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封じられた魂  作者: 一桃亜季
28/55

封じられた魂28「救い」

一日一章投稿しています。


ー偽りの神々シリーズー

1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢

3「封じられた魂」

      本編進行中です。


順番に続いています。

応援よろしくお願いします。

        ※


 生まれてからこの方、幸せだと感じることがアセスには少なかった。

 ラーディオヌ一族の次期総帥として、アルス家から期待をかけられた自分は、同い歳の青年が当たり前のように過ごしている時間が、どんなものかも知らなかった。


 呪術院に学びに行っても、時代の王を遠巻きにする貴族ばかりで、同年代の友達はできなかった。


 自分の見た目も悪かったのだと思う。

 アルス大陸一の美女と名の通った母の血を色濃く受け継いだアセスは、感情表現にも乏しくて、常に周囲にとっつきにくい雰囲気でいた。遠巻きに自分のことを噂にしても、話しかけてくるものは皆無だった。


 付いたあだ名が、クリスタルドール。

 最初に誰がそう呼び始めたのかは知らないが、不本意ながらそのネーミングセンスには、今は得心が行く。


 馬ひとつ乗れない。買い物ひとつしたことはない。風呂ですら自分で入る術を知らない自分は、一族の上に飾られる人形でしかなかった。


 それでもそれが自分の日常で、アセスは不遇だと思うことはあっても、抜け出るという考えを持ち合わせていなかった。


 自分にとって一番大切なのは、アルス家当主として総帥を継ぐこと。飾り物でもいい、ラーディオヌ一族の総帥であることを受け入れるのが運命だと思っていた。


 ラーディアの王族の兄妹、サナレスとリンフィーナに出会うまではーー。


 めちゃくちゃな二人のペースに巻き込まれ、アセスは最初不快に思ったし、正直迷惑だった。


 母に似た容姿を嫌いで仕方がない自分に向かって、初対面のリンフィーナはキレイだと言ってきた。

 彼女は幼いアセスが、なぜ星光の神殿で血まみれで泣いていたのか、聞きもしなかった。挙げ句の果てにキレイだと感想を述べてきて、この少女はなんて無神経なのだろうかと驚いた。


 サナレスも似たようなものだ。


 ラーディオヌ一族の総帥として必死で責務を果たそうとする自分に向かって、他者はアセスを褒めたり崇めたりしていたと言うのに、サナレスだけが「気の毒なことだなぁ」と言った。

「嫌ならばその責務、辞退するという算段をしてもいいんじゃないか? 罰は当たるかもしれないが」

 こともなげに片眉を上げて、悪い顔をする。


 愚鈍で遠慮がない兄妹が、自分の静かな日常に飛び込んできて、引っ掻き回した。


 ーー最初は迷惑でしかなかった。

 それなのにいつの間に、二人といる自分の居場所を、こんなにも気に入ってしまっていたのだろうか?

 サナレスと軽口を叩くのが楽しみで、彼が大切にする少女が自分にとっても愛しくて、凄まじい速度で感化されていった。


 そしてサナレスは自分をリンフィーナの婚約者に指名した。

 それだけ彼に自分が認められたと言うことなのだろうと理解して、自分はその役を引き受けた。


 だがサナレスは自分で仕掛けたことに苦しんで、自分たちの元を離れていった。

 恋愛に疎いアセスでも、なぜだかサナレスと彼の妹であるリンフィーナを奪い合うような複雑な事情になったことに気がついた。


 アセスは内心焦っていた。

 サナレスが本気になれば、自分などリンフィーナにとって取るに足らない存在。兄妹二人が気持ちを固めてしまえば、自分なんて彼らの間に割って入ることはできない。


 二人がいなくなれば、また元の日常に飲み込まれる。

 無理をしてでも、リンフィーナの気を引きたかった。


 サナレスがいない時間を必死で埋めて、少しでも自分の存在を示したかった。


 無茶をした結果、不覚にも異形のものの侵入を許し、リンフィーナを危険に晒すことになってしまった。

 目にしたこともない異形のものは、書物によるところならば、ラン・シールド一族の血縁だ。なぜ彼らがリンフィーナを狙うのか皆目検討もつかなかったが、生死を分けるその時に、リンフィーナは言った。


『アセス、誓って! 兄様に約束したように、私にも誓ってちょうだい。ーー必ず無事に帰るって。決して死んだりしないって! もし、その約束を守れないようなら、私は兄様に土下座して、貴方の後を追うから』

 彼女がやっと自分を選んだ発言だった。

 サナレスではなく、自分と来ることを選んだ発言。


 確かに貴方は私を選んだ。

 アセスはもう、死んでもいいと思えるほどに高揚した。


 誓います。何度でも、誓います。

 だから逃げて!


 彼女の言葉が嬉しくて、幸せで、仕方がなかった。

 かつてこんなふうに人に求められることはなかった。生まれて初めて受け入れられた気がして、アセスは束の間、来ない未来の幸せに酔いしれていた。


『誓います。貴方の元に戻ります』

 たとえそれが、多勢に無勢の無理難題であったとしても。


 リンフィーナを逃した後、アセスは異形の民に湖に引きずり込まれた。


 ゴボゴボゴボーー。

 聖水にも代替えされる湖の中を自由に出入りできる彼らは、やはり神子の氏族なのだと直感した。


 彼女は無事に館まで逃げただろうか。いや、逃げたはずだ。

 彼女の姿が見えなくなるその瞬間まで、自分は強くいようと踏ん張った。


 水の中で、息は続かなかった。

 奴らは容赦なく自分を殺す気だった。

 血中の酸素濃度が薄くなって、一瞬意識を手放しかけた。

 けれど誓いを思い出す。


『約束を守れないようなら、貴方の後を追うから』

 嬉しかった言葉が思い出され、アセスは生まれて初めて、この時だけは生きなければ、ーーどうあっても生きながらえなければいけないのだと思った。


 もし自分が引きずられるままに死んでしまったら、リンフィーナは誓いによってサナレスを裏切る。きっと彼女は自分の命を粗末に扱うのだろう。


 そう想像した時に、アセスはなんとしても生きて帰らなければならないと思った。


 水中に引き込まれ、息ができない状態で、アセスは祈った。

 なんとしても生きて、彼女の側に戻りたいのだとーー。


 祈りに応えたものは、魔物だった。

『それほど命に執着があるなら、お前の望み叶えよう』

 地の底から響く声は、精霊の声ではない、恐ろしく禍々しいものだった。


『我と契約するなら、その望み叶えよう』

 魔と契約することで落ちた者は、魔道士になる。術士にとって、それはご法度。禁止事項の最前列に挙げられる初歩的な事だった。


 けれどアセスの優先事項は、優れた術士でいることではない。ラーディオヌ一族の総帥として立つことでもない。


 今しがた、リンフィーナとした誓いだった。


「よかろう。契約するから、私を生かせ」

 迷いもなく、アセスは言った。

「封じられた魂28」:2020年10月5日

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