僕、飛び回る。
鶸が正常化してからさらに三ヶ月が経った。急ぐつもりはあっても近場の選定者は見当たらず目標が無い状態が続く。越後屋、孤月組の影響力も国外を出て大陸での影響力は七割近くにまで達している。その情報網の中で恐らくそうであろうと思われる人類に対する友好的と敵対的な魔物国家群はこちらから軍を動かして挑むには挟む国が多くすぐに派兵というわけにはいかない。四勢力各三人の選定者の内、鬼のラゴウ配下であろうベゥガ、竜のフレーレ配下ペルッフェア、精霊ヴィルド配下光輝の精霊、そして人族チェイス配下の僕と神谷さんが直接相対して判明した選定者達である。すべての勢力で一人ずつ判明した形である。すべてを自分一人で倒す必要はないはずだけど、この索敵ペースだと半分は倒さなければならない気はする。まあ全員ぼこせば優勝は間違い無いだろうけど。戦力を集めた強力な新興勢力は選定者である可能性が高く判別はさほど難しくは無いと考えていたが、思ったより表に出てこない、噂程度で消えてしまった選定者が多くその位置の判明はあまり効率よく進んでいるとは言いがたい。現地民からすればミーバのような選定者の共通項目でもないと選定者とは断定しづらいことも遠隔地での索敵を難しくしている要因でもあった。
「もうちょっと遠くまで行きたい。」
「勘弁してください。」
もはや定型句であるかのような二秒間のやりとり。国内で光満教が残した爪痕は今なお大きく貴族、民衆を含めて現政権に反発心を持つ者が増えた。過去の為政者達が民衆に教育を施さない理由が身にしみる一面でもある。元現代人としては非道にも見えるが、上に立って効率と考えるとこれほど支配に向いたシステムも無かろうと思ってしまう。今まで名誉や財で動いていた連中が、一種目的と思想を持って動き始めている。トーラスからすればいつ爆発するかもしれない火種を抱え、近隣諸国は未だ光満教の影響が強く火種を更に抱えることについては対策を立ててから行いたいと考えている。戦えば敵では無いが、抱えるにはリスクが高すぎる。僕としても抱えたあげくに反乱されて、またやり直しになることは望まないので無視して動くわけにも行かない。国と光満教徒、そして新たな可能性に気がついてしまった者達への対策が急務になっていた。
「恩賞を重くするわけにもいかず、土地も有限ですし、人を抱えるのもタダではないのですよ?それに加えてよくわからん理念を認めろだの、優遇しろだの・・・世論が許すなら貴方が更地にした方が本当に早いと思うくらいですがね。」
トーラスも自分の範疇に無い希望を数多く陳情されている身からため息がひどい。
「さすがに僕も精霊みたいに物理的に更地にするのは御免被りたいね。」
一部の為政者なら逆らうヤツは皆殺しという事もするのだろうが、トーラスは後々を考えるならそれは悪手としており、僕も元現代人的感性としてそれは避けたいと感じる。光輝の精霊はその辺の倫理観が違うので爆撃機などを使おうなどと考えたのだろうけど。今どこにいるかしらないけど、もう一度あれを作り直されると正直面倒だなとも思う。後々の調査で判明したことであるが、爆撃機が随分遅れて王都に到着したのは飛行経路が大きくずれたからだそうだ。周辺にあるいくつかの村で大声で飛ぶ巨大な鳥の目撃情報があった。飛び方は精霊が本により理解していたが、わかり得たのは近代、現代の飛び方であり正確な地図や、GPSも無く、天候の影響や、星から現在位置を見るにもその技術を正確に運用できず結果直線に飛べなかったことが原因だったようだ。本はその使い方を理解出来てもその過程を知り得ないということから精霊も真の意味で飛び方を理解出来なかったのだろう。そのおかげで僕らは間に合ったという訳だ。
「話に聞けば脅威ではありますが、神谷殿のような召喚術でも対応出来ると分かったなら大きな問題にはなりますまい。」
トーラスは比較的楽観的だ。対策として対空技術を呼び出す手もあり、鶸はそういった技術に興味津々だが敵に情報を無条件に抜かれると分かった以上、これ以上現代技術を呼び出すのはさすがに憚られた。ロケット、核弾頭などそろえたら終わりみたいな事はさすがに問題がある。勝てば終わりでは無く、その後もこの世界が続くことを考えればすべてを灰にする勝利はあってはならないと思った。そこに至るのはこの世界の住民の意思で無ければならないと思う。
「貴方が自重して貰える分には全く問題ありませんよ。」
トーラスはいつものように僕のはやる思いに釘を刺し気分転換であろう小話を終える。グラハムは陳情や謁見のような王城の窓口として忙しく鶸は全体的な補佐と暇は少ない。僕も訓練や研究など決して暇では無いが増えない情報に焦りを感じないわけでは無い。噂にも出てこない敵やもう一人の味方は何をしているのやら。そうして進展の無い状況が続き、見かねたトーラスにより各地に鎮圧や伝令、配達を頼まれるなどして軽い仕事をこなすことで更に一ヶ月が過ぎた。
「クラファル王国ってのがすごい勢いで東進してきてまして、西側の鎬は喰ったり喰われたり一進一退ですね。むしろあちらの領土が増えればこちらが後退させられているような状況でして。もう少し予算を頂けないかと。」
萌黄と共に孤月組の幹部会での話だった。それを聞いて僕は椅子を吹き飛ばすほど勢いよく立ち上がり報告した幹部を強い視線で見る。
「あ・・・すみません。こ、こっちでなんとか都合します。」
「いや、そうじゃないんだ。クラファル王国?本当に?」
何言ってるんだと罵声を浴びせられて却下されると思った幹部は恐縮そうに案を引き下げたが、僕が聞きたいところはそこじゃない。
「え?ああ、クラファル王国です。獣人を中核に据える戦闘国家で・・・」
幹部が報告している途中僕の顔を見て報告が止まる。その時居合わせた幹部全員は僕を見て『なんでそんなに嬉しそうなのに闇しか感じないんだろう』と息を止めたという。
「ご主人様?みんな止まってるよ?」
「おっと失礼。はは・・・そうか、もうそんなところまで来たのか。いやむしろ向こうが近づいてきたと言うべきか。」
萌黄も豹変が気になったのか僕を気にかけるように声をかける。その声に我を取り戻してもまた僕は独白を繰り返す。
「そうだな・・・下手に勢力争いをすると難しいかもしれないが・・・予算の追加は提供しよう。人員の一端そちらに割いてみたらいい。」
「若は・・・何か知っておられるんで?」
僕の提案に別の幹部が気にかけて尋ねてくる。
「国名に覚えがある。そして今、その東進を後押ししているであろう人物にも心当たりがある。僕の・・・初めて出会った助言者で・・・敵だ。」
僕は幹部の問いにそう答えると、幹部達は急にリラックスしたように緊張を解く。
「そうですか・・・若の敵でしたかぁ。」
「そいつぁ見逃せませんなぁ。」
「西の方は大分余裕があるだろ。最低限だけ残して異動だな。」
「国内組も大分暇なやつがいるんだ。そっちにまわすぜ。」
「かー、あいつらが斥候から戻るのにまだかかんなー。」
急に幹部同士で人員集めの算段が始まる。
「場合によっては向こうの鬼札が出るし、正体からいうと元神の使徒だ。正面からやり合うには厳しいぞ。」
ノリノリの幹部達に僕は警告を与える。
「何をおっしゃる。現役の神の使徒を相手にさせておいて今更でしょう。」
「若の敵は我らの敵。今更今更。」
幹部達は笑いながらそれを一蹴する。
「真っ先に死ぬのは末端とはいえ、儂等とて死ぬ覚悟が無いわけじゃありやせん。旦那が知りたいこと・・・引っ張ってきますぜ。」
くたびれたおっさんみたいなヤツが最高のキメ顔で親指を立てる。ああ、お前死んだな。フラグだよ。
「分かった。子細は君らに任せる。知る知らないにしろもしそいつが指揮して東進してきているなら厳しい戦いになるのは間違い無い。無理するなとは言わないが、せめて生き残れ。」
「承知っ。」
幹部が声をそろえ立ち上がり急ぎ足で出て行く。僕はその行動に笑みを浮かべて逆に座り込む。
「萌黄、危機は感じないか?」
「ん?特に、いつも通りっ。」
萌黄の言葉を聞き、探知魔法を広域展開する。必要な反応が無いことを確認し更に精度の高い探知魔法を狭く展開する。反応はなし。もしかしたら既に侵入されているかと思ったけど杞憂だったようだ。当時知っている限りでも二体。実際に何体抱えているか分からない進化体。これから先暗殺の可能性を警戒する必要が出てきた。菫と同じタイプの暗殺型個体。防御を固めるに越したことは無い。そう考えそしてついにそこまで手が届いてきたかと思いを巡らせ思わず笑い声が漏れる。直接的要因ではないにしろ主な原因の一つである、朱鷺の敵の片割れを討つまたとない機会が訪れた。時間が遅めになったこともあり一端本拠点に戻り兵力の確認を行う。兵数の二十七万と最大時に比べればまだ少ないが多くの国家相手には問題無い。元であるヴィルバンにはミーバ兵は無く軍隊の数にも限度がある。兵数自体は恐らく問題ないだろう。後はヴィルバンとその配下の能力次第である。
「ご主人様・・・剣呑な気配ではありますが、良いことでもありましたか?」
微笑む桔梗が挨拶という感じに声をかけてくる。
「良いか・・・良いことだね。朱鷺の敵の片割れが近くまで来たみたいなんだよ。実際に来ているかはまだ不明だけど、出てこさせる。むしろ出てくるまであの国を叩く。」
「敵・・・でしたか。」
僕の言葉を聞いて、桔梗はかみしめるように呟き笑みを浮かべる。
「知識的には知っているだろうけど相手は元選定者だ。大まかにこちらの仕様も分かっているし、当時聞いた感じではそれなりに掘り下げて詳しいとも見ている。相手を欺し、労力を下げようとする様はまさに狐。過程を楽しみたいタイプではあると思うけど必要なら暗殺も辞さないだろう。君らや王城の防御も強化するように進めよう。」
「了解いたしました。」
僕の言葉を聞いて桔梗がうやうやしく頭を垂れる。僕の高揚が伝染するように桔梗の思いも膨れ上がる。菫を送っても良いが情報戦だけなら紺の方が都合が良い。鈴に指示して紺を呼び戻す。菫には孤月組の支援と護衛を任せることにする。
「あまり勝手に動きますとトーラスが泣きますわよ。」
夜半に戻ってきた鶸が慌ただしい動きの理由を聞いてため息を漏らす。
「最悪国が失われても・・・とほどまでには思わないけど、これは最優先事項だ。鶸もそのように動かせ。」
「それはもちろん。私達はご主人様が最優先ですわ。」
命じられているからこそ協力はしているが鶸もがっつり僕寄りである。まぁあちらならどうにでも出来ますでしょうと軽い声で今後の算段を始める。後日トーラスが頭を抱えることになるがどうしようもないとなるとばっさり切り捨てる。
「西側で勢いを増しているのは知っていましたが・・・歪な勢力が固まっていますし、手間を考えれば・・・良くはありませんが好きなようにしてください。」
トーラスは地図で一部の勢力を指し示し制圧ルートを示唆する。鶸も鼻を鳴らしながらどう痛めつけるか思案しているようだ。いわゆる無駄な抵抗をしている弱小勢力。鉄や銀など戦略物資を抱え、直接制圧すれば周囲の有効国家を敵に回す可能性もあり、尚且つ戦略物資目当てに滅ぼされたといらぬ噂の前例にもなると手間しかかからない相手であった。今回東進を押さえる窓口として通行許可を得られれば問題無し、もしごねるようなら仕方が無いので潰しても構わないとトーラスは言う。今後の手間を秤にかけて戦略物資に手をかけずに、補填をこちらでしてやれば概ね収まるだろうという手はずである。当然要求物はそちらで用意してくださいねと釘を刺される。翌日、正式な使者を立てて通達。そして拒否。即日再通告。拒否すれば討つと。今までの緩やかな外交から強気に出られた事で何を考えたかまだまだ譲歩させられると思ったのか、金銀人足の要求をしてきた。要求してきたその夜の内に進軍、早朝から領主の館を包囲。そして降伏勧告。領主は援軍を当てに断固拒否の構えを見せたがその援軍が動き出す前にわずか十分で領主邸は陥落。逃げ隠れた領主を発見するまでに二十分。小さな抵抗を続けた独立領土は併合された。周囲の四つ領主が非難声明を出し抵抗の構えを見せたが、抵抗しなければこちらが賠償金を支払うと上か下か混乱させる鶸外交により煙に巻かれ地味に頭の働いた一つの領土以外は大人しくなった。若干の手間は増えたが抵抗する領主を攻撃し早々に降伏させ属国化する。賠償金は一切支払わず、受け取らず、ただM型軽装兵を監視役と称して領主の護衛に付けた。領主は四六時中命の不安にかられ許しを請い続けた。忘れていたこともあり彼を許したのは数年後の話になった。医療術士を代官に据え護衛に重装兵、代官兵として軽装兵、銃兵、斥候兵、伝令騎兵を配置し更に西へ歩を進める。
「間違いありません。東進の総司令官はヴィルバンとかいうやつです。」
西へ歩を進め続けいくつかの領主に話をつけたどり着いた敵との国境前の前。もたらされた情報に心が躍る。騙し騙されは仕方が無いにしろ、ついに心の奥底にくすぶり続けていた仇敵との第一戦が再開されようとしていた。
萌「ご主人様がのりのりなの。」
菫「思いは強かったようですからね。」
鶸「さっさと忘れていただければよろしいものを。」
桔「それは寂しいわ。鶸も忘れて欲しくは無いでしょう。途中離脱して、最終結果の時に忘れられてい一人だけ捨てられたら・・・」
鶸「ごめん。確かにそれは辛いわ。」
紺「それも主殿のいいところであるよ。」




