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封じられた魂  作者: 一桃亜季
42/55

契約の代償3「知らないこと」

一日一章投稿しています。


ー偽りの神々シリーズー

1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢

3「封じられた魂」

      本編進行中です。


順番に続いています。

応援よろしくお願いします。

     ※


 入り組んだ裏路地を右へ左へと走り回って、やっと三人の男を巻いた頃には、リンフィーナもナンスも、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。

 呼吸も整わないまま、ナンスがリンフィーナに話しかける。

「あんた皇女なんだろ? なんだって、皇女がここにいるんだよ!?」

 はぁはぁと荒い息で、リンフィーナもナンスをきっと睨んだ。

「それはこっちの台詞だって。ーーせっかくラァ様の所まで、後ちょっとで到着したのに」


 リンフィーナは腕いっぱい下に伸ばして拳を作る。

 兄様の行方を伺いたかったのに!

 時間が経つと腹が立って、リンフィーナの態度は剣呑になる。

「また宝石泥棒なんてやっていたんだったら、許さないから」

 以前、ナンスは呪術を宿した宝具を盗み出し、その現場に出くわした事があり、それが彼との出会いだった。


「違うって言ってるだろ」

 どうだか、と疑りから半眼になったが、ナンスは必死で否定した。 

「ラァ様って、ラァ・アルス・ラーディア様?」

「そうよ」

「じゃあ、目的は同じだったわけだ」


 リンフィーナは意外なことを聞いたと、怪訝な顔をした。

「残念ながら、いらっしゃらなかったよ」

「ナンスもラァ様と知り合いなの?」

「知り合いってわけじゃないけど、知らない人なんていないよ。呪術士会の名誉会長なのに」


 リンフィーナはポカンと口を開けたままになる。

「呪術士会ってラーディオヌ一族のものでしょ? どうしてラァ様がーー?」

 今度はナンスが、そんなことも知らないのかというふうに目を見開く。


「リンフィーナ、ほんとにラァ様のこと知っているの?」

「私の呪術の師匠なんだから、知らないはずないでしょ」

 失礼な、と腕を組んで横を向いた。


「はぁ〜」

 ナンスは自分の足元に膝を折ってだらしなく座り込んだ。

「何よ、他になんかある?」

 同じ歳、背の高さも同じぐらいとあって、ナンスに対しては気取らない自分でいられる。その分ぽんぽんと言葉が出るので、若干向き付けになってしまう。


「ラァ様は、呪術士会でも一目置かれる存在だけれど、ラーディオヌ一族を迫害することに、唯一反対したラーディアの天道士。貴方のお祖母様だよ」

「ーー私のお祖母様?」

 少し考えて、リンフィーナは「えぇ?」と叫んだ。


 自分の祖母ということは、ジウスの母ということにならないか?

「まさか神話に出てくる太母?」


 やっぱり知らなかったんだと、ナンスはため息をついた。

「そうだよ。昨今アルス家の母といえば、ラーディア、ラーディオヌ一族にとっては彼女だけだ」

 知らされたことに驚嘆したが、サナレスはどうしてそんなこと一言も伝えてくれなかったのか? 何なら知っていたはずだ。そして言わなかったのには、何か理由があったはずだ。


「それでリンフィーナ、君は呪術を教えてもらいに訪問したの?」

 太母自ら教えてもらえるなんて、なんて贅沢なと、ナンスは羨ましそうだ。

「今日は違うわよ。ーー貴方こそ、ラァ様に何の用?」

 互いの腹を探り合うように、二人は見合って沈黙した。


 絶対に人に聞かれるわけにはいかない事情を抱え、二人は白々しくさっと視線を逸らせて、口笛を拭いたり鼻歌を歌ってみたりする。

 ーーけれど、ラァ様が居ない今、何でもいいから情報が欲しいと思った。

 再び、じっと見つめ合う。


 観念したようにリンフィーナは項垂れた。

「わかった。こっちの用事を言うから、ナンスも話してくれる?」

「ーー訊きたいの?」

 訊きたいからこちらから折れているのに、いちいち腹が立つ。ううっと感情を押さえて、黙って首肯する。

「じゃあちょっと場所移そう」

 用心深くナンスは言った。


 二人が向かったのは、更に人気のない貧民街だった。

「また輩に絡まれないかな?」

「でもこっちの話、絶対貴族に聞かれたくないから。それと俺を取り囲んでた奴ら、目的はラァ様だったみたい」

 神に祈るための小さな聖堂の中に、二人は座って話をした。


「ラァ様にって、どうして?」

「わからないよ。でもラァ様の家を訪ねた後、俺ーー私についてきて、殴りかかってきた」 

 私ーー?

「そんな眼で見るなよ。いや見ないでください。アセス様から丁寧な言葉遣いをしないといけないと言われているんだ」

 違和感しかなかったけれど、アセスという名前を聞いて、リンフィーナの胸がドキッとした。


「私は、サナレス兄様の訃報を知らされて、ーーそんなの信じられなくて、ラァ様に遠見をお願いしに来たの」

 ナンスはうなづいた。

「リンフィーナには言うべきだと思うから、伝えるけど。こっちの情報は一族の命運を左右するから、ほんと黙ってて」

 神妙にリンフィーナも小さくうなづく。


「アセス様が魔道に落ちた、ーーかもしれない」

 聞かされた内容は、アセスの体面を著しく傷つけるようなことで、リンフィーナはかっとなってナンスの衣服を掴み上げた。

「ーーそんなわけないでしょう!?」


 馬鹿なこと言わないで!

 ナンスがアセスの側近として召し抱えられたことは聞いていた。側近の忠義はどこへ行ったのかと、リンフィーナは苛々する。


「信じたくないのは、俺も同じ。だから真実をラァ様に伺いたくてここに来たんだ」

 ナンスは鬼気迫った様子で、舌打ちする。


 アセスを貶めたくて言っているわけではないのだと分かるけれど、それは侮辱でしかない。肯定することはできなかった。

「リンフィーナ、貴方こそ何か知らないの? 貴方に会った後、傷だらけで帰ってこられて、その後からおかしくなったのに」


 何を言い出すのだろう?

 自分はそんなこと知らない。

 アセスが魔道に落ちるなんて、あり得ない。

 それなのに心の中のどこかが引っかかって、笑い飛ばすことはできなかった。


 鱗と水掻きがある、異形のものに取り囲まれた時、アセスも自分も一瞬助からないと思ってしまった。他勢に無勢で、太刀打ちならない状態で、アセスは自分を逃すことを一番に考えた。


『アセス、誓って! 兄様に約束したように、私にも誓ってちょうだい。ーー必ず無事に帰るって。決して死んだりしないって!』

『誓います!』

 大丈夫だとアセスから言われて、自分だけが逃がされた。

 誓いは守られたと鵜呑みにした。


 ーーまさかアセスは、生きるために魔導と契約をした?

 ふるふると首を振る。

 アセスのような冷静沈着な人が、ラーディオヌ一族という責務を担う人が、自らそんな選択肢を選ぶわけがない。


「リンフィーナ顔色が真っ青だけど。ーー本当に何か知っているなら、どんな些細なことでも言いから話して。協力しよう」

 アセスが大切だからという点で、ナンスとリンフィーナ、二人の気持ちは一致しているようだ。


「もう一つ、リンフィーナ。ナオズの谷でサナレス様が襲撃された件、これもラーディオヌ一族、ーーつまりアセス様の指示かもしれない」

 ラーディオヌ一族内での噂で、確信はないとナンスは付け加えたけれど、リンフィーナは言葉すら受け入れられそうになかった。


 ああ本当に。

 ナンスの言うことを、にわかには信じられない。

 けれど。

 万が一にでも、アセスが兄様に何かしたのなら、自分は一生、愛する人と憎む人が同一化してしまう。


「ないから、そんなこと……」

 アセスがそんなことをするはずがない。

 力なく否定しながら、早く真実を確認しなければ、とリンフィーナはぎゅっと目を閉じた。

「契約の代償3」2020年10月11日

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