

 

 遊一郎は鶸の顔を見て苦笑いをしてまた天秤に向き直る。瓶を天秤に乗せ金属糸を詰める。また同じ事をと鶸は見ていたが、遊一郎は瓶の中に石を発生させた。金属糸は燃えずに天秤は傾く。

 

「魔法ってどうなってるんだ?」

 

「はぁ?」

 

 遊一郎の言葉に鶸が理解できないと声を上げる。最初に遊一郎がしていたのはただの物理実験だ。最後に行ったのは魔法で石を追加しただけで見えた結果といえる。石が増えれば天秤は傾くに決まっている。自分で重量を増やしておいて魔法とは何かと。鶸は遊一郎の意図が読めない。

 

「使用した魔力量に結果が比例しないっておかしくない?」

 

「術式の効率もスキルもありますし、おかしくもなんともないでしょう。」

 

 遊一郎の疑問を鶸はすっぱり否定する。負荷を増やせば魔法の結果は大きくなる。スキルを適用すれば割合で減る。無駄を省けば制御が難しくなるかもしれないが負荷は減る。遊一郎は土を操作して小さな立方体をいくつか作る。立方体を天秤に乗せ釣り合いを取る。立方体を魔法で消す。土塊を消すのに『分解』の魔法を使うとは無駄なことだと鶸は思う。遊一郎はほらといった顔で鶸を見るが、鶸には理解が及ばない。

 

「今更思ったんだけど、僕たちこのシステムを使ってこの世界の質量を増やしすぎてると思うんだよね。」

 

「世界変化量のことですわね。」

 

「え?計測されてるの?」

 

「微々たるものですわよ。行動力を計る一つの基準ですわ。」

 

 遊一郎の驚きを鶸はさらっと流す。ようやく遊一郎が何に疑問を持っているか鶸は気がついた。

 

「貴方がいた世界とは違いますのよ。上方世界から無尽蔵に魔力が流入しているのですから世界質量は増えるに決まっているでしょう。」

 

 鶸はさも常識のように話す。

 

「この世界が動いているのもシステムによるものですわ。単純な物理法則ならともかく魔力が関わった時点で質量が保証されるなんてどこにもありませんのよ。」

 

 鶸の言葉を聞いて遊一郎はかなりショックを受けているようだった。

 

「増えすぎたらどうするんだ?五十年も必死こいて生産したらすごい質量になると思うんだけど。」

 

「どうなるんでしょうね。その心配は神々がするんじゃありませんの?私は知りませんわ。」

 

 遊一郎の最後の疑問は結局解決はしなかった。しかしその情報自体は遊一郎に一つの結論と行動を与えた。遊一郎は訓練に戻り、鶸は仕事に戻った。遊一郎は桐枝に無茶な仕事を振った。必要物資の転移輸送である。そもそもそんなに急ぐ必要があるのかと皆が思ったが遊一郎の事だしという思いと桐枝が快諾したことによって深く疑問に思わない内に話は終わった。桐枝は黙々と輸送と休憩を繰り返しそして遊一郎の目標が達成されたとき計画の先が明かされる。

 

「神谷さんにはヒレンの相手をしてもらう。」

 

 桐枝も含めて全員の顔色が変る。中でもトウの形相はひどい。

 

「魔法のランクは上がったけどさすがにそれは厳しいんじゃないかなぁ。」

 

 当人の桐枝も及び腰である。

 

「いや、統合魔術Xになったのなら勝算はある。というか今から作る。」

 

 無茶な輸送はこの為かと思わせたと同時に勝算を作るという話が引っかかってくる。

 

「以前確認した術聖の話だけど、たぶんあれは選定者の為のシステムだよね。それも杖所有者の。」

 

「さすがになったばかりのペーペーじゃ無理ですよ。確かに挑戦権を得たのは分かってますけど。」

 

 遊一郎のタネを聞いても桐枝は引き気味に答える。追加の話になるとスキルランクが上がった時点でアナウンスもあったらしい。それを聞いた遊一郎はやはりそうだと改めて頷く。

 

「いや、そもそも試験内容が分かってる防術聖に至ってはタダで拾えるぐらいだよ。落ちてるものを拾わない手は無い。」

 

 遊一郎の発言を聞いて鶸と桔梗、クロの顔はゆがむ。さすがにそれは無いとクロはダメ押しを押すくらいだ。

 

「ちなみに星の中心てどこにある?」

 

 遊一郎の急な話題のずれに全員が首をかしげる。

 

「試練を受けるために現地に行く必要はありませんわよ。条件を満たせばいつでもそこに行けるはずですわ。」

 

 クロがそう答えるが遊一郎は首を振る。

 

「星・・・内核とかですか?」

 

 桐枝が答えると遊一郎は頷く。

 

「そう、異世界基準の僕らからすると中心っていうと内核ってイメージなんだよね。ただこの世界は杯に浮かぶ陸みたいな存在で球状世界じゃないはずなんだ。この辺はチェイス神が言ってたので間違いないと思う。世界の知識もそうだし、天体観測的にも間違いは無い。という前提で星の中心ってどこだ?」

 

 遊一郎がそう切り出すとクロが面倒そうに口を開く。

 

「世界の中心にあると言われるバステア火山。そこが星の中心とされている場所です。」

 

 遊一郎は知ってるというように頷く。クロもそう反応されて、この話が桐枝の為の話だと思い至り露骨に舌打ちをする。

 

「この世界基準だともう面倒な領域に至ってるけどその実たいしたことは無いという話だよ。彼はここ百数年マグマ風呂につかってるだけなんだ。」

 

 遊一郎は軽い調子で話すがそれはそれでたいそうなことだろうと物理組は苦笑いする。

 

「それでその方法というのは?」

 

 桐枝はまだよく分からないといった感じだが、方法があるならと確認をする。そしてその方法はクロの方から提示される。

 

「たいそうな防御魔法を作るかと思えばそのためでしたか・・・」

 

 クロはそう言って巻物を桐枝に差し出す。

 

「主様に使って頂けるなら、遊一郎の差し金でもまだマシということにしておきますわ。」

 

 クロに差し出された巻物を受け取り、桐枝は内容を読み解く。次元をずれさせて攻撃を無効化するタイプの防御魔法である。効果時間は短く消費も激しいが発動は瞬間的な速さである。ただ防御するだけなら非効率とも言える魔法ではある。これ単体で防術聖を納得させることはできない。桐枝は顔を上げて再び遊一郎を見る。遊一郎は笑って鈍色の塊を桐枝の前に置く。

 

「これ丸ごとを《質量欠損》させて自分に向け、それをその魔法で防ぐ。それで防術聖の試験は達成できる。」

 

 そんな無茶なと誰もが思うが桐枝だけは真面目に深く考えた。

 

「確かに試練だけなら条件は満たしそうだけど・・・へりくつって言われないかな。」

 

 桐枝は不安そうに問題を挙げる。

 

「そういう試験をだしといてへりくつって言われてもね。そこはごり押しできると思うよ。後は神谷さん次第かな。」

 

 桐枝の疑問に遊一郎は答える。

 

「たぶん試験自体にあまり意味は無いと思ってる。各術聖の試練が本人の意思に沿ってるならなおさらね。」

 

 遊一郎は意味深にそういって桐枝を見る。桐枝は自信がなさそうにはぁと返事をする。その日は保留という形で解散された。その後遊一郎はその件に関して桐枝に干渉することなく平時の作業を行うだけだった。そして三日後、桐枝は側にいたトウとクロに告げて試練を開始した。

 

「防御術の極みに至りし者よ。その先に進む意思を問う。」

 

 防術聖カクリストフは淡々と無感情な声で目の前に現れた桐枝に声を発した。

 

「あ、いきなり試練とかじゃなかったんですね。」

 

 桐枝は緊張した面持ちだったが大きく息を吐いて心を落ち着けようとしている。その様子を見てカクリストフは眉を少しだけ動かす。桐枝は周囲を見回し自分がカクリストフに守られていることを知る。流れているのか重力方向がどこかも分からぬその溶岩の中にいてもその場は何一切不快な温度を感じない。桐枝に術を見られていると思ったのかカクリストフは杖を軽く振って意識を自分に向けさせる。

 

「お前の希望は継承の試練で良いのか?」

 

 カクリストフは鋭い視線を桐枝に向ける。桐枝はその様子を見て困ったような顔をして問う。

 

「一度ここから出ませんか?」

 

 桐枝は生きていながら魔法に生かされ続けるこの男を哀れに思った。どんな思いでこの魔法を作り何を守ろうとしたのか分からないが結果つまらない嫉妬でこの世界と魔法に生かされ続けている。まずはこの男を救うべきでは無いかと桐枝は感じた。

 

「この世界の意思によりお前はここに来られるが私はここを出る手段がない。」

 

 通常術聖になるまでスキルを高められる者は他の魔法スキルまで手が回らないのが一般的である。カクリストフにはこの防御術を維持したまま外へ転移する手段はない。何も道具もないまま新たに魔法を作り出す器用さも能力もない。万が一の事を考え、術式に自動維持と生命維持を組み込んだ為に自死もできない。魔法に安全と認められない限りここに存在するしかなくなったのだ。

 

「出る手段があれば出る意思がある・・・ということでよろしいですか?」

 

 諦めていた男は一瞬だけ苦悩を表に出した。桐枝はその気配を知り、今一度問う。

 

「ここに来る者が私を動かせる訳がない。」

 

 カクリストフは怒りを静め静かに声を出す。

 

「私が、貴方も私も外へ送ります。」

 

 桐枝は自信を持って力強く宣言した。

 

「やれるならやってみよ。この魔法に守られた私に、一切の敵意無く・・・外へっ。」

 

 諦めたのはいつのことか。時を数えるのも忘れたのはいつか。希望を捨て、心を捨て、それでも番人としていつか自らの責務を解放してくれる者をただ待つだけの日々。くだらない希望ならいらぬと思うも、それでも嗾けてでも希望を持ちたいと願う。桐枝はその絶望に優しく微笑み自らの杖を振る。

 

《遠視転移》

 

 通常の転移よりもわずかに高度。思う先ではなく増幅の許す限りで見える範囲にしか転移できない魔法。転移の目的である瞬間的な長距離移動を考えると距離も短く消費も多い、使い道の少ない魔法である。移動先の安全を確認できることだけが唯一と言ってもいい利点である。桐枝は火山の中腹にある台地を選び術の最後の引き金を引く。二人の体は溶岩から消え、空いた空間は瞬く間に赤い光に飲まれた。朝日が昇りきっており、周囲は明るい光に包まれている。カクリストフにとって二百年ぶりの世界であった。周囲を見回しても赤い光はなく、岩とまばらな樹木しか見えない。カクリストフは魔法の解除を試みる。魔法は守る役目が終わったと判断し主の意思を聞きとげその守りを霧散させる。

 

「まさか本当に出られるとは・・・礼を言わねばならんな。その力はもしや神の使徒なのか。」

 

 一つしか極められない魔法の道を一部の神の使徒は例外的にすべてを得られると伝えられている。

 

「この世界ではそう言われているみたいですね。一部の神様のつまらないお遊びの為に呼びつけられたたただの人間なのですけどね。」

 

 桐枝は少し影のある笑いでカクリストフに返した。

 

「そうか・・・」

 

 カクリストフはばつが悪そうに顔をゆがめた。

 

「元の私には影響ないそうですし、あまり気にされなくても大丈夫ですよ。」

 

 桐枝は慌ててカクリストフに弁明する。カクリストフに対する他意は無かったのだ。

 

「そうだな・・・私は防術聖カクリストフ。貴方の名前をお聞かせ願いたい。」

 

 慌てる桐枝を見て笑いながらカクリストフは名乗った。

 

「チェイス神選定者、神谷桐枝です。」

 

 カクリストフの名乗りを聞いて合わせるように肩書きを作り桐枝も名乗った。

 

「チェイス神・・・世界の創造主の一人か。大きな変革の時期なのだな。」

 

「創造主?」

 

 遊戯の神と言っていた気がするが創造主とはと桐枝は思わず声に出した。

 

「ヘイパル神と大グラリア神のぶつかり合いにより世界が裂かれ、仲裁したバッカス神の杯に平板を浮かべ公平な競技により諍いを終わらせた。残った平板に残った駒に生きる力を与えたのがチェイス神だと伝えられている。」


 カクリストフの創世神話を聞きそんなたいそうなことをしていたのかと桐枝は思ってしまう。世界の形状を知れば確かにその神話も信じられるような気がする。

 

「この世界はその後も神々の諍いを代理することとなり、その都度世界に変化をもたらしたとされている。今の形になるまでどれだけかかっているかは分からないが、その代理抗争は今も続いており、変革の時と称され神の使徒の到来と共に始まるものとされている。」

 

 カクリストフの言うことは概ねこの世界を表しており、神話の歴史をそのまま踏襲しているのだと桐枝は感じた。

 

「さて我が頂に至る試練を受けるのだったな。長々と時が空いてから来た挑戦者だ。勝算があってのことだろう。我が防御術の積み重ねを上回れ。」

 

 桐枝が考え出したのを見て、カクリストフはそれを打ち切らせるように試練を宣言した。桐枝ははっとしてカクリストフに向き直るが少しばつが悪そうな顔をして躊躇する。

 

「まあ、積み重ねを上回るのは時間がかかるからな。躊躇するのは分からんでも無いが・・・」

 

 カクリストフは頷きながらそう言うが、桐枝が思っていることはそんなことでは無い。本当にその手順で良いのかと思いながらも桐枝は準備を始める。カクリストフもどのようにして上回るのかを少し楽しみにしているようだ。桐枝からすればさらなる罪悪感の上乗せである。桐枝はあらかじめ術式を仕込んでいた鉛塊を二m前に置く。そして残る術式を添加剤として組み立てる。術式は成立し鉛塊が自らの中心へ収縮していく。カクリストフはただ膨れ上がるエネルギーを見て冷や汗を流す。桐枝はタイミングを見計らい防御術を展開する。鉛塊が姿を消した瞬間、桐枝のいる方向に向かって轟音と共に運動エネルギーとして解放される。

 

《断絶壁》

 

 色を失った黒い壁がそのエネルギーを遮断しわずかな空気の流れすらも桐枝に届かせない。その莫大なエネルギーの放出は予定通りに終了し、それに合わせて作られた魔法の壁も役目を終えて静かに消える。

 

「ど、どうでしょう・・・」

 

 桐枝は本当にこれでいいのかとおずおずとカクリストフに訪ねる。

 

「あ、ああ・・・問題ないんじゃないかな・・・?」

 

 カクリストフは戸惑いながら答える。なんでもできる遊一郎を見ているとそれが普通に見える、そして桐枝自身の過小評価もあり自分たちはこれでいいのかと思ってしまうが、一つの道を極めるために特化していたカクリストフにしてみれば自爆技で積算を上回るという考えはほぼ無かっただけなのだ。せいぜい強力な魔物と戦って証明するくらいだと思っていたのだ。カクリストフも先代の課題をクリアするために『あらゆる攻撃を想定した防御魔法』を作り上げたのだから。

 

「なるほど・・・積算を上回るなど不可能とも思ったが、強力な攻撃などいくらでも用意できるのだしなぁ。」

 

 カクリストフは納得したように笑っているが、戦場でこんな無駄な魔法は使われたくも使いたくもないと桐枝は思う。

 

「それでは約束通り防術聖の証を貴方に差し上げよう。尤もこんな茶番などせずとも渡して良かったのだがね。」

 

 からからと笑いながら強い魔力を纏う腕輪を差し出す。桐枝はどういうこと?と首をかしげる。

 

「死すれば世界の意思に従って試練を行うが、存命中は本人の意思に任されているからね。必ずしも試練がいるわけではなかったんだよ。私が脱出できたお礼に渡してもさほど問題はなかったのだよ。」

 

 カクリストフは腕輪を手に持ち説明する。

 

「ただこれを持っても渡す意思がなければ使えないし、腕輪の装備条件には防御術Xがある。不用意に広めても意味はないからね。」

 

 カクリストフは桐枝がこうすればと思ってしまったことについて釘を刺す。桐枝は頷いて腕輪を受け取る。

 

「装備すれば貴方は防術聖のすべてを得る。得たことをどう使うかは貴方の自由ではあるが、どうかその身を、大事な者を守るためにそれを使ってほしい。」

 

「はい。謹んで拝領いたします。」

 

 カクリストフに礼を取り桐枝は腕輪を身につける。

 

「継承おめでとう。珍しく時代に二人の防術聖がいることになったね。諦めはしていたけど、生きてて良かったとも思うよ。」

 

 カクリストフは肩の荷が下りたと背伸びをする。

 

「カクリストフさんはこれからどうなさるのですか?」

 

 桐枝はカクリストフに尋ねる。

 

「古巣にもどるかと思ったけど、もう二百年か。さすがに他人の所有物になってそうだなぁ。」

 

 カクリストフはぼやく。

 

「よろしければこちらに来ませんか?ただ国もあるし戦争中ですけど。」

 

 桐枝が恐縮そうに尋ねる。

 

「国に使われるのは面白くは無いけど、あてもないしお世話になろうかな。」

 

 カクリストフは一瞬悩む表情を見せたが、何を思いついたのか桐枝に賛同した。桐枝は現在の地名と国家を説明し自分たちの状況を伝える。

 

「さすがに今からじゃ間に合いそうにないね。私の力ではすぐにはたどりつかないよ。」

 

 カクリストフは苦笑いする。

 

「ゆっくりどうぞ。あ、そうだ。これを持って越後屋を尋ねてください。いろいろ便宜を図ってくれると思います。」

 

 桐枝は自分の名前が入った優待カードを渡す。旅先で利用するためのカードだが、身近で越後屋を利用する分には顔パスなので使ったことは無い。カクリストフはカードを眺めながらありがとうと礼を言った。桐枝の姿が瞬時に消え、試練が終了してしまったことを知る。

 

「しまったな。すっかり忘れていたよ。」

 

 カクリストフまた笑いながら歩みを進め山を下りる。まずは町へ行って情報を集めよう。二百年の時の流れを楽しむつもりでカクリストフは約束の地を目指す。

 

「どうでした?」

 

 試練を申請した場所に戻ってきた桐枝に待ち構えていた遊一郎が尋ねてくる。トウとクロもそのまま待機しており、ユウ、ヨルも後から来て待っていたらしい。そこに噂を聞いたかのように遊一郎がやってきたという事のようだ。時間にして二時間くらいたっただろうか、桐枝はあきれ顔でため息をついたがそれでも顔は笑っていた。

 

「その感じだとうまくいったようですね。このまま調子に乗って攻術聖も嫌がらせに取ってほしいくらいですが・・・神谷さん向きではないかな?」

 

 遊一郎は探りを入れるように聞く。

 

「嫌がらせでとるのはちょっと・・・」

 

 桐枝は申し訳なさそうに断る。遊一郎も賛成するとは思っておらず納得しながら笑う。

 

「治癒聖の方はどうですかね。」

 

 遊一郎は間髪入れずに代わりの提案を行う。桐枝はそれなら・・と言葉を濁しながらも応じる。どうせできるならと遊一郎はトロフィー感覚で称号と力を集めようとしているようにも見受けられる。いつもよりテンションが高い。あまりにも力強く見つめられ、恥ずかしくなって顔をそらす桐枝だが、その様子を見る限りでは今から行ってくればという事に他ならない。桐枝はそっぽを向いて挑戦申請を行う。一瞬の間の後桐枝が振り返る。

 

「種類に問わず挑戦は十日後だそうです・・・」

 

 桐枝は申し訳なさそうに報告した。遊一郎はそれを聞いて残念そうにうなだれたがふと何かを思いついたのか思案を始める。

 

「じゃあ、治療術聖はまた時間が残ってたらだね。」

 

 遊一郎はそう言って自分の担当作業に戻ろうとした。桐枝が試しに何かと魔法を発動しようとすると突然遊一郎が振り返ってそれを止める。周りも一瞬はっとなって桐枝に注目する。クロも突然魔力を集積しさらに周囲に解呪を使用する。

 

「神谷さんには魔法を控えてもらわないといけないね。控えるどころか戦いになるまで使用禁止か・・・ちょっと痛いなぁ。」

 

 遊一郎が頭を掻きながらぼやく。

 

「主様の魔力の質が少し変っています。感知できる者がいれば誰もが貴方を術聖と疑わないほどに・・・」

 

 クロが感じた結果を桐枝に伝える。驚く桐枝は周囲を見回す。魔法を使わない者でもその気配を感じ取れるくらいにはいつもより異質だったようだ。

 

「情報が漏れるわけにはいかないしな・・・そういう方向でよろしくっ。クロも監視お願いね。」

 

 遊一郎は軽く言うが、クロとしても珍しく意見に同調し守り切ると宣言する。桐枝はそんな大事かとうろたえるばかりだ。後ほどクロから危険性について懇々と説明され、桐枝は生活が不便になったことについて不平を漏らすのだった。十日たった後、桐枝は治癒術聖の試練に臨む。半日ほど時間がたち桐枝が戻ったとき桐枝はもう一つの称号を手にしていた。

 

「次はどのくらい?」

 

 遊一郎は真面目にそれを尋ねる。そんな重要なことかと桐枝は要請を行う。そしてその結果を確認して桐枝も驚いたようだ。

 

「次は十年後ですって・・・」

 

「やっぱり重くなったかぁ・・・そんな気はしてたんだよね。」

 

 緊張した桐枝の反面、遊一郎は概ね予想通りとため息と共に力を抜く。

 

「まぁ取れただけいいとしようかな。たぶん次はないしね。」

 

 遊一郎はそのまま戻ろうとし、魔法禁止はそのままねとメッセージだけ残して離れていった。危険だけというならもう大丈夫な気がしている桐枝だが散々脅されたこともあり仕方が無いかと応じる。自分のために準備が不十分なまま戦いが起こっても困るからだ。自信のない桐枝だったが称号に裏付けされ得られた力は桐枝の大きな支えとなっていた。

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