僕、切り込む。
「これがある以上は時間切れということでしょうか。」
菫は封入してあった紙切れを裏表返しながら見ている。萌黄が反応しないということは何か危機的な仕掛けはなさそうだが。
「相対して十ヶ月くらいか。こっちもそうだけどあっちも貴族にせっつかれてるのかもね。ロスタイムってところかな。」
鶸がその可能性があるか悩みはじめ、蘇芳や金糸雀は首をかしげている。
「準備は十分とはいえないが概ね戦いにはなるだろうというラインまでは至れたと思う。後は各自の想定を前提に詰めてみてくれ。」
対策に関する協議はさっさと打ち切られ、上層部を集めて戦略会議に移る。
「クラファル王国軍は民兵五十五万、騎士四十万で構成されている。これに加えて破軍、奸計、無血といった対軍の英雄と狂乱、吹雪の参戦が確認されている。こちらは騎士二十万とミーバ兵が三十万。ただしすぐ動かせる英雄は霧と救済だけ。僕と神谷さんの配下が全員いることを考えればいくらでも無理はできると思うけど。」
僕らと神谷さん達、そしてエグシル。アリアは会議向きの脳じゃないので外で待機。騎士側の総司令であるエドモンド、そして派閥の有力者である貴族が五名。それらを前に僕は紺から得られた情報を開示する。数は圧倒的だが正直負けるような戦力差ではない。貴族連中は若干不安を感じているようだが、僕らの能力をある程度知っているエドモンドは人数差で戦場がどう動くかを考え始めて地図を見ている。
「追加の援軍を要請するべきだ。可能なら英雄も。このままでは英雄の戦力差だけで負けてしまうわっ。」
英雄の戦力は脅威ではある。ミーバ兵はステータスで負けていないが英雄スキルの分だけ不利を強いられる。消耗はさせられるが被害も大きい。ただ神谷さんの配下であるユウやクロでもよほど相性差がなければ英雄は封殺できる。萌黄でもアリアみたいな理不尽な能力でもない限り負けはしない。三人差など考慮に値しない。
「開示していない戦力がいるので判断が難しいと思うけど、戦場戦力はこちらが優勢なので援軍は要請しない。不安になるだろうが与えられた兵を運用して、対英雄に関しては通常通り対応してほしい。」
僕は静かに声を荒げた貴族に告げる。貴族は一瞬ぽかんとした顔をしてから勢いよく立ち上がり再び怒声をあげる。僕が顔をしかめると一瞬の後貴族は力ずくで椅子に座らさせられる。貴族はまた呆けた顔になり周囲をきょろきょろする。そこに脇から菫が姿を表す。
「ご主人様が問題ないと言っているのです。少し落ち着きなさい、ね?」
菫は威圧がん乗せで貴族の顔を視線で射る。貴族は首を人形のように縦に振りおとなしくなる。菫は一歩目をわざと強く音を立てて歩き、姿を消すかのように気配を消しながら僕の後ろに戻った。
「ひゅー、菫かっこいぃーっ。」
萌黄が小声で菫をたたえる。
「脅すような形になって済まないけど、彼女らは英雄を押さえ込めるレベルでの戦力を内包している。実績は見せてやれないが問題ないと思ってほしい。それを前提に戦力を配置していく。」
参加した五人の貴族に騎士十五万とミーバ兵二十万を割り振る。完全に等分にするわけではないが概ねそうなる。ここに残った貴族達はそれなりに戦闘経験があり優秀ではあるので。残りの五万と十万は本陣の守りと予備兵である。前面に貴族軍を置き中間に桔梗と萌黄、アリアのグループ、ヨルとエグシル軍、蘇芳とユウ、トウ、クロ、神谷さんのグループを置き相手の英雄に備える。紺は情報収集を継続、鶸は本部の参謀、菫と金糸雀は護衛と緊急対応を兼ねる。
「エグシルの配置は中央よりで破軍が出てきた場合は優先的に任せる。各員も発見した場合は即座に連絡して仕掛けないこと。」
破軍は指揮官として優秀なタイプの英雄でエグシルと似たところがある。破軍は自軍強化に優れ、エグシルは弱体化に特化しているといえる。英雄単体では決して強くはないが配下の軍から力を得るタイプであり、軍を率いて初めて最大能力を発揮する希有な強さを持つ英雄である。軍という目に見える弱点を持つがその軍がいる間は非常に強力な英雄でもある。相手の数にもよるが軍相手ならエグシルの能力がはまりやすい。相手もそれはわかっていると思うがこちらはそうせざるを得ない。奸計は情報操作、精神操作を使ってじわじわと侵食するタイプなので真っ先には出てこないはず。無血は都市戦、攻城戦といった戦いに強い。こういった構成をみると敵軍は全うに軍勢で攻略してくるように見えるから怖い。これはヴィルバンからの試験と見るべきか、それとも本国からのねじ込みなのか。どちらにせよこの軍勢よりも恐ろしい存在が背後に控えていることは貴族達には伝えられていない。伝えてもどうにもならないし引かせても敵がいなくなるわけではないので僕らの消耗が増えるだけだからだ。露払いは露払いでやってもらうに越したことはない。エグシルはうなずき指示を受諾する。戦場くらいは有利に選びたいと敵の動きを予測し協議して手堅い候補を三つほど作る。
「ではよろしくお願いします。」
本来頭を下げる必要はないが古くから残る癖みたいなものだ。エグシルやエドモンドは苦笑し、貴族達は少し戸惑うがエドモンドが出した気合いの大声に促されるように貴族達も声を上げた。なんだかんだ言ってこいつら体育会系なんだなとしんみり思う。会議は終わり軍が動き出す。
「どうなりますやらなぁ。」
金糸雀が人の動きを見守りながらそっとつぶやく。
「なるようにするしかないね。」
僕はヒレンを思いだし身震いしながら答える。アレには追いつけただろうか。そしてその先にいるヴィルバンの力はいかほどかと。
五軍に分けられた軍が示し合わせながら街道沿いに進む。敵も対軍である以上配置できる場所は限られ動きも予測しやすい。紺からもたらされる情報からしてもそのルート上でかち合うはず。
『騎士三十五万と民兵四十万が先行して予定通り進軍中であるよ。』
指揮官はヴィルバンではなく地位の高い鷹人間らしい。人相書きを見てもうん、鳥だねとしか思わなかった。言われないと鷹とトンビの区別がつくかも怪しい。笑い話に有名な鷹人間の写し絵を並べられても区別がつかない。模様とか羽毛の跳ね具合で区別するらしい。しらんわ。実際に見かければ鑑定機能の延長で区別がつくのだが絵を見てもそれはわからない。速度を重視した展開をする将であると聞いている。騎士の六割は獣人だが民兵は九割が人族ということらしい。元々占領地の軍が多かったのでそういうものかと思う。
「民兵が多いのもあるでしょうが進軍が遅めですわね。接触予定地点は想定の最前面ですわね。」
鶸が地図を見ながら動きを見守る。軍に斥候兵を配置しているので監視用の数は以前に比べて少ない。接敵するまでは映像はなしである。特に軍の様子は問題ないので近場の斥候兵に引き継いでもらって紺にはさらに奥の調査を頼む。ヒレン達の位置次第ではいつでも状況がひっくり返ることになる。心配をよそに無理なく行軍した両軍は予定地域で停止。若干の牽制が行われた後陣配置となる。
「騎兵を前面に民兵が後ろか。」
敵軍の配置は最前面に騎兵二十万、その後ろに民兵四十万。本陣を騎士十五万という配置である。軍編成は騎兵に七、民兵に三と分けられている。
「端の騎兵軍に無血、中央に狂乱、後方の民兵軍に吹雪が配置されていますわね。」
斥候兵やヨルの情報を元に英雄の位置を特定。破軍と奸計はこの戦場からは隠されているようだ。破軍はともかく奸計はそういった運用がされやすい。
「中央は神谷さん達にまかせるか。狂乱と吹雪に対応してもらおう。無血は桔梗組かね。」
「無難ですわね。」
口調ほど鶸も不満はない。エドモンドも配置的には納得している。騎兵を前面に配置されたことから、中央の第三軍を前目にとり広がるようにほかの軍を配置する。Wみたいな配置になる。
「後の軍の指揮はエドモンドに任せる。」
「はっ。承りました。」
僕は竜の目を周辺に飛ばし監視網を構築し軍の動きを見守る。クラファル王国軍は世界を統一し安寧の世界を築くことを掲げ邪魔者を倒すと謳い、ルーベラント王国は余計なことだ、侵略者を追い返すと対抗し、両軍のどうでもいい宣誓が終わる。戦争も政治の一部であると思わされる一面である。両軍の使者が引き、両軍から花火のような魔法が打ち出されそれを合図に敵軍の騎兵が一斉突撃を始める。民兵も追いすがるように前にでる。
「全軍突撃とはまた思い切った手を。」
エドモンドが戦場の映像と実際の風景を見返しながら声を上げる。まぁ実際思い切った手を打ったと思う。
「一、三、五軍を下げ、二軍と四軍をあげて受けよ。」
エドモンドの指示の元軍が変容する。二、三、四軍は重装兵を前面に一、五軍は重装騎兵、軽騎兵が前に出始める。
「術士隊で迎撃、前面妨害。」
ミーバ兵のおかげで気楽に使える巨石を直当てと足止めに利用する。相手騎兵は結果がわかっているかのようにそれらを無視して突撃。巨石は落下中に崩壊し効果を失う。
「吹雪かね。」
「どうでしょう。英雄でなくても可能な範囲ではあると思いますが。」
消された魔法を眺めて僕と鶸は思案する。
「後方を再度巨石。騎兵には爆矢を当てよ。一、五軍は銃撃試射。」
配置的に先頭に銃弾は浴びせられないがむしろ側面からはおいしい。弓兵から矢が放たれ敵騎兵を爆撃する。直接的な衝撃で多少は乱れ速度は落ちるが思いのほか練度が高く脱落兵はほぼいない。銃撃がまばらに行われるが偏向防御で対応されている。ただ配置的に戦闘開始時に設置したようで敵軍間際では曲げられていない。爆撃が継続されるが数の割に効果は薄いと見られる。
「先頭突撃に備えよ。一,五軍は前に出て挟撃体制に入れ。」
間延びしたとはいえ騎兵を受け残りで包囲する形に移行する。U字型にて敵を包み込み一、五軍は騎兵と民兵を側面攻撃していくはずである。二,三、四軍の前に氷壁が展開され敵軍を覆うように展開されていく突撃の終わった騎兵を脇に逃がさないようにするためだろう。
「エドモンドっ。」
鶸が指示を出したエドモンドに怒声をあげる。一緒に来てはいるが先頭とは考えなかったか。中央騎兵団からどうやって隠れていたか疑問に思うような巨躯を持つ男が自らの体と同じような大きさの槌を振りかざして飛び出してくる。一軍と二軍の間に割り込むつもりか進路を変えた騎兵団もある。
「しゃっせぇーー。」
奇声一発。狂乱の振りかざす槌は氷壁と重装兵を吹き飛ばす。疲労で今にも死にそうな馬を蹴り出すように飛び上がりさらに槌を振り回して壁を砕く。そして四軍方向に向けて再び奇声をあげながら槌を投げ壁を砕き周囲を吹き飛ばす。
「これはひどい。」
思わず笑いが出てくる惨状である。進路を変えた騎兵団の先頭の騎士が空間を槍でつくとその延長線上の壁がきれいになくなる。
「あれもひどいな。」
「条件が気になりますわね。」
おそらく無血であろう男が氷壁を溶かすというより突如消し去るような穴を開けて軍を誘導していく。狂乱は純粋な力業で無血は能力で壁を突破していく。
「無血は抜けると思いましたが、正直狂乱は予想外でしたわね。」
英雄とはいえ魔術師の氷壁を一撃どころか周囲に被害を与えることまでは想定していない。鶸は知ってから力を発揮する能力からして、初手からこういうことをされると対策が弱い。学習すれば強いが初見には弱いのが鶸だ。まぁこいつらともう一度戦うかもっていわれると多分ないだろうけど。狂乱が開けた穴になだれ込むように騎兵が入っていく。穴をカバーするように重装兵が割り込もうとするが騎兵の速度と勢いに勝てず道を狭めるにとどまっている。侵入した騎兵はこちらの兵を吹き飛ばし後ろから来る騎兵のために道を開けていく。綺麗な、よく訓練された動きだ。敵を倒すことよりも奥に進む、すなわち本陣を落とすための戦術だ。次々に迫り来る敵にミーバ兵も道を開けていく。ミーバ兵が途切れて一般騎士になればそれを防ぐ手段など皆無に等しい。無血が開けた穴には続々と後続が侵入し第一軍と二軍を分断し連携能力を遮断していく。放っておくと一軍が包囲して全滅しかねない。
「一軍は迂回して撤退し本陣に合流せよ。二軍には本陣から援軍を回す、持ちこたえろ。」
エドモンドは指示を追加し侵入者に対応していく。英雄を後出ししてくると考えたエドモンドの敗北と言ってもいいだろう。不利な体勢を強いらている。
「指示を上書きします。一軍と二軍で侵入者を挟撃指定粉砕しなさい。五軍は下がって四軍の支援に回りなさい。」
鶸が動きと今後の予定を考慮し、侵入する敵の殲滅を指示する。それもまた一つの手段だと思う。ただし狂乱を本陣にまで侵入させた場合、僕ら以外の力で対処できるかという事もある。
「突出した無血をアリアと萌黄で対応なさい。本陣前で重装兵と魔術師で狂乱を足止め。壁で押し止めるよりもダメージを与えることを重視なさい。あとは後ろから来る者が対応します。」
鶸が続けて後続へ対応を指示する。
「少し越権が過ぎましたが・・・頼みますよ、トライスフィール卿?」
鶸が視線を強めエドモンドに釘を刺す。エドモンドは頭を下げて失態をわびる。それもわずかな間の話。エドモンドはすぐさま切り替え戦場の指揮に戻る。刻一刻動く戦場を指揮官が目を離していては仕方がない。敵騎兵の進行は進んでおりその合間を縫って狂乱が前に進み出ている。ミーバ兵の特性を生かし重装兵の合間から軽騎兵をねじ込んだりとエドモンドも自己の知略と新たに得たミーバ兵の特性を駆使して敵を押さえつける。しかし、敵の狙いは一点で本陣に英雄を投げ込むという事に絞られており、過密になりつつある敵の隙間を抜けられなくなっている。
「負けだな。」
「申し訳ございませぬ。」
状況を見て僕がそうつぶやくとエドモンドが頭を下げる。それを手を上げて受け入れ許す。そして上空から本陣を飛び越え流星のごとく狂乱の前に落ちる。
「遅いぞ。」
「わりぃな。ご主人様が過保護なんでね。あと蘇芳とどっちがいくかで揉めてた。」
戦闘狂二人を重ねたせいで変なところで時間がかかったようだ。
「さて、ぶっころしてもかまわねぇな?」
「話は聞かなそうだし、それでかまわないよ。」
飛び込んできたユウが長剣と小盾を構える。この世界における子供以下の大きさであるユウと巨躯である狂乱の大きさの対比は距離感が狂ったかと思うほどだ。狂乱からすれば小動物かと思うような生き物が自分の道を塞いでいる事に首をかしげている。
「少しは楽しませろよ、英雄っ。」
ユウが無警戒の狂乱に向けて一閃しその鎧に一筋の跡をつける。狂乱はそれを感じ目の前の小動物が敵であり侮る相手ではないことを認識する。
「そこで深手を負わせないのが戦いに楽しみを見いだす馬鹿の難点ですわね。」
鶸がその行為をそっと愚痴る。
「さて、どうすれば正解でしたかな。」
エドモンドは状況を振り返るようにしながら鶸に訪ねる。
「正解はないでしょうが・・・結果だけ見ればとれる手はありましたわね。」
鶸が地図を指し示しながら助言し、エドモンドと協議を始める。まだ戦闘が残ってるいるんだから感想戦は後にしてほしいものだが。ただもう金糸雀が出た時点でエドモンドの戦争は終わっていたのかもしれない。鶸が指揮を引き継ぎ合間合間にエドモンドと話をしている。最前線の立て直しが行われ浸透した騎兵を包囲していく。混戦を演出し斥候兵で丁寧に減らしていく。最前線に民兵が到着し騎兵を助けようとしているのか必死の形相で前進し死体も重装兵も乗り越える勢いで津波のように襲いかかる。
「民兵にしては・・・」
必死なのは何かあるにしても民兵にしては強い力を持ち、少し違和感も感じる。鶸もまた異変を感じて動きを見守りながらも民兵を吹き飛ばして後方に押し戻させる。二軍付近では攪乱に徹していた無血をアリアが押さえ萌黄が補助をする形で侵入した軍とともに動きを封じている。こちら側は民兵の侵入がなくほぼ封殺し、掃討戦になっている。仕事がなかったとも言えるが正直無血という英雄の無駄遣いではあったように思える。こちらが壁を立てて対応したのは状況的に偶々当たったという認識でいる。騎士達よりはずっと強いので使わない理由は確かにないかもしれないが腑に落ちない面は残る。四軍は対応が遅く民兵の影響を大きく受けているが回り込んできた五軍がそれを支え被害を押さえている。狂乱を本陣前まで侵入させたものの本陣の兵と三軍と隣接する二軍と四軍の一部で騎兵にも対応はできた。相手のもくろみはすべて止め、あとは崩すだけという段階のはず。しかしその場に足りない英雄がここにいない事が相手のもう一つの策と気がつくのはすぐだった。
「後方からレイスタン王国軍が強襲してきます。推定三十五万です。」
回り込んでくるのがクラファル王国軍かと思えば静観を決め込んでいたレイスタン王国軍だった。




