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封じられた魂  作者: 一桃亜季
9/55

封じられた魂9「兄妹2」

一日一章投稿しています。

ー偽りの神々シリーズー

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢

「封じられた魂」


順番に続いています。

応援よろしくお願いします。

        ※


 元気がない時の朝は、湖に泳ぎに行く。それがリンフィーナの行動パターンだった。


 アセスはラギ・アージャの森の湖は聖水に代わると言っていた。

 落ち込んだ時に潜りたくなるのは、みぞぎみたいなものかもしれない。


 朝の陽射しを浴びて、キラキラと水面が輝き、リンフィーナはそっと湖に足を踏み入れた。底まで透き通る澄んだ水に、リンフィーナはゆっくりと体を沈めていった。


 昨夜は少し冷えたから、水が冷たい。

 全裸になって胸元近くまで水に浸かった時、心臓がびくっと反応した。


 胸の辺りまで水が来て心臓が落ち着くのに少し時間がかかったが、リンフィーナは腕を伸ばして泳ぎ始めた。


 銀色の髪なんて嫌い。

 湖に潜るときだけ、髪の毛が水に同化して無くなるみたいに見える。銀色の髪が無くなる!

 調和が心地よかった。


 僅かな水音と共に頭まで沈んで、水中に潜るのは爽快だ。泳ぎに自信があるリンフィーナは、この湖の隅から隅までを知り尽くしていた。


 自分の影が魚の速さで移動する。水中で体を回転させながら、水の底と水辺を交互に見るのが好きだった。息が続く限り泳ぎ続ける。ーー苦しくなると水面に上がるが、苦しくて水面を目指して泳いでいる瞬間が好きだった。生きている、という実感があって、自分の命の確かさを知った。


 普通であればとっくの昔に浮いて来なければいけない時間を潜り続けるリンフィーナの呼吸は、風の属性を持つ術士独特の息の長さでもあった。水の中にある酸素が、彼女の呼吸を止めない。水の中の散歩を心ゆくまで楽しむのはいつものことだ。


 まだまだ潜っていられる。

 限界まで潜り続けて、息苦しくなると、かえってそれが心地よくて、夢の中で何度殺されても、この瞬間に生きていることを実感した。


「リンフィーナ……!」

 岸の方から、自分を呼ぶ声が聞こえたが、まだ潜り続けていたい。


「リンフィーナ!」

 焦りを帯びた声には聞き覚えがあって、リンフィーナはピクりと反応した。


 水面をみて、その距離が近くはないことを知った。水の中に空気が伝えてきた声の主の情報は、無視できるモノではなかった。


 兄の声だった。

 何だか心配して自分を呼んでいるような気がして、慌てて水面に向かって泳ぎ始めた。


 兄様? 来てくれたのだろうか?

 アセス様が自分の思いを伝えてくれた?


 リンフィーナが水面に上がるのと、サナレスが漆黒の外衣を脱いで湖に飛び込むのが同時で、二つの水飛沫が静かな湖に波紋を起こした。


「サナレス兄様!」

「リンフィーナ!」

 水面に顔を出し、互いに全身濡れそぼった状態で、二人は目を合わした。


 待ち望んでいた人が突然前に現れて、目を見張るサナレスを前に、リンフィーナは歓喜に顔を輝かせた。


 やっと会えた!

 リンフィーナはサナレスに手を振って、ばしゃばしゃと水をかいて、近付いて行った。


 会いたすぎて、泳ぐための手足が、ただの水掻きになって暴れて、水飛沫を立てる。

「兄様ぁーー!」

 サナレスはリンフィーナが近寄ると、困ったように目を逸らせた。


「お前……、わっ馬鹿抱きつくな、リンフィーナ!」

 サナレスは慌ててリンフィーナを引き剥がし、方向転換して岸辺に上がった。


 どうして逃げるの?

 久しぶりなのに、どうしてーー?


 リンフィーナは背中を向けたサナレスを追いかけた。


「兄様!」

 カル鴨が親鴨を追いかけるように、リンフィーナはサナレスについて行き、構って欲しいと全力で主張する。


「わっ、馬鹿。待ちなさい、リンフィーナ!」

 サナレスは外衣を手に取って、その衣服で全裸のリンフィーナの体を包んだ。


「お前な、年頃の娘がなんて無防備な格好で泳いでいる!?」

 リンフィーナは兄に裸を見られることなど慣れていて、何がいけないのかとばかりに、兄の首筋に腕を伸ばした。


「兄様! やっと会いに来てくれた!」

 サナレスはリンフィーナに外衣をぐるぐるに巻き付けながら、両手を上にあげる。

「ばか、お前いくつになったと思っているんだ? アセスが見ている」

 そう言ったサナレスの後ろに、婚約者の姿があって、リンフィーナは硬直した。


「きゃぁぁぁ!」

 一糸纏わない生まれたままの姿を見られて、リンフィーナは絶叫する。


 どうしてアセスがここにいるの!?

 もしかして、こんなささやかな胸を見られてしまったのだろうかーー。


 兄の背中に張り付いて隠れたリンフィーナは、恥ずかしさに顔を真っ赤にして背中を丸めた。


 いっそ消えてしまいたい!

 まさかアセスが、兄と一緒に来ているなんて。


 リンフィーナは自らの大胆さに穴があったら入りたかった。


 湖から上がった自分の体を、サナレスが隠してくれたから、心の傷は中程度だ。けれど現時点で発展途上のはずの、この愛想の無い体を、婚約者殿であるアセスに見せたくはなかった。


 兄様、せめて事前に連絡して欲しかった。

 兄に会えたことの満足感の方が高くて、湖でアセスの前に裸体を晒した事については、無かったことにしようとメンタル面で努力していた。それなのにサナレスは途方もないようなため息をついて、リンフィーナに耳打ちした。


「お前、動物じゃないんだから……。せめて隠すところは隠しなさい」

 額を抑えて天井を仰ぎながらサナレスに言われ、リンフィーナは兄とアセスを交互に見つめた。


 具の根も出ない。

 ごめんなさい。


 リンフィーナはサナレスに裸の体を隠してもらいながらとぼとぼと歩き、水月の宮で着替えを済ませた。


「アセス、ご覧の通りリンフィーナは、男の自分が養育したこともあり風変わりだ。ーーこのままの妹を、受け入れてくれ」

 客間に三人で腰を下ろすと何とはなく気不味くて、サナレスはこめかみを掻いて苦笑いする。


 一方のアセスは、リンフィーナが恥ずかしがっている傍で、拍子抜けなくらいに何の反応も示さなかった。

 そしてアセスは、事もあろうに言ったのだ。

「女人の裸体は見慣れているし、それほど気にして頂かなくても構いません」


 瞬間、サナレスは口にしたお茶をむせこんだ。


 誰の、裸体に慣れているの!?

 炎上するリンフィーナの眼差しを、サナレスが慌てて遮るようにする。

「アセス……、おまえな……!」

 息を整え、疲れ果てたようにサナレスは言って、項垂れた。


 ガン!

 言葉で頭を殴られた。ショックを受け、リンフィーナは一点を見つめて硬直した。

 元はと言えば自分が悪いのだけれど、アセスの恋愛遍歴のようなものを覗き見てしまったようで、心が澱んだ。


 こんな素敵な人だもの。

 いくら何でも、今まで何の経験もなかったことを望む方が無謀だ。


 わかっていたわ。

 でも、女体を見慣れているなんて言われたら、妄想が膨れ上がってしまう。


 頭の中は不穏な妄想でぐるぐるしている。


 貧相な自分の体へのコンプレックスが、より強くなっていたたまれない。

 いじけてしまって、ぶつぶつと、どこまで声に出して呟いていたのかわからなかった。


「おいこら、リンフィーナ。戻ってこい」

 サナレスに鼻を摘まれて、はっとした。


「アセス、おまえもちょっとはフォローしろ。おまえはいつも言葉が足りない」

「よく言われます」

「今の言い方だと、とてつもなく遊び男のように誤解されるが良いのか?」


 ああ、とアセスは吐息をついた。

「すみません、そうですね。私は遊ぶことなどしてきておりません。そもそもそんな時間もありませんでしたし。見慣れている裸というのも、ーー亡くなった母です」

 アセスの母はアルス大陸一の美女と誉高い女性だった。


 何だお母様か、とリンフィーナは安堵する。

 自分もサナレスの前では裸体でいることをたいして気にしていないから、身内内ではあり得る話だと勝手に納得して笑顔になった。


「アセスのお母様ってどんな方だったの?」

 リンフィーナが質問すると、アセスは眉根を少し動かした。


「ーー貴族らしい、本当に貴族らしい……、奔放で、わがままで、美しい人でした」

 アセスにそっくりだというのだから、絶世の美女だったに違いない。


 会ってみたかったなと思ったが、アセスは母親のことを語るとき、気のせいか悲しげに見えたのでリンフィーナはそれ以上何も言わなかった。

「封じられた魂9」:2020年9月25日

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