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封じられた魂  作者: 一桃亜季
8/55

封じられた魂8「兄妹」

一日一章投稿しています。


ー偽りの神々シリーズー

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢

「封じられた魂」


順番に続いています。

三作目から、サブタイトルがタイトルへスライドしてしまいました。


いつも前書きって何書くんだろ?

後、後書きって何書くの?


と悩みます。


        ※

       

「いやっ! 絶対にいや!! そんなこと受け入れられない」

 水月の宮の二階に駆け上がり、リンフィーナは乱暴に自室の扉を閉めた。

「兄様なんて嫌いっ!」

 リンフィーナは寝台に突っ伏した。


       ※


 最悪の一日はそうして始まった。


「いやぁぁぁ!」

 その日は目覚めから最悪だった。


 寝台から飛び起きたリンフィーナは、額の汗を拭って、はぁはぁと肩で息をした。

 額にじっとりと汗がにじんで、恐ろしかった。

 夢の中で、自分は額に三つ目の金色の瞳が開く少女を見ていた。


『これも失敗ね』

 彼女は自分を見て、人間以下の扱いをしてため息をついた。


 夢の中で、自分はモノとして扱われ、彼女の配下である面をつけた男に、軽々と片手で首を持ち上げられた。

 男にとっての首は、相手の息が詰まるとか、記憶が遠のくとか、そんなものはどうでもよかったのだと思う。ただリンフィーナの体を運ぶのに具合がいい取手として、首を握っただけだ。


 こほっ。

 まだ息をしている自分を、青年はズタ袋のように引き摺った。


 苦しかった。でも自分は今ズルズル引きずられるモノでしかない。


『これも彼の君のために使えない。同じ顔なんて気持ち悪いから、ミンチにしちゃって』

 三つ目の少女は何の感慨も持たずに自分を一瞥し、残酷に言った。


 ミンチーー!?

 引き摺られた自分は、大きなプロペラという羽根が回る穴に放り投げられた。


 きゃぁぁぁ!


 不覚にもそこで悲鳴をあげて、リンフィーナは目が覚めた。

 夢?

 とても夢とは思えないほどリアルな夢であった。

 目覚めることができた幸福に、リンフィーナはただ息をついた。

 額にはじっとりと汗が滲んでいる。


「夢……、 だったの?」

 ほうと安堵の息をついて、リンフィーナは額の汗を手の甲で拭った。


 いやに生々しい夢だった。

 夢の中で自分は、額に縦に開く3つ目の女にダメ出しされ、彼女の臣下である男に殺されーー、いや処分されていた。


 魂だけは逃げようと、何かから逃れるために自分は走っていた。

 何から逃れたかったのか、ゴミとして廃棄されないように逃げていたのかわからなかった。

 心臓が裂け、息ができなくなるくらい必死に自分は逃げようとしたが、女の配下は自分を捕らえた。


『処分するのも飽きたわね』

 朦朧とする意識の中、女の言葉を聞いていた。


『あなたのような出来損ないは、ここにいるべきじゃないのよ』

 一瞬で肉片が飛び散ってしまうだろう巨大な風穴の前で、女はつまらなそうに言った。


『ジウスのところに行きなさい』

 すんでのところで、リンフィーナは生かされた。


『さあどこへなりと、行けばいい』

 解放されたリンフィーナは、それでも叫び続けていた。

『待って! でもヨアズ様は!? 私はあの人の側にいなければーー』


 はぁはぁはぁーー。

 飛び起きた自分は、束の間肩で息をしていた。


 何度も何度も殺されて、たった一度だけ逃げおおせた。

 夢の中の自分は、自意識過剰なのかいつも捕まって、死ぬ目に遭う。それなのに、ぬばたまの髪、その瞳の忘れられない人の亡霊を見た。


 ヨアズーー?

 神話の中に出てくるジウスの片割れが、気になって仕方がなかった。


 知らない女が涙を溜めた目で見つめてきて、自分に言った。

『あの人は狂っているのよ! 狂ってる! もういいの!逃げなさい!!』

 激しい感情が見ず知らずの女の人から溢れ出て、自分はいつも蚊帳の外に飛ばされた。女の人が力尽きて死んでいくのを、自分はただ眺めるばかりだ。


 目を覚ました時に、自分は逃げているか、死んでいるか、どちらかだった。鮮明に夢の光景が残っていて、夢うつつのことと片付けていいものか、迷ってしまう。


「夢のことぐらいで、こんなに落ち込んでいるなんて馬鹿みたい」

 リンフィーナは頭を振った。


 兄に会えなくなって、おかしな夢を見る頻度が高くなった。よほど情緒不安定なのだろう。


 寝台から半身を起こしたリンフィーナは、いつものように寝台横に置いてある宝石箱から、兄にもらった星形の耳飾りを、大切そうに指で磨きながら取り出した。七歳の生誕祭の時におねだりすると、サナレスは片方をリンフィーナに手渡した。


 そういえば十五歳の誕生日に、装飾品を買いに連れて行ってくれたのは、自分がこの片方だけの耳飾りを好んでずっと付けていたからかもしれない、とリンフィーナは思った。十五歳に買ってくれたのはオウロヴェルデという石の指輪だった。


 リンフィーナは飾り物が欲しいわけではない。

 星の耳飾りが欲しかったのは、兄がいつも身につけていたからで、兄がいない時でもいつでも彼を連想させてくれるものだったからだ。オウロヴェルデを選んだのも、緑みを帯びて金色に輝く石が、何とはなくサナレスのようだった。

 お守りのようにそれらを身に付けて、指輪をぎゅっと手の中に握った。

 深夜に目を覚ましてしまい、もう眠れそうになかった。


「薄情だ……」

 こんなにも人肌恋しいのは自分だけだろうか。

 兄様は違うのだろうか?


 今すぐにでも飛びついて、頭を撫でてもらって、抱きしめて欲しい。

 筋金入りのブラコン具合に、このままではいけないのだと、リンフィーナは自分でも気がついている。あと数ヶ月もしないうちに、リンフィーナはラーディオヌ一族のアセスの元に嫁ぎ、きっと今のように頻繁には、サナレスには会えなくなってしまうのだろう。


 こんなふうで、生きていけるかな!?


『お兄様と結婚する!』

 子供だった自分は兄に言った。

 目をまん丸にして、サナレスは吹き出した。可愛いと言って、ギュッとしてくれた。

 愛してもらっている自信があって、絶対にお嫁さんにしてくれるのだと信じていた。


 それなのに兄は、諭すように頭を撫でた。

『でもそれはできないよ』

『ひどい! どうして?』

 真剣に言っているのに、取り合ってくれない。


 拒絶されるなど、思ってもみなくて、リンフィーナは半べそをかいて、兄を睨む。

 頬を膨らますとサナレスは微笑んで説明した。


『私はお前の兄様だろ? 結婚相手ってのはそうだな……、死が二人を別つまでずっと一緒にいたい人。わかるかな? 死んでもずっと一緒にいたい人だよ』


『わたしは、死んでもずっと兄様の側にいたい!』

 はっきり自己主張したけれど、サナレスは「ありがとう」と言って、あっさりと自分の告白を退けた。


 その時リンフィーナはわかってしまった。兄は誰か他に、『死が二人を別つまで』を誓ってしまっていて、それは自分ではないのだなぁと、子供だったが朧げながら思ったのだ。


 もちろん同母の兄妹が結婚なんてできないことを知ったのは、もっと後の、物心ついてからだ。

 アセスに出会って、やっと兄の言っていたことが理解できた。


 けれどサナレスは、ずっと独り身でいる。

 王族で、ラーディア一族の次期総帥であるサナレスは、世俗の断りを無視して正妃どころか妾の一人も娶らない。


 仕事や子育てに忙しかったからね、と軽く笑う兄は、嘘をついていた。

 彼は過去を語らない人で、育ての親であるサナレスは自分の全てを知っているのに、自分は兄の何程も知らないのだ。


「やっぱり薄情だ……!」

 リンフィーナは枕を握って、寝台に何度か叩きつけた。

 アセスの元に嫁いでしまったら、立場上もうあまり会うことができなくなる。

 毎日でも一緒にいたいのにーー。


「兄様の、馬鹿、馬鹿、馬鹿ーー!」

 せめて自分を対等に見て、もっとサナレス兄様自身のことを話してほしい。


 いつまでも子供ではないのだから。

 リンフィーナは枕に散々八つ当たりした後、息切れたように突っ伏した。

「封じられた魂8」:20200年9月24日

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