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僕、叩かれる。

 対策が進むとなれば全体的には歓迎ムードで前向きだ。ただ鶸だけが疑いの視線を崩さない。なにかやばいってことは感づいているんだろうけど、そこまで警戒されると話しづらい。

 

「前向きな話はうまくいきそうなので、誤魔化している方から話して貰いましょうか。」

 

 砦の一室に入るなり鶸が丸テーブルを叩き声を上げる。有耶無耶に流すことも許してくれない雰囲気だ。

 

「分かった、正直に話す。」

 

 僕は観念して両手を挙げてため息をつく。鶸はようやく肩の力を抜いて着席する。尤もその着席時間は短そうだが。

 

「結果からいうと事実上本の能力を失った。」

 

「はぁ?貴方の一番の強みを放棄するとはどういうことですかっ。」

 

 僕が告白すると鶸は勢いよく立ち上がり大声を上げた。他の誰もが驚いている中、鶸が一番感情を動かしている。

 

「雑に説明したから大きな話になっているけど、言うほど酷い状態じゃないんだ・・・」

 

 睨みをきかせてくる鶸の視線から逃げ腰に形ながら僕は鶸を落ち着かせようと手を動かす。

 

「鶸、話が進むのが遅れそうですから少し落ち着いて座りなさい。」

 

 菫が普段より声のトーンを一つも二つも落して鶸に呼びかける。菫も声は荒げないが承服しかねるといったところだろう。鶸が菫を見てから大きく息を吐いて座り直す。そして目線を速く話せと僕に送る。

 

「さて、落ち着いたようなので詳細を教えるけど・・・【全知】の最終的な能力は『対象の構成情報を即座に得る』になっている。対象距離は見ているもの、そして記憶に認知されている見たことがあるものになる。ただそれらは少なくとも正しく見えている必要がある。変装、偽装しているくらいなら大丈夫だけど、点にしか見えない距離にいるとか、微生物みたいにそもそも見えないのも駄目だ。ゴミがミジンコに見えた、とかでも無理だね。でも双子の区別は付くよ。あくまで大きなカテゴリとして正しく見えていることが必要になる。記憶の話になるといたかどうかも覚えてない通りすがりの人みたいなものは対象にできない。」

 

 言葉を切って見回す。まだ納得してくれる範囲だ。本題にはまだ少し遠いが鶸は少し苛ついている。

 

「情報が得られるのは視界内の一つだけ。異なる対象の情報を得るには最低二秒のインターバルが必要だ。そもそも情報を得るだけで頭の中で確認するにはもう少し時間がかかるけどね。百体の分身から本体を探すのはちょっと大変ということだ。」

 

 目立つデメリットが出たことで菫が唸る。戦闘に関わることなので過敏に反応した感じに見える。

 

「得られる情報は本から得られるうる情報に限られる。」

 

 鶸が少し目線を強くして反応する。

 

「そして本を解してその情報を得るために必要な時間の五倍の時間検索して占有していると見なされる。結果を既に得ているからキャンセルも中断も出来ない。あと得られるのは盤面の最大時間を越えない範囲でだね。細かいことは棚に置いといてもこれぐらいかな。」

 

 これが【全知】を得る為に要した最大のデメリットといえる。鶸は一瞬それだけ?というような顔をするがすぐに気がついたようだ。

 

「つまりもう本からスキルや技術を得られないとういうことですのね・・・」

 

「そうだね。既存の知識、自動的に追加されるものについては影響が無いから調べる意味が無いとは言わないけど。思い出す、再確認する程度かな。」

 

 鶸が頭を抱えて机に突っ伏す。割とショックだったようだ。今までなら本を使うことで解決策を出すことが出来た。それなりに時間はかかるが確実にだ。ただ今回のケースでは何を対策していいか分からないので協議していたわけだけど、その何をを知る手段を【全知】で得た。ただそのアーツの為に解決策をつくる手段を失ったわけだ。鶸的には少しショックだろう。ただ本は解決策を早く得られるが、対策が分かっていればそれ自体は開発できないものじゃない。時間はよりかかるが言うほどデメリットではないと思っている。

 

「で、不安視しているその魔法の知識を得るためにどれだけ使ったんですの・・・」

 

 鶸がくぐもった声でそう問いかけた。そこで概ね全員が現状について悟った。

 

「三年と少々・・・そこそこ技術と知識は得られたけど、さすがにかなり使ったね。」

 

 僕は堂々と宣言した。鶸以外の者はクールタイムが開けたら本が使える程度のペナルティと考えていたかもしれないが、このペナルティは一度使うと基本的に沼である。これから大きな戦いを続けるにおいて【全知】を使わない選択肢はない。そしてその度に累積するクールタイムを得てしまう。恐らく本の検索機能はこの先二度と使えまい。と、先ほどまで思っていた。

 

「が、ここにきて酷い抜け道が見つかりました。どんどんぱふーぱふー。」

 

 皆が深刻な顔をする中僕は陽気に手を叩いて見せた。怪訝そうな顔が並ぶ中でクロだけが酷く嫌そうな顔をして僕を見ていた。

 

「先ほどの本当に偶然に起こった暴露会でとあるスキルが抜け道になってしまいました。そこの渋い顔のクロさんでーす。」

 

 僕は渋い顔を続けるクロに向かって一際拍手を強める。鶸があっという顔でクロを見て、神谷さんが何?という顔でクロを見る。

 

「確信してるけど、クロの【借受】なら本の検索機能が使えるだろ?検索時間は個人単位だろうし。」

 

 僕はどうなのと期待を寄せて聞く。クロの難渋な顔みれば答えは分かっているようなものだ。

 

「クロ、どうなの?」

 

 それでも神谷さんは少し問い詰めるような口調でクロに尋ねる。

 

「・・・できます・・・記憶に残る範囲でしたら【借受】終了後でも残りますっ。」

 

 クロは投げやりに語気を強めながら言い放った。いやー、持つべき者は嫌らしい上司だとこの時ばかりはチェイス神に感謝しよう。彼も自分の悪巧みがこんなところで使われることになるとは思わなかったろう。神谷さんは良い笑顔で喜んで小さく拍手を重ねているがクロとしては微妙で仕方が無いだろう。神谷さんには協力したいが、僕の力にはなりたくない。恨みがましい目線で僕を見る。クロも紺と同じで仕える主人はチェイス神なのだろうが使役者である神谷さんのことも好きなのだろう。大事に守っていることはよく分かる。

 

「そう思うと悪くない能力になりましたわね。」

 

「作った後に発覚したから正直偶然だけどね。元々失う気でいたのは確かだし。」

 

 鶸が納得しているが、僕は元々【借受】無しでの運用が前提だ。

 

「【全知】の能力については分かりましたが、その・・・アレ等に公開しても良かったのですか?」

 

 菫が怪訝そうにクロを指差して言う。

 

「隠すだけ無駄だしね。根本的にシステムから隠せるようなものでもないと隠し事はできないよ。正直まだそんな細かい所で戦う段階じゃ無い。」

 

 まだ世界で用意できることは何も無いと言ってもいい。あれこれ準備したところで神には届かないのだから。だからこそ全知の効果もシステムの範囲内に収めている。むしろ神を解さずに神託のような能力を作れるとも思えない。ちょっとした意趣返しをすることさえ今は難しいのだ。今できるのは戦う意思を消さないことだけだ。菫はいまいち納得できないようだが頷いた。

 

「それでヒレンの攻撃の正体とは?」

 

 桔梗が興味津々で聞いてくる。格上の魔術師だったということからもどういうものだったのか気になるのだろう。

 

「ああ・・・タネが分かれば攻撃そのものは単純と言えば単純だったかな。別空間に魔法を準備しておいて任意の場所に解放してるだけ。僕らが魔法石投げてるのとある意味変らないかな。使った魔法自体は神谷さんの『質量欠損』に類似したエネルギーを衝撃に変えるタイプの魔法かな。術元が見えてないから詳細は不明。その記憶から『次元潜行』の魔法技術を得てる。」

 

 僕は期待していたような超魔法ではないよと前置きしてから説明する。もちろん『次元潜行』自体は強力で便利な魔法ではあるのだけど。

 

「条件発動とは別の形で魔法を瞬間的に展開できるのですね。」

 

 桔梗は開示された情報から魔法の性質を読み取り感想を漏らす。

 

「条件発動と違って世界に魔法を待機しておく必要がないのと数に制限が無さそうなのがメリットかな。次元潜行を打ち消されると取り出しも出来ないデメリットはあるけど。」

 

 当時を思い出しながら桔梗に説明する。神谷さんとクロも興味を強めてきた。

 

「術式からすると収納する異次元が同じっぽいんだけどどう管理してるかは分からなかったね。」

 

「そちらの解析は我々でやりましょう。ヒレンを倒すヒントにもなるでしょうし。」

 

 クロが妙に上機嫌な顔で胸を張る。神谷さんも苦笑しながらも解析に協力すると申し出た。それほど時間はかからないと思うけど、もう一度全知をつかうよりはいいかなとも思う。対象に対してどう知るべきか意識することも全知には重要なのだと思う。目的に対して横道にそれすぎないように知識範囲が制限されているように思える。制限に組み込んだ本の要項に影響を受けているのかもしれないが。仕掛けに目処がついたところで対策を検討する。分かったことで相手の手も止めやすくなり奇襲的な攻撃はなんとかなるだろう。前動作が見える魔法なら一方的になることはないだろうと比較的楽観ムードで進む。あとは研究所に回してその対策が魔法として作れるかを作業させるだけだ。

 

「師匠っ、お世話になるでありますっ。」

 

「救世主殿の支援が出来るなど存外の喜びで・・・」

 

 トーラスからの支援として圧倒的な『僕』派閥である中でも極端なヤツを送り込んできた。開山剣を受け継ぐアリアととある廃墟で保護したエグシルである。英雄スキルを保持するこの二人は僕に必要以上に大きな恩を受けたと思っており心酔されている。無条件に従うその様は進化体に匹敵するほどでもある。正直目線がいたいし関わってくるのがうざい。

 

『トーラス。よりにもよってかこいつらか。』

 

『その言葉で無事到着したと確認できたよ。まあ本人らたっての希望でもあるし、前々からの要望でもあるからな。好きに使ってやれ。』

 

 英雄の中でも聞き分けがよく使い勝手の良い二人をこんな局地戦に送り込んでくるのもどうかと思うが、避け続けてきたこともあっていい加減押さえが効かなくなってきたのだろう。こんなことになるならガス抜きに会いに行けば良かったと後悔すら感じる。

 

「まぁ来てしまったもんは仕方が無い。終始べったりはごめんだからなっ。ちゃんと働いて貰うぞっ。」

 

「えー。あれこれ教えてくださいよぅ。」

 

「御意っ!」

 

 アリアは開山剣のすべてを教えたはずだが、甘えるかのように指導をねだってくる。エグシルはそれこそ神のような扱いでその言葉は絶対的、責任が重い。ただ性格さえ無視すれば優秀には違いない。二人とも指導や装備を与えたこともあり国の英雄の中でもトップグループではある。ユウが相手でも勝てはしないが良いところまでは頑張れるだろう。アリアは霧の迷彩に加え圧倒的な攻撃力を得て少人数相手にはめっぽう強い。エグシルは指揮官であり衛兵であり呪術師である小回りの効く何でも屋である。戦闘においてはアリアのような一発はないが格下には圧倒的な制圧力を誇る。指揮を任せれば手早くは無くとも手堅く地味に勝利する。そして戦争においても戦闘においてもじわりと浸食する呪いは知らずに回避は難しく、速攻でもなく持久戦にもつれ込むまでに勝負を決する。

 

「文句を言うな。アリアはしばらく補給部隊の護衛だ。エグシルは先行で攻めてるやつらの補助部隊を任せる。追加で連れてきた騎士を連れて行け。」

 

 アリアは口を尖らせて不満を主張する。エグシルは下げた頭をちらりと上げて怪訝そうに僕を見る。

 

「本番は大分先になるが、紺と連携して被害が少なくなるように立ち回ってほしい。馬鹿はともかく騎士まで死ぬことは無い。」

 

「そうでしたか。話の聞かない屑共など捨て置けば良いと思いましたが、下々にまで気を遣っていただき有り難いことでございます。」

 

 事前情報として逆らった軍が突出していたのは聞いていたのだろう。昔の自分をなぞらえてかエグシルは良い笑顔で応じた。反対者や敵には異常に苛烈になるのは昔から変らない。援軍は三万と少数ではあるが。アリア直轄の五千とエグシル直轄の二万五千ということで信頼性は高い。なおエグシルの軍は能力以外は普通の騎士級の者達だが、アリアの兵はどちらかというと工作兵が多い。アリアは指揮できなくもないが並の域をでないし、自分でやった方が早いと考えているからだ。アリアが出来ないことをするのがアリア軍の仕事である。

 

「英雄二人とは王は奮発いたしましたな。」

 

 エドモンドは援軍を迎えてぼそりと口に出す。

 

「本当にそう思う。アレが出してきたってことは相手もそうするって思ってるからだよ。アリアとエグシルをよこしたって事は逆らうようなヤツだとかなり面倒になると読んでるってことだ。ネタがあるなら教えてくれりゃいいのに。」

 

 僕は独り言のようにしゃべった言葉に返事をする。

 

「それはもうお互い様ではないですかのう。」

 

 エドモンドの乾いた笑いが風に吹かれて飛んでいった。

 

 

 それから二週間後。味方の快進撃は続き、対策魔法の試験などを行い実用化など陣地は喜色に満ちていると言える。

 

「あの話を聞かない空き缶をリサイクルしたいのですが。」

 

 補給部隊を指揮して帰ってきた金糸雀からはなかなか辛辣な言葉が出てきた。口調から評価が低いことは察せられるだろうが周囲の騎士達には何の事かわからないだろう。金糸雀なりに放任気味にしていたつもりだったらしいが、それでも現場の貴族は支援そのものを嫌い治療すら受け付けなくなったので引き上げてきた模様。となると前線への支援物資だけとなると難しくなるな。

 

「交流もいいがそろそろ破綻しそうだ。予定より早いがアリアとエグシルを出そう。」

 

 早速指示を飛ばす。金糸雀と入れ替えで紺には再び前線調査を行って貰う。斥候兵がやってくれているので致命的なことはないが紺がやるともっと奥の内部事情がわかって対応しやすい。相手ももう動いてるか動き始める頃なので遅めではあるが悪いタイミングとは思わない。

 

「お話は連絡いただいてましたが、そういう方向性にしたのですね。」

 

 金糸雀が見守るような目線で僕に聞いてくる。恐らくアーツの話だとは思うが。

 

「結局あれこれ考えても前提が分からないと進まないと思い知らされたよ。」

 

 進まない対策会議のネタを挟みながら金糸雀とだべる。金糸雀は静かに笑いながら僕を見るだけだった。その二日後、金糸雀が現場を離れて七日後になる計算か、野戦で自軍が初めての敗北の報を受ける。それも割と大敗といったところだ。総指揮が急ぎすぎて兵の気力が落ち込み気味だった所に待ち構えていたかのように会敵し敵軍にうまくやりこめられたようだ。裏目裏目というか敵の策に嵌りに嵌ったといった印象で指揮の迷走具合が窺える。

 

「なんでぇ、パワーが足りねぇよ、パワーが。」

 

 野戦の状況を幻影で駒を動かしながら見ている中で蘇芳が頭の悪い感想を漏らす。確かにあの場面で押し切れたら逆に敵を追い返せたかもしれないが、騎士達だけでは難しいのではなかろうか。

 

「言っても良いけど、虫を踏み潰したいわけじゃないしなぁ。」

 

 戦闘狂の蘇芳でも蹂躙劇は気が乗らないらしい。ユウは神谷さんの為になるなら喜んで蟻の巣に油を流し込むことをいとわないだろう。

 

「自軍も相手もどれほどかわかりませんが・・・自軍の指揮がもう少しなんとかなっていればここまで大敗することはなかったのでは?」

 

 鶸が戦場に向かって蔑むような目線で経過を見送る。意志薄弱な動きですこと、と小さく毒づく。元々負傷兵も多かったこともあり士気が低めとは聞いている。治療兵が激減したことで八割で動けないものすら戦場の投入された感はある。十六万の参戦兵の内負傷兵が六万。先だっての金糸雀の離脱もあり全体的な士気も低く、テンションが高いのは指揮官だけという状態。敵は十二万とはいえ戦場を知り万全の状態。よほどうまく動かないと勝つのは難しかったであろうと思わせる。鶸でも予想される戦力で敵を発見したなら一度下がると考えたほどでもある。どこまで相手の情報を知り得たかにもよるだろうが。鶸はそもそも軍をそんな状態にするつもりはないと前提からしてきっぱり否定したのではあるが。

 

「で、生き残ったのは指揮官回りの四万と負傷兵が五万か。状況が目に見えるようなひどさだね。」

 

 結果報告を聞いて無理だと悟った指揮官は後方から撤退指示だけだしてさっさと逃げたのだろう、大軍を連れて。無駄な犠牲がでたなと逃げられなかった兵に黙祷を捧げる。

 

「後方支援軍と接触するまで撤退の指示をだしておいて。」

 

 エドモンドにそう伝えるが、エドモンドは苦笑いを浮かべて了承する。予定より早く英雄を送り出したが、予定以上に早く半壊した自軍。あの貴族が大人しく下がってくれればいいが。さすがにプライドより命が勝つと思いたい。その願いは届かず二日後下がって野営していた陣地に強襲を受けさらに被害を拡大させる。下がるならもう一日先の小砦まで下がれば良いものを、よく分からない色気を出して陣地を構築したのが鶸には理解し難いと頭を抱える。

 

『敗北に乗じて相手の軍も動き始めましたな。さらに乱剣の蛮族と傾国の聖女が出立であるよ。』

 

 紺から無情な報告がもたらされた。こちらが早く動いたからこそ当ててきたのだろうがタイミングは悪い。

 

「もう一つ後ろの砦まで引いてほしいんだけど、聞くと思う?」

 

「さすがに英雄の話を聞けば・・・引くと思いますがねぇ。」

 

 エドモンドはそれでも苦笑いといった様相である。後日話を聞かずにすぐ後ろの砦に立てこもる難儀な報告を聞く。

 

「頭悪すぎてドン引きする。まだ足を引っ張られると思ってるの?」

 

「引くに引けない・・・といった心境なのですかなぁ。」

 

 エドモンドも乾いた笑いしか浮かべない。紺の話からすれば前線の砦で籠城すると援軍がたどり着くまでに敵の援軍、最悪英雄が間に合ってしまう。そうするともはや無駄死に、無駄金でしかない。

 

「なんとかなりませんかね。」

 

「なんとかなると思って欲しくないんだけどね・・・しょうがない。」

 

 早々失敗はしないと思うが紺に足止めを依頼し延命を図ることにする。無駄遣いにも程がある。隠し事が減った紺はその能力を出し惜しみしながらもこちらの要求通り軍の足止めを行う。しかしその足止めも相手の英雄がたどり着くことで終わりを迎える。

 

『幻術の類いは効果ないであるなぁ。軍を偽装しても一撃で吹き飛ばされるし、障害も突き抜けていくであるよ。』

 

 紺は直接攻撃以外の手段で欺してきたが、絡め手はすべて粉砕されているようだ。

 

『しょうがない。足止めは中断して、いつも通りの偵察で頼むよ。』

 

『良いのであるか?刈り取ってもかまわんであるよ?』

 

 僕は指示の変更をしたが紺にしては珍しく攻撃的な発言が出た。

 

『その役目を貰ってる人も来てるし、僕らは元々の目標のままでいこう。』

 

 紺の真意がはっきり見えたわけでは無いが、紺なりに協力を申し出たのだと思う。だがそこまでべったり強スキルに頼るつもりもないし、なによりチェイスのスキルに依存しすぎたくはなかった。神託はいいのかって言われるとちょっと困るが。紺は指示を受諾しそのまま先へ進んでいった。その後のクラファル王国軍の動きは英雄の力か若干速いペースで進み、ボンクラが引きこもっている砦付近に陣地を構えた。そのまま力のままに押し込めば良かったとは思うのだが、こちらが隠さずに先を急がせたことでぎりぎりアリアの援軍が遅れて到着する所まで間に合った。クラファル王国軍は攻略中に横やりが入るのを嫌い砦を落さず準備を整える選択をしたわけだ。敵が準備している間にアリアも砦の反対側に到着し、砦を挟んで向かい合う形になった。エグシルはルートを変え迂回しながら遅れて進軍している。戦端を開くに引き延ばしがあれば初戦に間に合うかもしれないが、恐らくそれはない。相手を警戒させるためにこちらも英雄の情報をむしろばらまいて意識させた。一人しかいないと見ればそろう前に襲撃するだろう。そして先行したアリアもエグシルと協力するのはやぶさかでは無いが、その性根は待つようなタイプでは無い。

 

「さぁ師匠に修行の成果をお見せしなければな。補給部隊は砦の支援に、霧組はいつも通り頼むぞっ。いざっ。」

 

 アリアは魔法を構築し始める。霧組は矢をつがえ威嚇とばかりに戦場に放つ。

 

-霧想仙陣-

 

 アリアの体から猛烈な勢いで霧が溢れ周囲を覆う。白い空気の流れが渦を巻きぶつかり、時には重なり強まり、そしてまた分離し戦場を駆け巡る。クラファル王国軍から小さな悲鳴があがる。軍を止め押しのけるように二人の人影が進み出る。

 

「獲物が出てきたんじゃねーか?これは。」

 

「貴方が前にでるんでしょ?私は好き勝手します。」

 

「上もなんでこんなのと・・・かみあわねーっつの。」

 

「そう思っているのはお互い様ですよ。相手が霧の剣士なら貴方向きでしょう。」

 

「フェイクかと思ったが本当にそいつとはな。まあ軽く刻んでくるわ。」

 

 女ははいはいと手を振り男を送り出す。霧の中を何も考えないように進む男。時折剣を振り霧を薙ぐ。霧は動くがすぐに隙間を埋めその行為に意味を成させない。アリアの一方的な魔法展開により二人の戦いは静かに始まった。

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