契約の代償7「セドリーズ」
一日一章投稿しています。
ー偽りの神々シリーズー
1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢
3「封じられた魂」「契約の代償」
本編進行中です。
順番に続いています。
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ナンスが神殿の外の領地内で待っていてくれると言うので、リンフィーナは兄の知り合いの近衛兵に声をかけて、ナンスに待ってもらえる場所を確保した。
ジウスは神殿中央の間にいるはずだけれど、約束をせずに会えるものかどうかわからなかったので、まずセドリーズ様のところに行って相談しようと思った。神殿奥のジウスに謁見するには相応の手続きが必要だと思われたけれど、王妃達がいる棟には比較的入れてもらいやすいことを知っていた。
リンフィーナは神官にセドリーズの元へ案内を頼んだ。
サナレスと一緒に、何度かは来たことがある。
ただなんとなく、この日の神殿内の空気が粟立っているように感じた。
ラーディア神殿って、いつもこうもっと何があっても動じない厳かな印象があったのだけれど、何が変わったのだろう?
外ではなく神殿内だと言うのに、用心しなければならない気がした。
セドリーズ様の部屋に案内されるまで、リンフィーナはビクビクしながら周囲の様子を伺った。
「リンフィーナ・アルス・ラーディア様がお目通り願いたいと」
神官がセドリーズの部屋の前で軽く首を下げて声をかける。ラーディオヌ一族では神官は男しかいない。それ故後宮と言われる公妃がいる場所では俯いて動くというおかしな習わしがあった。
「入りなさい」
招き入れられたことにほっとして、リンフィーナは部屋に入った。
娘だというのに数えるほどしかお会いしたことがない、サナレスに似た白金の髪の素敵な女性は、自分を目に入れると穏やかに微笑んだ。
「よく来たわね、リンフィーナ。ーー珍しい、お前が一人でここに来るなんて」
サナレスの訃報を聞いて、よもやセドリーズが落ち込んでいらっしゃるのではないかと考えたが、彼女もまた情報を頭から否定しているようで、お元気そうだ。
窓辺に椅子を置いて、そこで鳥の声を聞きながらお茶をしていたようで、「お菓子でも食べましょうか?」と言ってくれた。
よかった。
セドリーズ様もいつも通りでいらっしゃる。彼女が取り乱していないことは、リンフィーナに安堵を与えた。
セドリーズは側仕えに、お茶を用意するように声をかけた。
「サナレスが心配でここに来たのね?」
首肯すると、セドリーズは微笑んで腕を伸ばしてリンフィーナの手を取り、彼女の向かいに座るように促された。
暖かい日差しが落ちて、外の空気が吸える中庭が見えるテラスでの居心地は、彼女の手の温もりのように優しい。
「あれが、そう簡単に死ぬと思う?」
リンフィーナはぶんぶんと首を振った。
「殺したって死ななさそうだものね、心配ないわ」
セドリーズは笑った。
「ジウス様はもう彼の消息をラァ様に確認していらっしゃったから、心配ないわよ」
「ラァ様がここにいらっしゃっているの?」
「ええ」
さすがはジウス様だ。
いち早く真相を知るために、ラァ様を呼び出したのは、ジウス様だった。
彼女の家を訪問しても、不在なわけである。
嬉しくなって、リンフィーナは知りたかった答えを得ようと前のめりになる。
「それで、兄様は無事なんですよね?」
セドリーズの顔が少し曇ったのを、リンフィーナは見逃さない。
「ーー無事……なんですよね?」
セドリーズは視線を落として、白くて細い指でティーカップをつまみ、紅茶を口にした。
「きっと無事よ。ただラァ様でも、まだ行方が掴めていないの。何か強大な術者が、ラァ様の遠見を阻止しているようで、途中で気配が途絶えてしまうって」
それを聞いてリンフィーナは愕然とした。
ラァ様でもわからないーー?
「でも安心してちょうだい。私にも多少の力がある。サナレスの気配はこの世から消えていない」
絶対に死んでなんかいないから、とセドリーズは言った。
サナレスの身に何が起こったのか分からず、不安なのはセドリーズも同じなのだ。
けれど信じて待っている毅然とした態度を、リンフィーナも見習わなければならないと思った。
ーーでも、自分にはそれはできない。
待っているなんて、できっこない。
「私が、兄様を探しに行きます」
サナレスはイドゥス大陸へ渡った。そこまでは間違いない情報なのだから、後を追ってイドゥス大陸へ向かう。
「私が必ず、連れ戻します」
なんの力もなく、弱々しい自分だけれど、兄を求める嗅覚だけは誰にも負けないと思っていた。
「契約の代償7」2020年10月13日




