封じられた魂21「理想」
一日一章投稿しています。
ー偽りの神々シリーズー
1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢
3「封じられた魂」
本編進行中です。
順番に続いています。
応援よろしくお願いします。
※
サナレスが居なくなって、アセスとリンフィーナ、二人だけの時間が続く。
生粋の王族であるアセスは、いつも涼しい顔をして、感情を露わにしない様子で自分の元を訪ねてきた。
王族や貴族というものに苦手意識があるリンフィーナは、アセスと何を話していいのか皆目わからなかった。どんなふうな格好で、どのようにアセスを出迎えていいのか、ほとほと分からなくて困惑してしまう。
それなのにアセスは毎日決まった時間になると、水月の宮の玄関先に立っていた。
サナレスが出立するまでその姿を見ることはほとんどなかったのだけれど、居なくなってからは毎日、リンフィーナを元気づけるように、ただ側にいる。
ーー側に、いてくれるのだ。
感謝しかない。
そして緊張しかない。
自分のように醜い銀髪の娘を娶ると言ってくれただけでも、奇特な人だと思っていた。心を通い合わせた瞬間が、過去にあったかどうか聞かれたら、リンフィーナにはわからなかった。
どうして!?
どうしてこの漆黒の美しい殿方は、ラーィオヌ一族の総帥という国を背負う忙しい高位の立場でありながら、自分を婚約者に認め、それ以上に気に掛けてくれているのか?
もしかして自分を好きーー?
隣にいる眉目秀麗なアセスを見て、リンフィーナは恐れ多すぎて「ないないない!」と、思いっきり頭を振った。
水月の宮の奥にある湖の水辺で、二人は並んで座っていた。
特にどこかへ出かけるというわけではないけれど、一緒にいられる幸せから勝手な妄想が爆走しそうで、リンフィーナは自分を戒めた。
自分の何を、どこを、魅力に感じてもらえるというのか?
こればかり思考が逡巡する。
恐ろしいほど全てが完璧な、初めて出会った時から憧れの人として君臨する彼が、いったい何の酔狂なのか自分に興味を持ったようで、その理由は全くわからなかった。
思い当たる節と言えば、サナレスがアセスに自分のことを託したからだ。その頼みに対して、一国の王として責任感が強いアセスが応じているとしか考えられなかったので、申し訳なさでいつもリンフィーナはアセスの前で小さくなった。
リンフィーナは遠慮しながら、隣にいるアセスの服の袖を掴んだ。
右手に伝わる、人の温もりは確かなものだ。
責任感。
国を背負う人の責任感の強さには感心してしまうけれど、それって毎日来てくれる理由なのだろうか?
気になってしまう。
「アセス」
どうして貴方は?
まともに顔を見ることも、恥ずかしいのと恐れ多いのとで視線を逸らせてしまう。
アセスは何を理由に自分といるのだろうか?
聞き出したかった。
「ーー最近は、少し名前で呼んでくれるようになった」
アセスはリンフィーナの頭の上に、そっと手を置いた。
頭に手を置かれたリンフィーナは、不意な接触に硬直する。
驚いて顔を上げ、目を見張ってアセスを凝視すると、アセスはすっと手を下げる。
一瞬すぎて今のは錯覚なのかと自らの認知を疑ってしまうほど、リンフィーナは動揺していた。
さっき後頭部をアセスに撫でられた。
サナレスの不在が悲しすぎて、妄想してしまったのだろうか?
自らの正気を疑ってしまうほど、目の前のアセスは綺麗な顔で無表情のままだ。
「元気がないなら、木登りをしますか? それとも泳ぎますか?」
『リンフィーナは木登りと水泳が好きだ。あと、寒い時期の温泉。定期的に付き合ってやってくれ』
アセスは兄の言った言葉を覚えていて、声をかけてくれているようだ。
疑問に思うと詰め寄らずにはいられないリンフィーナは、正直にアセスに聞いてみた。
「ーーどうして? そんなに優しい?」
兄に対して義理立てしているのか。律儀に婚約者としての役割を果たそうとしているのか。
「ごめんなさい!!」
とにかく申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。
「優しい? そんなことを言われるのは初めてです」
意外そうに眉根を寄せアセスは言った。
「貴方はまだ、私がここに来る理由を優しいからと言うのですか?」
笑ってしまう、とアセスは口元を拳で押さえて体を揺らした。
本当に可笑しそうにしているが、笑う姿も至高の芸術品のごとく美しく、なぜ彼が笑っているかという理由より、その笑顔に魅入られてしまう。
心の声を出すなら、『こんなにも美しいまま、お笑いになるのですね!?』という吐息しか漏れない。
だがアセスは至近距離にいて、自分の様子を窺っているようだった。
自意識過剰でなければ、アセスは自分の反応を見て、そして反応を返しているような感じがする。
それだけでリンフィーナの心臓は忙しかった。
「こうは考えないんですか? 過保護な兄が留守の間に貴方の気を惹こうと、私があさましく考えているなんて」
これ以上、貴方のような方が自分の気を惹く必要があるんだろうか?
思いがけないことを言われて、リンフィーナはきょとんとした顔になる。
「婚約者としての義務ですか?」
リンフィーナの問いに、アセスは目を瞬いている。
「兄様に約束させられたんでしょう? ーーだから」
アセスは少し俯いて、右手で頭を掻いた。
アセスでもそういう仕草をするのだと、リンフィーナは珍しいものを見て、嬉しくなった。
アセスの感情が動く激レアな瞬間が見れて、リンフィーナはにこにこしてしまう。
「ありがとうございます!」
少しだけ親近感を覚えさせてくれたことに感謝して、胸の前で手を組んだ。
けれど横に座るアセスは、大きく長いため息をつく。
「確かに私は、サナレスに頼まれましたよ。けれどそれだけを理由に毎日ここに来ていると思っているなんて貴方は本当に……、鈍い」
リンフィーナの拳の上に掌を置いて、不意にアセスの胸に引き寄せられた。
「貴方の側にいることは、私にとって義務ではなく権利なんです」
何だろうこの都合のいい、甘すぎる言葉は?
心臓が早鐘を打っているのが伝わってしまいそうで、リンフィーナは思わず体を引き剥がそうとするが、アセスはそれを許さなかった。
どくどくどく。
信じられるはずがなかった。
憧れて止まないこの美しい人が、自分を好きになるなんて、あるだろうか?
銀髪でラーディア一族で疎まれる容姿のこんな自分を。
ないないない!
これほど美しい人が、この醜悪な自分を受け入れてくれるはずなんてないでしょう?
理想の人が急接近して、狼狽えて逃げ出したいのだけれど、彼の温もりと匂いに抱きしめられて硬直した。
前に一度、唐突にアセスから口付けされたことがあった。けれどそれからは特に何もなくて、アセスの気持ちが見えなくて、ーー自分に自信を持つことなんてできなくて、迷路に迷い込んだように不安だった。
「ーーでも私は貴方にそんなふうに言ってもらう価値なんて……」
「黙って」
アセスはリンフィーナの言葉を途中で奪った。
やるせなさそうに眉根を寄せ、ぎゅっと口元を引き結んで、まっすぐに自分を見つめてくる。
「私はただの男です」
アセスは徐にリンフィーナの肩に手を乗せて、倒れ込むように自然に、胸に顔を埋めてきた。
唐突にアセスの後頭部を見る格好になったリンフィーナは、アセスの耳が真っ赤になっているのを見て、びっくりして放心状態になった。こんなふうに照れながら、きちんと気持ちを伝えてくれる人なんだと目を奪われる。
「アセス……」
「私は決して特別じゃない」
リンフィーナにしがみつくような姿勢で、アセスは感情をむき出しにしてきた。
特別じゃないと、言葉少なく語られた彼の感情は、リンフィーナの心を貫いた。
ラーディオヌ一族の総帥で、類まれな美しさを持つアセスに対して、リンフィーナが勝手に作ってしまった、理想の人という壁。リンフィーナは知らないうちに勝手なアセスを作り出してしまっていた。
ーーその壁をアセスが突き破ってくるようだった。
初めての感覚だ。
息苦しさと共に生まれてくるのは、この先ずっと忘れることのできない、感じたことのない愛しさだった。
どくどくどくどく。
心臓の音の煩さは、一人だけのものではなかった。
「ーー貴方は残酷なくらい、鈍感だ」
「封じられた魂21」:2020年10月3日




