僕、原因を抜く。
「で、どうするつもりですの?」
鶸が尋ねてくるが僕はもう動いている。鈴にメッセージ飛ばし操作された斥候兵に指示を出させる。
「多分なんとかなるはず。」
そういう能力を内包しているという前提の元鈴には斥候兵を所定位置に移動させる指示を出すように言ってある。付近の担当斥候兵がいなくなったため映像の更新が一部滞っているが、アリアが斥候兵相手に防戦一方になっているだろう事は予想に難くない。ただすぐにやられてはいないことも予想できる。これが軽戦士だったら話は変ってくるが斥候兵の連携を考えれば間断なく不意打ちを繰り返そうとするだろうということから初撃で倒れなければアリアなら生き延びるだけなら問題無いと考えられる。少なくとも交信する余裕ぐらいはあるのだろう。三分程たったところで斥候兵の配置が変り映像の更新が再開されるがアリアの周りに斥候兵はいない。操られた斥候兵は現場を離れて移動し、別の斥候兵に拘束されている。
「どうなっているんですの?」
僕が一安心したところで鶸が驚いて見返してくる。
「鈴に移動指示をださせただけさ。」
「私の指示は聞かないのに?」
鶸は何故そうなったか理解出来ないようだ。僕も多分出来るだろうと予測はしていたが実際に出来る保証はなかった。が結果を見るに予想は間違っていなかったと確信する。
「鈴の神託というか交信能力の一部だね。」
「訳が分かりませんわ。」
鶸は納得出来ずに頭を抱えている。が結果は結果として戦場の観察に戻っている。鈴は以前ミーバ達が持っている型ごとのネットワークに自在に入れることを暴露している。恐らく神託による交信能力への干渉なのだろうが、恐らく敵味方問わずそして通信手段問わず介入できるのでは無いかと予想していた。神託が次元を越えることを考えると世界の中の通信の壁など些細なことだろう。細かい事を聞いてチェイスなぞに釘を刺されても困るので、神のスキルに対する認識は曖昧なくらいでちょうど良い。傾国の使った能力が魅了なのか支配なのかも分からないが斥候兵が味方に襲いかかったと言うことについては何かしらの指示が出されたと考えるべきである。もしかするとそもそも同士討ちするような指示が含まれている可能性もあったが、どちらにせよ鈴の交信能力によりその不明な指示側から指示を出させるという作業をさせたということである。尤もその能力については知らないことになっているので、鈴には『アリアの周りの斥候兵を緊急集合位置に移動させろ』と伝えただけである。鈴はいつも通り指示して動かないので指示が届く方法で指示したに過ぎない。しかし傾国のスキルが解明できたわけではない。確保した斥候兵に関しては取りあえず徐々に距離を離すように指示して有効距離、もしくは時間を確認する。最悪アリアが乗っ取られる可能性もあったが、それが可能ならすべての英雄は傾国の傘下にはいっているだろうことから効果が無いと仮定する。効果は徐々に広がるタイプであることが予想されるが最大距離は不明。迂闊に斥候兵は派遣できなくなった。砦の連中には悪いが補給物資を置いたミーバには後退指示を出す。さすがにミーバが暴れたら維持どころの話では無くなってしまう。遠巻きに監視する斥候兵達にも傾国からの距離をバラバラに取るようにさせ連絡を密にし、連絡不通になれば更に距離を離す算段である。正直エグシルならいけると思ったがどちらもアリアにやらせる案件になりそうだ。結果的にいなくて良かったとも言える。
『アリア。まず傾国を討て。三十分以内だ。出来なければ僕らで介入する。』
僕はアリアに警告じみたメッセージを送る。アリアの驚愕が伝わるかのように、彼女は傾国に向けて走り出した。霧を抜けて姿を現すアリアを見てクラファル王国側が驚いているのが分かる。戦闘中に姿を見せることがない彼女が突然現れたのだから無理もなかろう。剣を肩に担ぎ冷静さを取り戻そうとする傾国に大きく剣を振り切る。傾国も前衛向きではないとはいえ全く何も出来ないわけではない。慌てながらも腕を振り上げ小盾と思われる手甲のようなもので剣の腹を打ち軌道をそらす。斬岩剣相手でなくても傾国ならそのまま押し切られる可能性もあっただろう。傾国もそれを分かってか高度な方法でアリアの攻撃を受け流した。実は斬岩剣の無機物破壊能力は接触が条件なのでついでに壊すことは出来るのだが、アリアは先入観からかそれを行っていない。
「もったいないねぇ。」
「後々の為にあえて破壊しなかった・・・ということは無さそうですわね。」
鶸のアリアへの残念な評価は変らなかった。傾国は腕を振り切ってから後方に飛び退き更に逆の腕を大きく振るった。何をしたかはぱっとわからなかったがアリアが急に胸を押さえた。毒か?アリアがひるんでいる内に更に傾国は腕を振る。アリアは胸を押さえたまま魔法により解毒を行ったように見える。苛つくように赤黒い唾を脇に吐き捨てながら中腰から飛び上がるように傾国に襲いかかる。傾国は化け物でも見るかのような表情で三度目の腕を振る。振り切った無防備な所を隙と見てアリアが剣を振り傾国の体を斬る。乱剣の鎧を斬ったかのような音が鳴る。
「ん?」
僕は妙な違和感を感じて思わず声を出す。鶸が悩ましい顔で映像を見ていて、苛つくように組んだ腕の指を動かしている。アリアは剣を引きそのまま傾国を突き刺す。先ほどより更に弱い音が鳴る。さすがにアリアも違和感を感じて胸に手を当てて大きく飛び退く。
「小細工をっ。」
アリアが傾国をにらみ付けるながらまた魔法を使用している。
「貴方方のような異常な腕力と正面切って戦えるとは思っていませんからねっ。そもそも貴方も頑健すぎでしてよっ。」
傾国が肩で息をしているが少し余裕を取り戻したかのように煽り返す。
「筋弛緩剤の類いでしょうかね。振りも遅目で斬る手に力がこもっているように見えませんでしたから。」
鶸が両者の口論を眺めて予測を口にする。乱剣を斬った時ほど音が響かなかったのはそういうことかと先ほどの違和感に気がつく。口論している内に別の毒が回ったのかアリアが膝を突く。これは時間を与えれば与えるほどアリアの不利になりそうな気配だ。仕方が無いので虎の子の方法で支援することを決めて神谷さんにメッセージを送っておく。
「こんなに早く見切られて可哀想に。」
鶸は悲しむ素振りなど一切見せずに口調だけ同情するかのようにアリアの身を案ずる。
「僕の指示も悪くて焦らせたし悪いとは思うけどね。彼女を失うよりはいいよ。」
傾国はアリアが足を止めている間にじりじりと更に距離を離していく。その間にも腕を二度振り追撃も忘れない。確実にあの動作を行った時に何かをばらまいていることは明白である。さすがにアリアも直接追うことがじり貧になると感じとったか護水の殻を展開し引きこもってしまう。傾国はその様子を警戒するように見守りながら百mほど離れたところで見守っている。何か対策をしたのか下がっていた乱剣も戦場に戻ってこようとしている。この状況で一対二は厳しいかなとまた悩む。場が動かず膠着し、傾国もいつ出てくるかと注視しているがさすがにその場にいるのかを疑い始めている。斬岩剣を使えば確かに護水の下を掘って進めそうではあるがアリアがそれをするだろうかと僕も少し悩む。傾国も追加で腕を振り何かをばらまいているが一向に出てくる様子がないので少し苛ついているようにも見える。悠々と乱剣が傾国の横までやってきて小声で何かを話しているようだ。アリアや斥候兵が聞けたことは伝わるがそうでない情報は拾うことは出来ない。乱剣にしてもわざわざ口元を隠して傾国に話しかけているようだ。過去に痛い目に遭ったことがあるのか変なところで慎重だなと心の中で思う。更に一分経ったところで傾国が護水を見て反応する。遅れて観察していた斥候兵も反応する。護水の中にいるであろうアリアから大きな魔力の動きが検知される。護水を越えて検知されるとなると内部は相当な組み込み具合を思わせる。傾国がヒステリックに叫び乱剣を護水にけしかける。乱剣もその素振りに対して引き気味に反応しそれなりの速度で護水に向かう。しかし乱剣が護水にたどり着くまでに突如護水は宙に浮かび上がった。目を疑う現象を注視するとその答えはすぐに理解される。護水の下からジェットのように水柱が放たれそれが護水を宙に浮かび上がらせているのだ。
「また雑な方法で対策しようとしましたね、あの娘は・・・」
鶸がこれから起こることを予想したかのように苦笑いをしている。轟音をたてながら宙に浮かびあがる護水の玉を乱剣と傾国がどうするかと見上げる。護水にヒビが入りその隙間から勢いよく水が噴出される。勢いのある水が護水を砕きながらその勢いと径を増していき、あれよという間に殻を吹き飛ばし滝のように水を噴出させ始める。水を生み出す中心にはアリアがいてそれを苦労して操っているように見受けられる。
「攻勢魔法Ⅵ災水。広範囲を水で押しのける無差別攻撃魔法ですわね。」
鶸が呆れるように解説する。自分の周囲を無秩序に大量の水で攻撃する魔法でコントロールが難しいというか出来ないので友軍がいる環境下ではまず使用しない。そして押し流して流速や接触でダメージを与える運任せの要素が多く確実性も薄い。そして何よりも流れに抵抗できる存在がこの世界には多く高度な魔法の割に雑魚を掃討するくらいしか要がないらしい。ではなぜアリアがこれを選んだのか。アリアは水の噴出方向をある程度制御し地面に降り立つ。そして水をばらまきながら傾国に迫る。魔法を維持しながらのせいか、もしくは自らの魔法の水に捕らわれているせいか普段の半分ほどの速度しか無い。ただ水に捕らわれて動きづらいのは乱剣も傾国も変らない。乱剣はまだ自由に動けるようだが、傾国は水に逆らって動くのは難しいようだ。アリアは巨大な水を大きく渦巻くように展開していきいつしかアリアを中心とする渦のような流れを作る。
「超大型の洗濯機か。」
「万単位で洗えそうですわね。衣類の無事は保証できませんが。」
僕の見た目の感想に鶸がそっとツッコミを入れる。渦の中心が動いているため進行方向に向かって楕円を描くように進む。アリアの全身は水で覆われ水はそこから外に流れていく。傾国の放つ毒や菌を雑に寄せ付けない。鶸が雑すぎると称したアリアの傾国対策だった。しかしアリアのMPを考慮すると長続きはしないだろう。
「傾国は勝負に乗らないでしょうから自滅オチしか見えませんわね。」
アリアは戦士として戦うが傾国は策士として戦い両者の思いはただすれ違うだろう。傾国は動きづらいだろうからうまくやれば追いつけるのでは無いだろうか。
「あの場で一番頭が働くのは恐らく傾国ですわよ?斬られる前にアリアの問題点には気がついて実行出来るでしょう。」
鶸はあくまでアリア敗北の予想を覆さない。相変わらず厳しいやつだ。アリアは敵が流れに逆らう事を前提としているが、環境ダメージの方が痛くない傾国ならそのまま流れに身を任せてアリアから逃げるだろう。
「ただ貴方がそうさせないのでしょう?」
僕の甘さへの信頼感も疑いがない。さすがに厳しそうなので時間にはなってないがそろそろお開きにしようとは思う。僕は苦笑いをしてそれに応えて。
『萌黄。やれ。』
返事は無いだろうが萌黄には伝わったはずだ。アリアの苦労には報いてやりたいと思うが思いつきがすべてうまくいくわけでは無い。今回は僕も含めて場が悪かったと思って貰おう。アリアは渦の中心と共に傾国に迫るがその差がじりじりと縮まってくると傾国は体の力を抜いて後ろ向きに倒れようとする。乱剣は側面からアリアに迫ろうと剣で水を切り裂きながら進んでいる。その努力が実っているかは怪しいが。アリアが焦り傾国が堅い表情で笑う。その瞬間傾国の胸元に大穴が開き頭と手が宙を舞い、その背後に巨大なクレーターを形成し水柱が上がる。驚愕の表情を浮かべるアリアと傾国。手と頭が着水し水流に飲み込まれ、そして水の流れだけが支配する時間が訪れる。遅れて爆発音が届いたことが知らされる。
「そちらの試験運用で行きましたか。」
僕が何を選んで助けとするかは鶸には分かっていなかったが戦場の結果を見て納得する。萌黄に持たせたのは試作リニアレールガンとフロートボードである。七km先から四連結長身弾丸を秒速六kmで打ち出した。物理壁、魔法壁、遅延防御に対する対抗策を別途に積み込み認知しない場所から一撃で倒す事を目標としたロマン兵器である。さすがに萌黄では一km先も見通せないので中継点と着弾点からの斥候兵のフォローが無ければ当てることもままならない。一度に使用する魔力量が多すぎてただ一人を倒すだけにしてはすこぶる効率が悪いともいえる。しかしその一撃で安全に格上が倒せる可能性があるなら考慮しても良いのでは無いかと銃の延長として開発試作した。負荷にして七九〇という馬鹿みたいな魔力を消費するがその構成するダメージの八割は物理現象である。
『当たったみたいだね。でもどうなったかわかんなくてあんまり面白くないね。』
萌黄からは手応え感は無くいまいちな感想が返ってきた。
『そのまま支援部隊と合流してくれ。』
僕は萌黄に指示を出す。萌黄からは了承を伝えるワンアクションだけが返ってきた。激流に流される傾国を見失い呆然とする現場で先に我に返ったのはアリアだった。激流の維持を止め濡れた体を震わせるように覇気を強め気合いを入れるように大地を踏み抜く。その音で敵がまだいることを思い出した乱剣が剣を構える。乱剣は剣を構えアリアに飛びかかる。
「これなら易々とは・・・」
乱剣が振り回す剣は鈍い輝きを放ちアリアを切り裂かんと振り抜く。見たところ生金かと思うがそもそも強度の問題でないことを乱剣は理解出来ていない。事例が少なすぎてしょうがないが。乱剣の渾身の一撃はアリアの冷静な一撃によって切り上げられ寸断され乱剣を宙に舞わせる。戦場に響く剣と鎧の反発音。空中で自由が効かなくなった乱剣にアリアは剣を下段に構える。乱剣は空中で体を捻り相対する正面を剣で守ろうとする。あれだけ無力に剣を折られても反射的に身を守ろうとしているのだろう。
-二の秘奥 大蛇-
地面から乱剣の周囲を囲うように七方向から石柱が同時に伸び乱剣を押しつぶす。衝撃を受けて息を吐く。なおも石柱は乱剣を圧迫していく。乱剣は宙に固定されたものの体を押さえる石柱さえ破壊すれば逃げられると開いた左手で石柱を斬りつける。尤もそんな事を許すような技でも無く。アリアは下段からわずかに剣先を持ち上げ切り上げながら横薙ぎにするのように剣を振る。乱剣を守る物は剣しかなく、その剣で軌道をそらそうにも無力に両断されそのまま首を飛ばされる。石柱が崩れ乱剣の体が落ちる。そしてアリアは大きく息を吐いてがっくりする。
「馬鹿みたいに警戒しすぎた・・・予想以上に弱かった・・・」
最初から霧も使わず相対していればもっと早く終わり、傾国相手にも多少はマシに戦えたのでは無いかと自問しているようだ。
『お疲れ様。敵は撤退を始めているからこちらも一端軍をまとめて待機しておいて。』
僕はアリアにメッセージを飛ばし、アリアはがっくりしながら了解の意を飛ばす。
「まぁ・・・いつぞやよりはマシになったのではなくって?」
鶸が最後にそう総評した。もう少し考えて戦えるようになればもっと楽に戦えるだろうね。英雄の全体の気質なのかもしれないが選んだ型にこだわりすぎている気もする。英雄というスキルの弊害なのかもしれない。馬鹿のおかげで全滅という聞きは逃れたが最奥に潜む危機は何も変らない。むしろ呼び込んでいるとも言えるだろう。
「そろそろ本腰いれないと駄目かね。」
「どうでしょうね。聞いてみればよろしいのではなくて?」
僕は悩む。鶸は知らないことはわかり得ないと匙を投げる。調子に乗って進軍した馬鹿はそこそこの被害も出したが追撃戦でそれなりの戦果も上げた。戦った騎士には戦功に対して報償を与え、馬鹿司令官には命令違反の責任を負わせて更迭した。代わりはいらないとトーラスには言づてておく。もう余分な犠牲者はいらない。罠を仕掛け敵の動きを妨害し徹底的に相手のやる気をそいでいく。意図的に戦線を膠着させてただただ時間を稼いだ。その内に対抗戦力を蓄えていく。次第に戦いは兵士のぶつかり合いから情報戦にシフトしていった。相手を知り誤情報を流し、得られた物を精査する。前線の兵士の間で気怠い空気が流れ始めた頃、敵が兵を集め本格進行する情報が出てきた。その動きが現実味を帯び兵士の間に噂のように流れる。意図的に流していることは明白である。そして別件で僕らに伝えられるかのように会議室に封印された書簡だけが届けられていた。白紙の中央に獣人の手による赤い手形だけが押されている。その時が来たのだと全員が理解した。




