封じられた魂19「ナオズの谷」
一日一章投稿しています。
ー偽りの神々シリーズー
1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
2「敗れた夢の先は、三角関係から始めます。」星巡りの夢
3「封じられた魂」
本編進行中です。
順番に続いています。
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サナレスがいなくなった穴は大きい。
リンフィーナとアセスが同時にそう感じている時、サナレスはアルス大陸とイドゥス大陸を隔てる海にまで一行を進行させ、足元の潮騒に耳を傾けていた。
断崖絶壁から見下ろす景色は、どこまでも青く広い海。
時化てきている海は、ともすればサナレスの足元まで水飛沫を飛ばしそうだ。
下から噴き上げる風が、サナレスの白金の髪を舞い散らす。
世界は広大で、ーーこんなにも美しい。
どこか切なくなるような自然の景色を愛でる時、サナレスの感性が動く。
人と神子を隔ててきたのには、人の弱さや祈りが背景にあって、些細な特性が拡張されたに過ぎない。全てがコミュニケーション不足と、対話不足で生まれているとしか思えない確執より、もっと大切にしなければならないものが他にあるはずだ。
サナレスは人の本質に一番近いところにいる。
神子だとか人だとか、そんな線引きを行ったところで、人は同じように血を流すし、心も痛む。
アセスという男は不器用だった。
ラーディオヌ一族の総帥として絶大な天啓に恵まれながら、世界の広さをまるで知らない。
知ろうともしていないアセスは、いかに貴族らしい生活を消化していくかを考えているようだった。
王族、貴族、人の子、サナレスにとってはどうでもいいことで、もったいないと思わずにはいられない。
人の価値は、努力と、才能と、思考力、ーーそして先に進むだけの生命力や、意思の強さでしか測れない。
心技体が整った時、人は人の能力を余すところなく発揮できるのだと、サナレスは信じていた。
アセスにもその才覚を感じて、サナレスは自分の留守を彼に預けた。喜怒哀楽の激しい、素直なリンフィーナと一緒にいることで、彼も変容していくだろうと期待していた。
「ギロダイ、港に戻って船を調達するか? それともナオズの谷を越えるか、どうする?」
ならず組副隊長に意見を仰ぐ。
元は人の国の王、そしてサナレスとも命を削るような戦いをした、歴戦の王。彼もまたサナレスが認めている、数少ない人だった。
直感を信じたいと、彼の返答を待つ。
「殿下、言っておきますが、この遠征自体、私は反対です」
はっきりとギロダイは進言する。
「王というのは、国土から遠く離れた場所に先陣切って行くべきではない」
もっと情報を得てから、動くべきだとギロダイは言った。
彼らしく、わからなくもない意見だ。
自分の行動を真っ向から全否定してくる。
ーーけれど自分は王ではない。
次期総帥の座を放棄しても、後を継ぐものは他にいるだろうと、口には出さずに思っている。
ラーディア一族にとって、自分は唯一の存在ではない。
リンフィーナ。
自分の妹として育ててきた彼女が、ラーディオヌ一族総帥のアセスに嫁ぎ、彼女の身の安全が保障されるのであれば、その後の自分には王族という肩書きは不要で、この身ひとつあれば何の不足もなかった。
「そもそもの話を聞いてはいない。今になっての提言は時間の無駄だ。さあ二者択一だ。ナオズの谷をこのまま進むか、海に降りて船でイドゥス大陸に渡るのか、どちらがいいと思うのか、お前の判断を聞いている」
ナオズの谷は、切り立った断崖絶壁を繋ぐ二本の細い糸のように、アルス大陸とイドゥス大陸を、二つのルートで陸続きになっている。切り立った細い道は左右に分岐し、馬車二台が対抗するのがやっとの狭さで、限られた者のみが利用する道だ。早く駆け抜けたいのであれば、この道を突っ切れば、最短距離だった。
「判断しかねます」
ギロダイは言った。
「ここに来るまでも、かなり早足で進行した。ーー早く進む必要があるのであれば、このままナオズの谷を進みましょう。けれどーー何か嫌な予感がします。天候が落ち着くのを待って、海路を船で行く方が確実かと存じます」
「ーー谷を行くより、海か」
サナレスの隊は12名。船で動くとなると、天候を待つこともそうだが、乗船の手配に少しの時間がかかる。
「そうだな。一度ここで足を休めよう」
サナレスは隊員を振り返って声をかけた。
「封じたられた魂19」:2020年10月1日
 




