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封じられた魂  作者: 一桃亜季
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封じられた魂7「別れ」

一日一章投稿しています。

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        ※


「さあ、いったいどう言うことなのか説明してくれ。出不精で、おまけにラーディア神殿、ーーラーディアとの交流嫌いのお前が、それを押してまでここにやってきた理由を」

「別にラーディア一族や神殿が嫌いなわけではありません、私は単に、人が多く集まる場所が苦手なだけです。誤解しないでいただきたい、ラーディア一族に反意はございません……」


 サナレスは項垂れてアセスを見た。

「話を逸らすな。お前な……、お前はラーディオヌ一族の総帥なんだぞ。ラーディアとラーディオヌ一族の王族同士が、こんなところで密談しているなどと知れたら、ただ事では済まされまい」

 せっかくまとまった婚儀も水の泡になりかねないかも知れないと、サナレスは頭を抱えた。


 サナレスが真剣に心配しても、一方のアセスは相変らず涼しい顔をして、ソファに腰を下ろして泰然としている。


「落ち着いてサナレス。人目を気にした方がいいと常日頃ご助言申し上げてきましたのは、私の方ですよ。これで少しは私の気苦労もご理解いただけましたか? 人に言うくらいですから、こちらも十二分に気をつけて来ましたよ」

 案外楽勝だったと、ラーディア一族の警備の杜撰さを指摘してくる。


「ああ、私も今こんなに心臓に悪いのであれば控えなければならないと反省していたところ……。ーーいやそんなことはどうでもいい。さあ、理由を話せ!」


 この一癖も二癖もある妹の婚約者は、言い出しにくいことになると、どこまでも話をはぐらかし兼ねない。なまじ頭の回転が早いだけに、厄介な相手だ。


「私もこれから休むところで機嫌が悪い。意識を保てているうちに、要件を話せ」

 サナレスは白い長衣をふらつく足取りで引きずりながら、体重を預けるようにソファに腰を下ろした。


「随分飲まれているようですね……」

 自分の様子を見て、アセスは目尻にたたえていた笑みを消して、真顔になった。


「単刀直入に言います。リンフィーナが貴方の身を案じていました。ーーこんなになるまで飲むなんて、何かあったんですか?」

 らしくもない、とアセスが冷たくいう。


 目の前のお前が、その「何か」なのだと、アセスに打ち明けられたら楽なのだが、そうもいかなかった。


 自分が妹の婚約者にと推薦しておいて、どの口が言えるだろう。

「何か悩み事があるのであれば、私で宜しければうかがいましょうか?」


 サナレスは苦笑いする。

 ラーディオヌ一族の総帥とはいえ、アセスはまだ十代の青年だ。生きてきた時間や、出会ってきた人の数がまるで違う。だからこそアセスは、人間関係の複雑さを本来の合理性で、ゼロかイチかで考えているようなところがある。


 自分や妹のリンフィーナには心を開いてくれているようだが、関わってみると彼の不器用さーー?、に戸惑うことがあった。


「アセスお前、お前以外にあれを好きな男がいて、あれを譲ってくれと言ってきたらどうする?」

「は?」

 訝しげに目を細めているが、アセスは即答した。


「譲りませんよ、誰にであろうと。まして彼女、モノではないので、譲るも譲らないもないでしょう」

 予想通りの回答を得て、サナレスは満足した。


 サナレスは親友と最愛の人を失ってから、長い間人に興味を持ってこなかった。いっとき魅力的な人が現れても、関わることが面倒で、仕事以外の人付き合いを拒否して来た。


 そんな自分が百年ぶりに意識した男が、偶然にもリンフィーナの想い人だった。兄妹二人揃ってということが、審美眼に狂いはないと後押しした。リンフィーナの相手は、この男以外いないのだ。


「アセス、お前は最近キコアインの氏族が人の国に干渉している話を聞いているか?」

「ええ。そのことで何か問題が?」


 神の重視族が人の子の争いに関与することは禁忌で、被害に遭ったハガ国の王は、重視族の最高位であるジウスに救いの手を求めてきた。ジウスがした判断は、仲裁である。


「ラーディア一族も間に入ることになるだろう」


「出兵されるのですか?」

 それならば協力しようと、アセスは言った。


「いや。ーー兵を出すのは時期尚早だ」

 戦乱の時代エヴァが巻き起こったのも、些細な人の国の小競り合いから始まった。兵を出すよりも先に、キコアイン一族に脅しをかけて手を引かせることが肝要だ、とサナレスは思っていた。


「お心を悩ませているのは、そのことですか?」

 そうではないが、サナレスはそうだと首肯した。


 頭の片隅でどうすればいいのか考えていたことが、酔った勢いで口についただけだ。


 けれどーー。

「私がキコアイン一族に向かう使者になろうと思う」

 ぼそっと自分が言葉にした内容に、サナレス自身が驚いた。


 そうか。自分はもう、とっくに答えを出してしまっていたのだと気がついて、ははっと軽く笑った。


「貴方が行くですって!?」

 必要はないでしょう、とアセスは目を見開いた。

「次期総帥である貴方自らが、そんな危険なところに行くなどあり得ない」

 なんのために?

 問われたけれど、自分はもう決めてしまっていると今自覚した。


 リンフィーナと、アセスの側から離れて一人になるために、使者として他国へ旅立つのは、彼らから訝しがられないようにするにも都合が良かった。


 キコアイン一族は、サナレスの母セドリーズの実家でもあり、適任の使いとして受け入れられることも織り込み済みだ。


「アセス、会えてよかった」

 どうすればいいかをすでに決断していたサナレスだが、あとひと押しが必要だったようだ。


 そのひと押しは、今宵突然訪ねてきたアセスの気持ちを聞かせてもらうことで完了した。


 アセスはリンフィーナを愛している。

 側で見て自ずとわかっていたことだったけれど、サナレスはアセスの気持ちを確認したかった。


「明日、リンフィーナのところへ行くよ。できればお前も一緒にいてほしい」

 付き物が落ちたように、サナレスは柔らかに微笑んだ。

「封じられた魂7」:2020年9月23日

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