表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/172

僕、見つける。

ぼちぼちでも評価いただきありがとうございます。

今後ともよろしくお付き合いくださいませ。


9/23 登場人物の名前を間違えていた箇所を修正。

 安全とされていた後方からレイスタン王国軍が進軍中と一般連絡兵から伝えられる。確かに後ろはノーマークだったけどさすがに零ではない。そもそもなぜユウが本陣の後ろからやってきた?

 

「お前の所属は?」

 

「第二軍レスパル子爵隊遊撃班ですっ。」

 

 僕の問いに慌てるように兵が答える。僕は鶸に視線を移す。

 

「戦場の配置がめちゃくちゃですわね・・・伝えている命令が正常に機能していない可能性が高いですわ。」

 

 彼は僕らの後方からやってきているが、実際そこにいるのは第二軍ということになる。僕らが正面と思っている方向には第三軍がいるはずで実際に狂乱もやってきている。ただユウが本陣後方からやってきてるのも意味がわからない。なら今僕らが見ているこの戦場配置の幻影はなんだ?そのすべてを確認するために鈴を経由してヨルに指示を出させ、結果を鈴に伝えるようにさせる。

 

『ご主人様配置図回しますよぉ。』

 

 鈴から返信が来て脳裏に映像が浮かぶ。

 

「地形がゆがんでるのかわからんが配置がでたらめだ。」

 

 僕は悪態をつきながら鶸にメッセージを飛ばす。だが鶸は首をかしげるだけだ。

 

「問題があるようには見受けられませんが。」

 

 その言葉を聞いて通信手段に干渉されていることを確信する。

 

「手間になるけど簡単に説明するぞ。」

 

 僕は別の場所に広げていた地図、従来通り駒を動かして戦況を把握するためのものをかき回す。遠隔操作を併用して手早く駒を配置する。

 

「これは・・・」

 

 敵が攻め込んで来た方向までは合っているが敵は見ていた以上に範囲を広げて攻め込んでいることがわかる。僕ら敵には一点突破のように見えていたが実際には各軍がぶつかり合うような広がりだ。U字に配置したはずの氷壁も広げたVのように大きく口を開けている。兵の配置も外へ外へ広がり右翼側、第一軍に向かうほど後方に回り込むように動いている。僕らの正面視点すらも徐々に左翼方向にずれ第四軍を正面と見ている。実際の配置は本陣を中心に二百七十度包囲されているような状態。敵騎兵が道を開けるように押しとどめている形は変わらないが、それを排除するための軍が隊列間が希薄になっており救援に時間がかかっている。そこに民兵がなだれ込みただ乱戦といった模様になっている。

 

「どうしてこんなことに?」

 

「魔法やミーバの伝心を使っていることを逆手にとられて内容が操作されてると思う。奸計の能力か?」

 

「原因は後回しにするとして伝令騎兵を使って物理的に指示して立て直さなければなりませんわ。レイスタン王国軍の対処もせねばなりませんのよ。」

 

 鶸は戦場図を見直しうなる。若干引いて立て直すのが一番安全で楽、手堅いのだが、英雄との戦闘を始めておりすぐに動くのは難しい。放置して撤退すれば周辺がすべて敵になり勝つことも難しくなる。狂乱とユウは近寄れば敵も味方もミンチにされそうだけど。とはいっても見捨てて撤退すれば勝っても負けても神谷さんの目が厳しい。そこでふと気がついたがユウが本陣を飛び越えてまで狂乱に接敵したということは、彼女達は戦場を正確に把握できているのではないだろうか。鶸に考えを伝える。

 

「悪くありませんが、神谷様は指揮に耐えられますでしょうか・・・」

 

 鶸の懸念ももっともな話だと思った。

 

「本陣付近か、我々個人単位でか。何かを中心として小さな範囲を妨害していることは間違いなさそうですが・・・私をあちらに送って解決するとも限りませんわよ。」

 

 代案を考えたところで鶸が先回りして結論を伝える。

 

「ただレイスタン王国軍が予想通りの産物なら。エグシルが動きますわ。足りない分を誰を使うかです。」

 

 鶸は約一年不干渉だったレイスタン王国が突然反旗を翻したことの原因をクラファル王国、ひいては破軍の仕業と見越した。エグシルが対軍勢向きとはいえ破軍も込みで十倍差は厳しい。必要な要素を兼ねるのが結局神谷さんのグループだ。

 

「神谷さん達にエグシルと合流して動いてもらおう。クラファル王国軍はこちらでなんとかしよう。」

 

「んー・・・それではそのように。」

 

 僕が指示し、鶸が状況を一通り詠んだ後に納得し伝令騎兵を飛ばす。

 

「だいぶ気にかけておられますわね。」

 

 鶸が急にしだれかかるように体を預けながら僕を上目で見る。

 

「相乗りとはいえここまで大きい戦争は初めてじゃない?潰れなきゃいいけど。」

 

 腕を絡めてくる鶸から逃げるように手を引き抜く。鶸は一瞬だけ頬を膨らませて強く息を吹き出す。

 

「そういうことにしておきますわっ。」

 

 鶸はくるりと身を翻して地図上に駒を置く。伝令騎兵を飛ばし各地の様子を確認し、また必要な情報を拾い上げてくる。ミーバ兵はともかく強力な民兵を前に騎士達の被害はかなり大きい。鶸は頻繁に駒を動かし、置き直し状況の把握とその先の予測を行っている。昔ながらの方法ならとエドモンドや他の本陣控えもやってきてはあれこれ議論を交わす。鶸はそれらのことを無視しながら駒を動かしているようにも見えるが、一応参考にしているようだ。まぁたまにはいいんじゃないの?そう思いながら様子を見守る。僕は僕で周囲に飛ばした竜の目を介してずらされている状況を検証する。実のところ竜の目から得られる情報もずらされている。実際目にしていることまではずらされないが本陣の中の様子さえ視認せずに竜の目を介するとわずかにずれる。どうもこの本陣にいる限り遠隔で正しい情報を得ることはできなさそうだ。おそらく本陣周辺に入ってくる情報を操作する何かが仕込まれている。魔法をかけられたようなタイミングはなかったからモノかなとは思う。

 

「ご主人様っ。そろそろ降伏いたしませんかぁ?」

 

 背中からふんわりと抱きかかりながら金糸雀がおっとりと恐ろしい提案をしてくる。

 

「さすがにそれはできないよ。多分最悪の結果になる。」

 

「ただぁ、なにもしませんと守りきれませんえ?」

 

 僕は強い視線で金糸雀を見る。視線を受けた金糸雀は身をくねらせながらもだえている。

 

「そういうことはすぐに言ってもらわないと・・・で、どれだけ?」

 

「それを見ているのが愉快ですので・・・二本どす。」

 

 すでに知らない攻撃を二度受けている。視界情報以上に認識情報も曖昧になっている可能性がある。金糸雀は愉快そうに口元を押さえて笑う。

 

「そうそう、それでこそご主人様。常に止まらず進み続けていただきませんと・・・その未知に噛みつく様が大好きですのよ。さぁお手伝いは一瞬ですえ?」

 

《Sarch Pulse》

 

 鞭を一閃、地面に触れると軽快な音が響く。そして宙で二回、それぞれ位置を変えて空気を叩く。高さを変えたそれらは金色の波紋を生み出し広がっていく。何を基準にしているのか物にぶつかると更に小さな波紋を作って広がっていく。小さな波紋は少し広がると消えるようだ。テントや荷物、兵にぶつかっても同じだ。

 

「これは・・・?」

 

 疑問に思って周囲を見回している内にその意味に気がつく。これはソナーか。誰にでも見えるレーダー波だ。金糸雀は本当に小回りが効く物が多いなと感心しながら周囲の変化を見守る。しかし波紋の早さは決して早くなく犯人は走って逃げられそうなものだ。そして高さを変えて作られた波紋の幅も大きく。決してくぐれない訳じゃない。どちらを選択しても予想される犯人がこの波紋を回避することは難しくはなさそうだ。しかしこの不完全そうに見える構造こそがこのアーツの罠であった。正解は逃げ切るだけ。実力のある犯人なら逃げずに回避するであろうという欠陥に見せかけた罠。犯人がその間を通過しようと飛び込んだ瞬間、銅鑼を叩くような音と波紋が広がり姿が露出する。黒ずくめの装備に左手に短い棒のようなものを持っている。その姿は忘れもしないあの時の暗殺者。

 

「すみ」


 叫ぶように菫に指示を出した瞬間に菫はすでに動いておりその暗殺者に向けて刃を投げる。

  

「思いのほか遠くでありんすな・・・少し逃げました?」

 

 金糸雀もゆったりと言葉を紡ぎながら短剣を三投する。暗殺者はわずかに首を動かしてから菫の方に走り出しながら金糸雀の短剣に向けて何かを投げる。そして更に短剣を取り出し菫の短剣をはじく。投げた物体は都合のいい距離で爆発し金糸雀の短剣を弾き飛ばした。

 

「報告しない金糸雀にも苛つきますが、ご主人様を狙うなど万死に値する。」

 

 菫が恨み節をばらまきながら暗殺者に一閃。暗殺者は時を止めるかのように走行モーションのまま一時停止。詰めよりを計算にいれていた菫の一撃は空を切り、そこにすかさず動き出した暗殺者が距離を詰めて一突き。菫は地面を蹴り身をひねって飛び上がり、くるりと回り飛び越しながら一閃。暗殺者は更に身を低くして走り抜け回避。菫が着地し振り返る。菫の首が動き僕からは見えている暗殺者を探す。視線を外すと見えなくなるタイプか。なかなかえげつない。

 

「菫・・」

 

 叫ぼうとすると金糸雀に口を塞がれる。

 

「サシに口出しするのは野暮という物ですえ。」

 

 金糸雀は口に人差し指を当てて援護をやめさせる。口は出さなくても思念でも伝えられるけどね。

 

「多分相手はそう思ってないと思うよ。」

 

「知ってます。」

 

 あきれる僕に金糸雀はくすりと笑う。案の定姿を見失っている菫を放って僕に向かって一直線に向かってくる。

 

「僕邪魔かな。」

 

「菫の個人的な誓いから見ればそうなりますなぁ。」

 

 向かってくる敵を前にゆったりと会話を行う。何があっても死なないという安心感からか余裕は余裕だ。リソースに限度はあるが。手札を知るためにもまずは小手調べと初期魔法の『風圧』を前面と目を介して斜め上から同時に放つ。対処を見るつもりがあっさりと風圧にかかり吹き飛んでいく。

 

「あるぇ?」

 

「予想外です。」

 

 大きく回避するか何かしらの手段で突破してくると思ったがそれもしなかった。もう少し引き込めばよかったかと思いながら大きく息を吐く。僕と菫の安心の為にも早々に終わらせるかと暗殺者に意識を向ける。

 

《全知》

 

 敵だと解析には時間がかかるが通常そんな時間視線に納め続けるのは難しい。たかだか四倍程度の対価で一瞬にしてすべてを手に入れる。やはり鑑定は恐ろしい技だ。

 

 キャラ 蒼朱B型 幽影

 STR:2170 VIT:1403 DEX:3974

 INT:1421 WIZ:1556 MND:1122 LUK:6

 MV:20 ACT:1.7|3 Load:5793 SPR:5530

 HP:2806 MP:2977

 ATK:4157+322|5059 MATK:2543 DEF:1075+58 MDEF:535+24

 スキル:先制、索敵、隠形、誤認、空間潜伏

     短剣Ⅸ、体術Ⅸ、投擲Ⅸ、短弓Ⅸ、毒撃Ⅸ、必殺Ⅸ

     貫通撃Ⅸ、貫通射撃Ⅸ、障破撃Ⅸ、障破射撃Ⅸ

     暗殺Ⅸ、致命撃Ⅸ、隠密Ⅸ、捜査Ⅸ、尋問Ⅸ

 装備:魔鉄短剣、誤認の黒服、B空間干渉具

 

 高い値だ。知らない職業にランクが無い。そこが限界値かと思わせるほどのランクⅨのスキル群。割に装備はしょぼめ。目を引くのはB空間干渉具。おそらくこれが本陣の情報を乱していた正体か。視線を外すと見えなくなるのは幽影の能力か。スキルには記されない職業能力な感じがする。異世界の異世界にある職業ともなると未知すぎる。

 

「あの干渉具・・・なんとかしたいな。」

 

「私はサシのつもりでしたのにっ。」

 

 僕の感想をよそに金糸雀はキャラの行為に憤慨している。僕もサシのつもりもなかったし金糸雀の押しつけだよ、それは。

 

「見ましたのね。どうでありんすか?」

 

「手助けなしはちょっとつらいかもね。」

 

 ステータス的には平均ベースでも菫の二割増し。スキルも一回り以上高い。そして未知の職業。こっちはすぐにでも既知にできるが。お互いの伏せ札であるアーツ。何よりも油断すると不可視化してそこからの不意打ちコンボが雑すぎなくらい強い。一対一では無類の強さを発揮するだろう。

 

☆誤認:見えた瞬間それではないと意識をずらす

☆空間潜伏:閉鎖領域でない場所で隠密可能

 

 この二つだけでも隠密職にはかなり強力である。

 

☆幽影:隠密特化職。基本レベルが上昇すると専用特殊技能を得る。

 

 全知の性能が良すぎたせいかその世界そのものの解説が出てきていまいち役に立たない。基本レベルって何だよ。と、得られた情報を菫と金糸雀に共有する。さすがにもう贅沢言わずに菫を主動にして三人で倒す。これが最大限の譲歩だと菫にも伝える。

 

「参ります。」

 

 菫が気合いを入れて静かに宣言する。キャラは静かに深く唸る。菫が走る。それに合わせて遅れてキャラが走る。その初速は異常に早く驚く菫の脇をすり抜ける。

 

「しまった。」

 

 意図に気がついて叫んだ頃にはもう遅い。キャラは菫を横切ることで視線を切り、僕らから菫の陰に隠れることで視線を切らされた。一瞬で静寂が訪れる。竜の目で別角度で見ていることも関係ない。そちらはキャラが持つ魔導具で偽りの情報を与えられている。見えていると認識していながらも実際には見えていないというおかしな状況が出来上がる。僕と菫は周囲を警戒しひっきりなしに視線を動かす。そんな中金糸雀だけが余裕である。

 

「サシにしておけばよかったと・・・後悔なさいましっ。」

 

 笑顔を浮かべながら怒っていた。

 

《Sarch Pulse》

 

 金糸雀は宙を鞭打ち例の波紋を一条だけ浮かびあげる。しかし一つだけである。金糸雀は苛つくように鞭で地面を叩いているが波紋は出ない。金糸雀は僕に近く鞭で少し離れたところに波紋を作ったが先に波紋に触れるのは僕らだけだ。以前見たとおり僕らに波紋が触れると反射するように波紋を生み出す。この波紋に見つかる前にたたけるとしたら菫だけだ。キャラの最大威力を生かすにはそこしか無い。

 

「ご冗談を。」

 

《Snake Wipe》

 

 金糸雀がにやけながら虚空に向かって鞭を飛ばす。鞭は不自然なほど蛇行しながら宙を捉える。捕らえられると突然そこにキャラが現れたように見える。

 

「通過したのになんも起こらなかったさかい安心してしましたかえ?」

 

 キャラは鞭に捉えられ驚いて足を止める。キャラはこちらに視線を向けており、視線のない相手から隠れられるのはなにもキャラだけではない。僕は現れたキャラに向けて陽光石剣を持ち突撃して突き刺しにかかる。魔力を与えられ煌びやかに輝く光を見れば相当の魔力が込められたと知識にあるものは気がつくだろう。安易に当たってはやれないその攻撃に備えるべくキャラが構える。そしてその気配のなさからもう一つの脅威に備えることを怠る。菫は背後から静かにキャラの首を切る。甲高い音を立てて菫の持つ神涙滴の剣が砕ける。キャラの首にはわずかに傷をつけただけだ。事前に備えていた魔法か単純に頑丈なのか、反射的に首を押さえ後ろに気が反れる。そこで僕は『加速』の魔法で瞬間的に移動速度を上げ一気にキャラに詰め寄り腹に剣を突き立てる。魔力視覚を展開しキャラの様子を見れば一瞬で湧き上がった大きな魔力のうねりが剣を包み、そして砕く。しかしキャラの負荷は増加していない。明らかに外からもたらされている効果だ。

 

「あとどれだけ使えるかな?一回か四回か?」

 

 僕はキャラに向かって安い揺さぶりをかける。しかし最高のタイミングで最良の武器を破壊したキャラには余裕があり黒布の隙間から見える目が愉快そうに見える。だが僕らの武器は幸運によってもたらされた最強の武器では無い。数を作るのが難しくない最良で最高の武器なのだ。失っえば少し手痛い程度の数ある内の一つでしかない。キャラは武器を失ったと思う僕にそのまま手持ちの短剣を突き立てる。僕は無防備に両手を挙げて甘んじて受ける。キャラが一瞬いぶかしげな顔をするが攻撃は止まらず剣を僕の胸に突き立てる。ギリギリ聞こえるような超高周波な高い音が響く。その剣は僕の鎧を貫きおそらく肌で止まっているのだろう。

 

「大丈夫とわかっていらしても、やめてほしいですわぁ。」

 

 金糸雀の背後で短剣がはじけ飛ぶ。キャラは貫通しない短剣の感触を確かめるように力を込める。押し切れるか迷っているのか。その一瞬に僕は両手に剣を呼び出し振り下ろす。

 

-開山剣秘奥の一山開き-

 

 ただただ頑丈に作った不壊鉛(アダマンタイト)の剣をまっすぐ高速にキャラの頭上に叩きつける。予想通り剣は砕け散るがすべてのダメージを消せないのは先の二例でわかっている。体勢の悪いところに頭上から攻撃を受けキャラは地面に叩きつけられ、余る力で浮き上がるように跳ねる。

 

《Snap bind》

 

 金糸雀がすかさずキャラを縛り上げる。

 

「菫さん、焦ってはあきませんえ?」

 

 縛られたキャラは再び地面に体をつけた瞬間にその身をバネのように曲げて跳ねようとする。おそらくキャラからは見えていないであろう足下方向から菫が剣を振りかざす。まだ元気なキャラの体をもう防御が残っていないと切りつけるか、あるいは。菫もそこまで逆上しておらず金糸雀の意図通りに剣を一閃する。軌跡は丁寧にキャラの左側をかすめ、キャラはそのまま跳ねてその場から逃れる。雑に逃れるキャラに向かって菫は短剣を投擲、無残に砕け散る。キャラは転がるように追撃から逃れようと動き、輪郭がぼやけたかと思えば縄から抜け出して立ち上がる。

 

「やってくれましたね。」

 

「ご主人様がお望みでしたので。」

 

 低く絞り出すような声で初めてキャラが言葉を放つ。菫は当然と言わんばかりに胸を張って言い返す。キャラの左手にあったB空間魔導具は端が切り落とされ効果を失っている。これで本陣周辺の通信偽装は解除されたはず。鶸にメッセージを飛ばすと現状把握している情報とほぼ同等の状態に戦場映像が回復したことが返信されてくる。

 

「問題ないって。」

 

「ようござんした。」

 

 通信偽装が解除されたことて指示が早くなりその分立て直しが加速度的にすすんでいく。さすがにエグシル達だけではレイスタン王国軍を止めるのは大変なので早くなんとかして連携してやらないと。菫が倒すか逃すか確認をいれてくる。正直本気で逃げられると捕まえられる気がしないが、倒せるなら倒しておきたい。キャラは継続するかのように構えているが、魔導具が壊れた以上ここに固執する理由は無い。せいぜい僕の引き出しを少し確認しようとするくらいだろう。チャンスはそう多くない。キャラの防御のからくりはわかっているが、隠されている、別次元にあるものまで数を知ることはできない。それらをかいくぐって手数少なく仕留めるのは難しく思える。どうやって釣り続けるかが問題だ。

 

「菫、任せた。」

 

 目的が僕にあるにせよ、戦力低下を狙うにしろキャラの目的を知るためにも僕はぶっきらぼうに菫に丸投げ宣言をして金糸雀の後ろに隠れる。

 

「はいっ。」

 

 意図をわかっているかは定かでは無いが菫も喜色を浮かべて返事をする。キャラの防御は相手の武器を失わせつつさらにダメージを軽減するという一般兵からすれば二度と手が出せない相手と思える。武器破壊の効果は僕らには効果が薄く、そもそも僕らは失うことを前提に予備を多数所持している為キャラとしては当てが外れているだろう。ダメージ軽減だけでもそこそこ脅威ではあるが。ただそれだけならば菫に一つチャンスがある。それをさせるためにも僕らは一度戦力的な優位を放棄することにする。キャラはやる気をなくしたかのように隠れる僕を見て、菫を見る。一瞬僕の方を見た後菫に向き直る。片手間には難しいが支援が無ければそれほど苦になる相手ではないと思われている、はず。キャラは僕らの挑発に乗った。

 

「後悔するといい。」

 

 それは菫に向けてか、僕に向けてかキャラが言葉を放ち大地を蹴る。音も無く静かな立ち上がりに本当にそこにいるかと思わせる存在感。菫の構成によく似ている。似ているからこそそのステータス差は如実に表れ菫は基本防戦一方である。それらは剣を打ち合う戦いでは無く空が空を切る剣舞。敵対する二人が示し合わせたかのように剣をかいくぐり飛び、伏せ、転がる。一瞬でも視線を外したと認識されれば消え去るキャラを相手に菫はなんとか視線を切らずに、もしくは切れたように思わせないように動き剣を振る。キャラは別にあえて視線を切ろうとは考えていないようで二手三手を読み菫を追い詰める。自力で押し切っても確かに問題は無い。剣が打ち合う瞬間だけ音が響き、それ以外は足を踏みしめる音すらしない静かな戦いだ。あれだけ動き回っているのによく二人とも音が鳴らないモノだと思う。菫はキャラの動きを制限するために剣を繰り出すことが多く、キャラを切るための動きは少ない。大してキャラは何度も体を狙って剣閃を振るう。そして呼吸を合わせるかのようにお互いが切ったカードはお互いほぼ同じカードであった。

 

《過去から刻む剣劇》

《追憶の剣舞》

 

 犠牲にした課程は違えど効果はほぼ同じ。一定範囲内の時間を遡って命中しなかった攻撃をまとめて行うアーツ。おそらくキャラも同じタイプのアーツであったと思われるお互いを隠すかのように風切り音が鳴り、菫とキャラがお互い吹き飛ぶ。しかし攻め手の攻撃回数が多かったキャラの方が圧倒的な優位状況でありただその一撃で菫はぼろぼろである。キャラの防御も武器を伴わない場合は効果を発揮しないのかその身に少なくない傷を負っている。実は素手攻撃は防御できないのかもな。少し心配だがまだ大丈夫だろうか。いざとなれば金糸雀が、と思っていたが金糸雀は離れて見守るファンのようにぼーっと顔をとろけさせて戦況を眺めている。ちょっと期待できなさそうだ。もしもの時はと手を出せる準備だけしておく。菫は大きく息を吸い身を低く構える。何が来るとキャラも警戒し身構える。菫が体に力を入れた瞬間、収納から布がひらめきお互いの視線を遮る。布が風に舞い菫に被さったかと思えばそこに菫の姿はない。僕らからはキャラは丸見えだがお互いから視線が切れ姿が見えなくなったはずだ。菫が僕らを当てにして隠れたとは思いづらいがキャラはそれを一つの優位性を疑っていた。キャラはもう一つ隠していたカードを切りその身をぼやかせ僕らからも見えなくなった。これで条件は五分か。先ほどとは打って変わって真に無音。相手を先に見つけ出した方がある意味勝利者。菫がなぜ身を隠したのか考えていた。この不毛な状況でお互いがどう動くか。一つの可能性にたどり着いたとき、その可能性が結果となった。

 

「ご主人様を狙わなければあなたの勝ちでした。」

 

「真に邪魔だったはお前か・・・いや・・・両方か。」

 

 僕の背後で勝負が決していた。キャラは僕を狙って行動を起こし、菫は膠着したなら僕を狙うと当たりをつけて僕を囮にした。菫の両手と触手に持たれた剣の内二つが破壊されていたが一本は無事だった。残りの防御も十回以下だったということか。菫が得た単純で強力なアーツ《多段攻撃》。一振りで数度攻撃したことにする無茶なアーツである。同じ動作を重ねると負荷が高くなるがそれで倒せるなら問題ないと割り切るハイリスクハイリターンなアーツである。外れたら丸損だけど。今回は菫の限界値である五回を重ねさらに三方向から攻撃を行ったと思われる。必殺、暗殺、酸撃まで乗せての十五回攻撃である。さすがに通れば死ぬ。多段攻撃中に武器が破壊されるとどうなったかまではわからないがキャラが倒れたということは足りたと言うことだろう。そして菫がキャラに当たりをつけたのは電気的なレーダー波である。相変わらず魔法や認知された物理現象に対する対策は多いが近代科学に対する対策は意外と少ない。魔法的な隠密は音も匂いも場合によっては触感もごまかす。残念ながら存在までごまかすには別の手段が必要なのでローラー作戦のようなもので発見は可能だ。相手がじっとしていればだが。小型故出力が弱く指向性で五m先くらいしかわからないがキャラに対する一つの対策として開発されたものだ。ちなみに紺の潜伏に効果は無く反射波が返ってこないという結果もありキャラが見つかるかは賭けであったと思う。菫的には紺のような能力では無く自分と同じ通常の隠密の延長であると確信があったようだが。この局面最後の菫の台詞ではないが、勝負にこだわりキャラが菫を狙えば菫に勝ちは無かったと思われる。この状態で一番倒せる可能性があったのは菫だ。ただ菫も《Sacrifaice Blood》を見せていないので倒せたかは難しいところだったのかもしれない。しかし護衛されているとみるはずの僕を狙ったということは護衛を回避する方法があるのだろうか。足下に倒れる薄青い毛の見える狐獣人を見つめながら可能性について考えていた。

 

「さぁ止まらんと次にいきませんと。」

 

 金糸雀が思考を中断させ肩を押し鶸のいる方へ押し込む。

 

「別に私たちを狙わなくても鶸でも良かったはずです。それでもご主人様を狙ったのはなんででしょうなぁ。」

 

 金糸雀が押しながら静かに別の可能性を提示した。キャラの死体を近くの騎士にまかせ僕は金糸雀に言われたことをそういえばと思い返しその行動を思い返す。

 

「また止まってぇ。考えすぎですよ、良くも悪くもB型ということですえ。」

 

 金糸雀はそれが答えだと開示し本陣に押し込む。戦況映像を見て鶸に抱きつき声をかける。鶸はうっとうしそうに振り払い蹴り出す。それを楽しそうに回避しながら楽しそうに笑っている。

 

「まぁ後にするか。鶸、戦況の解説を頼む。」

 

「今更参加するんですの?いりませんわよ。」

 

 鶸はうさんくさそうな目で僕を見る。何のためにここに来たし。

 

「本陣の無事もそうですが相手の意図をくじくのはいいでしょう。迂回した五軍が浮いてきましたのでそちらをつれてレイスタン王国軍の対応でもお願いしますわ。」

 

「へいへい。」

 

 鶸がふんすと腕を組み指示を出す。直に集まってきた第五軍誘導しながら整列させていく。

 

「では援軍にいく。」

 

 号令をかけファイを走らせる。菫は本陣に護衛として残し、僕と金糸雀そして第五軍と直轄兵二千でエグシル軍に合流するため進軍を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ