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ぶつかり合う世界と駒

 遊一郎が盤面の勝者へと迅速に足を速めていく中、始まってからここまで選定者と接触したのは遊一郎達だけである。勝とうという思考を持っている選定者達において『最終勝利者となるためにどうするか』という問題に対して提示した答えはほとんどの者が自己もしくは自陣営を最高の状態に仕上げるという事である。たが遊一郎の取る戦略は一般的なRTSにおける相手の準備を妨害する、あるいは準備が整う前に制圧するという指針の下、発展過程における索敵の労力の割合が非常に高くなっているため敵と接触しやすいのは事実であった。そして勝つ目的はなく世界で自由に過ごしているウィルドの駒である土の精霊ディーはフレーレの駒ラミアのプレセアールを発見しつつもこれをスルーしている。勝てるとは思っていない事もあるが戦い自体に楽しみを持たないディーは近づけば殺されかねない選定者とは接触を持とうとしない。ディーは早々にその地域から離脱しまだ見ぬ未知へと向かう。一方プレセアールも敵選定者が自領の警戒範囲に入ったことは気がついていたが早々に逃げ出した為、これを無視し追撃を行っていない。彼女もまた恋い焦がれる男の為に自領を強化、拡大しているに過ぎず選定者を倒す事を目的としていないからだ。いくら積極的な動きをしているとはいえ計五回の選定者接触すべてに遊一郎が絡んでいるとなると、さすがに不正な横やりがあるのではないかと疑いを持つ者が出てくる。当然過去何度も不正を繰り返し発覚しただけでも不正をしていない戦いは無いと言われるほどのチェイスが何か仕込んでいるのでは無いかと疑う者は多く問いただす声も多かった。

 

「原初の星に誓って配置、転送もしくは情報供与に関する不正は行っていない。」

 

 糾弾されたチェイスの解答はこうである。神が『原初の星』に誓うときは己のルーツを否定しないという特別な意味があり、チェイスがこう宣誓した時だけは真実であるというのが通例であった。ほとんどの神がそれを信じたが一部はそれでも疑いを向けていた。事実チェイスはこの配置に関しては偶然でありなんでもかんでも自分の性にして欲しくは無いと思っていたが、自業自得であることも自覚していた。それ故宣誓までして解答した。尤もこの誓いをした時に不正をしていないということが無かった訳では無い。その回数は極わずかであり、戦局に極端な影響を与えない場合に限るというのはチェイスなりのこだわりではあった。チェイスからしてみればこの宣誓をした時は、『それに関して糾弾されても解決はしないよ』というアピールでもあった。会場における順位表示は活躍が多かった遊一郎が第一位となっている。選定者戦は通常討伐よりも多く設定されており、支配地域が広い遊一郎は誰から見てもトップ独走であった。第二位はプレセアール。第三位に続くグラージと違って世界に住まう勢力に敗北していないことから地道に版図を広げていることから蓄積値が高い。何度か敗北リセットを受けているグラージがこの順位につけていることは周囲からみても性能の評価は高い。漫然と勢力を広げるプレセアールに比べ積極的に吸収、強化を行っているグラージは近いうちに追い抜くであろうと皆が予想している。支配地域を急速に広げ第四位となっていた光輝精霊フィアは敗北したことで支配点を失い下位に転落。繰り上がったのはベゥガ、ゲラハドが四位、五位に繰り上がっている。万年最下位は土の精霊ディー。世界を旅して穴を掘るだけという定置で勢力を作らず狩りも行わないことから点数は総じて低い。ただ一部の成績、世界変化点という点だけにおいては全体の中程に位置しており、地形を変え一部の生物の住処になっていたり興味を持って訪れた者に被害を与えていることなどからわずかずつではあるが評価点は増えている。次点は逆に積極的な行動が自己に向きすぎて周囲への影響力が極端に低いチェイスの駒であるエルフのシェリスである。自己鍛錬を怠らず個人ステータスは高いがただそれだけである。外の世界に興味はあるもののエルフ特有の気の長さから外野からするとかなり積極性が低い。敗北者がでれば一時的に順位が上がることがあるがただそれだけである。全体から見ても技量、ステータスは高く誰が最初に接触する不幸者になるかが賭けの対象になるくらいには注目されているともいえる。中位層は負けて這い上がる者、安定して伸びが悪い者達が混戦し順位が入れ替わり続ける。ただ現状トップである遊一郎に率いられる神谷桐枝は近いうちに上位層に絡んでくるだろうと多くの者が感じている。

 

 

 序盤で見られた通り世界は多くの場合において選定者の敵である。一部地域に置いては神の使徒としてもてはやされることはあっても、権力者にとっては現在の安定をぶち壊す厄介者に他ならない。ほとんどの選定者にとって国家群は強者であり実際にほとんどの者がその洗礼をうけ一度は脱落している。遊一郎は国家群を取り込み自分の力とし、逆にグラージは対立し糧とする道をたどっている。プレセアールなどは国家から魔物を統率しているという点で国家からは独立し危険視されているが、逆に管理しているという点で評価され敵対しなければ攻撃されないということからも消極的中立という形を取られ世界の影響から逃れている。

 

 ベゥガは初期の遊一郎をなぞるように隠遁して力を蓄える道をたどっているが、ある程度力を持った後も隠れ続けることを主に置いてしまったため伸び悩んでいる。植林をして露出部を隠し森に引きこもり隠れ住む。じわじわとはいっても通常ではあり得ない速度で拡大する森を周囲の住民が警戒するのは当然であった。その存在を危険視していた騎士と国も警戒を強め、重い腰を上げる相談を始める。

 

 現在最も国家との戦闘が激しいのはフレーレの駒リザードマンのゲラハドである。湿地帯周辺の魔物を制圧し管理下に置いたところまではプレセアールと同様であるが、ゲラハドはそこから周辺の住民と積極的に交流を始める。元世界での自分への扱いは大多数を占める人間と准同等いえる存在だった為、人間とは協力関係を築けるという前提があった。ただし、この世界においてその行為は少数派であり異端に類する行為ではあった。しかし彼の行動と村を救う偶然がその習慣を越え取引を成立させた。村は潤いそれを聞いた周囲の村は更に同調し旨味を得ようとすり寄る。ゲラハドはソレが欲得であるとは知っていてもまずは友好関係を前提としルールを設定し交易を拡大していった。結果的にこの行為はさらなる欲深い者達を集め、そして旨味を得られなかった者達の嫉妬から敵対武力を呼び寄せることとなった。降りかかる火の粉を払い続けるだけだったが、人と魔物の争いは徐々に大きくなりそれを危険視した都市が相乗りする形となり更に規模は拡大していった。元々利益で繋がっていただけの村や町は魔物と取引しているという後ろめたさもあり徐々に湿地帯との交易から手を引き無関係を装い、恩義を感じていた村も両者の仲裁や同族へ抗議を行い争いを鎮静化しようとするも、政治的視点の違い、そして魔物との意識の違いから両者から攻撃を受け撤退もしくは消滅することとなった。都市長もゲラハドも配下の暴走ともいえる行動に頭を悩ませるが、人対魔物という折れられない面子により落とし所が見えないまま戦闘は拡大していくこととなる。戦火が拡大していく過程では元々戦力、統率が整っていたゲラハドが終始有利に進めていく形であった。ゲラハドはこの時点で手打ちにしたかったのだが、人間側の意地と魔物の高揚がそれを許さなかった。人間側の援軍は更に奥地へそして地位の高い者から集められ、湿地帯の魔物は徐々に押され始めそしてある時期から急速に勢力範囲を縮小していく。その地域を管理している貴族からの指示により都市から正規軍が派遣されたからだ。周辺規模でみれば力も数も優勢であった湿地帯は結局その支配地域からみれば厄介ではあるが対処可能なレベルの集合体でしかなかったのだ。ゲラハドはただやられるだけではなく支配地域を失いながらも魔物の被害を最小限に速やかに撤退しなるべく有利な湿地帯での戦闘に切り替えゲリラ的で散発的な抵抗に切り替えた。ミーバの瞬間的な建築能力は湿地帯を複雑な迷路と要塞へと進化させた。ゲラハドも貴族軍もこの不毛な戦いの落とし所を見つけたい段階になっており戦いはなお消極的に長期化していくことになり、どちらが先に折れるか譲歩するかという我慢大会になりつつあった。

 

 一方でヴィルドの駒火の精霊バーノレはその様相から敵として認定されることが常であった。本人は元々争いに興味は無く自由に世界を歩き助言または名誉を振りまき続けた。最後の命を神の命に使うと決めたバーノレは平原に降り立つや早々に都市を訪れ自らを売り込んだ。今から経験の少ないシステムによる強化よりも、自らの恩恵をもって一度人類の庇護下に入るべきと判断したからだ。世界において精霊の存在は珍しく魔物の一種とみられていたがその恩恵の一部を受けた門番から市長へ、そして支配者たる貴族へと橋渡しされバーノレの思惑通りそれなりの勢力に庇護されることとなった。バーノレは知識、恩恵を与える傍ら、要求した狭い土地でシステムの検証と実験を行った。その力と財は保護貴族を強化させ出世に導いた。そしてその話は王家に届き、

 

「アルカイド子爵はフォルディア王家に流浪の精霊を献上すべし。」

 

 貴族は反発し反乱するまでに至った。しかし戦いが始まって十日後

 

「これまでの庇護に感謝する。このままでは我が恩恵をもっても多くを残して勝つことはできまい。我が助命しよう。地位と財は失うかもしれぬが、我が恩恵だけは残そう。傷が広がらぬうちに降伏するのだ。」

 

 バーノレと貴族の短い会話の後、貴族は降伏を決めた。短絡な反乱は当然死罪となるはずであったが、

 

「力の根源を奪われるとなれば抵抗もやむなし、アルカイド一家、指示に従った生き残り達の命だけは保証するように。金銭に関してはアルカイド家の

ものでまかなうが良かろう。足りなければ我が足るような知識を与えよう。」

  

 精霊の態度は王家に対して無礼と言われても精霊にそのような習慣はないとつっぱね、要求を飲まなければ力も与えないと言われれば飲まざるを得ない。精霊の提示する条件により貴族家は取り潰しになるものの家族と生き残りの参戦者達の命は安堵された。元貴族となったアルカイドはバーノレの最後の助言の元、周囲に白い目で見られながらも軍に属することにした。当然最下級の扱いを受けたが、精霊の恩恵の力はすさまじく死ぬような場所に投入されてもすさまじい戦果をあげた。功に対する褒美はそれこそ渋られたが立て続けに功を立てられては褒美を与えないわけにもいかず、その内功に対する褒美の差別が問題となりアルカイドの地位はみるみる上がっていった。地位が上がり動けるようになればアルカイドは貴族の知恵を生かし更に功を上げ昇進した。貴族社会から追放された男は早々に騎士爵として貴族社会に戻ってきた。バーノレからの口添えはあったものの王家からの不信は消えつつある。

 

「我が与えた力を見れば理解できるであろう。反乱など一時の迷いよ。アレは元々お前(王家)の為に動いていたのだからな。」

 

 王家の使われない直轄軍の強化などバーノレからしてみれば愚の骨頂ではあるが、時間があり研究をすすめられるのは有り難い。お気に入りの噂を聞きながら殻の中で力を蓄え続ける。

 

 遊一郎に敗北したペルッフェアは森に降り立ったものの開発もそこそこに山をめざし移動を始めた。竜であることは悪いことであったのかと自問しながら自らを強くすると言う元の作業に回帰する。魔物と戦い、治め、喰らう。開発もそこそこに暴れ回る日々。負けた意味も神に言われた意味も分からないまま暴れ回る。二月ほどして落ち着き本格的に開発を始める。そして漫然と開発を進め半年

 

「ご主人様、ただいま戻りました。」

 

 かつての配下と合流。何故、どうやって生き残ったのかと問答、二万に及ぶミーバを動かしながら柑橙竜は経緯を説明する。見逃された、下に見られた、施された等とペルッフェアは怒り狂う。

 

「ですが数を力としているのがあの者の力です。己の限度を知り、それを補うために他の者を使うことをいとわない。それも一つの方法であります。竜として個で強くなるのも方法の一つではあると思いますが、この盤面は竜として戦うには短すぎますゆえ。」

 

 竜が竜として強くなるには時間がかかる。その時間を飛ばす魔法すら作りもしたがそれでも及ばなかった。

 

「竜であれば勝てないということか?」

 

「いえ、竜であることを捨てる必要は無いと思います。ただ竜以外の力もより積極的に使うべきです。幸いご主人様は身を守るために装いをすることにも抵抗がないようですし。」

 

「そうだな、あれは生きるためとはいえ竜では無かった。そうだな、竜であることにこだわりすぎていたのだな。」

 

 ペルッフェアは少しだけ神の言うことを理解し考え直すことにした。

 

「分かった。よろしく頼むぞ。」

 

 柑橙竜が頷き、行動に移る。ペルッフェアの再起が始まる。

 

 行動を顧み、反省したペルッフェアに比べ同じく敗北を喫したフィアに反省は無かった。ヴィルドの忠告も聞かず早々に世界に降り立ち再び操りやすい人間を探す。勢力や能力の大小を問わなければフィアの甘言に乗る者は決して少なくない。じわりじわりと手駒を増やし勢力を広げるやり方は以前と変わりないが、前回のスタートと違い欲深い者が増えていき、それはいつしか裏社会の者達を加えより暴力的に地下へと沈んでいくこととなる。フィアにとって手法を変えたつもりはなくとも何故光満教のようにならなかったのか首をかしげるときもありはしたが、やはり深く考えることはなく自分の手によって踊る人間達を見る愉悦を満喫するのだった。ただその表向きの陽気さの中、心の奥底に自分を下した遊一郎への復讐の思いは決して忘れることの無い傷、灯火として残り続けていた。

 

 派手な動きが無く見る楽しみが少なかったバーノレ、ユーキ、シェリス。彼らの行動を追いかける神々も極小となってきた中、バーノレは大きく動き出しいくつかの神の注目を浴び、再び見返す者も増え始めた。シェリスはある意味スローライフ的な営みを続けていたため、ごく一部の穏やかな神にしか受けが悪く、安定しすぎていて賭けの対象にもなりにくいことから不人気な駒であった。ユーキは狭い範囲で仕込み、そして残虐を繰り広げる。敵対されながらも確実性が下がれば引き、かといって終わらせられるものを嗜虐心で引き延ばすため、ある意味そういったことを見慣れていた神々にとって面白みに欠ける駒であった。ある時小馬鹿にするようにユーキを見続ける神が不思議な出会いを目にする。

 

「あれはどうなるんだ?動いたってことは・・・まぁ正常行為ってことなんだよな。」

 

 ユーキにしては珍しく少しは面白い事が起きたものだとその神の内で完結した出来事。

 

「あの馬鹿、また協力者を血祭りにしてやがる。飽きねぇなぁ。」

 

 軽食を片手にチラ見すれば提案者を惨殺している。死に対する保険すらも弄ぶように破壊する。先を考えない馬鹿な行為だと神はいつも通り笑い飛ばした。

 

 ユーキは虐殺の仕込みをしていた小さな町でハーフエルフの死霊術士と出会う。

 

「お前が噂のレイスだな。」

 

 小さな体に似合わないしわがれた声で死霊術士は存在を薄くし隠れていたユーキの確たる位置を見据えながら問うた。ユーキの世界にも死霊術士は存在し同族を生み出す傍ら、支配し捨て駒のように使う、味方のようでいて身勝手な敵という位置づけにあった。見つけられているなら隠れていては逆に不利。持てる力を術士の排除に向けなければ無用に操られて自由を失ってしまう。ユーキは隠形を解除し己の存在力を魔力で強化する。

 

「狙う物に一貫性が無く虐殺を繰り返すと聞き、知性が無いかと思っておったが・・・何故人を殺すか、死霊よ。」

 

 ユーキとしてみれば恨む相手はこの世界におらず偶然呼び出されたに過ぎない。人を喰らうのは自らを強くするためでありある意味目的のない行為ではあった。だがその虐殺行為が盤面の勝者となる一つの道であるともいえたので全く無意味では無い。ただユーキに虐殺をし盤面に勝つという意識はなく何故と問われれば、それそのものが目的、ある意味暇つぶしといった状況であった。

 

「そうだな・・・何故かと問われれば、これが自分の身になり結果的に神の為になるからか。」

 

 死霊術士は意外な答えに警戒しながら思案をする。死霊術士として寿命をある程度超越し長生きであるため神の使徒を知らないわけでは無い。宗教家の言う神ではない、この死霊には明確に神から指示されこの世界に降りている神の使徒であると当たりを付ける。期間限定とはいえそういった強力な死霊を使役できるのは悪くない。噂の死霊を倒し懸賞金が貰えればと行動を読み追いかけてきたが、使徒であるなら倒してもいずれ生まれ出でて苦労の割に懸賞金が不意になる可能性もある。それならば手駒にしたほうがよいと結論づける。

 

「そうかそうか・・・虐殺を繰り返すようなら・・・倒してしまうしか無いのう。」

 

 死霊術士のにやけた顔と言葉からユーキは臨戦態勢から即座に手を伸ばし死霊術士を攻撃する。ユーキの手は死霊術士の遙か前で霧散し体に届くことはなかった。

 

「死霊術士が不死者に対策が無いわけが無かろう。」

 

 ユーキは即座に手を引き建物を抜け逃げに入る。

 

【霊体拘束】

 

 逃がすつもりのない死霊術士は当然取られるであろう逃げの手段を封じる為ユーキの体を無形の鎖で縛り上げる。

 

「専門家とは戦ったことがあるまい。専門家を前にすれば浄化されるか使役されるだけであるからのう。」

 

 自由に動ける死霊がいること自体、専門家との接触経験が薄いと死霊術士は察知する。本来なら見つけられた瞬間に逃げるべきであったのだから。

 

「さてはて。」

 

【幽鬼の檻】

 

 死霊術士はさらにユーキの周りを幽体の球体檻で囲う。浄化の檻のほうが強制力が高いが、万が一プライドが勝って檻で自死されても困るので閉じ込めるだけの物を使う。

 

「我に従うつもりはないか?尤も選択肢などないがなぁ。」

 

 勝利を確信して笑う死霊術士を前に檻はおろか拘束すら抜け出せていないユーキは焦る。自らの攻撃は術士に通らず、仕込みの手伝いをしているミーバがやってくるまでにはもう少し時間がかかる。死霊術士は死霊を使役するための術を構築している。隷属させられてしまうのかとユーキが諦めを見せ始めるころ、術士の手が止まる。

 

「お前・・・一体どうなっている。いや、これが使徒というものか。」

 

 術士の言う意味が全く分からないまま、ユーキはまず拘束を打ち破った。術士は少し警戒したがまだ檻があるとみて落ち着きを取り戻した。ただその顔は楽しむ者のそれではなく、むしろ興味をもった研究者のようであった。ユーキは檻を抜け出す算段を考え始めたが、雰囲気の変った術士の発言も気になった。ここで口を挟めばミーバがくるまでの時間を稼げるのでは無いか、そういう打算から会話が始まった。

 

「お前のいっていることは分からん。何が気になる。」

 

 ユーキ自身のことで死霊術士が興味を引くことは分からないが、相手の意図を探るために質問を返す。


「お前の体は死霊であって死霊で無い。お前の体は魂である霊体に関わらず、お前の中にはお前であろう魂がある。お前の霊体を操る術はお前の中の魂によって否定される。その二重の存在がお前を死霊として縛らせない。」

 

 ユーキは自らのステータスを振り返るが種族的にも存在的にも死霊であると自覚している。死霊術士の言っていることはおかしいように思えた。世界の中でも優秀なこの死霊術士はシステムによる苦肉の策のような状態を明確に言い当てていた。魂そのものである霊体を選定者とする際にそのまま世界に送り込み死亡とされた場合回収する物がなく、再復活に手間がかかる事例があった。時間が力となりがちな盤面において無意味に時間を浪費することは許されない。それによって対策されたことが霊体の中に回収用の魂を重ねるという案であった。これによって著しく霊体が不利であったとされる現地民や選定者による霊体支配を無効化しながらも、その他の霊体の弱点は残しつつスムーズに復活できるという利便性から多くの神々から認められ採用に至った。なお元々非実体としての欠点が少ない精霊と違い、比較的簡単で数多くの手段でダメージを与えられる死霊には精霊のような実体核は埋め込まれていない。精霊の実体核は別件で用意された一種のペナルティである。

 

「だからといって死霊には違いない。お前の数ある手段で我を滅ぼすことはさほど難しいことではあるまい。」

 

 ユーキは今まで相手にしてきた多くの敵よりも、この一人の死霊術士のほうが手強いと思えるほど脅威の存在とみていた。

 

「いや使徒である故なのか・・・だが、どういう原理で?」

 

 死霊術士はユーキの発言に気がつかないほど思案に没頭を始めた。このまま時間が過ぎれば援軍が間に合うかもしれない。

 

「死霊であるお前を死霊にしたらどうなるんだ?」

 

 突然死霊術士が意味不明な発言、逆にユーキにも興味を引かせる発言をした。

 

「お前には魂がある。その魂を死霊にすればどうなる。体が増えるだけか?それとも消滅するのか?いや体を失ってただの死霊になるのか?」

 

 死霊術士の思考と興味はその頭の中でまとまるほどユーキをなまめかしい目で見るようになった。

 

「わからん・・・」

 

 ユーキはどうなるかは分からないと拒否を示した。だがそんなことで止まるような死霊術士ではないとユーキも既に気がついていた。死霊術士は即座に術式を組み立て実行に移す。結局逃れることは出来ないかとユーキも諦め無抵抗になった。ただユーキ自体も自らの存在がどうであるかと考え、死霊術士の言うとおりならその結果に興味が湧いているのも事実だった。どうせ逃げられないなら好奇心を満たすのもさほど悪くは無い。そう考えをまとめた頃に死霊術士からの魔法は放たれた。

 

【身殺魂生】

 

 生者を死霊に貶める魔法が死霊に放たれる。体を腐敗化させ、魂を霊体化させる。生前の恨みが強ければ強いほど存在力の高い霊体となる。ユーキは現状に恨みは無かったが霊体となるときの恨みはあった。果たされぬ恨みを思い返され、言い知れぬ思いと、絶対に達成出来ない無念が魔法の糧となる恨みを増幅させる。ユーキの体は霊体であり腐敗しない。だがその魂は魔法によって霊体化させられる。魂は霊体化し現霊体と重なるように存在するようになる。システムは霊体があり魂が無くなったことで生死の判定を行う。霊体に傷はなく死亡条件を満たしていない。通常魂が無くなれば死と見なすが、元々霊体として意思があるなら死と見なさない。システムはその状態を生であるとし、失われた魂を補完する。術式途中で再生した魂を術式が再び霊体化を試みる。魂は再び霊体化する。システムは状況を正すため魂を再生する。魔法が成立したと感じるにもかかわらず、何度も成立させられる感覚に死霊術士も不可思議に思い、一端術式を打ち切る。ただユーキはこの状況をチャンスと感じ、自らに重なった自らを利用し術式の維持を試みた。魔力供給を打ち切られた魔法に自ら魔力を注入する。術式は少ない魔力を受けてかろうじて維持される。自分の中に四人の自分がおり、それがすべて自分であり記憶も意思も共有しながら別個体であるとも認識している。

 

「ど、どうだ?」

 

 魔力を消耗しユーキを視る死霊術士。

 

「変った気はしないが、わからん。」

 

 変ったことは自覚していながらユーキは死霊術士に答えた。

 

「お前の中にお前がいて、魂が無限にふえているようにも見える。分かたれないお前が四体、存在しているように思える。こんなことは初めてだ。」

 

 死霊を死霊化しようと思ったのも、数少ない事例に出会ったのもすべてが偶然であった。

 

「取りあえずはお前の様子を観察したい。着いてこい。」

 

 身殺魂生の魔法には隷属化が含まれている為死霊術士はユーキを支配したと思い込んでいた。死霊術士は檻を解除し追従するように指示して研究心はやり足を軽くしてアジトに戻ろうと歩き始めた。確かに三体のユーキは死霊術士に隷属していたが、最初のユーキは隷属の対象ではない。自らを知るチャンスではあったが使役されるという不利益、嫌悪感がユーキの中で勝った。一人の指示は全員の意思。そこに多数決、勢力争いはなく支配されていても反発する意思は変わらず、ユーキの体は何一つ反発すること無く死霊術士の体を貫いた。

 

「ば、ばかな。魔法は成立していた・・はず?」

 

 存在力が単純に四倍となったユーキの体は死霊術士の霊体対策を打ち破り死霊術士の体を貫いた。そのまま話を聞くこともなく死霊術士の体から生命力を奪い、逆の手で肢体をちぎり投げ捨てる。しかし、ユーキの体への死霊術士からの拘束は弱ることが無い。

 

「やってくれたな。」

 

 死霊術士の体から霊体として死霊術士が浮かび上がる。死霊術士は簡単な動作から即座に魔法を放つ。投げ捨てた右手から放たれた魔法はユーキの体を速やかに拘束した。

 

「単体としては最高峰の拘束だ。簡単には・・・」

 

 結果としてユーキへの拘束は即座に霧散した。ユーキは既に一体でありながら四体であるという見た目と違った通常ではあり得ない存在になっていた。システムに補助されている魔法は、システムに則って生み出されたユーキを一体(・・)と判断しなかった。

 

「すべてが同時に動く複数体?・・・そんな見落と・・・」

 

 ユーキは死霊術士の反撃が整う前に死霊術士の霊体を引き裂いた。ユーキは高らかに笑い、体から死霊術士の拘束が無くなったことに歓喜した。面白い。この魔法を維持し続ければいずれこの体は死にながら死なない体となる。ユーキは今一度歓喜し魔法を維持しするためにミーバを集め拠点へ引き返した。

 

 一部始終を見ていたシステムへの理解が少ない神にはこれがいかに酷い状態か理解出来ていなかった。尤も理解していたところで、これを知っていれば大きな博打を張れるとほくそ笑むという事実には何も代わりがなかった。こうして一つの秘された事実が関係者の手を焼かせる事案になるのだった。

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