封じられた魂5「護り手」
一日一章UPしています。
最近、ついぞ音声入力で小説書くことにチャレンジしています。
なかなかiPadの音声入力賢くなってきているけれど、面白い変換をしてきます。
ここ一ヶ月で30万文字ぐらい書いてるんで、
指先が壊れかけてきていて、この際だから音声入力を覚えてしまいたい。
近未来になれば、脳波に電力繋いで、脳で小説書けるようになるんじゃないかな。
なんて、期待してしまいます。
※
「アセス様は、最近お兄様にお会いすることってありましたか?」
リンフィーナはラーディアの皇女で、離れの宮に住んでいることから、過去に何度かは危険な目に遭ったことがある。そのためにラディという剣士を側仕えとして任命し、サナレス自身も余暇があればリンフィーナの側にいてくれた。
今までずっと週に一度は顔を見せにきてくれていた、サナレスの音沙汰がなくなって久しい。
リンフィーナは何かあったのかと気掛かりで仕方なかった。
以前に訪問が途絶えたときのことがリンフィーナのトラウマになっている。
サナレスは自分とアセスの婚約の儀をラーディア一族に認めさせるという無茶をするため、知らぬ間に諮問委員会にかけられ、自室謹慎になっていた。
まさか今回も、何か起こっているのだろうか?
そう考えると落ち着かなかった。
「サナレス? そう言えばここひと月程、お見かけしませんね。ーーまさか貴方のところにもいらっしゃっていないのですか?」
意外そうな口調でアセスは言った。
「そう……。アセス様も兄様に会ってはいないのね」
前回水月の宮に来てくれた時、総帥ジウスからの使者が来て、サナレスは慌ただしく帰ってしまった。
その時少し様子が違って見えたので、リンフィーナは案じている。
物心ついた時から側にいることが当然だった兄だけに、居ないとなると寂しさはひとしおである。
ラーディアの次代の総帥として政務に多忙でも、連絡もなしにひと月も、兄が姿を見せないなんて過去に一度もなかったことだ。
「魔導士シヴァールの一件があって、私はこの水月の宮に結界を張りました。それでサナレスも少し安心しているのかもしれません」
「アセス様の結界?」
知らぬ間に守られていたことに驚いて、リンフィーナはアセスを見た。
「まだシヴァールが捕まったわけではないので、用心しておかなければなりません」
元々水月の宮があるラギ・アージャの森は、聖地として悪意のあるものを近づけないように、森の構造自体を呪術士が考えていて、自分はそれを少しだけ強化したのだと、アセスは言った。
馬上から、アセスはラギ・アージャの森について説明する。
水月の宮を中心に裏手には、大きな湖。天地の恵みが溜まった水は、聖水として魔を浄化する。それから森の入り口には、「見てください」とアセスは言って、小さな石を二つ積み重ねたものを指さした。
「八方位に御神体があります」
リンフィーナすら知らなかったことをアセスが教えた。
アセスが指差した先には、見たところただの風化した石にしか見えないものがあり、それをアセスは御神体だと言う。
「あれが御神体?」
やはり呪術の生業においてのプロは違う着眼点があるらしく、アセスは水月の宮の護りについて説明する。
「以前こちらに住まわれていた呪術士はかなり心配性でいらっしゃったのかもしれません。水月の宮を中心に、護符の役割を果たす御神体が八つありますーー」
アセスは続けた。
「もうすぐ見えてきます」
すっかり馬を乗りこなしてしまったアセスは、片手を上げて方向を示した。
「大きな御神木が一本、あれは何千年も枯れずにこの地を護っていて、精霊が宿っている」
リンフィーナが小さい頃、木登りした馴染みのある木だった。
抱きついて耳を当てると、不思議な波動の音がして、リンフィーナのお気に入りの遊び場の一つだ。
「たくさんの仕掛けがあって、ここは本当に心地いい聖地です。少し風化されてしまっていますが、まだまだ御神体の加護を受けています」
さすがアセスは最高位の称号を持つ術者である。
森に入ったその瞬間から、この場所の目に見えない防壁の全てを、正確に言い当てていく。
「更に私が結界を張って、幾重にも施錠して水月の宮を護るので、安心してお休みくださいね」と微笑みかけてくれた。
ここ数日、眠りが浅かった。
アセスはそれに気づいたのかもしれなかった。
ラバースという能力で生まれたリンフィーナの半身が命を落とす事件が起こって、リンフィーナは彼女が生きていた分の記憶を引き継いだ。温室育ちだったリンフィーナは、過酷な幼少期を送ったレヴィーラの記憶で少しだけ大人びた。一気に雪崩れ込んできた他者の生きた記憶が夢に現れては苦しめられていた。
でもーー。
「今晩はよく眠れそうです」
彼女の半身がこよなく愛したアセスから守られている感覚は、特別に幸福だった。
「ーーお兄様はアセス様の力を信じているから、肩の荷が降りたのかもしれないわね」
兄は忙しい時も、随分と無理をして会いに来てくれて、水月の宮に来るなり倒れるように眠り込んでしまうことがあった。アセスと婚約して、彼を自分の護り手として認めた時から、サナレスの態度は少し変わったように思う。
過保護なところも、自分に優しく微笑む顔も、そう違いはしなかったけれど、勘違いでなければ少しづつ距離を取られているような感じがして寂しい。
「もう、私のことなんて忘れてしまったのではないかしら? ーー私はこのひと月というもの、いつ来てくれるのかばかりを心待ちにしているっていうのに」
恨みごとを言って唇を尖らせるリンフィーナの側で、アセスはくすくすと笑った。
「アセス様、私は真剣よ。あと三日も訪ねて来てくれないようなら、私ラーディア神殿に乗り込むかもしれない」
「貴方ならやりかねないでしょうね」
自分が過去にラーディオヌ一族に何度か乗り込んだ前科を思い出したのか、アセスはあっさりと肯定した。
「ーー本当に、あなた方兄妹は……、羨ましいくらいに仲がいいのですね」
「だってアセス、お兄様は私の育て親ですもの。全然変わらないの。私の成長の過程全てを知ってる人。ずっと側にいてくれた人。でも私は兄のこと、本当はあまりよく知らないの。サナレス兄様はあまり、本心を見せてくれないし、自分のことを語らないから。ーー考えてみれば、お兄様ってあれで百を超える年齢なんですものね」
重視族内では珍しいことでもないが、改めて考えてみると驚いてしまう。
「リンフィーナ?」
なんとなく可笑しくなって笑い出したリンフィーナに、アセスは首を傾げた。
「ごめんなさい。お兄様とアセス様が百も歳が離れてるなんて、とても思えなくて」
「ーーそれは私が、歳のわりに老けている、ということですか?」
苦笑いを浮かべたアセスは、よくサナレスから「お前はぜったいに歳を誤魔化している」と絡まれていた。アセスはそのことに少しショックを受けているようだ。
「アセス様が年寄りくさいのだとしたら、私、役割のせいだと思います」
アセスは兄サナレスにどことなく共通点があるように感じる。
背負っている重圧からくる責任感のようなものなのか、いつも自分の感情を押し殺し、状況の最善を見定めた最後に、最適解を弾き出して行動しているように見える。
自分とは大違いだ。
「それにしても、兄様ったら冷たいわね。まさかご病気じゃないわよね?」
アセスは自分の意を汲み取ったのか、たおやかに微笑む。
「そんなに心配されていらっしゃるなら、私がこの後サナレスを訪ねてみましょう」
そしてその報告をして差し上げますよ、と言ってくれた。
その気軽さにリンフィーナは絶句する。
アセスはラーディオヌ一族の総帥だ。公式な面会を申し込まずにラーディア神殿を訪ねると言ったら、その方法は一つしか思い当たらない。
「まさかアセス様が、忍び込むの?」
「いかにも」
こんなところも、二人が似てきているように思えて、リンフィーナはアセスに親近感を持ち始めた。
「封じられた魂5」:2020年9月22日