封じられた魂20「鱗」
一日一章投稿しています。
ー偽りの神々シリーズー
1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢
3「封じられた魂」
本編進行中です。
順番に続いています。
応援よろしくお願いします。
※
漁業と貿易で栄えた黄的を統治する王は、十三代目になる。
プルセイオン王は先代から受け継いだこの国を、こよなく愛していた。
「王様、今日もいい魚が入っていますよ」
「おう。後でその自慢の魚、宮殿に届けてくれ」
明るい笑顔で民に答えた。
けれど民からの次の言葉が、王の心に引っかかった。
「王様、最近少しお疲れなのですか?」
何を言う?
その逆なのだ、と言いたかった。
じっとしている我慢ができずに、毎日のように朝から黄的の市場に顔を出す。そして民の暮らしを目に入れたかった。愛する国を統治したい気持ちで、ーーみなぎる力でいっぱいになっていた。
「少しも疲れていないぞ。一緒に漁に出たいくらいに元気だ」
漁師の民は大きな声で安心したように笑って、「それは頼もしい」と言った。
何もおかしいところはない。理由もなく体重が減ったことなど、とるにたらないと思っていた。
大丈夫。
民の前で、豪快に笑ってみせた。
それなのに不安要素を拭えないでいるのは、更に不安に思うことができてしまったからだ。
指がおかしい。
体重の減少以上に気になってきたのは、指先と指の付け根だった。
指先については、皮膚が荒れ、捲れ始めた。接触性皮膚炎かとも思ったが、爪が不自然な形を形成し始めた。爪の表面がガタガタになり、指先が僅かな痛みとともに皮が捲れ続ける。
突然どうしたことかと、精気みなぎる体で考えた。これが老化というものなのだろうか?
みなぎる力と反比例するように、局部的に老いていくのは、当たり前のことなのか?
プルセイオン王にはわからなかった。
けれど、指の付け根に感じ始めた異変は、不安では止まらずに、背筋が寒くなるような事態まで発展した。
何だ、これは!?
指と指を繋ぐ部分、人にはない水掻きの部分が大きくなった。
そして皮膚が水分を失い、指で掻くとカサカサと剥がれ落ちる。
気になって指で掻く。すると硬い皮膚が白い小さな粉のように、周囲に落ちた。剥がれかけた皮膚を、歯で挟んで引っ張ると、更に皮膚が荒れていった。
「王、最近体調がすぐれないのでは?」
「うるさい!」
心配して声をかける王妃に、声を荒げてしまった。
「すまん。ーー大丈夫だ」
押し殺した声で、手指を見つめた。今までであればこの手で王妃を抱き寄せたが、汚く汚れた不自然な手を、王妃に見せたくはないと思った。手袋をはめ、なるべく手を人目に晒さないように気をつけた。
手の先から醜くなっていき、その醜悪な手では、愛しい人を触ることが躊躇われた。
「気にするな、少し疲れているだけだ」
背を向けたまま、プルセイオン王は言った。無用な心配をかけたくはないし、変化している体を隠したかった。
70キログラム。
更に体重が落ちているのを確認し、ごくりと唾を飲んだ。
誰にも相談はできないが、いったい自分の体はどうなってしまったと言うのだろう?
ーーいや。しかし何か重大な異変ではないはずだ。床に伏すこともなく、元気なのだから、体重の変化や皮膚の荒れなどさしたことではないのだ。そう思おうとする。
それにしても手指が痒かった。
手袋の上からでも、血が出るほど手をかきむしってしまった。剥離する皮膚が硬くなり、めくっては血が出て、更に硬い皮膚ができた。
水かきのように指と指の間に面積を広げる皮膚は、いったい何なのか!?
「王様、最近悩みごとでもあるのですか?」
王妃が自分の肩に手を置いたが、自分はその手を取らなかった。
少し前までは性欲が盛んになったが、今はただ目が冴えて眠れす、深夜でも徘徊せずにはいられないほど、神経が冴え渡った。
痩せてギラついた眼差しは、不思議なことに闇の中でも視界を見渡した。
数日後ーー、体重計に乗ると60キロになっていた。
身長190センチ近い体でのその体重では、体の細さが際立った。窪んだ目は寝不足のためか、赤く血走る。
その頃、痒みは全身に広がった。
バリバリと腰を掻く。血が出ては、皮膚が硬くなる。
もしかすると重篤な皮膚病なのだろうかーー?
医師を呼んでも、首を横に振られ明確な答えは出ないままだった。
血で固まった手袋を、ゆっくりと引き剥がした。
固まった皮膚が手袋に付着して、痛みが走る。
プルセイオン王は、手袋を脱いだ自分の手を見て、愕然とした。
何だ、これは!?
気持ち悪さに、震えがきた。
手の甲から剥がれた皮膚の下に、硬い皮膚ができていた。
ーーけれどそれは決して人の皮膚ではない。びっしりと張り付いた魚の鱗のような銀色に光るものが、自分の手の甲を覆っていた。
嫌悪感に吐き気を催した。
何だ、これは!?
必死で自分の手を擦り合わせ、掻きむしるが、鱗のようなものは自分の手から落ちなかった。
プルセイオン王を恐怖が支配する。
私は異形の物になったのか!?
これが神子への変化!?
そんなわけはないと頭を振ったが、何度瞬きしても手に張り付いた鱗が撮れることはなかった。
「封じられた魂20」2020年10月2日




