僕、相対する。
僕もエグシルも鶸も、クラファル王国軍の相殺的な戦術を見て単純な時間稼ぎ、足止めだと考えていた。破軍の能力によって強化された軍をもってこちらをすりつぶし停滞している内に指揮官、ひいては僕を討ち取る形に持って行きたいという意図を感じたからだ。破軍そのものが来たのは若干予想外だったとはいえ、軍が致命的なほど減少する前に破軍自身の強化能力で奇襲をかけること自体は悪くないと感じた。破軍のステータスは英雄の中でも群を抜きミーバ進化体である蘇芳に迫る、一部では超える値になっていたであろうと思われる。遠目にひどいダメージであるはずなのに倒れる気配の無い蘇芳と駆け寄って治療を始めている桔梗が見られる。
「ご主人様、やりましたよー。」
蘇芳が遠くからこちらにおもいっきり手を振っている。動くなと桔梗から頭をはたかれている。蘇芳がおとなしくなる様を見て僕らは苦笑する。
「少しペースが早いんじゃないでしょうか。」
トウが気にかけるように問いかけてくる。
「貴方とご主人様。私は攻撃として考えると微妙ですし、クロも桔梗もあと半分というところでしょう。ユウと萌黄はかかりっきり・・・」
トウが戦力を計算し始めたところでふと疑問が出る。
「ユウと萌黄が遅いな。菫もいて三人がかりなのに吹雪相手にそこまでかかるか?」
霜巨人の追加がいてもそこまではかからないと思ったのだけど。メッセージを飛ばして的確な応対ができそうなのが菫しかいないのだが、その菫にメッセージを飛ばして魔術師である吹雪に見つかっては目も当てられない。不安ながらも萌黄に確認をとることにする。
『そちらの状況はどうだ?』
返信を待つが時間がかかる。思った以上に切羽詰まってるのか?
「どうです?」
「届いてはいると思うんだけど、返信がこないな。」
神谷さんが不安そうに訪ねてくるが、返信が来ないとしか言い様がない。
『吹雪増えた。さらに親が来たの。』
突如萌黄からの返信が届く。簡潔にわからない。だが後方からくる威圧的なほどに大きな魔力が動き、僕、神谷さん、桔梗が同時に振り返る。
「まさかヒレンか?・・・でも感じが違うな。」
魔力の組み方がヒレンとは違って隠そうとせずに簡潔だ。戦っている相手に合わせているのかもしれないが、ヒレンが使うような魔法の組み方ではない気がする。疲弊した三体一?でも厳しいと思える相手に感じる。
『貴方の相手が出ましたわよっ。』
そして鶸からの一報が届く。前方の軍が下がってくるのが見られる。大きな魔力が膨れ上がり収束していく。間違いなくヒレンであると思わせる大きな魔力の動き。
「間に合わない・・・」
神谷さんでも距離も位置も不定な鶸達をここから守るのは難しかった。
「行きましょう。」
僕の不安なつぶやきに、神谷さんは先ほどとは逆で僕を奮い立たせるように力強く言葉を切った。蘇芳は桔梗にまかせ残りのメンバーで駆けつける。焦燥感は募るばかりだが、幸いにも先ほどの攻撃で何が行われたか軍はほとんど無事なようでミーバ兵が順次退却していくる。ミーバ兵から上方を拾うが敵が現れたことと攻撃が不明だったことしかわからない。不安が変らないまま前線にたどり着く。視線の先にある輝くドーム。見知らぬその魔法が攻撃の正体であると思われた。足止めか誘いか、中にはエグシルと鶸が捕らわれている。
『遅いとはわかってるけど来ては駄目だと言っている。どうかご無事で。』
どうやら通信系の遮断がされているのか鈴経由で鶸からの伝言が届き、どうせそれは聞かないだろうと鈴からの祈り。神谷さんはともかく僕に確実な手は無い。無事であればいいなとは思っているが。ドームの少し離れた横に到着し足を止める。視線の先にはデューリに乗るヴィルバンと見知らぬ赤毛の狐人。おそらく進化体であろう個体。反対側にはヒレンが控えている。魔力視覚的にはヒレンとドームの間に魔力線が通っているの確認できる。強固だが魔力供給が必要な隔離魔法と判断する。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。そしてもくろみ通り強くもなったようだ。」
「僕としてはもう少し先送りにしたかったと思ったね。見逃してくれるならきっちり詰めてあげるけど。」
拡声の魔法を使ってか落ち着いたヴィルバンの声がよく聞こえる。僕は聞かせるつもりもないが返答するように答えた。だが彼にはちゃんと聞こえていたようでうんうんと頷いている。
「私としてはもう少し・・・育っていると良かったのだが、うちの皇帝が・・・いや部下の我慢が足りなくてね。このような半端な形になってしまったのだ。許してくれとは言わない・・・どうか大目に見てほしい。」
ヴィルバンの能力を持ってすれば国内の政治など自由自在に思えるが、むしろその制限を楽しんでいる節すら見られる。縛りプレイと言うところだろうか。赤毛の狐は楽しそうに笑い、ヒレンはいさめるように厳しい顔をする。
「君のことだ。無茶をしてもう残り回数を残していないかもしれないが、もう一回ぐらいあればラッキーだなと思って出てくることにしたのだよ。さすがに対抗勢力に任せっきりにできるほど君は弱くはないしね。」
以前教えた情報を絡めて国の苦況を説明しつつも僕の状況を把握しようとしようと視線は強めたままだ。僕もポーカーフェイスで対抗しているつもりだがどこまで隠せているかわからない。
「君の好きな、得意な形式で戦えればいいのだけど、どうこまねいても一対一がせいぜいだろう。」
「結局いじめにはかわらねーんだろ?」
赤毛の狐が笑う。ヒレンは赤毛の狐人を睨んでいるが当人は全く気にしていない。ヴィルバンとしてはあくまで手合わせ、遊びの領域を出ないのだろう。
「まーまー、ご主人様が出るまでもねーよ。俺が全部終わらせるよ。」
赤毛の狐人が進み出る。
「私の楽しみまで奪わないでほしいが、まあ試してみるにはいいかもしれないね。」
ヴィルバンもしょうがないなと言わんばかりに赤毛の狐人の動きを止めない。
「彼女はエイレン。最後まで勝ち残った栄えある戦士だ。」
「生き汚い愚物ですわ。」
「あとで覚えてろよ。」
ヴィルバンの紹介にヒレンが嫌悪感を示している。ヒレン個人としては嫌いな相手なのかもしれない。エイレンと呼ばれた狐人は少し前に進み出て大剣を取り出し地面に突き立てる。
「まぁいいわ。おめーらからの相手は誰だ。別に二人でも三人でも構わねーが。」
こちらの能力が見えているのかエイレンの声は大きい。自分の強さにも自信があるのだろうが。後ろの状況も少し気になるがヴィルバンまでの道が見えた以上出せる手が限定される。相手は何人でも構わなさそうだがトウとクロで相手できるかというと少し不安が残る。そもそもトウが乗りそうにない。後ろに支援に出せればと思っていたがそうもいかなさそうだ。桔梗と蘇芳が動けそうならお願いしよう。
「紺頼むよ。」
「承知したであるよ。」
僕の言葉に空間から染み出てくるように、あたかも最初からそこにいたかのように紺が進み出る。突然すぎて神谷さんとクロが驚いている。
「なぁ?お前一人でいいのかよ。」
「いやぁ、正直不安であるよ。」
エイレンの言葉に軽く笑いながら紺が答える。
「あー、例のやつは使わないように。」
「で、あるよなー。」
僕がわかっているであろう忠告をすると紺は笑って答える。
「俺を相手に手加減する、だとぅ?」
「いやー、手加減とかいう事じゃないんで気にしないでほしいであるよ。使うと色々問題があるだけで。」
苛ついているエレインに紺はあくまで笑って答える。
「使わずに死ぬか・・・いやでも引きずり出してやるよっ。」
エレインが吠え大剣を引きずり前に飛び出す。紺はそれを当然と言わんばかりに力を抜いてゆっくり歩く。
「いやはやご主人様もひどいであるよ・・・紺は戦闘担当ではないというのに。」
紺が愚痴りながらとぼとぼ歩く。エレインはすぐ目の前である。物悲しそうにしている紺に大剣が振るわれ紺を切り裂く。切り裂かれた物は風船のようにはじけて液体をばらまく。
「は?」
エレインがとぼけた声を出して思考を停止する。今その瞬間歩いていた紺が風船のようにはじけたことが理解できていないようだ。違和感など全くなく声の位置も仕草も何一つ間違いなく紺であったと僕も思う。揮発性の高い液体なのか少し離れた僕らまで匂いが届く。
「これ届いたらやばいやつなのでは?」
僕のつぶやきに反応してクロが鉄壁を展開する。見えないのも残念なので竜の目を上空に飛ばす。エレインが我に返って振り抜いた剣を戻し周囲を見回そうとする。
-火矢-
ごく初期の魔法が少し離れた紺から放たれる。初期とはいえ魔法攻撃そのままのダメージはあるわけでダメージ自体は馬鹿にならない。全弾当たれば中級に引けを取らない威力はあるのだ。尤もそれを防ぐ手段はかなり多いのでめったにそういうことは無い。ただ今放たれる火矢は意味が異なる。エレインは軌道を読み回避、迎撃を当然行おうとするが、先頭の火矢が突如大きく燃え上がり周囲の空間を燃え上がらせる。一度燃え上がり始めれば次々にその領域を広げ、その気化した液体全体に一気に着火する。広がる熱と空気、いわゆる爆発である。
「反応が遅すぎて広がりすぎたであるな・・・思ったよりどんくさい・・・」
紺が顔にかかる熱波を腕で軽減しつつぼやく。そして追撃と言わんばかりに水晶を取り出して投げる。
「この程度でぇぇぇ。」
誰も倒れるとは思っていなかっただろう。正直派手なだけであまり世界的に理にかなった攻撃とは言えない。強い衝撃自体は一回の攻撃でしかないのだから。ただ手玉にとられたエレインはおちょくられているか舐められていると思われたと考えているせいか激怒している。見た目通り頭が悪そうで短慮な感がある。ヴィルバン達も呆れてるようで、ヒレンは無様な姿を見て笑いすらしている。しかし心配している様子は全くない。紺は追加で手榴弾を取り出しエレインの前に転がす。エレインは最初に投げられた水晶には気がついていないのか付近を通り過ぎても無視している。
「堅いだけの相手なら幾分楽であるのだが。」
紺が手を叩けば水晶から冷風が吹き荒れる。『氷嵐』の魔法かと思ったが若干違うようだ。吹き出した冷気は折り返すように中心に戻り押しだし、吸い込むエリアが交互に分かれている。がらがらと鉄壁が細切れになりながら瓦解して粉のように消えていく。
「『転冷風』とはおかしな物を。」
クロが目の前の状況を見て何事かとつぶやく。神谷さんがクロに何それという感じに目配せするとクロが解説を始める。
「中心から冷気を吹いて回収するように戻す。ダメージよりも内部の者を拘束、混乱させる目的の魔法ですわね。ただあのくらいの相手になるとそれほど拘束力があるとは思えませんが。強いて言えば継続時間の長さと操作性が良好なくらいですか。」
クロがいぶかしげそうな目で見守っている。実際クロの言うとおりエレインは風の向きがどう変ろうとさほど影響は受けていないように見える。さすがに向きが変った瞬間だけは少し戸惑っているようだが、それでもほんのわずかな瞬間だけだ。近接時ならともかく遠くから小道具でおちょくっているだけの紺には意味の無い隙だろう。エレインの進行を妨げているのは紺が投げている小物がメインである。手榴弾、大きな布、水風船?、ボーラなどダメージ目的と言うよりも単純に足止めしている感が強い。それなりの風の中爆発物を大きく躱すのも大変そうで、布に至ってはただの目くらまし、追い打ちがあることも無いことも。やっと勢力圏から脱して紺に向かって突撃を敢行するエレイン。体から冷気をまき散らしながら紺に向かって剣を横薙ぎに振るう。今のところエレインに大きな特徴は見られない。蘇芳と同じタイプで追い詰められると効果を発揮するのか、それともユウのように地味にしぶといタイプか。紺に攻撃が当たる気配がないので確認しようがないが、ヴィルバン達の様子を見る分にはしぶといタイプかなぁとは感じられる。紺はその場を飛び、剣を回避する。通り過ぎた剣はすぐさま折り返し紺に向かって斬り上がる。紺がやられたという顔をしながら剣に斬られ二番煎じにはじけ飛ぶ。エレインは飛んでくる液体に向かって暴音と呼ぶべき怒声をあげる。怒声に乗って空気が動き液体をはじけ飛ばす。空間がびりびりと嫌な音を立てる。僕らも思わず耳を塞ぎ、ヴィルバンも嫌悪感を隠そうともせずに耳を塞ぐ。ヒレンは罵声すら浴びせているように見える。すべての音をかき消す暴音。対面している紺だけがどこ吹く風といわんばかりにエレインの後ろに現れ背中を押す。
『煉獄炉』
紺はそのまま後方に飛び、間に土壁を立てる。背中を押されたエレインが素早く後ろに振り返る。神谷さんが慌てて手足をバタバタさせクロに訴えかける。クロは何を言いたいか理解したのか再び鉄壁を張る。だがそれでも神谷さんが手をばたつかせて慌てている。
「クロ、熱だっ。」
名前から推察される結果を想像しクロに対策としての壁を頼む。クロもそれに頷いて澄んだ水色の壁を立てる。
「冷石?」
「耐熱なら一番安価かと思いましてね。」
クロはちょっと鼻が高そうだ。実際石壁を応用して成分変更、冷石に変えるのはずいぶんな魔力と術式が必要だろう。分かる者にしか分からない仕事だ。神谷さんがクロの依頼で作った魔法らしかった。一点から莫大な熱を生むらしい。鍛冶仕事を想定していたようだが、その用途に使われるのはわずかだろう。エイレンの背中から小さな火柱が上がりそこを中心に加速度的に温度が上がっていく。赤い炎は青く、そして白い閃光へと変る。術の中心が光で包まれ熱気と共に上昇気流を生む。カチンと金属音がする。重量物が地面に落ちた音がする。ヴィルバンの顔色が変る。嘆く・・ことはなくむしろ喜色の笑みに染まる。ヒレンですら蔑むことなく安堵を浮かべたような顔でそれを見ている。光の中で何が起こっている確認できないが、その中で起こっていることをヴィルバンは知っているようだった。紺の目的である鎧を剥がすという行為は成功したようだが、むしろそれはしてはならない事なのかとゲーム的な勘が思わせた。白い閃光と魔力が消え魔法が解除されたことを理解する。まだその場は熱気にあふれているがすでにそこは戦場ではなかった。赤い獣が残像を引きずるような速度で動いている。下がっていた紺に向かって襲いかかる。紺はそのまま驚いたように目を見開いている。その獣は紺に噛みつくかと思えば前足で強く押して吹き飛ばす。そして力強く地面を蹴り宙を噛む。吹き飛ばされた紺はボールのように跳ねて出来損ないの人形のように地面に転がる。赤い獣は宙で姿を消していた紺を間違いなく捕らえていた。脇腹を浅く噛まれている紺はどうするかと悩むように赤い獣を見ている。
「よくわからんであるが・・・エレインであるということよな?」
鋭い目線がそれを肯定し着地と同時に荒々しく紺を振り回す。
「おぉぉお、目が回るであるよぉぉ。」
紺がおどけるように叫んでいるとエレインの口の中が爆発を起こして両者を引き離す。
「ひどい目にあったであるよ。」
紺が噛まれた脇腹の様子を見ながら困ったような声を出す。獣はそれにも構わず突撃する。その速さは人型であったときの比ではない。
「獣は強いであるよな。なれば人はそれに打ち勝つために道具を手に取ったのであるよ。」
紺がその噛みつきをギリギリで躱し身をひねって側方に飛ぶ。エレインは前足を着いた時点で方向転換し始め着地と共に襲いかかる。
「無為。」
紺はそれがわかっていたかのように土壁を立てる。エレインはそこに頭をぶつけること無く前足を着き、右に迂回しようと首を回す。しかしその右足は突如生えてきたトラバサミに挟まれる。多少の痛みよりも力強く挟まれた前足と無いはずのモノがあったことにエレインは驚く。
「魔法でできた土壁に罠がないなど・・・作り手次第でいかようにも変るのが魔法の怖いところであるよ。」
紺が忠告するように壁に手を当てる。そういうレベルの話では無いとエレインは感じている。手をつくまでは確かにそこには無かったはずだったのだと。しかし、この戦いの内でいたはずの者が別の物体に。獣の姿で見破った先には確かに敵がいたことを思い起こす。騙す、誤魔化すの類いでは相手の方が圧倒的に上であると今更ながらに思い知らされる。紺が力強く踏み込み壁に添えた手を力強く支えれば壁の向こう側にある獣の首が跳ねる。紺は二度三度と踏み込みを繰り返し獣に打撃を与える。見えない攻撃に翻弄されるエレインだがそのままやられる訳にもいかずに脱出するために壁を叩く。壁を壊そうとする手は謎の力に弾かれ壁への接触を拒む。エレインは若干混乱するが手を弾かれた力も自分が攻撃されている力と同質であると結論づける。思考に一瞬でも時間を割けば見えない力は頭部を襲う。はさみを砕くか壁を砕くか自由な前足をどのように動かしても紺は的確にそれらを迎撃する。攻撃力の低い紺の能力のせいでそのやりとりは十五度に渡って繰り返された。エレインの手がぼろぼろになり、そして土壁も魔力の支えを無くして土塊に戻る。ただの土に戻れば罠を支える力は無くわずかな力でエレインを壁から解放する。罠を前足にぶら下げているが機械に理解さえあれば罠は簡単に口を開きエレインの前足を解放する。そしてエレインはこの目の前にいる敵が罠にはめた主目的を足を潰すことであったことを把握する。壁の持続時間、その攻撃の強さを考えれば全弾頭部に受けたところで致死にはほど遠かった。紺はより弱く移動と攻撃の要である片前足を潰したかっただけなのだ。エレインは考えを改めて紺を攻撃すべきと警戒を強めた。紺もその構えの変化から相手の心境が変ったことを読み取った。紺が様子を見るように歩くとエレインは動きを警戒しつつも動かず傷の再生に力を入れている。紺はそれを嫌そうな視線で見るが積極的に止めることは無い。時折何気なく手榴弾を投げ込んではエレインを動かす。お互い積極的に何もしない攻防がありその間にエレインの傷が回復し紺の優位は消えていく。僕もヴィルバンもその様子をいぶかしげに見る。相手が動きづらい内に畳みかけるかと思えばそぶりも見せず、その真意が見えずにいたからだ。紺は相手をなぶるような性格でもなく表には出さないが僕の方が首をかしげたいくらいだ。そして傷が概ね癒えたのかエレインは前足で力強く地面を叩き感触を確かめている。紺がその様子をみてちょいちょいと手を振りエレインを挑発する。しかし警戒しているエレインは怒り狂うこと無く警戒して構えている。
「ほいっと。よほど傷が痛かったのか集中がたらんであるよ。」
紺がステップを踏み足を着地させると輝く魔方陣が浮かび上がる。
「傷も、警戒も、ただの時間稼ぎであるよ。何分時間だけが紺の味方であるからして・・・」
紺が何かに語りかけるかのように言葉を紡ぐと魔方陣から様々な色に輝く発光体が浮かび上がりエレインを襲う。速いも遅いも、大も小も、輝きの強さも様々な光体が次々とエレインに向かって飛ぶ。真っ先に到達した光体をエレインは回避する。光体は勢いのままエレインの後ろの地面を焼き焦がした。同時に三発、囲むようにエレインに襲いかかる。エレインは大きく跳ねて回避を選択、二本は突如方向を変えて加速しエレインを襲う。エレインが手を振るうと拳大の火球が光体の一つとぶつかり蒸発音を立てて小規模な爆発を起こす。もう一本はエレインが魔力を込めてたたき落とす。叩かれた光体はエレインの手を巻き込むように瞬間的に凍結し氷のミトンと化す。紺は小さく笑いながらステップを踏み魔方陣を回る。次々に襲いかかる光体の対処にエレインが翻弄される。火、酸、冷気、冷水、電撃、接触毒、爆音。光体の色、大きさに全く関係の無い効果が速度、加速、追尾など統一性も何も無い攻撃種によって襲いかかる。いくつかエレインに効果の少ない、全くない物もあるがそれらがどれに含まれるかは予測することもできない。
「術式を見る限り・・・なぜ動いているかよくわかりませんわね。読めないように偽装しているのかそれとも・・・」
クロが魔法の正体に興味を持ち目をこらして魔方陣を見ているがその内容は全く分からない。僕もぱっと見る限りでは正規の手段では動いていないように見える。知識のないものからすればそれが原因としか思えないだろうが、知識があるものからも理解に苦しむ状況であるのは間違いない。ヒレンも戦況よりもその魔方陣に興味があるようだ。魔法自体を似たような効果で再現することは別に不可能でもなんでもないのだが、どういう原理で動いているのかが興味の対象となる。エレインはおそらく魔方陣の中身を理解できていない。ただそれが己に襲いかかる脅威の現況であるとしか見えないだろう。これ見よがしに魔方陣を回っている紺の行動が必須事項なのか誘いなのか、迫り来る光体を捌きながら考えているように見受けられる。ただいくつかの選択肢がとれるだろうという僕の考えよりもずっと狭い範囲でしか選択肢がないエレインが取りうる手段は最終的に紺を攻撃する以外に無いように思えた。弾が尽きるまで回避し続けられるかも分からない。大小あれどエレインは継続的に傷ついている。お互い顔を見合わせて決戦になっている以上逃げて体勢を立て直すことも無い。エレインからすれば降伏、という選択肢も無いだろう。意を決してエレインは魔力を集中しその身に赤い炎を身に纏う。ヴィルバンの顔にわずかに力が入る。エレインは低く跳躍し紺に向かって飛ぶ。二十cmも浮いていないだろうその跳躍は砲弾のように地面に着くこと無く一直線に飛ぶ。
「その身は己が一番分かっているであろうよ。なればこそそれが紺の目的であるのだから。」
紺が狙い、エレインだけが気がついていると思われる状態。外から見る者には何一切気がつかれず、戦いの前から紺の決めていた勝ち筋に従って動いていたのであろうことを、決着を見た瞬間に理解する。エレインが紺にたどり着く前に、紺とエレイン両者に落雷のような光が落ちる。エレインの慣性は全くなかったかのように打ち消され狐の獣人がその場に横たわる。エレインがなぜ死んだのか理解できなかったが、それが骸になったことを紺とヴィルバンだけが理解する。紺がエレインの死体に仰々しく礼をとり跳躍して離れる。ヒレンは何が起こったか理解できないようだがヴィルバンの様子を見てエレインが敗れたことだけは理解する。おそらく死んでいるであろう事も。
「予定通り・・・と言った所なんだろうけど、何をした?」
僕は戻ってきた紺に訪ねる。
「決戦呪殺。お互いの変動能力の内、一番差が少ないものについて差が五分の一を割ると該当者に死をもたらす呪術であるよ。例のものを使わないとなるとこの辺が一番楽であるかなぁと。一応エレインも条件は分かっていたであるよ?そういう呪いであるからして。」
紺は一番変動値に変化をつけやすいHPを狙ってエレインを攻撃した。エレインのHPは高くその差を覆すのはかなり困難であるはずだ。それでも相手を瀕死にする前に倒せる呪いという意味では悪くない性能であると思わせた。紺はエレインを終始手玉にとり地道にHPを削り追い詰め、そしてエレインの切り札を引き出させる。それでも紺はエレインを手玉にとり続けるが、エレインは傷の回復を図りその差は再び元に戻ったはずだった。紺とエレインのHP差は広がり元に戻るが、逆にMP差は縮まり逆転すら許した。傷を回復すればMPが減る。紺も減っているかと思えば紺は極力攻撃にMPを使用していない。最後の魔方陣ですら発動以外に自己のMPを使っていない。なお見えている魔方陣の部分はほとんどダミーで本体は二重になっている見えない側にありダミー側も経由しているがそちらからでは解読に意味がないらしい。多種ある攻撃でMPを消耗し、さらにランダム攻撃の中には精神攻撃や魔力霧散攻撃もあるという。急激に広がるMP差にエレインは真意を理解して緊急行動に出る。そして最後の罠であるMP奪取攻撃が発動し決着がついたという案配らしい。
「いつ仕掛けたんだ?」
「おそらく指名されるであろうからしてあらかじめここにたどり着いたときには仕掛けておいたであるよ。」
ここで相対することすら紺の予定通りであったということだ。これは勝てんなぁ。聞こえているのがヴィルバンは心当たりがあったかのように天を仰いで自嘲気味に笑う。ヒレンが心配そうにそれをみているがふとこちらに向き直りドームを維持していた魔力線を切る。ヒレンの魔力が膨れ上がりドームが輝き始める。
「次は私がでますわ。そちらはどなたがではりますか?」
そう言っても視線は僕しか見ていない。相手になるのは僕しかいないとみているのか。
「じゃあ、神谷さんよろしくね。」
「はい、がんばりますっ。」
僕が神谷さんに声をかけ、神谷さんが小さく構えて気合いを入れる。
「そちらの小娘が?そちらの部下もこられやすか?」
ヒレンが余裕ぶって挑発する。
「よろしいなら随伴しますが。」
トウが神谷さんを見上げる。神谷さんは首を振ってトウをなでる。
「巻き込まれると危ないし・・・まだ失いたくないからね。」
神谷さんは愛おしそうにトウを撫で、トウはため息をついて身を引く。守護者でありながら主人を守れないという屈辱はトウにとって何よりも重いことだろう。ただこれから起こりうる戦いは前哨戦というよりもこれが本番であるということを僕は理解していた。この戦いの流れの中で最も激しく、派手なものになるであろうと。神谷さんが前に進み出て、合わせるようにヒレンも前に出る。
「鶸さんとエグシルさんはどうなるのですか?」
「あれは私の獲物ですわ。素質はありますし、タンクにはちょうどよいでしょう?」
「そう・・・ですか。」
神谷さんの目線がドームとヒレンを行き来し、ヒレンの言葉でその役目が何であるかを理解した。神谷さんが静かに怒る。
「小娘が・・・術聖たる私をどうにかできるかおこがましい。心配しなくともあれらを搾り取るまで持たないでしょう?」
ヒレンが高笑いしそうなほどの笑みを浮かべる。
「・・・神よ・・・我が怒りを・・・犯す罪を許したまえ・・・」
神谷さんが押さえていた魔力を動かし始める。解放された魔力は嫌でも周囲に漏れ、それを理解している者には瞬時に認知される。
「こ、この小娘がっ!?」
ヒレンが動揺する中、神谷さんは自己の周囲の魔力を再構築していく。
「防術治療術聖、神谷桐枝・・・参りますっ。」




