封じられた魂4「緊張2」
一日一章投稿しています。
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます」星廻りの夢
「封じられた魂」
と続いています。
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余談ですが、最近生粋のオタクの私は、「弱虫ペダル」にハマりました。
でもって、今泉くんと同じロードが欲しい!!
とミーハーに自転車屋さんに向かいました。
そして今泉くんが、初めてスコットのロードに出会った時のように、
青黒のフリージアン・ホースに出会ってしまったのです。
彼はスコットでもなく、ロードでもなく、ハイブリットでした。
ジャイアントの電動機付きクロスバイク。
「弱腰ペダルだね」
「……」
今日の一日。
契約書にサインする私の姿って、なんだろ??
※
「日が暮れてきましたね」
アセスはそう言って馬車を用意させた。
「送っていきましょう」
楽しい時間はあっという間に過ぎて、終わりを告げることへの寂しさに、リンフィーナは吐息をついて肩を落とした。
そんな自分の様子を見て、アセスは何か考えたように首を傾げてリンフィーナを一瞥し、唐突に言った。
「なんですか? このまま一緒にラーディオヌ邸に連れ帰った方がよろしいですか?」
猟奇的な殺し文句に、リンフィーナは耳まで真っ赤になって仰反ってしまう。
からかっているのーー?
そんなふうに勘繰ったが、アセスは至極真面目にどうしたいのかを聞いているようだ。リンフィーナの返答を待つ表情は真剣で、嘘はない。
「ーー帰ります」
力を入れて主張すると、「そうですか」と従ってきた。
あっさり、引き下がったぁ!
脱力する。
「では、送っていきましょう」
恋愛ってこんなに消耗するんだ、とリンフィーナは項垂れた。
婚約の儀を結んでも、アセスは政務に忙しく、二カ月も経ったというのに会えたのは二度目だった。一度目は兄であるサナレスが一緒にいてくれたから、何も怖いことはなかった。だが実際にアセスと二人きりになるのに慣れなくて、今日は緊張し続けた。
不慣れな会話の中、大半がサナレスのことばかりを話題にしていた気がする。
サナレスと三人の時は、兄とアセスが喋っているのを、自分は笑いながら見ていただけだ。
なんていうかラーディオヌの総帥は、自分が言うのもなんだが浮世離れしていた。貴族社会をほとんど知らないリンフィーナにとって、生粋の貴族とはこんなものなのかと勝手に枠にはめて納得したが、サナレスの物差しでも、アセスという人は測りかねる逸材のようだ。
「さあ、乗って」
ラーディオヌ一族が用意したアセスの馬車に誘導され、リンフィーナは真向かいに座るアセスをチラリと見た。
「ここからなら馬で帰ってもあまり時間はかからないのですが……。送り迎えを馬車でしていただくのは、気が引けます」
遠慮して言った言葉にも、アセスは眉根を寄せて反応してくる。
何?
何か変なことを言っただろうか?
アセスは自分から目を逸らし、言いにくそうに聞いてきた。
「リンフィーナ、貴方は馬に乗れるのですね?」
ん?
先ほどから、リンフィーナの頭の中には疑問符が飛び交っていた。
「アセス様ーー。いえ、アセス……、もしかして馬に乗れないのですか?」
随分と失礼なことを口にしたと後で後悔しても、とき既に遅し。束の間アセスを凍りつかせ、彼は唇を噛み締めながら、親指で口元下を掻いた。
「乗れないのではなく、乗った経験がないのです……」
乗ったことがない!?
リンフィーナの中で、貴族こそ馬に慣れているという認識があり、それに乗ったことがないというのはどういうことかと、愕然とする。ラーディアとラーディオヌでは、貴族の交通事情も違うのだろうかーー?
まさかラーディオヌ一族では、直接馬に跨るなんて野蛮なのだろうかーー?
そうだとしたら、自分は野蛮ですと言っているようなもので、リンフィーナのこめかみに冷汗が流れた。
そういえば、ラーディアの貴族である淑女の暮らしなど、リンフィーナは知るよしもなかった。
昨今、養育係のタキとラーディオヌに馬で駆けたとき、馬などは淑女が乗るものではないと、タキが言っていなかったか。生粋の貴族であるアセスが、ーーそう、時々脱糞等もする馬を不浄のものとし、直に乗ったことがなかったとしても不思議ではないかもしれない。
自分が育った環境の方が特殊なの!?
「あの……」
おずおずと言い訳を口にしようとしたが、アセスの表情を見てとって、リンフィーナは言葉を変えた。
「ーーあの、もしかして馬に乗ってみたいのですか……?」
「いや、私は……」
斜め下を向いて顔をそらすアセスを見て、リンフィーナは決意した。
「乗ってみたいなら、是非乗ってみませんか?」
相手にとって迷惑じゃないと思えた時、ーー相手の意図を知った時、リンフィーナは躊躇することなく行動力を発揮する。
「せっかくの機会ですから、水月の宮まで送っていただけるのでしたら、一緒に馬に乗ってみませんか?」
眩しいものを見るように少し目を細めたアセスの手をとり、リンフィーナは立ち上がった。
「馬は人の気持ちがわかるんですよ」
兄の受け売りだけれど、リンフィーナは馬の頭に自分の顔を近づけた。
馬は温厚で人懐っこく、とても賢い。騎手の気持ちを手にとるように察して、乗馬している時は一体感を感じるものだ。名前をつけて可愛がってやれば、主人に対して忠実で、人との共同作業に応じてくれるほど知能も高い。
「私が後ろに乗りますから、アセス様は前に乗ってみてください」
馬に乗ると高さ三メートル程になって視界が変わる。その状態で馬と一体になって駆け回るのは格別な爽快感がある。体感したものだけが、魅力にハマるのだ。
初めて兄に乗馬を教わったとき、リンフィーナは今まで体感したことのない魅力に捕らわれた。
アセスにも是非感じて欲しかった。
「常歩の時は、姿勢を正して背筋を伸ばす」
緊張気味のアセスの後ろで手綱を引いて、リンフィーナは指導した。
「思っていた以上に高い……。ーーそれから左右に体が振られる」
「太ももで、馬の背中を挟むようにしてください」
リンフィーナの言葉のひとつ一つを、アセスは瞬く間に習得していった。
上達が早い。体幹がすぐに安定するのは、思いの外彼が筋肉質だからだ。
「鍛えていらっしゃるんですね」
初めての乗馬とは思えないほど、アセスは安定した姿勢で馬に乗った。
「ご存知の通り、ラーディオヌ一族はラーディアとは違って物騒ですから、即時反応ができるよう鍛錬は欠かしていません」
背後からリンフィーナが手に取っている手綱を、アセスは彼女の手ごと一緒に握った。
「このように新鮮な、面白い体験をさせていただいて、ーー有難うございます。実は少し、馬に乗る行為に憧れていました。ですが今更、誰かに乗馬を教わるなんて出来ずにいたものですから、感謝申し上げます」
アセスは見たこともないほど、柔らかく微笑んだ。
綺麗な人だな、とリンフィーナは見惚れてしまう。
「立場上、私には学べることに限りがありました。ラーディア一族には広く学べる学院があるとうかがいましたが、ラーディオヌ一族には、公式な場所では、呪術を学ぶことしかできません。貴族はだいたい、学業や馬術、剣術は、専属の家庭教師が付くのですが、私はそのような機会にも恵まれませんでした」
「兄から、アセス様は優れた剣士でもあると聞いています。それに、ーー私の生誕祭の時、コロッセオで剣術の腕を示された時、アセス様は誰よりも強くてーー」
好き。
うっかり言葉が滑り出しそうになる。
あの時のアセスは光り輝くような自信に満ちていたというのに、今のアセスは頼りなげだ。
「詮無いことを申し上げました。自己研鑽の方法は人それぞれですよね」
払拭するように苦笑したアセスは、「少しだけ速度を上げていいですか?」と聞いてきた。
「はい」
リンフィーナはアセスの背中に体を添わせた。
『ゆっくりでいいのです』
そう言ったアセスの言葉を思い出して、リンフィーナは胸の奥がくすぐったくなった。貴族の寿命は余りあるのだ。こんなふうに少しずつ、アセスの側にいて、彼を知れたら、それはどんなに嬉しいだろう。
馬に慣れたアセスは、リンフィーナを乗せたまま風を切って走った。
楽しんでいることが、背中越しに伝わってくる。
兄以外の異性と過ごす時間なんて考えもしなかったリンフィーナは、アセスの背中に戸惑っていた。
「封じられた魂4」2020年9月21日




