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僕、一息つかされる。

 僕が衝撃の痛みをこらえながらゆっくりと立ち上がるのをヒレンは追撃もせずに眺めているだけだ。防具の破損はそこまで酷くは無く、少し不安感に駆られているも精神状態もそこまで不良ではない。それでも体にダメージを負うということはあの衝撃を受ける魔法には貫通属性が乗っているということだ。固定か数%かは分からないが防御を無視してダメージを与える要素を含んでいる。ヒレンがB型準拠であることを考慮し、現在の攻撃方法を見る限り魔術師型であることはほぼ確定。何年生きているかは分からないが遠距離で打ち合うのはあまり得策ではなさそうだ。ただ距離を詰めるのもかなり大変そうだ。ヒレンの動きを睨むように見ながら次の手を考える。ヒレンはそれを見守るように特に何もせずに屋根に立つ。牽制とヒレンの防御方法を知りたいと収納から弓を取り出し構え、即座に放つ。続けて一射。ヒレンもその行動が意外だったようで興味ありそうに驚く。ただ矢速は光の槍に比べれば圧倒的に遅くヒレンからすれば避けるも受けるも自由自在であろう。通常魔術師なら避けられるものなら避けるだろう。なにせ魔法の発動数は有限なのだから、使わないに越したことは無い。僕自身もそれを狙ったのだが、ヒレンは僕の力を把握するためか射線上のその矢をあえて自分の目の前に障壁を張り受けた。もう一本は避けるであろう方向に撃ったのでヒレンに当たるコースではなく素通りしていく。

 

「弓もつかはりますとは・・・器用ですなぁ。」

 

 矢は障壁に受け止められ力を失って落ちる。僕は一瞬その結果を悩んだが視界に収めたヒレンの手から魔力が消えたのを幸いにトリガーを切る。落下していく矢を基点にして予定された【暴威纏雷】を発動する。足下に落ちていく鏃から放電が始まり建物とヒレンに電撃が襲いかかる。ヒレンの驚く顔が一瞬見えただけでも行幸。この一撃でヒレンがどうにかなるとは全く思っていないが裏はかけたのだと思う。一条目の電撃がヒレンに触ると同時にその表面で電撃がはじけ飛ぶ。その一瞬の後ヒレンは電撃の中心を障壁で囲い封じる。

 

「中々面白いことしは・・・」

 

 ヒレンはあくまで余裕を崩さず僕に語りかけようとした時、突如振り返りながら後方に灰色の防壁を立てる。通り過ぎた二射目から放たれた【白光熱線】を防壁が受け止める。ヒレンが視界から僕を外した瞬間、魔力を極小に隠蔽し力強く大地を蹴り視覚の背後に飛び込む。防壁で完全に防がれたことも少し残念ではあるがそこまでは気にしていない。当たれば儲けもの、本命は接近することに他ならない。ヒレンが防御の完遂を確認し再び振り返る時、視界の隅の隅から神涙滴の剣を鋭く突き刺す。右胸から左肩口にかけて突き刺さるであろうその剣は、ヒレンが振り返りながら僕と視線が合った瞬間に、剣先がヒレンに触れた瞬間に恐ろしい衝撃波と共に家ごと僕を吹き飛ばした。

 

「貴方いったどれだけの技を・・・魔術斥候か何か?」

 

 ヒレンが常駐している遅延魔法防御を二つ明らかにしたこと、そして移動、剣、弓、魔法をこなす僕の動きを見てヒレンは僕の知らない職を口にする。

 

「知らんが・・・その辺は努力でもなんとでもなるだろっ。」

 

 衝撃波を押し出すことを主眼に置いていたのか見た目ほど装備にダメージはないし、体にも貫通していない。ネタバレしすぎても良く無いと思いつつも改めて弓を構え矢弾を放つ。速射、追加で二射。ヒレンはそれがまた魔法の基点となっては困るのか火矢を放ち矢を迎撃する。たかが火矢といえど見る限りでは相当な大きさで基礎魔力の高さを伺わせる。加減したのだろう放たれた矢は全部で八つ。矢に向かったのは一本につき二射。ほぼほぼ的確に矢を落され、余った四本の火矢が僕に襲いかかる。前目に障壁を一枚張り、その後相殺を確実にするために水壁を張る。火矢は障壁を貫通し減衰はしただろうがそのまま水壁に吸い込まれるように突き刺さる。一本も消せないとは・・・かなり強いな。確実に僕よりMatkが高いことを裏付ける。ヒレンもその様子を見て歯がゆそうに顔を歪める。

 

「小賢しい事も覚えたようでありますな・・・まぁ・・・良いと言うことにしておきましょう。」

 

 僕もヒレンもお互い様ではあるが、恐らく何処まで手札を切るか悩んでいる。ヒレンはあくまでヴィルバンの遊び相手を務められるかという試験という名目があるのだろう。個人的には煩わせること無く倒してしまいたいとも思っているのだろうが、主の楽しみを奪うわけにもいかず、言い訳の効く範囲を見極めようとしている事も感じる。ただ瞬殺されるわけでもなく裏をかかれてもいる。このまま倒してしまって報告しては主の不況を買うことは間違い無かろう。若干の逡巡の後でた結論が合格という結果を出し自らを押さえて手打ちにするということだ。

 

「いいのか?それで。」

 

 このまま戦って確実に勝てる保証はないが、逃がしてしまって準備されるのも面白くは無い。挑発して止まってくれれば桔梗を呼べなくもないので現状打破できる可能性も高い。ただその挑発を聞いてヒレンは逆に冷めてしまったかのようにつまらなそうな顔をする。

 

「この距離なら・・・瞬殺しても構いませんのよ?」

 

 以前出会った時に比べれば能力差は縮まった。むしろ魔術師相手にする肉体能力なら勝っているとも言い切れる。近づけば有利に運べる自信はある。

 

「このまま逃げられると怒られかねませんけど・・・今代術聖(・・)の・・・力の端を見せてあげましょう。」

 

 ヒレンは静かに怒っていた。明らかに格下だと意識している相手に、逃げないように挑発されている事実を、主の為に押さえていたその思いを、手をかざし、六本の黒い触手をうごめかし、鋭く、静かに、知らない言葉を解き放った。意識した時にはすべてが終わっていた。術の起こりも感じさせることなく僕は瓦礫と共に宙を舞っていた。ただ一撃だけで終わらせたのは命令なのか慈悲なのか、追撃は無く僕の防具はすべてが霧散していた。

 

「冗談・・・だろ?」

 

 今まで受けた攻撃の何よりも准無詠唱でありながら非常識な威力、何を撃たれたのか軌跡も見えず、座標発生したにしても魔力の収束すら感じさせない。これが力の端?

 

『余裕でありますなぁ・・・守れなければ死にますぇ?』

 

 ヒレンからの追撃宣告。手加減していてもなお圧倒的な力量差を感じさせる。瞬殺しなかったのはただ主の命があっただけ、それがあっても予告までして死んでしまったなら主の期待通りではなかったと言い張るつもりだろう。宙に足場を作って強制的にその場に止まる。飛んでくる瓦礫と塵を多重障壁で回避。予備の防具を換装、MPの続く限り障壁を展開している途中で更に地面に叩きつけるかのような衝撃。座標指定にしても障壁を完全無視されたっ。ヒレンの構築に一切干渉できないまま再び被弾。防具が吹き飛び、体が地面に叩きつけられ跳ねる。

 

『大人げないことしてもうて・・・何が必要か・・・重ねて考えて来てくださいまし。』

 

 腕が折れ更地の大地に転がらされ、楽しみの為だと言って見逃される。

 

「酷い屈辱だ・・・」

 

 魔法の残滓が消え突風が収まり、周りの景色が見え始める。ヒレンが立っていたと思われる屋根の前方から建物が消えている。その建物とて瓦礫の飛来を受けて決して無事とはいえない状態である。クレーターのようにえぐれた地面が二カ所。自分が倒れている場所のほうが小さいのは受けた位置が高めだったからだろうか。魔力反応と音を感知してか桔梗がやってくる。

 

「ご主人様、大丈夫ですかっ。」

 

「あんまり・・・」

 

 涙ぐむ桔梗に治療を任せ残った魔力で周囲の探知と警戒を行う。手を出されたら面倒くさいと思ったが近くに騎士はおらず一般兵もこの惨状を見て踏み込むつもりはないようだ。

 

「アレに勝つ?ウィルバンはあれより強いのか?考えたくないねぇ。」

 

「引きますか?」

 

 僕の独り言に桔梗が確認を取る。ただその声は震えながらも答えを知っているかのように、諦めも感じられる声で尋ねる。

 

「いや、引いてもたいした時間が取れるとは思えない。攻め込みながら時間を稼いで・・・対策を考えるしか無い。」

 

 僕の答えに桔梗が決意を固めるようにはい、と力強く答えた。

 

「ご主人様。菫と萌黄が司令部を壊滅させたようです。トラブルがあったようですが報告は後ほどということで。」

 

「分かった。一端合流して話会おう。」

 

 治療が終わりゆっくりと立ち上がる。予備の防具を付け直し合流場所である元敵司令部へ向かう。菫と萌黄が建物のロビーで待っていた、が随分ご立腹のようだ。かなり危険な状況だったのが桔梗から知らされているようでなぜすぐ呼ばなかっただのかなりの間怒られた。ただ気配的にはそっちもそれどころではなかったろうに。聞くところによれば見えない敵から奇襲を受けて足止めを喰らい、進めない状況に陥っていたらしい。奇襲に関しては萌黄の【危機感知】で封殺したようで大きな傷は負っていないようだ。

 

「あいつか・・・」

 

「心当たりがおありで?」

 

 菫の疑問に国と交渉を行った時、相手を暗殺した個体がいたことを説明する。菫と似たタイプの隠密奇襲型と思われる。菫はなるほどと頷きながら当時の状況を振り返っているようだ。

 

「偶々だけど萌黄の配置が大当たりだったようだね。」

 

「ご主人様を守れなかったのがご不満なのです。」

 

「こっちは萌黄の危機感知でも間に合いそうになかたしなぁ・・・」

 

 僕は萌黄を褒めたつもりだが、萌黄は萌黄で僕の側にいられなかったことのほうが残念だったようだ。

 

「反省点も多いが、早々に対策も立てなきゃいけない。疑問を解決しながら今後の方針を決めよう。」

 

 考察も必要だが、それを行う時間を稼ぐ必要も出てきたので一端話を切り替える。

 

「まずヒレンが言っていた術聖って何だ。」

 

 その言葉を聞いて菫と桔梗がびくっとして僕を見る。何か信じられないものでも見るかのようだ。

 

「そんなにまずいの?」

 

 菫も桔梗も知らないなら本の出番かと思ったが反応からすると知っているようだ。

 

「術聖・・・称号であり付随する職業のようなものなのですが・・・」

 

 菫が何かを考えながら答え始める。

 

「簡単にいうとこの世界におけるその戦闘分野の頂点に立つ者を【()】と称しています。術聖なら魔法関連における至高者なのですが・・・」

 

 続けて桔梗が補足し同じように考えている。そしてお互い向き合って頷くと僕の方を向く。

 

「恐らく知識を得た今ならさほどかからず調べられると思いますので術聖の存在について本で見ていただけますか?」

 

 菫が代表するように僕に検索を頼む。僕も望まれるまま検索を行う。

 

「術聖の存在?ようはいるかいないかを調べるって事?」

 

 僕の確認に菫と桔梗が頷く。そしてそれを検索にかけて結果を待つこと三十秒。

 

-攻術聖:不在 防術聖:現存 治癒術聖:不在 付与術聖:不在-

 

 結果が出て共有すると菫と桔梗がほっと息をつく。僕には全く分からない話だ。

 

「強敵には間違いありませんが致命的ということではなさそうです。」

 

 菫が落ち着きを取り戻して声を出す。

 

「術聖と名乗ったからには恐らく何かしらの魔法スキルのランクがⅩに達していると思われます。あの惨状を見る限りは攻勢魔術でしょう。そして攻術聖は不在です。つまり試練に挑む権利を持っていますが、試練を始めていないか失敗したかいずれかの状態と考えられます。」

 

「つまりどういうこと?」

 

 説明されても話が結論に至らない。

 

「聖に至ると・・・代々伝わる技術を得るだけでなく、試練を終えた時に得られた技術を持っているはずです。同じような能力値でも、歴代の技術を持っているかいないかだけで大きく戦力に差が出ます。」

 

「はー・・・なるほど。そんな存在があるのか。ただ予想を覆してヒレンが防術聖の可能性は?」

 

 僕はある程度理解して可能性の穴埋めを行う。

 

「聞くところによるその方の性格的にあり得ないと思いますが、そこに至っているなら防術聖と名乗るでしょうし・・・ヒレンが防術聖の試練を越えられるとは思えません。調べると分かると思いますが、調べなくても理解出来ると思います。」

 

 桔梗がそう言って僕の疑問に答える。

 

「防術聖の試練は魔法の道を最後までたどろうとすれば必ず知ることができるほど流布されています。そしてそれを達成されたという記録もありません。というか達成できないからです。」

 

「どういうこと?」

 

 なかなか出てこないオチにもやもやしながら相づちを打つ。

 

「今代防術聖の試練は星の力に耐え続けることにおいて今代を越えることです。星の力以上の威力でも構いませんが越えるという行為はその積算とされています。そして今代防術聖は未だに星の力に耐え続けています。」

 

「はぁ?」

 

「相手の攻撃を自己の防御に変換し上限無くそして理論上無限に防御し続けられる防御魔法を持って今代防術聖となったカクリストフは妬みによって欺され星の中心に落されました。そして星から無限に攻撃を受け、それを無制限に防御に変換し続け、その間自身に不変を与え続けるという状態がここ数百年続いているそうです。」

 

「あほかな?」

 

「馬鹿の所業と思われるかもしれませんが、彼が生存十年目にして防術聖の試練を今のように変更なさいました。今代防術聖は存命で今なお試練の敷居を高くし続けているのです。百年目以後防術聖の挑戦者は現れていないと聞いています。」

 

 そりゃそうだと納得しながらその防術聖を哀れに思う。星の中心から拾い上げてくれる者がいない限り、彼はこの世界が滅びるその時まできっと星の中心で生かされ続けるのだろう。

 

「で、不在の術聖はだれが試練を与えているんだ?」

 

 今代の()が試練を決めているなら不在の試練は誰が決めているのか。

 

「この世界で不在になってもおそらくシステムによって試練だけの為に記憶が生かされているのでは無いかと考えます。これは私達の知識があってこそではありますが、条件を満たした上で試練に挑もうとすると道が示されると言われています。そしてその先には世界にいないはずの今代(・・)が試練を与えると言われています。」

 

「結局はシステムの上か。」

 

「そうですね。この世界がそういう風に作られている以上は・・・」

 

 菫が少しバツが悪そうに答える。

 

「何にせよ、ヒレンは強力な魔術師ではありますが、何かしらの術聖でないことは確定です。予想しうる範囲の対策で対応出来るはず・・です。」

 

 桔梗が前向きな結論を出すが、それ自体に中身は無く多少の希望を残すだけとなった。

 

「まぁまぁ・・・まだ上を目指せば対抗できますよ、ということは分かった。次にどうするかだね。」

 

「戦力の拡充をして戦争自体を引き延ばすということですか?」

 

「それは大前提だね。あとはその手法とか。」

 

 僕の指針に菫が疑問を投げかける。ただこれについては一定の結論がある。

 

「もう少し進軍した先に砦を構築しよう。そこに神谷さんの中規模拠点を設置する。」

 

「なるほど、前線で生産を行うと言うことですね。」

 

 菫が納得して僕は頷く。

 

「正直このくらいの距離ならさほどタイムラグがあるわけじゃないのだけど、防衛拠点をつくって一進一退を繰り返すのが遅延としては安定かな。」

 

「レイスタン王国は良い迷惑ですね。」

 

「そっちはトーラスにお願いするしか無いね。」

 

 ヒレンにそしてその先にいるであろう敵に対抗するために力を付ける必要が出てきた。今はその時間が必要だ。ただもしかすればもっと簡単に解決するかもしれないという思いもあった。

 

『じゃあ、参戦して防衛拠点をつくるのね。』

 

 戦いを拒否するかと思えば意外にも最前線での陣地構築に快諾した神谷さんは七日後ユウ、トウ、クロを連れてやってきた。

 

「要請に応えてくれてありがとう。」

 

「お礼なんて大丈夫よ。私もある程度は覚悟を決めたから。」

 

 神谷さんはふんと気合いをいれながら答えた。

 

「結構連れてきたね。」

 

「みんな行きたいっていってたけど、拠点の指揮も必要出しと思って、くじ引きで決めました。」

 

 ヨルがババを引いたらしい。現存の六万。神谷さんが連れてきた五万。そして後日来る鶸が連れてくる十二万、計二十三万が今回の防衛戦力となる。砦を構築した後は攻めこみつつ前線を押し上げ、ある程度上げたらまた下げるということを繰り返すことになる。ウィルバンの我慢が限界になるまで引き延ばす予定である。どれだけ進化体を保有しているか分からないがヒレンだけでも二十三万というミーバ兵は正直盾にもならないだろう。それまでに準備を終わらせ対抗手段を確定もしくは目処を付ける必要がある。時限不明なタイムアタックが始まる。

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