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封じられた魂  作者: 一桃亜季
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封じられた魂6「訪問者」

一日一章投稿しています。

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」

の続編となります。


偽りの神々シリーズは長編です。

長いし、異世界転生とも話が絡みます。


お付き合いよろしくお願いします。

皆様の反応が励みになるので、応援よろしくお願いします。

        ※


 サナレスはラーディア神殿の自室にこもって、先程からまるで進まない書類の上に目を落としていた。


 いつの間にか日が落ちて、部屋の中がすっかり暗くなってきており、気が付いたサナレスは電気をつけた。

 風呂に入り、薄手のガウンに着替えていたが、窓から入る風が肌寒かった。


 サナレスは開け放たれたテラスに出て、夜風に当たった。

 西の棟のサナレスの部屋からは、ダイナグラムが一望できた。

 リトウ・モリと電力装置を開発してから百年近く経ち、今では夜のダイナグラムに街灯が並び、民家にも灯りが灯るようになった。


 随分明るくなったな。

 点々と灯る光をエメラルドグリーンの瞳に映し、サナレスは感慨深げに街並みを見渡した。


 月の光のようないつもは一つに束ねてある淡い金色の髪が解かれて風になびき、時折彼の頬にかかった。

 永遠楽土の地、年中春の気候に恵まれたダイナグラムではあるが、一日の寒暖差は大きく、夜になると山間からひんやりと冷たい風が吹く。


 このひと月というもの、雑多なことが重なって、妹リンフィーナの元を尋ねることができなかった。サナレスは虚空を彷徨うような眼差しで考えていた。


 ジウスに妹から離れよと言われたからといって、はいそうですか、とすぐに従う気持ちは毛頭なかった。

 しかし意図せずして結果的にはそうなってしまったようだ。

 それを喜ぶべきかどうかは、定かではない。


 ただはっきりしているのは、リンフィーナに会わなくなってからのサナレスは、まるで自分ではなくなったかのように塞ぎ込んでいた。


 たったひと月だ。

 仕事をこなす日常の喧騒は淡々と続き、自分の変化など誰も気がつかないに違いなかった。

 けれど何をしていてもまとわりついて離れないのが、妹の顔と強い空虚感だ。


 思わぬほど、自分は血の繋がらない妹に依存している。

 その存在に惹かれていると思い知らされた日はなかった。


 親友や愛する人を失い、百年という長い年月を生きるうちに、更に失くしたものは多くあった。

 失うことに耐性ができていると高を括っていたし、一人でいることに慣れていた。


 それなのにーー。

 サナレスは口元に手をやって、深いため息をついた。


 ーーまさか、離れれば離れるほど、想いが強くなっていくわけではあるまいな?

 それならば一生側を離れることなどできないではないか。


 若い頃のサナレスの夢は、ラーディア一族の外に出て、見果てぬ世界を旅して回ることだった。百年経った今は愛しいものを守り育てて、この地を離れようにも、彼女の側を片時でも離れたくない。


 リンフィーナが婚約して、やっと子育てという責務から解放されたはずのサナレスは、何ともつまらない存在で、心の中に空洞ができたようだ。


 ラーディア一族の次期総帥、ラーディア一族いちの剣士が、聞いて笑う。

 ジウスに言われたこと、本格的に考えた方がいいのかも知れない。

 これ以上夢中にならないうちに。ーーまだ引き返せるうちに。


 事態は想像以上に深刻だった。

 自分がこれ以上リンフィーナの側にいて、リンフィーナを独占したいという思いを育てれば、彼女の未来の妨げになる。

 そう思うのにサナレスは、何より可愛がっている妹がいて、意外にも気に入ってしまった彼女の婚約者がいて、三人でいる時間を手放したくはなかった。


 欲深いのだな、とサナレスは思った。

 恋愛で真剣に悩む人は単に欲深いのだと、誰から聞いた言葉だったか。原理によると、本当に欲しいもの一つに絞り込んで、それだけに愛情を注げたら、他のもの全てを手放してもいい。そう思えたならどれほど楽になるだろう。


 いずれリンフィーナは自分の庇護の元を離れ、ラーディオヌ一族のアセスの元に嫁ぐというのに、ーーそうなれば今のように、三人でいられることはもうないというのに。


 微妙な均衡でも、いつまでも三人で笑っていられたらいい。

 ーーそう願うのは、いつかそんな夢のように贅沢な時間を失くしてしまうのを知っているからだ。


 サナレスは知っている。

 人と人の関係ほど、うつろうものはない。

 それは死という形でーー、あるいは恋愛という形で。


 いつかは別々の道を歩み、輝きは全て思い出となる。

「されど今よ、永遠なれ」

 らしくもなく、サナレスはこの国の聖書の一部を口にしていた。


 人の願いは切ない。

 遅かれ早かれ、どれほど心を通じ合わせても、いつか来る別れを知っている。だからより、一瞬の尊さを実感するのだ。


 白々と月冴ゆる空を眺めた。

 静かに自分を見下ろした月は、世界は何ほども変わりはしないというのに、何故人の関係は変わっていくのだろう。それとも月日と共に、この世界も変わりつつあるのだろうか。


 感傷的になっている自分を恥じるように、サナレスは自分の拳で、「しっかりしろ自分の頭」と軽く額を小突いて見た。テラスの窓を閉め、サナレスは部屋に戻った。


 もう寝よう。

 強めの酒は、明日の一日を開く必需品だった。


 サナレスはワイングラスにアルコールを注ぎ、一気に喉を潤した。

 その時、遠慮がちにサナレスの部屋の扉を叩く音が聞こえた。


 廊下を渡ってくる足音はしなかった。

 扉を叩かれるまで、気配すら感じさせないなんて、只者ではない。


「誰だ?」


 敵かと思ったが、いっさい殺気は感じない。


 寝入ってしまうことを選択したサナレスは、いささか不機嫌に扉を開けた。

 そして目の前にした人を見て、持っていたグラスを落としそうになる。


 息を呑むサナレスの肩に、その者は気安く手を置いた。


「アセス、お前どうしてここに……」


 狐につままれたような気持ちで、途切れがちに問いかけるサナレスを見て、突然の訪問者は顔を隠すフードを指でつまみながら微笑した。


「なんだ、思ったよりも元気そうではないですか。五体満足のようですし」

 心配して損をしたとばかりに、軽く笑う。


「何だってアセス、こんな時間にお前……」

 仮にもラーディオヌ一族の総帥という地位なのに、公式な訪問でもなく、行動が無茶苦茶ではないか!?


「驚かれるのは無理ありませんが、目立つといけない。中へ入れてはいただけないでしょうか?」

 依然として余裕の笑みをたたえたまま、陶器のように美しい青年アセス・アルスラーディオヌはそう言って、頭から被っていた漆黒のフードを滑り下ろし、長く艶やかな黒髪を指先で整えた。


 そうだ、動揺している場合ではない。

 この状況、見られればややこしい。


 サナレスは辺りに人がいないかを確認して、アセスを自室に招き入れた。

「封じられた魂6」:2020年9月23日

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